【艦娘宝箱】ある日駆逐艦になった妹が俺の隣で寝ていました   作:暁刀魚

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ある日、妹が艦娘になると言ってきました。

「クソ兄貴、あたし艦娘になるから」

 

 ある日、久しぶりに俺の部屋に入ってきた妹が、そんなことを言った。

 

「そうか」

 

 努めて、俺はそう返すことしかできなかった。カラカラと、先ほどまで何も考えずにまわしていたパソコンのホイールが、急に重く、堅いものに変質した。

 

「……特Ⅱ型の曙だって」

 

 曙。思いたくもないのに、“似合っているな”なんてことを考えてしまった。かの大戦時、その名を残す駆逐艦が遺した歴史は、ひねくれた妹にはぴったりだと思った。

 

「父さんと母さんには言ったのか?」

 

「ううん、今うちにいるのはクソ兄貴だけだし。……電話しても、こっちの話も気がずにはいはいまた今度ねって言うに決まってる」

 

 『艦娘になる』ということを、そんな風に流せる親なんて、人の親じゃない。あの人達だって忙しいんだ。だからこそ、妹の話を聞いて顔面蒼白になる二人の顔が、目に浮かんだ。

 

「ひどいと思わない? 人が“艦娘になる”なんてことになったのに、そんな薄情でさ」

 

「こんな時間に電話しても迷惑だろ。……仕方ないんだよ、あの人達だって」

 

 そう言った途端、後ろで怒気が急激に膨れ上がった。無理もない、俺だって憤りはある。ただ、あいつはそれを表に出せて、俺は出せない、それだけだ。

 

「……っざけんなクソ兄貴! あんたもあたしがいなくなってせーせーするんでしょ!? 解ってんのよそんなこと!」

 

「……おい」

 

「学校の皆は、あたしが艦娘になるって聞いて“ざまあみろ”って思ってた。あたしの父親も母親も、全然こっちなんか気にしてるわけないじゃん!」

 

「……やめろ」

 

「やめないわよ! だってそうでしょ! 理不尽じゃん、バカみたいじゃんあたしがさ、何で誰も慰めて来れないのよ、何で誰も同情してくんないのよ。何で……」

 

 立ち上がる。妹はそれに気がついただろうか。多分、気が付かないだろう。

 

「何で……皆、あたしのことなんかどうでもいいって感じなのよ」

 

 振り返る。妹は、顔を伏せていた。その表情は、伏せていてもすぐに分かる。声がそれを告げていた。頬が、それを明らかにしていた。

 

「やめろ!」

 

「……っ!」

 

 ガシッと、掴んだ手は異様なほど力がこもっていた。「いたい」とつぶやいた妹の声にハッとして、慌ててその力を緩める。

 

「誰も……そんなこと思ってるはずないだろ。艦娘になるんだぞ? どうすりゃいいんだよ。いきなり、そんなこと言われたって、どうしようも、ない、だろ。俺に、一体、お前は、何を、求めてるん、だ?」

 

 かすれるような声だと、人事のように思った。自分自身がその場にいないかのような感覚。きっとこいつは、ついさっきまでそんな感覚だったんだろう。

 脱力感と、失望感。

 自分の中に存在するわだかまり。どうしてもそれは言葉にできそうにはなくて、どうしてもそれは俺の中からでていくようなきがしない。

 

 ただ、それでもあいつの顔だけは、俺は目を離そうとはしなかった。離せなかったのもそうだけど、とにかく、それだけは俺なりの矜持だったのではなかろうか。

 

「だったら――」

 

 だからこそ、息を呑んだ。

 だからこそ、言葉を逸した。

 

 俺の中に生まれていた感情が、その一瞬にして、あいつと同じ、あいつには到底及ばない“絶望”として表層に浮かび上がるのだ。

 

 あいつは――妹は、既に決壊した涙を溢れさせながら、俺に、誰かにすがるように、言った。

 

 

「だったらあたしのことタスケテよ――――おにいちゃん」

 

 

 俺はもう、これ以上何かを言うことはできなかった。

 

 

 ♪

 

 

 艦娘になる。

 それはその言葉だけでは決して良い意味にも、悪い意味にも取ることはできないが、ただ普通の人間にとって、それはたいてい良くないことなのだと言えた。

 “とても”良くないことなのだ。

 

 昔、といっても今から三十年くらい前、急に“そいつら”はやってきた。後に『深海棲艦』と名付けられることになるそれは、俺達人類の敵で、そいつらは、あっという間に人類を駆逐しはじめた。

 無理もない、こちらがいくら防衛しようとしても、そのためのミサイルも、爆弾も、何もかもが通用しないのだ。しかも、あちらがわの攻撃は、こちら側の装甲をいともたやすく食い破る。

 

 実に、最初の混乱で人類の一割が喪失したという。碌な反撃の眼も得られず、そのまま人類は破滅の一途をたどるのだろう――当時は誰もがそう考えた。

 だが、違った。

 ある時を境に、『深海棲艦』へ対抗するべくある“兵器”が世界中で建造され始めた。それは深海棲艦のテクノロジーを何とか人類が吸収し、作り上げた決戦兵器。

 

 名前を『艦娘』と言った。

 

 その名の通り、艦娘には少女――それも二十代から、下は十にも見たないほどの少女しか、その兵器は扱うことができない。

 その訳は未だに不明とされている。そして艦娘にはなろうと思ってもなれるものではないのだ。偶然適正を持つ少女が見つかって、その少女を“徴兵”し、艦娘にする。

 

 それは絶対だ。それこそ不治の病に侵されて、明日も生きられないというでもないかぎり、艦娘になることは強制されている。

 

 だからこそ、艦娘適正が見つかるということは、その少女が“普通に生きる”という道を失うことであり、その少女と家族は別離が義務付けられていた。

 同時に戸籍を失う、その少女の生年月日も家族構成も、――名前すらも、剥奪される。

 

 俺みたいな一介の高校生にはどうすることもできやしない。相手は世界のため、人類のためという免罪符でもって、人の家族を奪っていくのだ。不満が出ないはずがない。それでも、そうしなければならないから、今も昔も見過ごされている。

 誰もが仕方のないことだと諦めて、艦娘という存在を許容するしか無い。

 

 でも、だからって、なんでよりにもよって俺の妹なんだ?

 

 あいつは俺に対してはとにかく敵対的で、俺自身、それもまぁしょうがないのかなと思っていた。

 成績優秀スポーツ万能。秀才の名をほしいままにして、容姿も身内びいきを差し引いても整っている。ある意味、完璧超人を体現するかのような妹。

 妹からしてみれば、俺みたいにある意味“バカ”とも言えるような兄は、理解し難い存在だっただろう。

 

 それでも小さい頃は俺のことを“おにいちゃん”何て呼び方をして慕ってくれた。昔のあいつは、今みたいにどんどん前に出て行くようなタイプじゃなかったために周りから孤立しがちで、遊び相手はいつも俺だった。

 今はクソなんて呼ばれるけれども、それでもあいつは俺の妹だ。世界でたった一人の、妹なのだ。

 

 それなのに、なんであいつは“駆逐艦”になんかなっちまったんだ?

 駆逐艦はとにかく数が多く、そして同時に生存率も低い。なにせあらゆる艦種の中で一番装甲がもろく火力もない。狙われれば、勝手にやられるしかない存在。

 しかも、その多くが小学生か中学生。艦種として小さいのだから、最も適正があるのがその時期なのだと。ふざけるな、だ。

 

 俺はその日、夜遅くに帰ってきた両親に事の顛末を語った。妹は既に泣きつかれてぐっすり眠ってしまっているし、親にそのことを告げられるのは、俺しかいなかったのだ。

 

 茫然自失となった父さんと母さんを尻目に、俺は間髪入れず二の句を継げた。二人の姿は見ていられなかったし、俺自身、直ぐにそのことを話さなければ、決意が鈍ってしまうような気がしたのだ。

 俺の言葉を聞いた両親は、驚いた。それはもう驚いた。妹が艦娘になるということに対しては、驚愕よりも絶望感の方が先にでたからか、明らかに妹のことよりも、驚きを持ってそれを受け入れたように思う。

 

「――そ、それでいいのか? お前は“造船技師”になりたかったんだろ?」

 

「あぁ……艦娘が着る装備を作りたかった。けど、それじゃあダメなんだ」

 

 ――俺はいうなれば“史実バカ”。歴史オタクとも言えるのだろうけれども、ともかく俺は造船技師になろうとしていた。裏方、それも艦娘の装備を作る、なんていう誰からも恨まれるような仕事に就こうとしていた。

 けれども、それはやっぱりキレイ事みたいなものだったのだろう。あいつが“艦娘”になると知ったときの絶望感は、きっと俺が造船技師になっても、払えないものなのだろうと思った。

 

「……あいつを守れるのはさ、やっぱ俺だけなんだよ。父さんや母さんがどれだけ頑張ったって、いまさら艦娘と何かしようとは行かない。あいつの同級生だって、あいつのために人生を捧げられるような奴はいないだろ」

 

 そう、俺だけだ。

 俺だけがあいつを救ってやれる。だから、やるしか無いのだと、決めた。

 

『だったらあたしのことタスケテよ――――おにいちゃん』

 

 ただ、その言葉が俺の脳裏に溜まっていた。

 

 ――艦娘となった少女たちと、唯一交流を図ることのできる存在。ある意味の冗談でもって天国、なんて呼ばれることもあるけれど、きっとこれから俺が“堕ちていく”先は、地獄なのだろう。

 

「だから、……俺は」

 

 父さんも、母さんも、きっと止めはしないだろう。いや、できないといったほうが正しいか。立て続けに持ち上がった驚愕は、正常な判断を妨げるに違いない。

 それでいいと思った。そうでなくては、きっとこの薄情で、融通の効かない両親は、そのことを認めては来れないだろうから。

 

 

「俺は――“提督”になる。提督として、あいつを救える立場になってやる」

 

 

 その時から、俺と妹――“提督”と“曙”の歯車は回り始めた。それを“狂った”と誰が言えよう。

 

 少なくとも、俺や妹ではない。

 きっとそれは、世界中の誰でもなく、そんなことを言える人間は何処にもいないのではないかと、少なくともその時の俺には感じられたのだ。




(この先のあらすじ)
 それから数年、ある艦隊の司令として配属された兄を待っていたのは、艦娘となった妹“曙”と、その仲間たちだった。彼女たちは多くの問題を抱え、つまみモノにされた問題児。そして兄もまた、ある問題を起こし左遷させらる形で配属されたのだ。前途多難な提督と曙。彼女たちの未来は如何に――

というわけで曙メインヒロインの兄妹モノ。
曙に一番似合う台詞は「おにいちゃん」異論は認めますが全力で争う姿勢です。
因みに続く予定はありません。
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