それは家の前に蹲っていた。両膝を抱え眠っている。涙の後を見る限り、泣きつかれしまったのだろうか? まるで捨てられてしまった子猫だ。身寄りなど存在せず、見覚えのある場所へと本能的に戻ってくるだけの単純脳。
本部へと通報を入れることは考えた。眠っている今ならば、静かに行動して気づかれないままに情報部へと引き渡せるはずだ。緒川なら暴力的なことを一切せずに、的確に情報を抜き取り次の対策へと繋げられる。
しかし、それをする気は起きなかった。
「私、バカすぎんだろ」
クリスは沙優の肩を揺さぶった。
なかなか起きることがなく、大きな声で彼女の名前を呼ぶ。数度目の試みの後、ようやく彼女は目を覚ました。
「あ……えっと……」
「えっとじゃねぇだろ」
クリスは手で沙優に邪魔だとアピールする。沙優が扉の前からどいたのを確認すると彼女は鍵を開けた。
「なにも……聞かないんですか?」
「なにか聞いたらお前は答えるのか?」
「それは……」
「だったら聞くだけで無駄ってやつだろ」
「……ごめんなさい」
クリスは大きなため息をつく。
沙優に失望をしたのは間違いない事実だ。認めたくない真実だ。それでも沙優のことを心の底から憎いと思うことが出来ない。
フィーネと組んでいた頃の私なら間違いなく、ここで始末していたんだけどな……たくっ、バカ達や先輩と一緒にいすぎて甘くなっちまったもんだ。
自分の行動に悪態をつく。
クリスは扉を開けて部屋の中へと片足を入れた。しかし、沙優は動き出す様子を見せない。
「なぁにやってんだ。早く中に入れってんだよ」
「でも私は……」
「あのなぁ、お前はどうされたいんだ?」
「私は……私は……」
頭の中に様々な考えが浮かんでは消える。私が本当に今やりたことはなんだろうか? 生きることか? 幸せになることか? ならば両者をただやることができれば満足できるのだろうか? 答えはNoだ。それだけでは満足することができない。ひとつの体に4つの人格。そして周りにはS.O.N.Gの人達がいる。我儘なのは十分承知だ。何もしなければ、あの幸せな日常を続けることができたのだから。私はあの幸せを自ら手放しておきながら、再び掴みたいと願っている。
だけれども……私は筋金入りの我儘なのだ。
「また……あの数日間のようにみんなと一緒に……! アインもツヴァイもドライも……一緒に……!」
「だったらお前の知っていることはあとで聞かなきゃならない。そのお前の人格達が死んじまわないようにするためにもな」
「私のこと知っているんですか……?」
「知らないことばかりだ。だから話せ。先のことはそれからだ。それと、家の前で蹲るな。まったく、私がヤバい奴かと思われるだろ。早く入れ」
「……はい!」
「はいじゃない!」
「うん!」
〇●○●○
「錬金術は構築と分解……そして解析から作られる」
クリスチャン・ローゼンクロイツはモニターに映し出されているチフォージュ・シャトーを見た。SNSでアップされていた一般市民が撮影したものだ。誰が撮った動画なのかはしらないが、S.O.N.Gの範囲網を逃れている数少ない生のチフォージュ・シャトーの情報を手に入れられたことは大きい。
「俺ならば、ここからチフォージュ・シャトーを再構築できる」
クリスチャン・ローゼンクロイツは台座に手をかざした。台座の先には地球に張り巡らされているレイラインへと繋がっている。素材は記憶ではなく記録。歴史という名前の人類の轍を媒介とする錬金術。
「では始めようとしよう。長々とまたせて悪かったなシンフォギア」
「団長、我々はいかようにすればよろしいでしょうか?」
「愚問だな。俺の儀式の邪魔をさせるな。レイラインを活用することで、奴らも俺達の居場所に気がつくはずだ。奴らが来るのだからしっかりともてなせ」
「かしこまりました」
クリスチャン・ローゼンクロイツは大きな笑い声を上げる。
アインはその様子を黙って見つめ、やがて部屋を後にした。長い廊下を歩いているとツヴァイとドライがアインの後ろへと続いてた。
「アイン、沙優はクリスに保護されたみたいです」
「それはよかったわ。粗暴な口調だけれでも、優しさがあることは私達でもわかっていたしね」
「だがよ、いいのか? 私達が戦うのは沙優のお友達なんだろォ?」
「関係ない。全ては沙優の幸せのための必要な犠牲」
アインは立ち止まり、ツヴァイとドライを見た。
アインは拳を高々と上げる。
まるで戦乙女が仲間を激励するためにしているような様子だ。
「私達は団長に協力はする。しかし、その先に目指すものは違うだろう。それでも……シンフォギアを倒さなくては世界の秩序は守れない」
「確かになァ……人にありあまる力を持たれるのはなァ……いざって時に私達が沙優を守れない」
「そのために今のうちに危険な因子は潰しておく」
「その通り。さ、行くわよ。私達の戦場へ」