前半リアス。
後半朱乃。
皆と朝の挨拶を済ませ、学校の教室で授業を受けている現在。
一年の教室では白音とギャスパーが、二年の教室では一誠と裕斗が同じように授業を受けていることだろう。
私がいる三年の教室。
チラリと横を見る。授業が退屈なのか、ウトウトと夢の世界に入りそうな黒歌がいる。
チラリと反対側を見る。真面目に授業を受けているように見えるが、私と目が合うとニコッと笑う朱乃がいる。
正面を見る。教壇に立った教師が授業をしているが、その言葉は全く耳に入らない。
(どうしてこうなったのよ……)
眷属にしていない原作の眷属達が、全員駒王学園に通っている。私が現状にため息を吐く理由がこれであった。
人間であり、原作でも物語が始まる前から駒王学園に通っていた一誠、そんな一誠と一緒に暮らしているギャスパーの二人は何処もおかしくないし、裕斗も悪魔の援助を受けながら暮らしているため、勉強のために悪魔が管理するこの学園に通うだろうとは思っていた。
だが、白音、黒歌、朱乃の三人は完全に予想外だった。
特に朱乃は堕天使勢力に属しているため、和平が成立していない現在、悪魔である私とは敵対関係にあると言っても過言ではなく、その敵が管理するこの学園に通うことはまずないだろうと思っていたのだ。
再会した時、三人に何故ここにいるのか聞いてみたら、人間界の知識を学ぶため、そして……
『白音がリアスに会いたいって言ったのよ。ま、私も会いたかったんだけどね。にゃは♪』
『また会えて嬉しいです。リアス姉さま』
『……会いたかった///』
……私に抱き着きながらこの反応である。
いや何で?
白音と黒歌は過去のあの件以降もちょくちょく会ってはいたが、顔を合わせれば挨拶して少しばかり世間話する程度であり、姉さまなんて呼ばれるほどのことをした覚えはない。
朱乃に至っては、過去の母親の件以降一度も顔を合わせていなかった。それなのに何故、頬を紅く染め、恋する乙女のような顔で『会いたかった』なんて言われるのか全く分からない。
自分なりに考えてみたが、結局真意は分からず、私は考えるのをやめて授業に集中することにした……が。
「ふにゃ~」
チラっ
集中しようと言っておいて何だが、集中できない。
前世でもあったことだ。赤の他人ならそこまで気にすることもなかっただろうが、学校で何度も交流があり、全く関係のない他人とは言えなくなってしまったこの二人が隣にいるとどうしても気になってしまう。
しかも、その二人が原作キャラだから余計にだ。
中学に上がってクラスが別々になり、あまり関わらなくなった小学時代の友人と廊下ですれ違ったような気分である。
要するに気まずい。
「ふにゅ~」
チラっ
もはや完全に夢の世界に入って爆睡している黒歌はまだマシだが、さっきからチラチラと私を見ては頬を紅く染めてニヤニヤと笑う朱乃は何なの? 気になってしょうがないんだけど。
原作を見ても思っていたことだが、『いつもニコニコしているあらあらうふふ系のお姉さん』である朱乃が、私は苦手なのだ。
誰もが見惚れるその美しい笑顔の裏で、実は結構どす黒いことを考えているのではないかと、嬉しさや興奮よりも、疑わしさや恐怖心のようなものが先に湧き上がってくるからである。
そういえば、朱乃は原作のリアスに『究極のS』と呼ばれていた。
もしかしたら朱乃の中で、私は縄で全身を縛られ、靴を舐めさせられ、手に持った鞭でバシバシと叩かれ、父から受け継いだ雷の力を使った弱めの電気ショックでも受けてるんじゃないだろうか。頬を紅く染めるのも、ニヤニヤと笑うのも、そういう意味で興奮しているからなのだろうか。
あ、ヤバい。自分で想像しておいて何だが、そんなあられもない自分の姿、そしてそんな自分の姿を想像した自分が恥ずかしくて涙が。
私は両手で顔を覆い、少しだけ首を横に振りながら、恥ずかしい思考を中断する。
そして、クラスメイト達には聞こえないようにため息を吐いた。
(ホント、どうしてこうなったのよ……)
何で同じ学校に通っているのだろう。
何でクラスが同じなのだろう
何でよりにもよって隣同士なのだろう。
原作の眷属達を救えたのはいいが、ある意味思い通りにはなっていない現状に、再びそう思わずにはいられなかった。
♦
人間と堕天使の間に生まれたハーフ。それが姫島朱乃(私)だ。
姫島は古くから日本を魑魅魍魎から守ってきた一族であり、それ故に親族たちは快く思わなかったのだろう。
堕天使の父と交わった母の姫島朱璃、その二人の間に生まれた私は幼い時から汚点として扱われてきた。
親族と顔を合わせる度に嫌味交じりの忠告のようなことを言われ、顔を険しくして不機嫌になる母を見て泣きたくなるのを必死に堪えていた。
だがそれでも私は幸せだったと言えるだろう。
母は汚点である私を責めることもなく自分が産んだ娘として大事に育ててくれたし、堕天使の父は仕事で家を空けることが多いが、帰って来た時は親子三人で楽しい時を過ごしていた。
汚点として扱われるのは辛いが、この時の私はこのままでいいと思っていた。変わらなくていいと思っていた。
何が起こっても、父と母がいてくれれば、三人でなら乗り越えられると思っていたからだ。
だが、その考えは甘かった。現実はそんなに優しくなかった。
痺れを切らして我慢できなくなったのか、遂に親族が私と母を排除しようと動いたのだ。しかも堕天使の父が仕事で不在な時を狙うという、私と母にとっては最悪と言えるタイミングでだ。
母が応戦したが、複数いる相手に対し、こっちは母と私だけ。だがこの時はまだ幼かった私は戦いに参加できず、実質母一人だけだった。
母は姫島としても優秀な部類であったが、流石に多勢に無勢。もはや戦いではなく一方的な蹂躙となった。敵を倒すのではなく、娘である私を守ることを最優先していたのも理由の一つだろう。
身体の至る所から血を流し、遂に膝をついた母の後ろでビクビクと震えながら、私は心の中で全てを諦めていた。
(母さまも私も……ここで死ぬんだ……もう終わりなんだ)
私を見て『ごめんね。守れなかった』と言う母の背中に抱きついて、二人で泣きながら死を覚悟した時だった。
突然禍々しさを感じる紅のオーラが視界に入り、それと同時に私たちに止めを刺そうとする親族たちが吹き飛ばされたのだ。
涙を流したまま呆然とし、我に返ってオーラの出所に目を向けると、そこには禍々しさを感じる紅とは別に輝いているように見える紅髪の少女と、私たちと同じように呆然としている黒髪の少女がいた。
紅髪の少女は私たちに近づくと『えっと、大丈夫?』と心配するように声をかけてきた。
二人に何か違和感を感じていたが、体制を整えた親族が『悪魔』と言ったのを聞いて納得した。
悪魔は姫島にとっては敵も同然だが、母は全く敵意を感じないこの二人に私を託して逃げるように言った。
当然私は反対しようとした。私を大事に育ててくれた母を、最後まで私を守ってくれた母を置いて逃げるなんて絶対嫌だった。
だが私が言うよりも、紅髪の悪魔の少女が先に口を開いた。
『ダメ。それじゃあこの子が悲しむ。現に今も泣いてる』
そう言うと、紅髪の少女は私たちに背を向ける形で母の前に立ち、全身に先程と同じ紅色のオーラを纏った。
まるで『私がやる』とでも言わんばかりに。
『ソーナ。二人をお願い』
紅髪の少女がそう言うのと同時に戦いが始まった。
無理だ。最初はそう思った。
見たところ、彼女は私と同年代くらいの子供であり、悪魔という人外とはいえ、たった一人でこの状況をどうにかできるとは思えなかった。
今の満身創痍の母を見て余計にそう思った。
だが、戦えない私は全てを任せるしかなかった。
もし彼女が負けたら、私と母は殺されるだろう。
そんな未来を避けられる可能性が少しでもあるなら、それに賭けてみようと思った。
相手が一人、また一人と倒れていく度に希望を感じ、紅髪の少女が傷を負うのを見て絶望が一気に押し寄せてくるのを感じながら、三人で無言で見守っていた。
そして……
『ば、バカな⁉ 我々がたかが悪魔の子供一匹に⁉』
『はぁ……はぁ……これで……終わりよ……』
勝った。勝ってしまった。
母でも倒せなかった彼らを、少女はギリギリとはいえ倒してしまったのだ。
最後の一人を気絶させ、少女は一度息を整える。
『凄い……』
『こんなに強くなってたなんて……』
呟く二人に対し、私は無言で少女を見つめた。
服も身体もボロボロで、短刀が刺さって血が滲んでいる左腕を右手で抑えながら、フラフラとこっちに戻ってくる。
母と同じように満身創痍だった。
自分の心配よりも、私たちに巻き込まれていないかを心配しする少女に私と母は助けてくれたことに礼を言った。
そのタイミングで堕天使の父がもう一人と一緒に戻ってきた。
駆け寄ってくる父に母は『遅いわよ……バカ……』と言いつつも笑顔で気絶した。最悪の結果にならなくて良かったと思っていたのかもしれない。
とにかく治療のために母を運ぶことになり、私はその前にもう一度彼女に礼を言い、せめて名前だけでも教えてもらおうとしたのだが、気付いた時には黒髪の少女ともう一人の堕天使と一緒にいなくなってた。
何故?と思ったが、今は母を優先だと深追いはしなかった。
ここに来たということは、近いうちにまた会えるだろうと思っていたからだ。
だが、この家にいてはまた狙われる危険があるということで、私は母と共に父が所属している『神の子を見張る者(グリゴリ)』に保護されることになり、あの紅髪の少女には会えなくなってしまった。
でも私は諦められなかった。
例え偶然だとしても、殺されるはずだった私と母を救ってくれた。ボロボロになりながらも最後まで守ってくれた。
そんな彼女に、私は憧れた。彼女みたいになりたいと。
誰かに守られるのではなく、守れるように強くなりたい。
そして叶うなら、もう一度彼女に会いたい。碌なお礼もできないまま終わりたくない。私と母を救ってくれた彼女のそばに居たい。守りたい。
でも今の自分では力不足だというのは嫌と言うほど理解していた。『無事でよかった』と言ってくれたのが嬉しくて、同時に悔しさも感じていた。
だから私は力をつけた。強くなるために殺されかける要因となった堕天使の血も受け入れた。
母が戦っているのに自分は後ろで震えながら見てただけ、そんな無様な姿は二度と晒したくない。
あの時のもう一人の堕天使・アザゼルから教えてもらった『リアス・グレモリー』という名をしっかりと記憶し、暇があれば修行しながら十年近い時を過ごした。
必ずあの紅髪の少女と再会することを心に決めて。
そして、現在。
チラリと横を見る。視線に気づいたのか、私と目を合わせてくれる。
いる。確かに私の隣にいる。十年前よりも立派に成長した紅髪の少女が。
それが嬉しくて、思わず頬が緩んでしまう。
彼女……リアスと一緒にいると、とても心が安らぐ。
リアスと一緒に過ごす昼休みは、放課後は、休日はとても充実している。
リアスを慕っているのは私以外にも結構いるためにずっと一緒に居られるわけではないが、それでも十分すぎるくらいだった。
アザゼルに無理を言ってこの学園に入学してよかった。
リアスが駒王街の駒王学園に通っているという情報を掴み、アザゼルにこの学園の管理者である悪魔に話を通してもらったおかげでリアスと再会を果たすことができたのだ。
今は授業中であるが、私は隣にいるリアスが気になって何度もチラ見してしまう。
そして、両親の性癖の影響なのか、いつも妄想してしまう。
『ふふふ、朱乃の肌、柔らかいわね。ほらほらここがいいのかしら?』
『ひゃん///』
後ろから抱きつくリアスに弱いところを触られ、私は顔を紅く染めながら身体をビクンと反応させてしまう。
『すんすん……いい匂い。 味はどうかしら』
『ああん///クビ…なめちゃだめぇ…』
『あら、ダメなの? じゃあやめましょうか』
『リ…リアスのいじわるぅ…』
私の全身が熱くなり、胸に添えられていたリアスの手がついに私の下腹部に……。
そこまでいったところで、私は無理矢理思考を中断させる。
授業中だというのに何を考えているのよ私は。
これも全部母さまから責められて興奮している父さまのせいだ。ワタシはワルクナイ。
顔が紅く染まっていることを自覚しながら、私はもう一度リアスを見る。
そして言葉を失った。
リアスが泣きそうな顔をして、見られたくないというように顔を両手で覆い隠してしまった。
どうして?リアスのあんな顔、今まで見たことなかった。
そういえば、リアスと一緒に過ごしている時、リアスが愚痴を言ったり弱音を吐いたりすることは一度もなかった。
私はリアスと一緒にいられることが嬉しくて考えもしなかったが、もしかしたらリアスは悩みや不安を一人で抱え込んでいるのではないだろうか。
もしそうだとしたら、私は愚かだ。
自分の心が満たされることばかり考え、リアスの心中を理解しようとしなかった。
幼い時からあれだけ強かったリアスなら大丈夫だと無意識のうちに思っていたのかもしれない。
誰しも悩みの一つや二つあってもおかしくないというのに、考えもしなかった自分が恥ずかしい。
悩みがあるなら打ち明けてほしい。
一人で抱え込まないでほしい。
私を頼ってほしい。
この時を境に、私はリアスのことをもっと知りたくなった。
戦闘描写なし。ごめんなさい。
朱乃の過去には少しオリジナル設定を加えています。