千恋*万花〜約束   作:メアリィ

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第五輪 逆境

「おーいちちち。何も思いっきり引っぱたく事無いのに」

「知りません。せっかく茉子のお母さんから頂いた羊羹を貴方1人で殆ど食べてしまったのがいけないんです」

「美味かったんだからしょうがないでしょう?芳乃様も仮に目の前に美味すぎる羊羹があったら1人で独占するんじゃないんですか?」

「……」

「目を泳がさないでください」

 

赤くなった頬に保冷剤をあてながらぶつくさと文句を言う。

自業自得だけど、なかなかに2倍返しのようなフルスイングのビンタで一瞬視界が明暗した。上と下がわからないくらいぐわんぐんと回ったのは初めてだった。

 

「ちゃんと茉子の母さんにどこの店で買った羊羹か確認して、お詫びに買っておきますよ」

 

 

ぷいっと顔を背けるけど、口元がにへらぁと緩む所を俺は見逃さない。

昔から甘いものに目がないのは今でも健在のようだ。

 

「さて、今何時だ?」

「18時を過ぎたところだよ」

 

茉子はそう言いながら立ち上がると「さて、夕飯の仕上げでもしますね」と一言残して部屋から出ていく。

 

「茉子、夕飯のお手伝いしましょうか」

 

 

そう提案するのは芳乃。昔からの付き合いとはいえ、やはりこの部屋に二人きりになるのは些か気まずいのだろう。俺も気まずい。

 

「いえ大丈夫ですよ。後はお魚を焼くだけなので」

「……」

 

 

魚、と聞いて無意識のうちに背筋がぞくりと凍る。俺は今晩ここで夕飯を摂ることになるのだろうか。果たしてその時、魚を強制的に食べさせられるのだろうか。

 

俺は魚が苦手だ。幼少期に食べた焼き魚の骨が喉に刺さり、死にかけたことがある。それがトラウマとなってしまいその日以降魚という魚がダメになってしまった。

 

「じゃあ俺は少し出かけてくるよ」

「どちらに行かれるのですか?」

「どちら……そうだなぁ」

 

重い腰を上げ、軽く体を解す。

話したらついてくるなんてことは無いだろうけど、あそこ(・・・)には一人で行きたい。でも告げた方がいいのかもしれないしどうしたものか……

 

なんて悩んでいると茉子がフォローするかのように芳乃に言う。

 

 

「芳乃様。乙女に秘密があるように、殿方にも人に話せない事情というものがあるのですよ。察してあげましょう」

「だけど」

「きっと佳正はあそこ(・・・)に行くんだと思います」

「っ!!」

「あそこ?」

 

 

なんという茉子の洞察力。俺は茉子にそんなこと一言も伝えてない。なのに彼女は『俺の行動が手に取るようにわかる』といった如何にもなタイミングで発言するものだから衝撃的だった。

 

俺の行動、茉子にとってそんなにわかりやすいだろうか?

まぁ、そんなことより茉子の厚意にあやかるとしておこう。

 

「そういうことです芳乃様。夕飯までには戻ってきます」

「なんだか佳正君と茉子が心で通じてるみたいな感じだった」

「あーその件は俺知らないので茉子にふってください」

 

芳乃の呟きに目を逸らしながら茉子に転嫁する。こういう話は知りません。さよなら茉子あとは頼んだ……。

 

「何か言ったー?」

「なんも言ってないー。じゃあ行ってくるー」

「いってらー」

 

部屋を出る背後から、茉子に問い掛ける芳乃の声が聞こえる。知らないことに対して非常に積極的な姿が昔と変わらないようだ。玄関で靴紐を結び、

 

「あ、どこかに花屋なんてもの無いかな」

 

茉子らに聞こうと思ったけど、まぁ散歩がてらに歩き回ってみるのもいいかも知れない。

 

 

 

 

 

 

家を出て歩き出して十数分。

なんとか歴史ありそうな花屋にたどり着き、花を買うことが出来たので一安心。また、目的地に水があるかわからないので念の為500ミリの天然水も購入した。

 

 

 

 

俺の目的地は母さんと父さんが安らかに眠っている墓。墓参りだ。

 

 

 

 

 

 

──── 第五輪 逆境 ────

 

 

 

 

 

 

 

俺の父さんは人懐っこい性格の人だった。愛嬌に富み人当たりがよく、趣味が広く、話題を沢山持ってて社交的なのんき屋だった。俺自身、父さんのもってる話が好きで寝る前まで父さんの話にどっぷり浸かっているくらい話題性が長けていた。

また、一人の人間に絡み付き、しがみついて、その相手を苦労させてしまう面もあったらしく、当時交際中だった母さんが非常に苦労したと聞いている。

 

だけど、それでも萩原家の頭首。俺が産まれる前に既に祖父は他界していて、若干34歳でありながらも意志を継ぐ者を仕えて朝武家を支えてきた。

 

母さんはというと父さんと違って厳格な性格で、頭が固く警戒心が強かった。母さんは萩原家の血を引いてないから忍者としての才能は無いに等しかった。だけど、知識と閃きで父さんをサポートし、また俺の教育や忍者の稽古のメニューを組んだのは母さんだった。

 

つまりは優しい愛情は父さん、厳しい愛情は母さんから貰って俺は育ってきた。

 

朝起きて稽古をし、母さんの作るご飯を食べ、茉子達と遊び、稽古をして、夕飯を食べる。そんな毎日だった。

辛くて怖くて、逃げ出したい毎日だったけど、俺は母さんも父さんも好きだから頑張れた。

 

 

 

 

『佳正、今日もよく頑張ったわね。辛い稽古によく耐えたわ』

『うん。おかあさんおなかすいたー』

『今日はお母さんの作るハンバーグだぞー』

『はんばぐー!やっだー!』

 

 

母さんの作るハンバーグは格別だ。

今ではファミレスや学食で、或いは自炊で食べることが多いけど、母さんの作るハンバーグは優しく、肉の旨味を余すことなく奮発に味わえるおふくろの味そのものだった。

 

 

 

『ごめんなぁ佳正。お父さんの跡継ぎで頑張らせちゃって』

『だいじょうぶだよおとうさん。おれもっとつよくなっておとうさんといっしょにわるいやつたおすんだ!』

『じゃあもっと頑張らないとね。はい、ハンバーグ』

『わーい!はんばぐー!はんばぐー!』

 

 

この時までは本当に幸せだった。

辛くても親に愛されていて、ハンバーグが食べられて、本気で父さん母さんの為に強くなりたいって思ってたんだ。この時までは。

 

 

 

 

 

 

───────

 

 

 

周辺には今まで穂織で亡くなった人達の墓が並んでいた。

昔一度迷子でここを訪れただけだったから記憶はうっすらであった。だけど無事たどり着くことは出来たし、記憶通り手入れされてる様子ではなかった。

 

墓は綺麗にされているけど、道は整備されておらず、道草も生えていて中々に人の気配を微塵も感じない。

 

目の前の墓には、『萩原家之墓』と書かれている。これはずっと昔の祖先の墓。その隣には両親の名前が彫られた墓が2つ。

 

俺が穂織を離れてから、きっと玄十郎が作ってくれたのだろう。決して大きく、存在感の大きな墓ではないけれど安らかに眠れるように安心感のある墓だ。

そこにはお供え物として饅頭やみかんがあり、花も手向けられている。俺も持ってきた花束を墓に立てかけるように置く。

俺が買った花は『カモミール』という、母さんが大好きで、母さんに影響されて父さんも好きだった花だ。

 

墓参り向けの花ではない。どちらかというと菊とか(さかき)(しきみ)などがメジャーだろう。そもそもカモミールは薬草、ハーブといった用途の他にカモミールティーとして飲む用途の方がポピュラーなのだ。

 

 

「でもそんなのより、きっと母さんも父さんもこの花だったら喜んでくれると思うから……」

 

 

それがカモミールを選んだ理由だ。

2人にとって不出来な息子だったかもしれないけれど、俺が2人が大好きだった気持ちは変わらないから。

 

花を添え、買ってきたペットボトルの水を墓にかける。

 

「ごめんよ。線香とか持ってきてないや」

 

そんな言い訳を零して、もう一度墓を見つめる。

辛いこともあった。楽しいこともあった。もっともっと愛して欲しかった。どんなに不出来でも、母さんと父さんの愛情だけは欲しかった。

 

「……ただいま、母さん、父さん。元気に過ごしてたか?」

 

 

今は亡き人に元気かどうか尋ねるのは愚問だと思う。

最初はなんて声をかけたらいいか思い浮かばないけど、きっと自然体の方がゆっくり話せるのではないだろうか。

 

「俺もあれからなんだかんだ怪我なく小学校、中学校、高校過ごしてるし、友達とも上手くやってる」

 

特に思い入れのある学校生活ではなかった。

朝早く起きて竹刀を振り、寮母の作る朝食を食べて学校へ向かう。授業を受けて、クラスメートと談話し、放課後は寄り道せずに帰宅する。夕飯を終え、机に向かいその日の授業の復習をしたら日付が変わる前に眠りにつく。

 

なんの色も感じないただただ同じ毎日。目的もなくただ無心で竹刀を振り、忍術の練習もせず、怠惰な生活を送る。

 

 

「成績も上の方にはあるし、きっといい大学とか就職ができるんじゃないかな……」

 

微塵にも思ってないことを口にする。

こんな俺に良い未来なんて訪れるわけない。そう自虐していないとやっていけない。

 

 

「まぁ、俺の近況報告なんてどうでもいいよな。父さん母さんにとっては」

 

 

 

静かに合唱すると、思い出される3人で過ごしてきた記憶が蘇る。

 

 

 

 

 

「俺さ、母さんの作るハンバーグめちゃくちゃ大好きなんだ。でも、他にも好きな食べ物があるんだ」

 

 

それは、茉子と喧嘩して大泣きしながら帰宅した時に出されたメニューだ。

 

「1度しか食べたことなくて。でも珍しく父さんが不慣れながらも作ってくれたやつだから、今でもよく覚えてるよ。"親父風肉じゃが"って言ってたな」

 

 

大きくごろごろしてて、味も妙に濃いし砂糖の入れすぎか甘いし。

だけど、それでも父さん作った肉じゃがは愛情がこもってて、また食べたいと思っている。

 

「じゃがいも固かったよ。歯が折れるんじゃないかって思ったわ。でも、また食べたいと思ってたんだ。」

 

誰かに語り掛けるわけでもない。ただ独り言のように思い出を広げる。

 

「俺がさ、茉子を家に連れ込む度に父さんは『結婚すんのか!?いいねぇ!!』なんて冷やかすもんだからさ。俺は俺でめちゃくちゃ恥ずかしいし、茉子はノリノリで冗談に乗るしさ。俺と茉子はそんな関係じゃないっていうのに父さんそういう話好きだから困るわ。ホントに……」

 

芳乃が家に来ることはたまにあったが、茉子の方が圧倒的に頻度は多かったし、芳乃の場合立場もあってそんなイジリはして来なかった。

まぁ、2人を家に連れ込んで遊ぶ時はハーレムだの一夫多妻だの冷やかされた。

 

「そういう冷やかしするから母さんに怒られるんでしょ?俺は知ってるぞ。母さんの怒りを鎮めるためにその晩はセッ〇スしてるの」

そう、そんな夫婦だ。

性格は正反対だけど、仲睦まじく愛し合っているのは幼少期の俺ですらわかっていたし、今思えば週3~4で頑張ってることも知ってる。

 

 

 

 

「そんな2人にとって……俺はなんだっだ?」

 

 

 

目が熱い。

悲しくて悔しくて、この怒りを何処にぶつけたらいいのかわからない。

 

「あんなにも嬉しそうに笑ってたのに。なんで俺はお前らに除け者扱いされなきゃならなかったんだ?忍者として無能だとわかったからか?それとも剣道の道に逃げたからか?お前らの言うことをちゃんと聞いていい子に育たなかったからか?教えてくれよ……何が悪かったんだよ」

 

茉子と比べて、俺の忍者としての技術は著しく成長が芳しくなかった。

それを近くで見ていた2人は、忍者として育てるのを諦めたのだろうか。

 

「俺は、2人になんで見捨てられたのかわかんねぇよ」

 

 

 

本当に極端だった。

母さんから『佳正には忍者は無理』と聞いたのは夜。夜中に尿意で目が覚めて、扉越しにこっそり聞こえたのは母さんの悲しそうに泣きながら父さんに訴える声。

寝ぼけながらでもよく覚えてる。

 

佳正の忍者としての才覚発揮の低迷。

 

朝武家を護衛。

 

萩原家の将来。

 

 

俺……というより、家柄の心配をしている両親は果たして本当に両親だったのか。今でもわからない。あの笑顔、あの温もり、あの叱責は本当に俺の為だったのか。

 

「本当は、俺は父さん母さんの前に現れてはいけなかったのかもしれない。穂織に戻るべき人間じゃなかったかもしれない」

 

 

きっと父さん母さんなら気の無い態度で『どうして戻ってきたの?』なんて言いそうだ。こんな無能な息子に魅力なんて2人は感じてないのだから。

 

 

 

 

 

「……」

 

 

春風が横薙ぎで俺の体を吹き抜ける。

桜の花びらは、まばゆく日に照らされてすーんとした香りが辺りに漂う。湿った土の匂いもなんだか新鮮のように思えてきた。

 

 

 

 

「俺にとっての父さんと母さんは()だった」

 

 

 

気がついた時には、父さん母さんのような立派な人になるっていう夢があった。父さんのように、家庭に色を添えつつも、役目を全うする人になりたかった。母さんのように軸を振らさず己の信念を突き通す強さを持つ人になりたかった。

 

 

 

「昔の事を話してさ。思い出したんだ。父さんや、母さんみたいになりたくて期待に応えて、近づきたくて頑張ってたんだってさ。父さんの甘やかしを受けて、母さんの説教があって、それで2人の愛を感じてて少しずつ成長してるって実感があったんだ。」

 

 

 

気がつけば目から涙が溢れていた。

愛を二度と受けられないことに対してでは無い。2人から突き放されて、途方に暮れてしまったことで()を忘れてしまった。そのことに対して俺は泣いている。

 

 

「正直、父さん母さんが俺を突き放した真意はまだわかんねぇよ。俺には向いてないからって、それが本当なのかどうかわかんねぇ。きっとまだ、なにかあるんじゃないかって最近思うんだよ」

 

じゃあなぜ、母さんは泣きながら父さんに訴えていたのか。

忍者として使い物にならないからっていう理由で、あんなに悲痛な泣き声を漏らすものなのだろうか。

 

思い返せば、不自然だった……気がする。

 

 

「俺は……どうすればよかったんだよ」

 

それでも結局のところ前には進んでない。むしろ後退。

親から見放されたことには変わらない。何も守れなかったことも覆せない。

 

 

「……父さん」

 

 

教えてくれ

 

 

 

「母さん」

 

 

 

教えてくれ

 

 

 

体が重い。

いつまで俺は足踏みしているんだろうか。

本当に俺は、歩けるのだろうか。

 

ふと、墓に供えたカモミールに目が留まる。

白と黄色の色合い小さな花で、地中海沿岸が原産のハーブの一種。

踏まれれば踏まれるほど丈夫に育つという特性から生まれた花言葉は確か──

 

 

逆境(・・)……」

 

 

 

まるで俺の人生そのものを揶揄しているように思えてきた。

俺の人生は思うように上手くいかないものしかなかった気がする。望めば手に入れられたかもしれない幸せな道を自ら蹴落とした。

 

「なにが不運だ。目を背けたのは俺だろうに」

 

 

ふぅっと静かに息を吐き、空を見上げる。薄暗いオレンジ色の空に小さな星がいくつか見える。

 

 

「……また、来るよ。暫くはやることがあるから来れないかもしれないけど」

 

 

 

そろそろ日が沈む。森の中は昔と変わらなければ奴ら(・・・)が湧き出てくるだろう。無能な俺には為す術も無く、むざむざ怪我をする訳にも行かない。

 

 

「じゃあ、元気で」

 

 

 

 

空になったペットボトルを小さく丸めてポケットに無理やり押し込む。

 

 

 

 

─────────

 

 

 

 

 

 

 

帰り道。

どんよりした気分でとぼとぼ歩いていると、後ろから女の子に声を掛けられ、振り向くとそこにはムラサメとかいう合法ロリが浮いていた。

 

 

「今よからぬ事を考えておったな?」

「心理学者かなにかですか?」

「戯け、ワシは神の遣いじゃ。なんでもわかるぞ」

「そっぽ向きながら嘘つかないでください」

 

 

吹けもしない口笛をしながら、目を泳がすところは昔とてんで変わらない。

 

 

「何をしておったのじゃ?」

「特に何も、散歩ですよ」

「ほーん、お主は散歩で御両親の墓に足を運ぶような奴だったかのう」

「見てなんなら声掛けてくださいよ」

「あんな辛そうな背中見せられたら声掛けられないぞ」

 

つまり泣き声とか聞かれたというのか。なんたる不覚。

俺の横に並びながら歩幅を合わせて歩き出す。

 

 

「ムラサメ様こそ何をなさってたんですか。こんな時間まで」

 

時刻は6時半を過ぎたところ。

そろそろ各家は夕飯時だ。そもそも人集りの少ないこの町で遊び所なんて。

 

「まぁいつも通り散歩じゃ。あとはパトロールなんかもしておるぞ」

「納得です」

「で、何かあれば芳乃や茉子に伝えてって流れじゃな」

「神の遣い辞めて警備員に就職した方がいいんじゃないですか?」

「お主バカにしておるな?吾輩をバカにしておるな?」

「愛情表現ですよムラサメ様」

「むぅ……ならば良いのじゃ」

 

ちょろすぎる。

やはり何百年も生きてるとはいえ女の子。

おだてればすぐ機嫌が良くなってしまうところを何とかしないとつけ込まれてしまいますよ……主に俺に。

 

 

 

「お主は、御両親を恨んでるのか?」

「どうしてですか?」

「あんなにも大切にしてもらっておったのに、手のひら返しのように手放されたであろう?あれは見てる吾輩としても辛かったのに、お主は──」

「別に恨んではいませんよ。めちゃめちゃ悲しいのは事実ですけど、才能が無くて認めて貰えなかったのなら……悔しいですけど俺自身受け止めるしかできませんし」

「……」

「?なんですかムラサメ様」

 

 

急に黙り込んだかと思うと、いきなりこっちに顔を向けなにか言いたそうに口をパクパクと開く。

 

 

「お主は───」

 

 

そしてまた口を閉ざす。

基本的に良くも悪くもなんでも喋るムラサメが言い篭ること自体珍しい。何を伝えようとしているのだろうか。

 

「……なんでもない」

「??なんですか。らしくないですよ」

「いや、吾輩の気のせいじゃ」

 

 

気のせいでもないでしょうに。

とはいえ、言えないのなら無理して聞き出すわけにもいかない。ただ俺は「わかりました」と頷いてまた静かに足だけ動かす。

 

「これから夕飯ですけど、ムラサメ様如何です?」

「吾輩は食を必要としていないのはわかっておろう?」

「でも、1人じゃ寂しいんじゃありません?」

「そうじゃの」

「もしよければ、どうです?」

 

 

その誘いに嬉しそうに頷くムラサメ。

神の遣いとはいってもやはり1人の女の子。食事はみなで食べた方がきっと美味しい。俺自身も久方ぶりな気がする。どうせなら……。

 

「じゃあお言葉に甘えようかの」

 

 

 

 

 

こうして、穂織の初日を終えようとしている。

今日は何もできなかったけど、明日からはもう少し穂織を歩き回ってみようか。これからお世話になるし、今後のことを考えて状況も把握しておきたい。

 

 

 

 

 

 

 







「むぅ……」


吾輩を夕飯に誘ってくれるご主人……あぁいや、元ご主人の気遣いは嬉しい。
吾輩の反応に対し嬉しそうに微笑む姿も真の気持ちじゃろう。だけど彼は知らない。

御両親から見放された本当の理由(・・・・・)を知らない。
彼は忍者としての才能が無かったから。そう御両親から聞かされているみたいで、それを間に受けてしまっておる。幼少期の事で、父上母上の話すことは真だと疑わずにいることは至極当然じゃ。

だけど……

「(でも絶対に伝えてはならぬと釘を刺されておるからのう)」

だから、思わず言い留まってしまった。伝えた方が確実に元ご主人の気持ち的にも楽になる。でも、真実を聞かされた吾輩は御両親の気持ちも大いに理解してしまった。

「(前途多難じゃのぉ……)」

ひとまずは影でしっかり元ご主人を支えなければならぬ。
たとえ触れることは出来なくとも、彼が道を誤ってしまったら茉子に顔向けできぬからのぉ。



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