「……ドライ」
感じる。ドライの命の灯火が消える瞬間に表現できない衝撃が体中に走った。彼女は最後にどんな風に散っていったのだろうか? 彼女は私達と同じように沙優の幸せを願うことだけを考え続け、死んでいったのだろうか? あの戦闘狂のことだ、油断したところを足下をすくわれたのかもしれない。まったくもって、最後の最後まで足を引っ張ってくれる。
「だからこそ、ドライらしいですがね」
目の前で剣を構える翼とマリアを見る。
「行きます。私は沙優の幸せのためならば、死ぬことも厭わない」
「死ぬことは誰かの幸せにならないわ」
「貴女達に何がわかるというのですか?」
「死んでしまって、残された者は何を抱えていきると思う? 悲しみよ。ただ悲しいという感情が心を支配するの。そんなものを抱えさせておいて、他人の幸せを願うなんて笑わせるわ」
「……わかっていますよ。わかっていても、彼女の体は彼女のもの。私達が彼女の中に在り続けることはあってはならない。だからこそ……こうするしかないんですよッ!」
ツヴァイがヴァジュラを投げる。殺人回転を伴ったヴァジュラは翼とマリアに襲いかかる。二人は攻撃を躱すと反撃へと移った。
『EMPRESS†REBELLION』
『千ノ落涙』
多種多様の刃がツヴァイへと降り注ぐ。
「面で制圧しようというならば……私にも考えがあります! 唸りなさい、ヴァジュラッ!」
ツヴァイの言葉に反応し、ヴァジュラは主のもとへと高速で飛翔をしていく。ヴァジュラからは帯電されていた稲妻が一斉放出されていた。刃は稲妻に当たり、どこかへと飛ばされていく。
だが、その程度は予想済みだ。
「はぁぁッ!」
翼がツヴァイへと斬りかかる。咄嗟の出来事にツヴァイは反応が一瞬おくれ、頬を斬られた。続けてマリアが連続突きを繰り出す。ヴァジュラを回収することができないまま、ツヴァイは後退することを余儀なくしていった。
「例え、他者を悲しませることを厭わないとしても、それは幸せを願う者の言葉ではない!」
「ならばどうすれば良いというのですか!」
「共に道を歩み道を、白井と貴様で同じ道を歩く未来を望むべきだった」
「それができるのでしたら……どれだけ幸せでしたかッ!
光の早さの稲妻が翼へと降り注ぐ。しかし、その攻撃をマリアは刃を円形に幾重にもわたり展開することでなんとか防ぎきった。
二人の連携の練度の高さは予想以上のようですね。私ひとりがきばったところで、勝てる見込みなど残念ながらないようです。
「沙優……私はどうやら死に場所を見つけたようです……ならばッ!」
ツヴァイが拳を高々と上げる。
「ヴァジュラ、私の全てをお前に捧げます。だから、お前の全てを私によこしなさいッ!
最大出力の稲妻がツヴァイへと降り注ぐ。
ツヴァイは苦痛に呻きながら、それを耐え続けた。あまりの凄惨な状況に翼とマリアは一歩も動けないでいる。
「なにをしているッ!」
「自暴自棄にでもなったの?!」
「いいや……そんなつもりはありませんよ」
稲妻が終わりを告げる。
黒焦げになったツヴァイは視線を二人に向けた。先程よりも明確な覚悟が伝わってくる。空気が振動した。
「私は命をかけて沙優に守ってきてもらいました。私達はいずれ消えることで、彼女に対して本当の意味で人生を取り戻させてあげることができます。私は身命を賭して為す事があるのですよ……私の命に怯えろッ!」
ツヴァイの体から雷鳴と稲妻が炸裂する。
「一撃必殺。これで貴女達二人を脱落させます」
「……その覚悟受け取った」
「翼ッ! 私も一緒に受けるわ」
「駄目だッ! ここに装者が共に脱落することは、戦力の著しい低下を意味している。戦はこの一戦で終わるわけではないのだ。ここは私に任せて欲しい」
「翼……」
「風鳴翼……この国の防人を謳う少女……行きますッ!」
「来いッ! 何かを守る覚悟を持つ者を私は受け止めるッ!」
ほんの一瞬の出来事だった。
当事者にしかわからないことがそこにはあったはずだ。
青い炎と黄色の稲妻がぶつかりあう。巨大な力と大きな覚悟を持った者同士のぶつかり合いに、マリアは割って入ることができなかった。
ただ結果だけを述べるならば、最後に立っていたのは翼だった。ツヴァイは体に大きな切り傷を残し、地面に仰向けに倒れていた。それでも、不幸そうな顔はしていない。どこか満足げな笑みを浮かべている。翼の傷だらけでありながら、ようやく立っているような状況だ。
「ツヴァイ……白井への思いは確かに受け取った。だが、ならばこそやり方は幾らでもあったはずだ」
「そうですね……でも、私達三人は賢くありませんから、これしか思い浮かばなかったんですよ」
「なんと愚かな……」
「私達は愚かです。だからこそ……沙優には賢く長く生きて欲しい……」
最後の言葉を残し、ツヴァイは目をつむった。その眼が再び何かを映し出すことは絶対にない。
稲妻が消え去り、空には心なしか少しばかりの平穏が戻っていた。