夕暮れの校門を抜けると、街はオレンジ色に沈み始めていた。
涼宮ハルヒは探偵ごっこと称して当然のように先頭を歩き、俺はその半歩後ろをついていく。
三回目の異世界とはいえ、こういう巻き込まれ方には未だ慣れない。
向かった先は、長門有希が住んでいるマンションだった。
外観はどこにでもある集合住宅だが、入口には無機質なオートロックが設置されている。
キョン(イズモ)「正面突破は無理だな。管理人室に行こう」
ハルヒ「そうね」
管理人室に入ると、年配の女性が新聞を畳んでこちらを見た。
ハルヒは一歩前に出るが、俺が先に口を開く。
キョン(イズモ)「朝倉涼子さんのことで伺いたいんですが。
引っ越し先と、いつ頃から住んでいたか教えてもらえませんか」
管理人「ああ、五〇五号室の朝倉さんね」
管理人は困ったように首をかしげた。
管理人「引っ越し屋が来てないのに、ある日突然部屋が空っぽになってたのよ。
あれは本当に度肝を抜かれたわ」
ハルヒ「引っ越し屋が来てない?」
キョン(イズモ)「夜逃げとかですか」
管理人「それがねえ。
いつからかって言われると……三年くらい前かしら」
ハルヒ「ご両親は?」
管理人「そういえば、一度も見てないわね。
挨拶もできなかったし、残念だわ」
ハルヒは管理人に丁寧に礼を言い、踵を返した。
そのタイミングで、エントランスの奥から長門有希が現れる。
ハルヒ「朝倉のこと、何か聞いてない?」
ユキ「何も」
ハルヒ「何かわかったら教えて」
長門は小さく頷いた。
ユキ「気をつけて」
キョン(イズモ)「今度、詳しく教えてくれ」
ユキ「うん」
マンションを離れ、住宅街を歩く。
目的地はない。
キョン(イズモ)「……もう帰っていいか?」
ハルヒは足を止め、夕焼けを見上げた。
ハルヒ「ねえキョン。
自分が地球上でどれだけちっぽけな存在か、自覚したことある?」
俺は黙って聞く。
ハルヒ「小六の時、野球を観に行ったの。
球場が人で埋め尽くされてて、日本の人口のほとんどがいるんじゃないかって思った」
ハルヒ「でも父親に聞いたら五万人くらいだって。
日本の人口は一億三千万だから、二千分の一」
ハルヒ「私はその中の、たった一人でしかなかった」
ハルヒ「それまで自分は特別だと思ってた。
家族も、クラスも、世界一面白いと思ってた」
ハルヒ「でも違った。
こんなの、どこにでもある普通の日常だって気づいたの」
ハルヒ「そしたら急に、世界が色褪せた」
ハルヒ「何もかも、つまらなくなった」
ハルヒ「どうして私じゃないの。
普通じゃない体験をしてるのは」
ハルヒ「中学では自分から動こうと思った。
でも何も起きなかった」
その時、彼女の無意識が何を引き起こしたかを、俺は知っている。
ハルヒ「高校生になれば何か変わると思った。
でも……」
キョン(イズモ)「変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。
でも今の状況をどう捉えるかで、世界は違って見える」
キョン(イズモ)「考え方次第で、面白いことは増える」
ハルヒは一瞬だけ俺を見て、踵を返した。
ハルヒ「帰る」
その直後、家の前に立つ男が目に入った。
小泉一樹だった。
イツキ「虚数空間が発生しました」
キョン(イズモ)「……やっぱりな」
タクシーに乗り込み、移動する。
車内で小泉が静かに語り出す。
イツキ「人間原理はご存じですか」
キョン(イズモ)「人間が存在するから宇宙がそう見える、って話だろ」
イツキ「ええ」
キョン(イズモ)「自己中心的で、あまり好きじゃない」
タクシーを降りた場所は、ただの横断歩道にしか見えない。
だが小泉の能力が、その奥に歪んだ入口を示していた。
キョン(イズモ)「行こう」
イツキ「ええ」
一歩踏み出すと、景色が反転する。
虚数空間だ。
キョン(イズモ)「戦闘モード起動」
背中に金属の翼を形成し、手にソゴロフEソードを具現化する。
キョン(イズモ)「カエデ、小泉、行くぞ」
カエデ「了解」
イツキ「はい」
透明な巨人が立ちはだかる。
俺は躊躇なく踏み込み、Eソードで胴を断ち切った。
キョン(イズモ)「……終わったか」
イツキ「ええ」
イツキ「これから、良いものが見られますよ」
空間が裂け、世界が元に戻る。
夜風が、やけに現実的だった。
俺は静かに家路についた。