星空さんに、結構きついことを言った俺は、人気のない音楽室に行った。なんで音楽室かって?それはな、ピアノが、今はいない俺の「母親」と俺を繋ぐものだからだ。ピアノを弾いている時か、ピアノが近くにあれば、不思議と周りの喧騒すら気にならなくなる。そういうものなんだ。
だが、今日は先客がいたみたいだ。
「西木野さん、だっけか?なんで音楽室に?」
「それなら一条も、どうしてここに来たの?」
「ちょっと、教室に居づらくなってね。ここなら落ち着けると思ったからだよ。」
「私はいるけど、それは大丈夫なの?」
「西木野さんは、黒獅子ってこと知ってるし、それを認めてくれたと俺は認識してる。だから特に気にはしてないよ。」
「そう。」
それだけ言うと、西木野さんは椅子に座った。
「西木野さんは、ピアノ弾けるんだ?」
「ええ。今から弾くけど、どうする?べ、別にあなたが私のピアノを聞きたいっていうなら別にここにいてもいいけど....」
「なんで上から目線なんだよ。じゃあ聞かせてもらうよ。君のピアノ」
それだけ言うと、西木野さんは返事をせず、ピアノを引き始めた。さらに歌っている。いい声だな。
愛してるばんざい、か。いい曲だね。これから旅立つ者へのメッセージが歌詞に込められている。卒業ソングみたいな感じだね。
でも、西木野さんのピアノの音は、少し複雑である。純粋な心で弾いているようには聞こえない。なにか『苦悩』のようなものがある。
そうこう考えてる間に演奏は終わっていた。
「どうだったかしら?」
「....とても上手いと思うよ。歌唱も悪くない。」
「当然よ。」
「でも、音が良いとは言えないかな。」
「え!?どういうことよ!?さっきは上手いって言ったじゃない!?」
「待てよ。演奏が上手いのと音の質がいいっていうのは別の話だ。確かに西木野さんの技術はすごいと思う。けど、俺が聞いた限り西木野さんは、音楽を楽しむ感情と、なにか後ろめたいのか分からないけど苦悩みたいな感情が混じってるんだよ。俺個人の意見だけど、そういう気持ちでピアノを弾いてほしくないんだ。」
「...あなた、人の心でも読めるの?しかもピアノの音から感じるなんて。」
「そうね。苦悩がないと言えば嘘になるわ。私はね、元々はUTX学園ーここの近くにある人気の女子高に入ろうと思ったの。でも、パパとママは、縁のある音ノ木坂に入れって言われてこの学校に入ったの。それに、私は将来医師になるの。だからピアノをやるより、勉強しなくちゃいけないの。でも私は音楽が好き。辞めたくないの。」
ふと見ると、西木野さんは少し涙目状態になっていた。そんなに深刻なのか。
「そうだったのか。なんか辛いこと言わせてすまないな。でもそんなに悩むことではないぞ。」
「何よ!?あなたに何がわかるのよ!?」
「確かに俺にはお前の悩みは分からない。人の考えがわかる人間なんていないしな。ならさ、音楽で医師になるのと同じくらい大切なものを持てばいいんじゃないか?」
「え?そんなこと....」
「音楽が好き。その気持ちはとても純粋でいいものだ。だからこそ家族、いや両親の為に医師になりたいという気持ちとの間で葛藤する。葛藤するのは、お前が両親のことを大切に思ってるからだ。だからこそ、音楽でもそれを見つけるんだよ。そして、両立する努力をすればいい。口で言っても説得力がないだろうから、俺が証明してやるよ。ピアノ、俺にひかせて。」
「え?でも、あなたピアノ弾けるの?」
俺は、返事の代わりにピアノを弾き始めた。曲は、「セントメテル」
、未だ題名の意味は全く分からないが、昔母さんが作った曲だ。曲自体は、結構悲しさが溢れている。そして演奏を終了させた。
「どうだ?何か掴んだか?俺はピアノと対人訓練を同時に始めて、3年でどっちも高いレベルまで習得した。お前なら出来るんじゃないか?両立を」
「すごいわね....でも、.あなたはとても悲しそうにピアノを弾くのね。どうして?」
「.......色々あったんだよ。俺にも。それはともかく何か掴めたか?」
「ごめんなさい、けど、あなたはとても純粋な心で弾いているのね。
分かったわ。私も何か探してみるわ。」
「昼休みも終わりそうだな。俺はもう教室に戻るわ。じゃあな。」
「待って!」
「どうした?」
「あ、ありがとう、相談にのってくれて。」
「どういたしまして、かな。俺から話題を振ったから感謝されることじゃないよ。」
そう言って、俺は教室に戻った。星空さんが心配だな。
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おいおい、まじかよ、なんか、俺が西木野さん泣かしたみたいなデマが広まってやがる。なんでやねん!
「一条くん、女子を泣かすとかサイテー。」
「ちょっと、酷いよね。」
え....俺泣かしてないのに。あっちは涙目になっただけで泣いてないよ。いや、本人も戸惑ってるじゃん。
「え、ちょ待って。僕は泣かしてなんかいません。西木野さんの共通点、教室にいないだけじゃないですか。何故そういうことになるのですか?」
「そうだよ、それだけで勝手に決めつけるのは良くない...です」
小泉さんが、小さい声ながら俺に加勢してくれた。天使ですか。この子は。
「花陽ちゃんの言う通りだね....ごめんね、一条くん、疑って」
「まぁ、分かってくれたのならそれでいいですよ。」
内心、誤解が解けたことより、小泉さんが味方してくれたことの方が嬉しかった。
「ありがとうございました、小泉さん。おかげで助かりました。」
「いえ....気にしないでください。それに....」
「私の方こそ、さっき気さくに話し掛けてくれたのに、反応できなくてごめんね。あと、同い年だから、丁寧語じゃなくてもいいよ。」
「あれは俺の方が悪かったから謝らなくていいよ。小泉さん、優しいね」
「そ、そうかな。えへへ.....」
「!?」
小泉さんの笑顔を見ていたら、西木野さんから足を踏まれた。え?なんで
「ちょ、西木野さん、その足をどかし...痛い痛い!お願いだから離して!」
「あなた口説くのが趣味なの?女子を褒めすぎるのは、よくないのよ。周りから見たらあなた、プレイボーイよ」
「そう...なのか、分かったよ。今度から気をつけるよ。(てかなんで、俺は足を踏まれたんだ?)」
「そうね、せいぜい気をつけることよ。(じゃないと、こいつがたらしになるじゃない。そしたら、こいつのことが気になる私はどうなることか…)」
そして、その日から1年生のクラスでは、ある意味一条という男を含めて、雰囲気が良くなった。たった1人を除いて。
真姫sideでも書こうと思ったんですけど、内容も同じで、セリフで幾つか心情が出ていたので、まとめて書きました。一応、花陽、凛、真姫も含め、1年生だけの物語はあと数話で終わる予定です。なので、2年生がまだ1度も出ていないことや、3年生の影が薄いのは許してください。後々ちゃんと書きますので。