司令室では奇妙な沈黙が続いていた。沈黙を破ったのはやはり弦十郎だった。
彼はため息を一つ付くと言葉を続ける。
「
「検索の結果ヒットするだけでもかなりの数がありますからね。さすがは伝説の秘密結社というところでしょうか」
「ですがやはり、かなり怪しいのは初代薔薇十字団でしょうか」
「謎の秘密結社。存在自体がかなり懐疑的なものがありますが、確かに中世ヨーロッパには存在していたようです」
藤尭がモニターに一冊の本を画像を映し出す。
それはローマで創刊された著者不明の怪文書「全世界の普遍的かつ総体的改革」だ。そこには薔薇十字団は人類に不老不死を与えるための研究をしていると書かれている。
薔薇十字団は文書で存在を明かされるも詳細は一切明らかになり、20年ほど表の世界から姿を消していた時期があった。しかし、ある日の明け方、パリ中に薔薇十字団のものと思われる張り紙が街中に掲示されているとう謎の行動も起こしている。創設者こそ「クリスチャン・ローゼンクロイツ」と言われる錬金術師であることはわかっているが、そもそも彼は伝説上の人物とされていることから、やはり団体の詳細は誰も知ることができなかった。
「だが、錬金術師が今回の騒動に関わっていることはわかったわけだ」
「そうですね。先の同時多発的爆破事件ですが、爆破と同時にアルカノイズが発生するように細工が施されていました。かなり周到な用意をしているものと思われます」
今度は友里がコンソールを操りモニターに事件の映像を出す。爆発に巻き込まれ周囲の防犯カメラが破壊されてしまったことや謎の細工により、記録によって犯人を追うことは出来ないでいた。
「ふむ……エルフナインくんは今回の件についてどう思う?」
「ふぇ?! 私ですか……?」
「錬金術師のエルフナインくんに聞くのが一番答えに近そうですからね」
「緒川さんまで……」
エルフナインはしらばく考える様子を見せた。
彼女とは色々あったが、今ではエルフナインも誰もが信用しているS.O.N.Gの一員だ。それを感じ取り、エルフナインも少しだけ自信がついてきた。
「薔薇十字団はある事を言っています。いと高き者の恩寵により、目に見える姿と目に見えない姿で、当市内に滞在している。われらは、本も記号も用いることなく滞在しようとする国々の言葉を自在に操る方法を教え導き、我々の同胞である人類を死のあやまちから救い出そうとするものである……いと高き者……もしそれが空に輝く月であり、市内に滞在しているというのはいつでも地上を照らしているという意味になるかもしれません。そう考えると、言葉を自在に操るといった点を納得のいく説明ができるかもしれません」
「エルフナインちゃん、つまりどういうことなの?」
「これは……私の憶測でしかありませんが……月の存在を認知しており言語を支配しているといった点から……もしかしてクリスチャン・ローゼンクロイツはカストディアンなのかもしれません」
「人類の支配者……」
「予想外の敵の名前が出てきましたね」
「だけど不可解な点もあります。人類の支配者だというならば、人類を死のあやまちから救うというところが理解できませんし、そもそも装者の方々が戦ったのは見た目からして女性のようですし……クリスチャン・ローゼンクロイツは伝説上の人物ではありますが、男性であると推測されていますし……」
「なるほど。では、我々が前回から直接的に戦っているのはクリスチャン・ローゼンクロイツの協力者の可能性が高いというわけか」
まずは協力者の割り出しからおこなわなくてはいけないな……
弦十郎は考えを進める。キャロルとの一戦の際、怪しげな秘密結社の情報を掴むことはできた。しかし、今すぐに捜査のメスを入れることは難しい。
それに……戦い続きの彼女たちのことも気がかりだ。せっかくの学生の夏休みだというのに……
「緒川。頼みたいことがある」
「なんでしょうか?」
「直ぐに装者達をレクリエーションルームに呼んでくれ」
「司令室ではないのですか……?」
「そうだ。彼女達にやってもらいたいことがある」
弦十郎がニヤリと笑う様子に緒川は嫌な予感がした。
とんでもないことをやるわけではないだろうが、装者の中には翼も入っているはずだ。いちおう何をするのか確認を取っておいた方がいいだろう。
「何をさせるのですか?」
「決まっているだろう。……夏休みの宿題だ」
〇●〇●〇
「だーから! 意味がわからないだろぉぉ! おっさんはいつも突拍子もなさすぎるんだ」
「すみません。クリスさんの怒りはごもっともです」
「緒川さん……なぜ止めてくれなかったのですか?」
「どうも頑固な方なので……」
「デースー」
「切ちゃんしっかりして」
「貴方達、宿題は学生の義務でしょう? 文句を言わないでやる!」
「マリアはいいデスよねー。大人には宿題がなくてー」
「切ちゃん……文句言っちゃだめだよ」
「あぁぁぁぁぁ!」
悶々としていた空気に叫び声がする。
宿題となっているプリントを宙に放り投げ、背もたれにもたれかかりフラフラの響は「終わるきがしないよー未来―!」とここにはいない未来の名前を叫んでいる。さすがに目も当てられなくなったのか、クリスが「立花……」と慰めているようだが、響に宿題に対するどうしようもない文句は永遠と聞こえてきていた。
「おいバカ! いつまでも文句言ってないでさっさとやれ!」
「そういうクリスちゃんだって! 全然やってないじゃん!」
「そりゃ当たり前だろ! 私が残しているのは毎日つける日記だけなんだから」
「えぇぇぇ! 先輩って真面目なんですか?!」
「なんだか以外デス……」
「おいちびっ子二人! 勉強見てやるからこっちにこい」
「い、いやぁぁぁぁぁ! 助けて沙優先輩!」
「わ、私に言われても……」
「そういえば未来はどこおおおおお!」
「小日向は頑張っている立花のために夕食を作って待っているそうだ。小日向も宿題はほぼ終わっているようだからな」
「そんなぁぁぁぁ!」
学生のやりとりが続く。
どこかで聞いているはずの弦十郎は満足気な笑顔を浮かべているはずだ。
沙優も楽しんでいた。
この毎日が本当の学生なのだろう。宿題の内容はまったくわからないし自力で出来る気はしない。家でクリスが教えてくれるが、自分の頭の悪さが露呈してやはりわからない。だけれども、その毎日が楽しかった。すごく楽しくて日常的でいつまでも続けばいいと思ってしまう。
沙優はポケットの中にあるペンダントを握る。
これを奪ってしまっている事実は変えられない。クリスはまだ気がついていないが、いつか気がつくだろう。そして傷ついてしまうかもしれない。傷つけてしまうかもしれない。しかし後悔はしないと決めている。お姉ちゃん達の願いを叶えるために力のない私ができるほんの些細なお手伝いなのだから。
「だから私は……負けられないよ」