ハルヒ「今日は何の日か知ってる?」
朝の教室で、ハルヒは机に肘をつき、意味ありげにこちらを見てきた。
周囲はまだ眠気を引きずった空気で、彼女だけが妙に鮮明だった。
キョン(イズモ)「七夕だろ。関東だと」
キョン(イズモ)「それがどうした」
ハルヒ「こういうイベントは、団員全員でやるものなの」
そのまま有無を言わせず放課後へと突入した。
部室の扉が開くと同時に、ハルヒが笹を高く掲げて飛び込んでくる。
部室の狭さをまるで考慮していない勢いだった。
ハルヒ「やっっっっっっっほーーーーーーい!」
キョン(イズモ)「……笹か。どこで手に入れたかは聞かないでおく」
ハルヒ「短冊も買ってきたわ。全員、願い事を書きなさい」
ハルヒは机の上に色とりどりの短冊を広げた。
目が妙に真剣だ。
ハルヒ「ねえ、七夕の願い事を叶えてくれるのが誰か、知ってる?」
キョン(イズモ)「織姫のベガと彦星のアルタイルだろ」
キョン(イズモ)「ただし距離はそれぞれ二十五光年と十六光年だ」
キョン(イズモ)「往復するならワープでもしない限り無理だな」
ハルヒ「だからよ」
ハルヒ「二十五年後か十六年後に叶えてほしい願い事を書けばいいの」
キョン(イズモ)「それ、もうワープしてるだろ」
ハルヒ「細かいことは気にしない」
ハルヒ「とにかく、将来叶ってほしい願い事を書くの」
この世界に長くいるつもりはない。
そう思いながらも、ペンを取る。
キョン(イズモ)は短冊に書いた。
世界平和。
日本が近未来的で、効率的で、AIが成熟した社会になること。
ミクルは控えめな字で、裁縫が上手になりますように、料理が上手になりますようにと書いた。
ユキは短く、変革、調和とだけ記した。
イツキは世界平和、家内安全。
無難すぎて逆に目立つ。
そしてハルヒ。
世界が自分中心に回りますように。
地球の自転を逆回転させてほしい。
キョン(イズモ)「……全部吹き飛ぶぞ、それ」
ハルヒ「誰の願いが最初に叶うか、勝負ね」
その日はそれで終わったが、ハルヒのテンションはどこか低かった。
空間の歪みを感じるほどではないが、嫌な予感が残る。
片付けの最中、ミクルがそっと短冊を差し出してきた。
放課後、少し残ってほしい、と小さく囁く。
部室が静まり返った後。
ミクル「一緒に行ってほしいところがあるんです」
キョン(イズモ)「どこだ」
ミクル「三年前です」
キョン(イズモ)「了解」
キョン(イズモ)「タイムパラドクスは?」
ミクル「起こします」
キョン(イズモ)「なるほど」
次の瞬間、意識が途切れた。
目を開けると、夜の公園だった。
蝉の声が遠く、空気がやけに澄んでいる。
キョン(イズモ)「ここは……」
カエデ「三年前の七月七日、午後九時です」
キョン(イズモ)「助かる」
ミクルはベンチで眠っていた。
時間移動の負荷は想像以上らしい。
そのとき、未来のミクルが現れた。
未来ミクル「こんばんは、キョン(イズモ)君」
キョン(イズモ)「この時間軸で何を?」
未来ミクル「線路沿いに下ると中学校があります」
キョン(イズモ)「……なるほど」
キョン(イズモ)「でも下手に動くとパラドクスだ」
未来ミクル「ええ」
キョン(イズモ)「なら、やることは一つだ」
未来ミクルは頷き、元の時間軸へと消えた。
中学校の裏手。
小さな影が懐中電灯を振り回していた。
ミニハルヒ「なによあんた!」
ミニハルヒ「変態?」
キョン(イズモ)「違う」
キョン(イズモ)「何してる」
ミニハルヒ「不法侵入よ」
ミニハルヒ「手伝いなさい」
地面には巨大な幾何学模様。
ナスカ地上絵だった。
ミニハルヒ「宇宙人っていると思う?」
キョン(イズモ)「宇宙は広い。いる可能性は高い」
ミニハルヒ「未来人は?」
キョン(イズモ)「技術的には不可能じゃない」
ミニハルヒ「超能力者は?」
キョン(イズモ)「専門外だ」
ミニハルヒ「異世界人は?」
キョン(イズモ)「可能性はある」
ミニハルヒは満足そうに頷いた。
ミニハルヒ「北高ね。覚えとく」
そう言って去っていった。
ミクルを起こし、再びユキのマンションへ。
ユキはすでに理解していた。
ユキ「情報は共有した」
ユキ「時間移動は一つの方法じゃない」
畳の部屋で横になると、瞬時に時間が跳んだ。
キョン(イズモ)「……戻ったか」
カエデ「三年経過しています」
ミクルは呆然としていた。
マンションの前で、ミクルはぽつりと語った。
ミクル「私は見習いの見習いみたいな存在なんです」
キョン(イズモ)「大変だな」
ミクル「でも……捕まるなんて思ってなかったです」
キョン(イズモ)「帰れるか?」
ミクル「はい」
キョン(イズモ)「じゃあ、また学校で」
七夕の夜は、静かに元の流れへと戻っていった。