黒いブルーデスティニー。何故だろう、見た瞬間に他のガンプラとは違う異様なオーラを感じた。
このショーケースに並べられていても、目に留まってしまう。決して派手ではない、寧ろ地味な色をした機体なのに、どうしてここまで惹き付けてくるんだ。
「ここからちょっと行った場所に模型屋があるんだ。」
何処から取り出した黒いケースに黒いブルーデスティニを収めるとそれを抱えて玄関へと歩きだした。
僕は黙ってついていく。OVER SYSTEM、それが何なのか知りたい。ジョアンが自分の目で見たいという粒子の流れ。
僕には見える、見えてしまう。彼が渇望する力を僕は持っている。
この目で見よう。全て見届けるんだ。
僕自信でも理解できない強い意志、ここまで駆り立てる物はなんだろうか。よくわからないが胸の奥で疼いているみたいで、いても立ってもいられない。じっとしていると叫びたくなる。
鍵を閉め階段を降りてブロック塀に挟まれた細い路地裏を先へと進む。それを無言のまま追いかける。見慣れない道をクネクネと歩くと喧騒な大通りに戻って来た。
「ここだよ」
「ここって、昨日来た...」
偶然ケイジと見つけて、タカヤマくんのバトルを見た模型屋。
「こんにちは、ミヤタさん」
「やぁジョアンくん、いらっしゃい」
中に入ったジョアンは店主と思わしき中年の男性に挨拶した。箒とちり取りで床掃除をしていたようで、屈んだ体が延びると180を越えている大柄なおじさんだった。それよりも、ちょっと特徴的なモジャモジャな髪に目が留まってしまう。
「彼は、初めて見るね」
「キヤマ=ワタルです。昨日この時間帯にガンプラ買っていったクラスメイトの付き添いで実は一度来ています。」
「むむ、もしかしてガンプラバトルをずっと見ていた子かな?」
「は、はい」
ミヤタさんはそうかそうかと頷いて。
「やりたくなったんだね。ガンプラバトルが」
「そ、そういうわけでは...」
「遠慮しなくていい。存分に使って使って。」
するとエプロンのポケットに手を突っ込むと銀色に光る物を取り出し、僕の前へと寄り手渡してきた。
「バトルルームの鍵。失くさないでね」
「わかり、ました」
鍵には小さなカプルのキーホルダーが付いている。中に鈴が入っているので揺れるとじゃらじゃらと音が鳴る。
「ほら、どうぞどうぞ」
肩に手を置かれ、促されるまま進み、バトルルームの鍵を指した。
こんなに近くでバトルフィールドを見るのは何時ぶりだ。
人から見るとちょっと物足りないスペースだけど、ここにガンプラを発進させると、途端に広大な戦場となる。
都市部、森林、深海、宇宙。そこで繰り広げられるのは、自分の持てる力を全てをぶつけ合う激闘。
少し離れた場所で眺めると、この台があの頃より低くなった。大きくなった、あの日から時が流れた証拠だ。
「いくよワタル。」
「Please set your GP Base。」システム音が鳴るとにGPベースと呼ばれる記憶媒体を取り出し、所定の位置にはめこむと、ガンプラも待機位置に配置する。
するとジョアンを取り囲むように展開される。青い光のカーテンがぐるっと包み、彼の前に二つの光の球体が現れる。
「Battele start」
「ジョアン=エレノア、オーバーデスティニー1号機...start!」
カタパルトから射出されたオーバーデスティニーはそのまま宙に投げ出されるとすぐに体勢を立て直しながらブーストを噴かせ地面へと降り立った。
「WAO、テキサスコロニーだね」
フィールドは凹凸の激しい岩だけのテキサスコロニー。
そこに一機、仁王立ちの黒いブルーデスティニーが降り立った。
「ガンプラはプラフスキー粒子で動いている。ではその仕組みはどうなのかと言えば...ざっくり説明すると粒子がプラスチックに反応して流体化する特性、これだけなんだ。」
「えっと、つまり...」
「ガンプラは外からの力によって動かされている。そう、粒子は外からガンプラを動かしているんだ。」
外、粒子が外部からガンプラのプラスチックに反応している事が重要なんだ...それが、どうしたのかな?
「OVER SYSTEMはそんなプラフスキー粒子の反応を更に上昇させる磁石のような装置を作動させるんだ。」
「プラフスキー粒子を、より多く集めるってこと?」
「そう、見てもらった方が早いね...いくよ」
何が起こるんだ?フィールドに近づいて、動かないブルーデスティニーのアクションを待つ。
じっと見続けていると、ブルーデスティニーの周りに浮かんでいた粒子が段々と濃くなってくる。それが体全体にまとわり付き、やがて炎のようにゆらゆらと揺れ始めた。こんなに濃い粒子を始めてみた、まるで生き物のように1つとなっている。
「目では見えないけど、今オーバーデスティニーには通常の何倍も粒子が反応している。機械で確認すると...蒼いオーラみたいで、粒子に包まれているんだ。」
腕に、足に、銅に、絡み付く粒子。本当だ、蒼いオーラ...。とても綺麗だ、粒子は薄くて淡い光り方しか知らなかった。こんなにも濃く強く光れるものだったんだ。
「それじゃ動かすよ。勿論EXAMシステムはなしだよ。」
バックパックから粒子が地面へと噴き出された。飛ぶ、認識した瞬間には飛び上がっていた。
体に纏った粒子を軌道に残しながら、彗星のごとく尾を引いて飛ぶ姿に、思わず感嘆の声が漏れた。
今は地上だけど、これが宇宙に飛べば彗星そのものだ。
「この機動力、これがOVER SYSTEM。どうだい、ワタル」
見入っていた、ジョアンの言葉は耳に入れど頭に入ってこない。今日、この日だけあの日以来粒子が見れて良かったと思った。美しき粒子の流れ、軌道後に残る残光、これがホビーから生まれているなんて信じられない。
「すごい、綺麗だ」
ポツリと呟いて直ぐ様僕は、現実に戻った。夢中になって、つい口から出てしまった。
「...綺麗?」
ジョアンは操縦桿から手を離し、尋ねてきた。説明時の笑顔はなく、神妙な顔をしている。
「な、何でもない」
「聞こえたよ、綺麗って言ったよね。」
「そんなこと...言ってない」
「粒子、見えるの?」
見えない、そう言いたかったのに口からでなかった。
まさかそんな質問が飛んでくるなんて、その衝撃に僕の意識が持っていかれた。
「...そうなんだ、いいな」
「なんで...粒子見えるの、なんて、聞いたの?」
動揺を隠せないまま何か話さないと、懸命にひねり出して口にしたのは素直な質問だった。
「いたんだ、イギリスの知り合いに...OVER SYSTEMを一緒に開発した友達がね。彼は粒子を見ることができるって、最初は驚いたさ。でも、システムを仮完成させた時彼が言ったんだ、美しい、綺麗だ...て。ワタルと一緒の感想」
「僕以外にも、いたんだ」
「稀だけど見える人はいるんだって。最近になって世に知れ渡ったけど。」
僕以外にも、いる。僕以外にも、いる。
僕だけじゃない、僕が特別変な訳ではない。僕は稀に持って生まれた、それだけなんだ。それだけ。
僕はおかしくなんてない。
「辛いこと、あったんだね」
「...あぁ」
「ごめん、ハンカチ持ってないや」
我慢していた全てが吐き出された。ずっと塞き止めていたダムが決壊した。溢れ出る涙を止められず、立ち尽くしていた僕にジョアンは寄り添い、背中をさすってくれた。