千恋*万花〜約束   作:メアリィ

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初めましての方は初めまして
もしかするとどこかでお会いしたことある方は、お久しぶりです。
メアリィと申します。
今回より、ゆずソフトでお馴染み、千恋*万花の二次創作をまったりと投稿していきたいと思います。
是非とも、よろしくお願いします


story.1 予想外
第一輪 戻ってきた穂織


 

 

 

 

───もう二度と、この土地には戻らない。

 

 

 

そう決めて十年。

なのに今、俺はこの景色を見ている。

変わらない砂利道、小川のせせらぎ。『ポポ……』と遠くで鳴くアオゲラの声が、胸の奥の古傷を容赦なく突く。

拳を握った。握りすぎて爪が食い込み、爪痕が小さく残っていた。

 

数時間に1本程度しか通らないバス停は、10年前よりも寂れて、もはや運行しているのか怪しいくらいに物音ひとつ立てずに佇んでいる。

 

一見、普通の人にとってはこれが心地よい場所なのかもしれない。住宅街や、それこそ東京なんかに住んでる人にとっては喧騒なんてないわけだから。

 

──だけど。

 

 

拳を握る力だけは、強くなってしまった。

爪が手のひらに食い込み、その感覚が十年分の“逃げ”を手のひらからじわじわと滲み出すようだった。

 

何度も足を運ぼうと考えたりもした。

逃げ(・・)はどれだけ惨めで臆病な行為なのかわかっていた。だけど、当時の俺にはそれしか選ぶ道は無く、ただひたすらに現実に流されて、流されて、流されて……。

 

 額から流れる一滴の汗が、目に入る。

沁みる痛みは、10年間溜めてきた心の痛みなんかに比べたら比でもない。

 

 俺は臆病者(・・・)裏切者(・・・)だ。

ここぞというときに、持っている力を発揮できずに持て余す弱虫だ。

だから守るべき人を守れず、友を失い、家族を失い、愛しい人からの信用も失った。

 

 それが俺、萩原(はぎわら)佳正(よしまさ)だ。

上越地方に籍を置く高校二年生。ごく普通の男子高校生。

それ以下でもそれ以上でもない。

 

家を出て、電車を乗り継ぎ約3時間とちょっと。

路線バスは運行廃止とのことだったので、1番近い駅からタクシーで20分。そこから歩いて数分。

 

 

寂れたバス停を越え、漸く石で造られた峠道が見える頃には目的の地。入口にはまだ列記とした、これまた町内限定のバス停があり、時間確認のために疲れの感じる足を動かす。次のバスまで10分。

 

 

こんな交通が不便な町に、俺はまたやってきた。

 

 

 

 

この町──穂織(ほおり)の町に。

 

 

 

 

───── 第一輪 戻ってきた穂織 ──────

 

 

 

 

 

 

「10年前と変わってねぇな」

 

ここを離れて丁度10年目の春。

10年前と比べると新築が建ってたり、壊れてた建物やらなにやらが修復されて見事なまでの温泉街として綺麗になった街並み。

 

ネットでは噂になってる、田舎にある温泉街として有名な穂織は、『和』としての雰囲気を出し惜しみ無く押し出していて、実に綺麗な町だ。

 

 

───温泉街

 

 

そう、ここ穂織は温泉街として有名だ。交通の便はともかく、この全面に押し出す『和』と、数々の温泉が日本国内だけでなく、海外からの観光客からも注目を浴びている。

 

 

効能は覚えていないが、まぁ体にいいものが多く含まれているとの事で、特に女性からの支持が厚い。

 

バス停に向かう間ももその観光客の楽しげな会話や、外国人の独特な喋りが行き交う中、きっと俺は陰鬱な雰囲気を放っていたに違いない。

 

 

「人、多いなぁ」

 

 

そう、人が多いのだ。

10年前と比べて一目瞭然。こんな片田舎に何があるというのだ。温泉しかないじゃん。

 

春風で煽られた髪を整え、桜が蕾をつけている並木道をひたすらに歩く。

 

「……でも、何も変わっちゃいないか」

 

それは景色うんぬん、賑わいうんぬんを指していないことを本心にしかわからない。

 

 

……祖先が残した置き土産。きっとそれは、呪い。

 

そして──犬憑きだ。

 

 

 

 そして俺は置き土産を残した祖先の後継者で、逃げ出した腰抜けなのだ。

逃げてからずっとみんなに負い目を感じ、俺にも何かできることがあったんじゃないかと思う自責の念に駆られる日々。

 

 でも俺は後継者としてあまりにも無能で、守られてばかりだった。

だから今、こうして戻ってきた。今更ではあるあるが、まだ続いているであろう呪い(・・)から穂織を解き放つために。

 

 

「……あれ?お前どこかで」

「ん?」

 

 

 バスに乗ろうとした瞬間、背後から男性に声をかけられたような気はして足を止める。

振り返った先にいるのは俺と年の近い、茶髪の男性。黒い甚兵衛を羽織り、どこか爽やかな雰囲気を漂わせている彼に、どこか見たことのあるような面影を感じるが、如何せん穂織に戻ってきたのは10年も昔。

 

 とはいえ、人口の少ない穂織で同年代の男性は多いわけじゃない。

もしかすると───と思い、思いついた友人の名を口にしてみる。

 

 

 

「もしかして、廉太郎(れんたろう)か?」

「おおーっ!やっぱりお前佳正か!!!え!?なんで!?なんでお前ここにいるんだよ!!」

「まぁ、色々あってだな」

 

 

 

 

 鞍馬(くらま)廉太郎───こいつは、今回穂織に足を運ぶきっかけを作った人物の孫息子で、俺が穂織に住んでいた時の数少ない友人の一人で、よき理解者。まさか穂織到着数分内に顔見知りの人に会うとは思わなかったが。

 

 

「いやーっ、それにしても何年ぶりだろうな!お前の顔を見るのは。すっかりいっちょ前の男になりやがってよぉ!」

「そういう廉太郎こそ、髪なんて染めやがって....元気してたか?」

「ったりめーだろ。佳正こそ、向こうで元気にやってたか?」

 

 

 ぼちぼちと、そう答えた俺は乗ろうとしてたバスの運転手に乗らない意思表示を残し、そのままドアが閉まる音を後ろに、廉太郎と歩き出す。

 

 

「ほんと急にどうしたんだよ」

「なにが」

「だから、どうして急に戻ってきたんだってこと。あれから一切顔見せなかったくせに、連絡なしで急に来るとか水臭いぞ」

「急じゃないさ。玄十郎(げんじゅうろう)さんから話は聞いてないのか?」

「いや、まったく」

 

 おかしい……。

玄十郎さんは、そういった連絡事項の共有は絶対にする方なはずなんだが。首をかしげる廉太郎を見ていると、玄十郎さんが忘れたんじゃなく、こいつ自身が頭から記憶を消し飛ばしたんじゃないかと思ってしまう。きっとそうなんだろう。

 

 

「まぁいいさ。ちょっと玄十郎さんに用件があるって呼ばれてな」

「へぇー。まぁなんでもいいさ。こうして無事、再会できたんだから!」

 

 

 がっしりと俺に肩を組んでくる。

季節は春。長旅と暖かい気温で少し汗ばんでいるというのにお構いなしの廉太郎に少しうっとうしく感じた。まぁ昔からこうだったし、そう簡単には変わらないか。

 

「相変わらずだな。お前」

「なんか言ったか?」

「別に」

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────

 

 

 

 

 

 

「で、お前は今日からどれくらいここにいるんだ?」

「あぁ、それはあれだ。穂織に住むことになったから、まぁ転校だな」

「なるほどな寝床は?」

「最初の方こそ志那都荘(しなつそう)にお世話になる予定だったんだけど、話によるとめっちゃ安い空き家があるらしくて、そこに住まわせてもらうことになったわ」

 

 

 今回穂織に来た目的は鞍馬玄十郎、廉太郎の祖父から例の件(・・・)で確認したいことがあって呼ばれたことだ。だけど俺には別件でやらねばならないことがある。それが済むまでは向こうに帰ることができない。それは廉太郎にとっては関係のないこと。無闇矢鱈に話すことじゃないだろう。

 

 

 

「ところで、玄十郎さんはどこにいる?」

「爺ちゃんなら多分健実(たけみ)神社にいるんじゃねぇかな。ほら、明日から春祭り(・・・)だし爺ちゃんはその実行員だから」

「春祭り?あぁ……そうか、そんな時期か」

「まぁな。だから爺ちゃんのとこ行くなら健実神社行かねぇと」

 

そう言った廉太郎は目の前の十字路を左に曲がり、志那都荘とは別の道を辿る。

 

「春祭りってあれか。男性が甲冑つけて馬と一緒にやんややんやしながら練歩くアレか」

「そうだな。数百年前の……なんだったかな。妖怪?だとかを倒した際の祝いとしてあるんだったかな。春祭りって」

「色々カットしたなお前」

「だって祭りの起こりなんてもんに興味ねぇわ。俺が興味あるのは女だし」

 

 

そういってる矢先にも、廉太郎はすれ違う女性を鼻の下を伸ばして吟味する。女好きなところは昔と変わっていて欲しかったなぁ、と心の中で残念な気持ちになる。

 

そう言う俺自身も、春祭りとはどんな祭りなのか詳細自体は知らない。昔、父母から昔話感覚で語られた程度で、なんでも数百年前の武者どもが争う乱世時代に現れた女性とおもしき妖怪が現れ、権力者を手玉にとり、それを糧にして争いを引き押していたらしい。

 

それを退治すべく、祈祷に祈祷を繰り返した結果。

対抗する神刀"叢雨丸(むらさめまる)"が、その武者に授けられたそう。その叢雨丸で妖怪を退治し、穂織に平和が訪れた。その祝いとして春祭りが今でも伝統として残っている。

 

余談ではあるが、その妖怪との死闘の末に大地が割れ、温泉が湧き出したと言われているが定かではない。俺の中では。

 

 

「んなことよりさ、佳正向こうで女できたか?」

「……なんだよ急に」

 

さっきまでの軽口が、妙に遠く感じた。胸の奥では別の言葉が渦を巻いていた――“呪いはまだ終わっていない”。

 

「いやさー。上越の方って綺麗な女いっぱいいるんだろ?だから佳正にも1人や2人女できたんじゃないかなーって。それで俺にも紹介して欲しいなーって!」

「そんなの居ないし作ろうと考えたこともないよ」

 

 

ちぇーっと口を尖らせる廉太郎にバレないように小さくため息をつく。別に俺は行きたくて向こうに行ったわけじゃない。

 

「でもまぁ、春祭りの事もそうだけど、ここ(穂織)も栄えてきただろ?」

「10年前とは全然違うくらいにな」

「あん時は色々あって、沢山辛い経験してきたけどさ。こうしてここが栄えて、良いように見て貰えるようになったのはいい事だと思うぞ。」

「……」

 

 

俺が知っている10年前の穂織とは違う。

それは雰囲気と、観光客の顔を見てりゃわかる。観光地として名を世界に知られ、土地と食べ物と祭りがあって。たとえ時代から取り残された土地であっても、彼らには周りから力を借りずに独立して発展していけるだけの力がある。

この発展は誰がどう見ても良いものでしかない。

 

 

───でもそれはまだ表向きの穂織でしかない事を、俺は知っている。

 

春祭りは、何百年も前の祖先らが命に代えて残した遺産だ。妖怪と戦い、命を散らし、そうして果たした役目の終焉。

だけど、終焉ではなかった。

 

「……」

 

俺は、視線を少しあげた先の山々から感じる不穏な空気を見逃さない。

 

呪い(・・)はまだ終わっちゃいない」

「なんか言ったか?」

犬憑き(・・・)はまだある」

 

 

犬憑き(・・・)は呪いだ。

それから解放するために俺はやって来た。跡継ぎとして無能で、逃げ出した俺に出来ることはもしかするとないのかもしれない。だけど、このままのうのうと過ごして言い訳なんてない。

 

「ふーん。あ、ほら着いたよ」

 

 

廉太郎の声で意識が現実に戻る。

目と鼻の先にある健実神社は神主だけでなく汗だくになってせっせと動き回る大人がちらほら見える。

 

その中に1人、貫禄をみせる老人が境内に上がっていく。

間違いない。廉太郎の祖父、玄十郎だ。

 

 

「おーい!爺ちゃーん!」

「……」

 

 何かをじっと見据えるようにピクリとも動かない。神社の中に入り、玄十郎の視線を追った先には何人もの列を為しており、先頭の人は中腰になり、大きな岩(?)に刺さっている何かを引っ張りだそうとしてる。よく見ると日本刀だ。岩の隙間から見える日本刀の刀身は煌びやかに輝いて、引き込まれる感覚に陥る。

 

 

 

 

「爺ちゃん聞こえてねぇな」

「なんだあの列。みんな何引っぱってんだ」

「あれは"叢雨丸"さ。知ってるだろ?」

「あぁ」

「あそこにある御神刀こそ、伝承にある刀で──って、おい。ちょっと待てよ!」

 

 

そしてそれは、感じたことある感覚(・・・・・・・・・)で、廉太郎の言葉を最後まで聞かず、吸い寄せられるように大きな岩の元へ。

 

 あれから詳しい話は風の噂やインターネットで知ってはいたが、叢雨丸は健実神社に奉納されていて、今でも岩に刺さったままの叢雨丸が抜かれる瞬間をこうして待っているらしい。

 

 

「むー……ん?おや、これはこれは」

 

 

列を横切り、岩の前に立った瞬間、鋭い視線が俺を射抜いた。

玄十郎だ。

一歩、また一歩と、音を立てずに距離を詰めてくる。その足音がやけに重く響く。

 

「佳正……来ていたのか」

「玄十郎さん、ご無沙汰しておりました」

「その様子だと壮健に暮らしていたようだな。何よりだ」

「玄十郎こそ。それで、これは?」

 

 

視線を列に向けて言う。とりあえず確認。百聞は一見に如かず。

 

「見ての通り、この町のイベントだよ」

「それはわかりますけど、あれがもし仮に抜けてしまったら、また───」

 

叢雨丸は特別な刀だ。そこら辺の鍛冶屋のおっさんが手掛けた日本刀とはわけが違う。

 

「佳正もわかるだろうが、あれは単純な力では抜くことはできん」

「……つまりは?」

「この町を盛り上げる一貫のイベントとしてやってるだけじゃ。ちゃんと見極めておる」

 

 

 いわば町の発展に貢献するイベント、といったところか。

玄十郎の話は聞いているが、俺の視線は叢雨丸に釘付けだった。手に汗が滲む。その汗は冷たく、まるで叢雨丸の柄を持った時の冷たさ(・・・・・・・・・・・・・)そのものだった。運命を左右する瞬間が鮮明に脳裏をよぎり、更に両手に力がこもる。

 

 

───10年前のあの日。

 

 

巫女姫様(・・・・)を失った。

 

町が妖の大群に襲われ、人々が恐怖の渦に巻き込まれた。

 

俺が叢雨丸を手に取った(・・・・・・・・・)瞬間、一人の女の子と出会った。

 

そんな力もむなしく、父さんと母さんを失った。

 

 

 

「佳正?どうかしたか?

「え、あぁいえ。なんでもないです」

 

 

 玄十郎の声に我に返る。

そんな俺に玄十郎はさっそくと言わんばかりに例の件(・・・)を提案してくる。

 

 

「お前もう一度、叢雨丸を手に取ってみるか?」

「……しかし」

「お前は、きっと罪悪感に苛まれている。そうだろ?」

「……」

 

 

 図星だった。

せっかく手にした力を存分に発揮できず、少女との約束を果たせないまま、この地を離れてしまったのだ。罪悪感を覚えないわけがないだろうに。

 

 今回穂織に戻ってきた目的。それは元叢雨丸所有者(・・・・・・・)である俺が、再度叢雨丸所有者として契約を結ぶこと。

 そして、穂織を囲む妖怪の呪いから解き放つために尽力すること。それしか、俺にできることは無い。それが犯した罪をここで清算しなければならないのだ。

 

「きっと、ムラサメ様(・・・・・)もそれを望んでおろう」

「……」

 

 

玄十郎が口にした”ムラサメ様”。

それは───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと来たか。"ご主人"。待ちわびたぞ!」

 

 

 

 

 背後から、鈴を転がすような声が響く。胸が跳ねた。呼吸を忘れるほどの既視感。

ゆっくりと振り向く――そこにいたのは、ふわふわと宙に浮く、10代の可愛らしい女の子。

 

 

 

 

 

 

 

「……ムラサメ、様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───彼女は、叢雨丸の管理者で

 

 

 

 

 

───俺が救えなかった、神の使い

 

 

 

 

彼女は、あの時と同じ姿で、あの時と同じ───けれどその微笑みの奥には、拭えぬ切なさが滲んでいた。

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