千恋*万花〜約束   作:メアリィ

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第六輪 再会

「……」

「……」

 

 

 

 

夕食時。

俺は目の前に君臨するヤツ(・・)と対峙する。

 

 

「佳正君、まだ()食べられなかったのね」

「うるせいっす。俺はこいつとは仲良くなれないんです」

 

芳乃のご要望で本日のメインディッシュは秋刀魚の塩焼き1尾。その他諸々のメニューが食卓に並び、一人暮らしでは到底見ることの無い豪華な夕飯となっている。

 

一人暮らししていた時はご飯にインスタントの味噌汁が定番で、余裕があれば軽く料理をし、余裕がなければ缶詰や漬物で済ませるそんな食卓。だから、何種類もおかずが並んでいる光景が初めてで思わず喉がなる。

 

「だけど魚とは仲良くなれねぇよ」

「まぁまぁ、この際克服しよ?」

「それが出来りゃ苦労しないって」

 

世の中に魚を苦手とする人はごまんといる。

別に無理して食する必要は無い。動物性タンパク質なら別の食材でも賄える。

 

「僕も納豆が苦手だしなぁ。佳正くんの気持ちよくわかるよ」

 

そう聞いてもいないことを話して1人で頷く安晴。

 

 

「なぁ、茉子。すまねぇ無理」

「ダメですちゃんと食べてください」

「じゃあ半分だけ」

「ダメ」

「3分の1」

「ダメです。それ食べる量減ってるよね?」

「頼むよー!1口!ひとくち──」

「許しませんよ。ねぇ芳乃様?」

 

芳乃は芳乃で静かに黙々と食べている。

芳乃の前に横たわる秋刀魚は既に半分ほど食されていて、俺には理解できず唸ってしまう。

 

 

「なんでこんなのみんなは食べられるんだよ……芳乃様カッコよすぎ」

「女性に対してかっこいいと評価しても喜びませんよ?」

 

なんていいながらもちょっと恥ずかしげに黙り込む姿を見逃さない。

 

「そういえば.......」

 

 

ふと、食事を終えた箸を置いた安晴がなにか思い出したように口を開く。

 

 

「玄十郎さんがなにか仰っていたような.....」

 

なにか仰っていた、という非常に曖昧な内容に俺は呆れてしまう。

 

 

 

「その、なにかというのは?」

「それが僕も思い出せないんだ。特別重要な事ではなかった気がするんだけど.....」

「お父さんのその気がするは当てになりませんから思い出してください」

「うーん.....なんだったかなぁ」

 

安晴が首を捻る中、いつの間に準備したのか、茉子が冷たい緑茶を安晴の前に差し出す。

 

「何か御神刀に関するお話とかでしょうか?それとも佳正君に関するお話?」

「あーんー、そうだったような、そうでなかったような.....」

 

それでもやはりピンと来ない安晴。

 

「まぁ、思い出してからで良いのではないでしょうか。明日になれば、ふとした時に思い出しますよ」

 

なんて適当に話を合わせ、俺は目の前の強敵に立ち向かう。

 

 

 

 

 

─────── 第六輪 再開 ───────

 

 

 

翌日。

 

 

早起きした俺は、昨日放置をしていた引越しの荷物開封作業に勤しんでいた。

引越し前の詰め込み作業も楽ではなかったが、引越し後の開封、そして移動という作業もかなり辛いものがある。

 

今も体を鍛えるようなことはしているが、それでも昔と比べると少ない方。

作業開始から3時間を経過した頃には腕と腰が僅かながら悲鳴をあげている。

 

「俺も弱くなったもんだ」

 

自傷気味に呟く。

いいや違う。俺は元から弱い。

自尊心なんて鼻から無いのだ。

あったところで何の役にも立たない。

 

「ふう.....こんなとこか?」

 

12時に差しかかる頃にはかなり部屋らしい部屋となっていた。

軍手を脱ぎ捨て、窓を開けて密閉状態から解放する。両開きの窓を開けると新鮮で心地よい風が室内を疾走する。

1度深呼吸をし、同時に腹の虫が鳴る。

 

「そういや朝からなにも食べてないな」

 

昨日の夕飯の後、茉子と一緒に食器を洗い、そのままゆっくりする事を勧められたもののなんとも落ち着かない空気だったので、俺は足早にその場をあとにした。

懐かしい反面、まだ居心地の悪さは残っている。

どんなに茉子に受け入れて貰えたとはいえ、早々直ぐに解決できるものではなかった。

 

「さて、飯どうしようかなぁ」

 

空腹感を意識したところで食材がない。料理スキルは多少あると自負はしているが、米俵一俵あった所でどうしようもない。セットしたばかりの冷蔵庫や冷凍庫にも当然無い。

昨日サッと歩いた時もスーパーのような建物も無かった。コンビニも当然この町にあるとは思えない。

 

「つまりそういうことか」

 

疲れた重い腰を上げ、財布とスマホを掴んで無理やり尻のポケットに押し込む。先程整理した下駄箱から軽いシューズを取り出して、踵を潰してドアを開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人がいそうなところに行けば何かしら八百屋なりなんなりってあるでしょ.....」

 

 

目標は商店街のように個人の商店が並んでいるところ。

昨日は向かわなかった東方面に行けばきっとあるに違いない。

そういけば、昨日バス停から神社に向かう途中に喫茶店のような店もチラホラ見かけた。最悪今日のお昼はそこで済ませるのもいいかもしれない。

 

懐かしの大地を踏みしめながら、今日の昼飯に思いを馳せる。

昨日は気を張り巡らせ過ぎていたせいかゆっくり風景を眺めたという感覚がない。木造建築の家屋に喫茶店、老舗のお菓子屋さんと昔の景色をぼんやりと思い出しながらふと抹茶を推している甘味処に足が止まる。

 

 

「抹茶.....か」

 

 昔はよく飲んでたっけなぁ。

思い出した途端のどの渇きと懐かしい味を味わいたいという欲がこみ上げてきて、自然と足がその甘味処に向かっていく。

 

 

「すみませーん」

 

 

暖簾をくぐり、中にいる女性に声をかける。

 

 

「いらっしゃいませ。一名様ですね。外の縁台でもお食事が可能ですが、いかがでしょうか」

「あぁ、はい.....そうですね。そうします」

 

 女性店員に促され、外の横にある縁台に腰掛ける。

日差しは強いけど和傘のおかげで遮られ、代わりに心地よい春風が吹き抜ける。

 

「こちらお冷とお品書きでございます。ご注文がお決まりになりましたら及びくださいませ」

「あぁ、もう決まってます。抹茶と栗羊羹をお願いします」

 

 昼飯を食べに来たのにお菓子と抹茶をいただくという矛盾。

まぁ気分で作る料理をコロコロ変えることもあるわけだから、なんて自分に言い聞かせ乾ききった喉に水を流し込む。気持ちいい冷たさに思わず水を一気に流し込んでしまう。

 

「ん.....?」

 

 コップをお盆置いたとき、尻ポケットに突っ込んでいたスマートフォンがバイブレーションを鳴らす。

画面に表示されたのは芦花ねぇの連絡先だった。昨日別れる前にRANE(レーン)という緑色の連絡アプリで連絡先を交換したばかりだった。

  

「もしもし?どうした芦花姉」

「あ、マサ坊今どこにいる?」

「ええと.....穂織の甘味処にいるけど」

「穂織に甘味処いっぱいあるからそれじゃわかんないよー」

「あーと、角竹(かどたけ)って抹茶を推してる甘味処だけど」

「わかった今そっちに行くねー」

「え、なんで──」

 

 こっちに?と、言いかけたところで一方的に電話を切られる。

上機嫌の声色、早口、鼻息が荒かったというキモヲタ三点セットな芦花姉に若干恐怖を感じた。なんていうか.....蛇に睨まれた蛙そのものだった。

 

 

「え、こわっ.....帰ろっかな」

 

 

 しかし、抹茶と羊羹を食していない。食さない限りはこの場を離れられないし離れたくない。

まぁ電話してすぐ来るとも思えないし、もうしばらく様子を見よう。

 

 なんて考えているうちに、栗羊羹と抹茶がやってきた。

もうすでに抹茶を点ててあるので、茶筅(ちゃせん)で点てる光景を見ることはできないが、あの淀み一つない濃い緑色は実に素晴らしいものだと思う。

 

 今ではコンビニやスーパーで手軽にペットボトルに入った抹茶を楽しむことができるだろうが、この深い味わいはそれ系統では不可能だ。

 

 注文した品を受け取り、俺は茶碗を右手に持ち、左手で茶碗を時計回りに2回回す。

そのまま茶碗を顔に近づけ、静かに抹茶を飲む。

 

懐かしい苦みのある深い味。幼少期にいたころはよく茉子と飲んでたっけ.....。

 

(うまい.....)

 

俺は抹茶が好きだ。

抹茶を飲んでいる時だけは俺が俺であることを忘れられ、何も考えずに大好きな抹茶を楽しむことができる。

 

 最後の一口を「ずずっ」と音を立て、心の中で『結構なお点前でした』と感想を述べる。そして久しぶりの抹茶に忘れていた栗羊羹を菓子楊枝で一口サイズに切り、口に運ぼうとする。

 

 

 

 

 

「見つけたよマサ坊!!」

「んあ?」

 

雰囲気ぶち壊しの大声で俺の名前を呼んだ人は、

 

 

「芦花姉、どうしたの?そんなハイテンションで」

「どうしたもなにもないのよ。ほら、この子(・・・)に見覚えない?」

 

 

そういって芦花姉の後ろにいた俺と同い年くらいの一人の青年が、俺が来た時と同じようにボストンバックを下げて軽く会釈をする。

それに倣い俺もお辞儀をする。

 

 

見たことがある.....ような気がする。

整った顔立ちに程よく伸ばされた茶髪の髪の毛。

廉太郎と違って染めた色でないと一目でわかる。

 

 

 

「ほら、久しぶり(・・・・)の再開でしょ?なに縮こまってるのよ」

「お、こら押すなって」

 

 

芦花姉に背中を押され、一歩前に出る青年。

 

 

 

「.....」

「.....」

 

 

終始互いに無言、だけど視線を逸らすことはなかった。

青年の後ろでは「お見合いか!」なんて突っ込みを入れる芦花姉。

 

 

 

「.....ひ、久しぶり?」

「?」

 

 

 

先日口を開いたのは青年で、久しぶりと言った。

 

 

 

久しぶり?

久しぶりってなんだっけ.....。俺の記憶では久しぶりなんて言葉を受ける男性の知り合いはいなかったはずだが。

 

「あ.....」

 

ふと、幼少期に知り合った、廉太郎ともう一人の友人の名前が浮かんできた。

それは確か──

 

 

 

将臣(まさおみ).....か?」

 

 

 

将臣───有地(ありち)将臣。

 

 

 

 

廉太郎経由で知り合った数少ない同性の友人。彼は穂織の乱の1年ほど前に家庭の都合で都会に引っ越した。以降、交友関係が途絶えたままだった。

 

「そう、将臣だ。久しぶりだね佳正」

「お前.....昔の面影全然ねぇのな」

「そういう佳正こそ」

 

軽い冗談も言い合えるのは昔と何も変わってなかった。

それに安堵しつつも、罪悪感も同時に生まれてしまった。

 

 

 

「今来たのか?」

「まぁな、ちょっとじいさんの旅館の手伝いに」

「そうなんだ.....」

「佳正は?」

「俺は.....まぁちょっと野暮用で」

 

 

 それなりに会話は続くが、やはり気まずさはぬぐえまい。

俺の反応を最後に無言が続き、非常に居心地が悪い。そんな俺たちを心配した芦花姉が、間に入って取り持ってくれる。

 

「さてと、感動の再開はここまでにしてマー坊は早く挨拶に行かなきゃね」

「あ、あぁ」

「あ、じゃあ俺はこの辺で──」

「え?何言ってるのよマサ坊。マサ坊も来るのよ」

 

 皿に置いてた栗羊羹をひょいひょい口に運ぶ。

聞き捨てならない芦花姉の発言に喉を詰まらせる。

 

 

「むごっ.....う゛っご.....」

「あーもう落ち着いて食べないから」

 

芦花姉の背中をさすってもらい、なんとか肺への通しをよくする。

 

「.....ぐふ、あぶねぇ」

「バカなんだから」

「はい、飲みかけでよければ俺のお茶やるよ」

「ごめん、助かる」

 

ソントリーのお茶を一口もらい、落ち着きを取り戻したところで芦花姉の発言について言及する。

 

「待って芦花姉。俺も行くって?玄十郎さんのとこに?なんでさ」

「二人とも久しぶりの再会をもっと喜ぼうと思わないの?」

「まぁ男同士なんてそんなもんだよ」

 

 

 将臣の言う通り。

女子同士は再開を懐かしみ、喋り明かすなんて事は向こうに住んでた時にクラスメートの雑談から聞いていた。抱き合い、談笑し、穴の開いた空間を埋めるような、そんな感じ。

それは女子同士がやるから感動的なものであって、むさ苦しい男子同士がやったところで.....まぁなんというかBでLみたいで気持ち悪いのだ。

 

「まぁ確かに、俺も佳正に抱き着くなんてしたくないから、こんなもんでいいよ」

 

同意をいただいたので一安心。

 

「で、要は挨拶ってことか?」

「まぁ、そんな感じだ」

「なるほどね」

 

 

今日特に予定を組んでいなかったし、店にお金を払いその場を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「佳正は昨日ここに来たんだっけ。それまではどこにいたんだ?」

「お前が都会に引っ越して1年後ぐらいに俺も都会に行って、あとはずっと向こうで」

「じゃあもしかしたらすれ違ってたかもな」

「かもしれねぇな。ちなみにどこの高校?」

「俺は──」

 

 

 神社に向かいながら昔の思い出や穂織の春祭りについて説明し、気が付けば自然と会話ができるようになっていた。

そして思い出す将臣との思い出。彼とは廉太郎と小春の紹介で将臣と知り合った。当時忍者と剣道の修行をしていた俺の遊び相手は茉子だけ。芳野とも遊ぶときはあったけど基本は茉子だった。

 

廉太郎と小春と出会ったのはある冬の日、1人で建実神社の境内で雪だるまを作っていた時に廉太郎と小春が混ざってきて一緒にやっていた。そして気が付けば遊ぶときは俺、廉太郎、小春、芦花.....そこに将臣がいた。

 

 

「──それで佳正あの時『俺にはできないから!』っていって逃げ出したんじゃないか」

「そうだったっけ。そんなこと記憶にございませんわ」

「あ、逃げたな」

 

 

 別れというものはあっという間で出会って2年後には家庭の都合で将臣が穂織から離れて行ってしまった。

本当に一瞬だったから連絡を取り合う手段なんて持ち合わせてなかった。それにその一年後には.....

 

 

 

「すっかり仲良しになってお姉ちゃんはうれしいよ」

「芦花姉も後ろで眺めてないで会話に混ざればいいのに」

「いいのよ。男同士のこういう時間も大切なんだから」

 

 歩いて10分後、俺たちは建実神社にやってきた。昨日と同じように列をなしていて、きっと”叢雨丸”を抜こうと必死なのだろう.....

 

「(あんなのあいつらが抜けるわけないのに.....)」

「なんか言った?」

「いや、なんでもない。さ、玄十郎さんに会いに行こう?」

 

今出している俺の表情を見せまいと、数歩先を歩く。

 

 

 

「あ、あれは.....?」

 

肘と肘、体と体をぶつけあいながら神楽殿に必死に熱意を向ける観光客を前に将臣が指を差す。

視線を向ける先には巫女服を着た芳野──もとい巫女姫様の舞の奉納する様子があった。

 

「ほーん.....」

「マー坊興味ないの?」

「え、まぁ」

「えー、勿体ないよ。巫女姫様の舞は見とれちゃうくらいすごいんだから。ね?行こ?」

「お、待って。行くから押さないでってば」

 

 芳野の舞の奉納は観光客に高い評判を受けていて、この春祭りの見どころの一つとなっている。勿論それは表向きではあるが。

二人の後を追い、静かの芳野の舞を見守る。

 

揺るがない綺麗な姿勢と鈴の音を鳴らす優雅な手の動きには雑味がない。ふと将臣に視線を向けると静かにその姿を見守っている。見惚れた、のだろうか。瞬き一つせずひと時たりとも目が離せないようだった。

 

 

「あ.....」

 

視線を戻したときに俺は見てしまった(・・・・・・)

芳野の頭に()が生えていた。だけどその耳は一瞬で消え、何もなかったかのように芳野は舞を続ける。

 

 その一瞬も観光客は視線を外していないのに騒ぎにはなっていない。

当然と言えば当然なのだが、やはり公共の場でこうなるのは冷や汗が止まらない。

だけど一人だけ観光客のそれとは異なる反応をしていた。

 

 

「なんだあれ」

 

 

何度も目をゴシゴシこすりながら瞬きを繰り返し、そして呆然としていた。

俺はその光景に思わず固唾をのむ。まるで見ちゃいけないものを見てしまったかのような反応。

見た、のだろうか。

 

「(いや.....一般市民があれ(・・)を見ることなんてできないはずだ)」

「マー坊?」

「なんでもないよ。目にゴミが入っただけ」

 

誤魔化すあたり見たのかもしれない。

 

「さぁ、そろそろ玄十郎さんに挨拶行こう」

「うん。ここにいればいくらでも見る機会あるし」

 

芦花姉に催促され、将臣と俺はその場を後にする。

 

「あ、ちょっと待って。多分まだここらへんにいると思うんだけど」

「え?誰が?」

「あ、いた。廉太郎ー!小春ちゃーん!」

 

芦花姉の手を振る先にいるのは廉太郎と.....多分あの頭だけちょこんと出ているのは小春。

 

「芦花姉じゃんどうした?」

 

芦花姉の声を聞いた廉太郎が人込みをかき分けてやって来る。遅れて小春が人混みにもみくちゃにされながら必死に隙間をくぐってやって来る。

 

「お姉ちゃん!まさにぃ!?あれ.....」

「あ!お前もしかして将臣か!?」

「だよね!!お兄ちゃんだー!!」

 

俺と違って記憶力.....というよりいとこ同士だからかすぐに顔と名前が一致したようだ。

 

 

「すげぇ久しぶりだな!珍しいじゃないか、最近は全然顔を見てなかったのにどうしたんだよ急に」

「全然見せてないっていうか4年ぶりだよ。今回は祖父ちゃんの宿が人手不足で、その手伝いに」

「お兄ちゃんが来たんだ。てっきり叔母さんが来ると思ってた」

「まぁ久しぶりに顔を出すのもいいかなぁと思ってね。小春ちゃんも大きくなったな」

 

 

 将臣に撫でられる小春がなんとも嬉しそうに頬を緩ませている。

俺の時とは違ってかなり懐いているようでほんのちょっと寂しい気もする。

わかる、俺にはわかる。

俺の時と明らかに反応が違う。俺の時はほぼ記憶が無いから当然といえば当然だが、例えるなら汗をかきまくったキモデブヲタクに話しかけられたみたいな反応だった。

 

対して将臣の場合、なつき度最大のお兄ちゃんと感動の再会を果たす義理の妹の反応。

 

.....後で1人で泣こう。

 

「お前お世辞に決まってんだろ。その慎まやかな胸のどこに成長要素があるんだよ」

「う、うるさいあるもん!去年より0.2ミリ成長したもん!」

「いいか小春。世間ではそれは誤差っていうんだ」

 

直後に小春に脛を蹴られて撃沈する廉太郎。

 

「いってて.....蹴ること無いだろーが。で、将臣はもしかして祖父ちゃんに会いに来たのか?」

「そんなところだ」

「祖父ちゃんは中だ。ついてきな」

 

 

 

 

 

 

 

「なんのイベント?」

 

中に入って将臣の第一声。

彼の疑問はもっともだ。俺も初めて見た時は驚いた。

 

「穂織の名物」

「名物?」

「所謂伝説の勇者イベント」

 

廉太郎と小春が簡潔に答えるが、それだけじゃあピンとくるわけが無い。

仕方なさげに廉太郎が説明する。

 

「この建実神社の御神刀だよ。御神刀の話は聞いたことある?」

「御神刀、なんだっけ」

「この土地の大切な刀だよ。普段は奉納されてて見ることは出来ないが、このイベントの時だけは、一般客にも見ることが出来るようにしてんだとさ。まぁ祖父ちゃんに挨拶するくらいなら大丈夫っしょ」

 

「ちょっと祖父さんに声掛けてくるから待ってろ」と言って廉太郎が御神刀のさらに奥へと消えていく。

俺たちはその場に取り残されたまま、静かにその様子を見守る。

 

昨日と変わらない光景。一日に何百人と御神刀"叢雨丸"を引き抜こうと一心不乱となっている。

 

昨日の"叢雨丸"を握りしめた感覚が今でも手に残っている。

間違ってはいない──はずだ。俺は誠実な気持ちで、自分の今成すべき事の為に再び"叢雨丸"を手にしようとしてたはずだ。

 

それなのに昨日のあのビクリともしない様。まるで"叢雨丸"に心から拒絶されたように感じ、頭が痛くなる。

 

「あの御神刀、抜けないの?」

「抜けない抜けない。どれだけ力を込めてもこれっぽっちも動かないんだよ」

「屈強な外国人ですら苦戦してるしイカサマしてるようにも見えないなぁ」

 

今まさに筋肉モリモリマッチョーズが顔を真っ赤にしている姿をどう疑えと。

 

「"叢雨丸"は正真正銘の御神刀。普通の人じゃ抜けないんだよね」

「御神刀御神刀って言うけどどういう刀なんだ?」

 

素朴な疑問に、俺は簡潔に答える。

 

「500年ほど前に妖怪を退治した刀なんだ」

「へぇ、だからああやって祀られてるのか。すげぇ刀なんだな」

「.....いいや、あれは祈りや希望なんかじゃない、呪い(・・)だよ」

「え?呪い?」

 

しまった、思わず口が滑ってしまった。

何も知らない将臣に知られたところで、というのもあるが可能な限り巻き込まないようにしなければならない。

「なんでもない」と話を終える。

 

 

と、ふと視界の隅にふわふわと人影が映った。

ムラサメ様だ。イベントを物珍しげに眺めているかと思えば俺を視認した彼女は嬉しそうに手を振る。昔こと同級生感はあったのだが、今となっては妹のような気がしなくもない。

彼女はゆっくり近づいてきてここにいる俺にしか聞こえない声を発する。

 

 

 

「お主何をしておるのだ?」

「友人が玄十郎さんに挨拶するって事で付き添いに巻き込まれたところです。」

「なるほどのぉ。こやつがその友人?」

「ええ、将臣って言います。穂織に住んでたっていうか.....鞍馬家の従兄弟って言えばいいんでしょうね。こうして時たま穂織に訪れるようです」

 

少しみんなと距離を置いて囁き声で話す。ムラサメは"叢雨丸"の守り神で、一般人には見る事も声を聞く事もできない。ごく一部の関係者のみが視認することが出来る。ここにいる人々でも、ムラサメを見ることが出来るのは俺と茉子、芳野、後は茉子の両親だろうか。

 

「なぁご主人」

「.....その、ご主人ってのやめて頂けませんか?」

「何故じゃ?」

「なんか、心にグサグサ刺さります」

「そうかのぉ。我輩はお主をご主人と呼ぶ以外に呼び方を知らんのじゃが.....それに気に入ってるんじゃよ。ご主人をご主人って呼ぶの」

 

なんだか嬉しそうに微笑む姿を見るとこれ以上の反応を言う気にもなれず、ただ溜息が零れるだけ。

 

「ところでご主人はもう体調大丈夫なのか?」

「あぁそうでした、申し訳御座いません。不甲斐ない姿をお見せしてしまいました。」

「それは良いのじゃ。お主にも.....苦労をかけてばかりですまんのじゃ」

 

 

本当に申し訳なさそうに目を落とす。

気にし過ぎだと言うのに。それに"叢雨丸"を引き抜けなかったのはムラサメの責任でもなんでもない。彼女が申し訳なさそうにする道理はない。

 

「まぁ、近いうちに策を考えてみます。まだヤツら(・・・)はいるんでしょう?さっき芳野様の頭から()も生えてましたし」

「ほんとかの?いやはや、ここ最近になって頻度が増したように思えての。なにかよからぬ事が起こるかもしれなくて不安なのじゃよ」

 

そのためにも。

俺は観光客の列の先頭の岩石に目をやる。奉納する事はいいが、これ以上御神刀をあのままにしていいわけが無い。

 

「おーい将臣!連れてきたぞ」

 

そんな時に廉太郎が玄十郎を引き連れて戻ってくる。

 

「祖父ちゃん.....」

「おお将臣か、しばらく見ないうちに大きくなったな」

「いえ、今日から宿の手伝いに来ました。迷惑をかけると思いますが、しばらくの間よろしくお願いします」

 

いつでもどこでもどんな時でも威圧感を放ちまくる玄十郎に、圧倒されながら将臣は声をかける。

 

「こちらこそ、わざわざすまんな。よろしく頼む。手伝いは明日からで構わんから今日はゆっくり休んでくれ」

 

将臣はひとつ返事を返すと、玄十郎の視線はそのまま後ろにいる俺の方へを向けられる。

 

「佳正は大丈夫か?あれから」

「いえ、ただの疲労だと思います。ご迷惑おかけして申し訳ございません」

「ん。無理はするな」

 

話によると俺を朝武家に運んだのは玄十郎と聞く。

あの年で高校生1人分を抱えるなんてどんな体してるんだろうか。

 

「将臣は元気にしてたか?体調は崩したりしてないか?」

「はい、元気です」

「そうか.....剣道は、辞めたらしいな」

「はい.....」

 

剣道をやっていて、それを辞めたというのはここに来るまでに彼から聞いた。きっと玄十郎の影響なのだろうが、その教えた玄十郎の物寂しげな声のトーンがどれほどショックなのかを物語っていた。

 

「まぁよい。健康のためにさせていたようなものだ。気にするな」

「わかりました」

「ともかく、よろしく頼む。何かあったら遠慮なく言え。無理だけはせんようにな」

 

ひとまずの挨拶を済ませたところで、少し短く息を吐く将臣。よほど緊張していたのだろう。

 

「.....祖父ちゃん、あの刀って本当に抜けるの?」

「単純な力だけでは抜けない。抜くことはできん」

「単純な力?」

「あの刀は神から託された特別な刀だ。確かに今抜けるような様子は全くないが、資格(・・)がいるのだ」

 

玄十郎の発言にわからないといった感じで首を傾げる将臣。その話を聞いてずしんと胸に重みを感じる俺。

 

「将臣はあれに参加したことはあるか?」

「無いよ。見るのも初めて」

「そうか.....」

 

そう頷くと玄十郎は口髭を擦りながら考え事をする。

まさか.....とは思う。

 

「ではいい機会だ。将臣もやってみるといい」

「え?俺が?いやでもこの列並ぶの大変だし、ましてや予約とか必要なんじゃないのか?」

「問題ない。話をつけてくるから待っていろ」

 

話にほとんどついていけてない将臣が了承する前にほったらかして、玄十郎は岩石付近にいるスタッフに話をつけに行く。

 

「俺、大丈夫か」

「物は試しだ。気楽にやるといいさ」

「佳正はあれやった?」

「あぁ、まぁ」

 

抜けるはずなのに抜けなかったがな。

 

 

「なんだ?どうかしたのか?」

 

少し離れた所で話をしていた廉太郎達が玄十郎とスタッフの話が気になるのか、近寄ってくる。

 

 

「将臣、御神刀を抜くまで帰れませんをやるんだって」

「おおマジか!それはすげぇな!」

「おいちょっと待てそんなこと一言も言ってないだろ!?」

「ちゃんと抜く姿を見守るからな。10秒くらい」

「おっま、10秒って短すぎるだろ。せめて5分は見守れよ!」

 

たった5分でいいのかよ将臣。

そうこうやりとりしてると不意に肩に触れるものがあった。

 

「佳正、佳正」

「どうかされました?ムラサメ様」

「あの将臣という友人は、穂織出身の者か?」

「え、いや生まれとか育ちは都会の方ですよ。穂織にはたまに遊びに来る程度みたいですけど」

「そうか.....」

 

ムラサメもムラサメで、考えるように手を顎下に当てながら将臣を観察する。

玄十郎といいムラサメといい将臣に何か感じるものがあるのだろうか。

 

ちょっと嫌な予感をしてしまい、俺は忘れるように首を左右に振って捨てる。

だけどムラサメのあの真剣な眼差しは、呪いだとか御神刀だとかの話をする際に出てくる極めて本気の時のものだ。

 

何故だろう.....背中の冷や汗が止まらない。

 

「マサ坊大丈夫?」

「ひっ!?」

 

考え事をしている横から話しかけてくる芦花姉に退く。

 

「あ、ごめんね?凄い汗かいてるから.....はい、じっとしてて」

 

芦花姉は懐からハンカチを取りだし、俺の額やら頬をつたっている汗を拭う。顔と顔の距離が近いのでシャンプーやら甘い香水のようなものでくらくらするし、ハンカチも柔らかく、いい匂いがする。

 

年頃の男の子には毒だというのを自覚して欲しかった。

 

「ご、ごめん。ありがとう」

「大丈夫?やっぱり体調悪い?」

「そんなわけじゃないよ。考え事」

 

話せないし話したくもない事だから、とは言わずにただ誤魔化す。誤魔化すことしか出来ない。

話しても共感を得ようとは思わない。

 

もう一度、穂織(ここ)にはなんの為に戻ってきたのかを再確認し、深く呼吸をする。

 

 

「将臣!いいぞ、こっちにこい」

 

準備が整ったのか玄十郎が将臣を呼ぶ。並んでいた観光客の引き抜きチャレンジが終わり、気がつけば岩石前の大蛇の列は終わっていた。岩石の横には『平日11時~13時迄』と手書きの看板がある。1日2時間という短い時間でのチャレンジのようだった。

部屋の中には俺らと玄十郎、スタッフとチャレンジを終えて退散する観光客のみ。観光客を除いたメンバーが注目するのは将臣のチャレンジ。

 

「頑張ってお兄ちゃん!大丈夫!失敗しても怒られないから」

「そうだそうだ。俺や小春もチャレンジしたけど何も言われなかったし」

 

多少励ましと思われる声援を背中に受けながら、将臣はゆっくりと岩石の方へと向かう。

 

「ちょっと席を外すの」

「え、あ、はい」

 

そう言ってムラサメは何処かへと消える。

 

 

「何か作法とかコツとかある?」

「しきたりとか決まったものは無いが、御神刀に挨拶ぐらいはしておけ」

 

将臣は岩石の前に立ち、突き刺さった"叢雨丸"に軽くお辞儀をする。

そして、両手を伸ばし柄をしっかり握りしめる。

 

 

瞬間───

 

 

 

「いてっ」

「っ!?!?」

 

将臣が柄を握った瞬間にパリッと静電気のようなものが走った。

いいや違う───あれは.....

 

「まさ、か.....」

 

体温が下がる。

知らぬ間に奥歯がガチガチと小刻みに震えている。

これは悪夢だ、悪夢であって欲しい。

将臣が柄に触れた時に見たのは偶然出会って欲しかった。きっと将臣は静電気が走ったと思い込んでいるだろう。

静電気ならどれほど良かったことか。

 

「やめ、てくれ.....」

 

 

俺はあの光景を一度目にしている、体感している。

それ(・・)は認められた()

御神刀から発せられた霊気。それが今その一瞬で、将臣と“繋がってしまった”のだ。

 

まるで、魔法系のアニメでよく見る回路が繋がってしまったかのように。

 

 

「それじゃあ、まぁ」

 

そんな俺の心境を知らずに将臣はアホ面をかましてもう一度、柄に両手をかける。まるで面倒臭いからさっさと適当にやってしまおうみたいなノリで。しっかり握ったのを確認し、

 

 

 

「──ふんっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思いっきり力を入れた訳では無いだろうが。

 

 

 

 

───ペキンッ

 

 

 

なんて、神から託された御神刀がへし折れる音がしたわけで.....

 

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