「おいおい……コイツは聞いてないぜ。どうして雪音クリスがシンフォギアを纏ってやがるんだ」
「コイツはそんなにお高くつくもんじゃねえ。畜生、やっぱり使う羽目になりやがったか」
クリスは思い出す。
本当は疑いたくなどなかった。シンフォギアを身に纏うためのペンダントが見当たらないことは直ぐに気がついた。一番最初に疑ったのは同居人として登場した白井沙優。しかし、彼女からは悪意や敵意、殺意といったものはまったく感じられない。自分の不注意で司令室にでも忘れたのだと思いたかった。そう思いながらも足はエルフナインの研究室へと向かっていた。思い出すのはほんの数時間前の出来事。
『コイツを起動できるようにしてくれ』
『こ、これって! 記録だと消滅したはずのネフシュタンの鎧なんじゃ!』
『いいから! やってくれ。フィーネのやろう、消える瞬間に塵となると同時に落とし物をしやがったんだ。そいつが私の足下に転がってきた。本当は報告するべき何だろうが、使い道なんかないと思って持っていた……だけど、そいつを使う時が来るかもしれない』
『クリスさん……』
『頼むよ。エルフナインにしか頼めないんだから』
『わかりました。その代わり……いや、なんでもないです』
エルフナインはあの時、何を言いかけたのだろうか。
「まぁ、いいか。お前をぶっ飛ばせればよッ!」
クリスは鎖状の鞭を操り、ドライへ向かって飛ばす。鞭はドライのいた足下を破壊し、回避したドライへと迫り来る。ドライは顔をゆがめながらも、剣をなぎ払い炎の壁で鞭の軌道をズラした。
「チッ! こんなめんどうになるとは思わなかった!」
『無茶はしないでドライ。その体は……沙優のものでもあるんだから』
「わかってるよ! めんどくせぇ!」
ドライが剣を上段に構え、クリスへと接近すると振り下ろす。ネフシュタンはその一撃を簡単に弾いた。
クリスが今起動しているのはかつて完全聖遺物であったネフシュタンの欠片にしか過ぎない。それでも鎧としての防御力や驚異的な再生力は健在だ。そう簡単に破壊されるようなやわなものではない。
「しゃらくせぇッ!」
クリスはドライの攻撃に自ら吶喊する。不意をつかれたドライは対応することができず、顔面をクリスに捕まれた。
「その面白くねえもんを剥ぎ取ってやる!」
クリスは力任せにドライを投げ飛ばした。閉鎖空間である艦内では、ドライが遙か彼方まで飛んでいくことはなかった。だからこそ、ドライは直ぐに壁に激突して衝撃を全身に浴びた。
「はぁ……はぁ……」
ドライの口から血が流れ出す。体が重い、アツい。私の体じゃないことをこれほど恨めしく思ったことはない。私ひとりの体なら、オーバーヒートしようがどうしようが関係はないはずなのに……この体は沙優のものだ。これ以上傷つけるわけにはいかない。
戦いに集中できない。その隙のせいか、ドライは仮面が外れたことに気がつかないまま顔を上げた。そこには驚きと悲しみに満ちたクリスがいる。
「やっぱりお前か……沙優ッ! どうしてッ!」
「しまッ!」
「どうしてなんだ沙優! 答えやがれぇぇッ!」
鞭がドライを捉える。なぎ払うように振るわれた鞭はドライの体を吹き飛ばした。
「私は……沙優じゃねぇ!」
「だったらその顔はなんだってんだ!」
「それは……」
『ドライ、代わりなさい』
「まってくれアイン!」
『この状況を打破できるの?』
「……わかった」
クリスは違和感を覚えた。先程までとは気配が変わった。何かが違う。まるで目の前にいる沙優の顔をした何者かに別の人格が宿ったような……例えるなら人格が交替したかのような感覚。
「さぁ……私も手加減はしないわよ、雪音クリス!」
沙優の体をした何者かが槍を手にする。今までは剣だったはずだが、形状も感じる気配もまったく違う。
槍がクリスに向かって突き出される。数秒後、クリスに無数の矢が襲いかかってきた。防御態勢に入るクリスに浴びせられる無数の矢は徐々にネフシュタンを破壊し、生身のクリスの体を傷つけていった。
「畜生がァァ!」
叫ぼうとも矢の雨が終わることがない。
面であり点である制圧攻撃。しかも確実に体力や気力を削っていく。たったひと突きの槍がこれほどまでの威力を持っていることを予測できなかった自分をクリスは恨んだ。だがもう遅い。このまま耐え続けることは出来ない。いずれ、矢によって全てを削り取られる未来が見えている。
「私の名前はアイン。私のひと突きは無数の矢を放つ。さぁ、諦めなさい」
「諦めて……たまるかよ!」
「なら、次でとどめをさす」
アインが槍を突くために体に溜めを作る。そのまま槍が振られればクリスは耐えることはできない。戦闘が始まったそこまで時間は経っていない。仲間達が急行しているだろうが、艦内に現れたアルカノイズの相手をしながらではまだ到着はできないだろう。
「ここで終われるかよッ!」
「いいえ、これで終わりよ! 私達は勝つ! そして願いを叶えるッ!」
槍が突かれた。さらに多くの矢がクリスへと襲いかかる。
どういう仕組みなのかはしらないが、とてつもない聖遺物があるもんだ。
クリスは目をつむった。死にたくないと願った。生きていたいと思った。まだやりたいことがある。やり残したことがある。私はまだ、パパやママに歌で平和になった世界を見せることが出来ていない。私はパパとママに……このままじゃ会えない。
「パパ……ママ……」
数秒の沈黙。
時がゆっくりと流れる。
クリスへと第二波となる矢が襲いかかる事はなかった。おそるおそる顔をあげると、そこにはいつの日かみた怪物がいた。だがおかしなことに怪物はひとの言語を話せることができるように見える。実際、怪物は高笑いをしながらまるで英雄の登場とでもいえる凱歌のごとく名乗りを上げた。
「天才は人を救った英雄になった! そしてここでぇぇぇ! 僕がまた現れるッ! 僕こそが英雄の器、真の英雄、ドクターウェルゥゥゥゥゥゥッ!」