間違えちゃった魔女   作:さよならフレンズ

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 一話としては短いですが解説気味の三人称視点が思いのほか長くなり
 今までの軽い雰囲気を壊しかねないと判断したため、閑話として分けて投稿します。
 軽い答え合わせ回です、今回主人公視点はありません。



閑話・万里谷の覚悟

 黒色の地味な車が、点灯する赤い信号と速度規定を無視して都内を爆走する。

 事前の手回しもあって、交通の規律を破って時速九十km前後は出ているであろうその車の走行を咎める者は誰も存在しない。

 水滴がフロントガラスに落ち、小さく楕円を作る間もなく風で流れてワイパーによって地面に叩きつけられる。大きな水溜まりを踏み、水飛沫を上げながら車は進んでいった。

 主の元に行かせまいと車に正面から接近するカラス達は、窓に衝突する寸前に搭乗している呪術師の呪力が籠ったお札によって弾き飛ばされ地面に落ちていく。

 車内に搭乗しているのは四角い黒縁の眼鏡をかけ紺色のビジネススーツを着こなした身長173cm程の無精ひげを生やした三十代程の男と、茶色がかった髪でありながらどこか撫子と言う言葉を連想させる白衣と緋袴を纏った、可憐な風貌の十代後半程の少女。

 すなわち正史編纂委員会のエージェント甘粕冬馬と、日本最高の媛巫女の一人万里谷祐理である。

 二人は護衛の呪術師二名と共に、二つの呪力が衝突しているという報告があった都心付近へ向かっていた。恐らく今まつろわぬ神二柱が戦っているであろう場所へと向かうのは危険極まりない。だが日本各地で鳥類の暴走が続いている以上、直接まつろわぬ神に諫言して怒りを鎮めて貰う他ない。このままでは罪のない民衆の被害が増えていくだけだ。

 

 甘粕はこの数時間で判明した情報を確認するために緊急招集のせいで剃り残した髭を軽く擦りながら、万里谷と現状の整理をしていた。

 

「それにしても今回の騒動の原因はアポロンですか。ギリシャオリンポス十二神の一柱とはまたビッグネームですねえ」

「私の霊視で視えたのは、黒い鴉のような雄姿でした。ギリシャ神話の神格が神鳥そのものとなって日本に顕現するなんて……」

 

 万里谷は日本と関りがなさそうなギリシャ神話の神がいきなり降臨したことに、この世の理不尽さを感じざるを得なかった。

 

「鼠や狼のイメージが強いアポロンが鴉の姿をとったのは私としても意外ですが、アポロンは怪物テューポーンに恐れをなし、鴉に変身して国外に逃亡したという逸話が残っています。鴉の神様として日本で親しまれている八咫烏もアポロンと同じく太陽の神格を持っている存在ですね。今回日本にいきなり現れたとされるアポロンですが、アポロンがもし日本に直接降臨したのではなく実は海外から渡ってきたのなら、鴉の姿をとってもおかしくはないでしょう」

 

 淡々と甘粕の薀蓄が語られていく。元々神話の神々は様々な側面を持っているものである。アポロンは闇の神でありながら太陽神の神格を持つ、ひねくれた神として知られている。それを現すかのようにアポロンの聖鳥は多く白鳥から鶏、鷹、鷲、そして鴉と数種類に渡っているのだ。日本中の鳥を暴走させたのも、アポロンが鴉の姿をとったのもその神話の影響なのだろう。

 

「やはり日本に存在するもう一柱のまつろわぬ神に呼び寄せられ来日した可能性が高い、ということでしょうか……?」

「今まで四百年間まつろわぬ神が日本に現れなかったのは、その必要がなかったから。

逆に言うならば今回は必要があるから現れた、そう考えるのが自然だと思いますね。恐らくアポロンとなにかしらの繋がりがある火の男の神なんでしょう」

 

 おずおずとどこか自信なさ気な仕草ながらも万里谷が甘粕へと問いかけ、甘粕が憶測を語る。万里谷が最初に日本に現れたまつろわぬ神の霊視に成功してはいないため、確たる証拠がある訳ではない。だが甘粕は、アポロンの目当てが最初に現れた方のまつろわぬ神だと確信していた。

 何せ今回のアポロン、大衆に与えた影響が大きすぎるのだ。人間だけを標的として鳥たちは暴走している。襲来したアポロンはどうやら余程人間達を憎み、憤怒しているらしい。

 

 それはまるで『意中だった女神が人間に殺された』かのような怒りっぷりである。

 

「まつろわぬ神同士の戦いは人間の尺度では測れませんが、もし最初に日本に現れた神が純粋な『火』の神だとするならば優勢なのはアポロンの方でしょうね。個人的にはどちらの神様が残っても困りますし、共倒れとなってくれるのが嬉しいんですが……」

 

 冥府の神でありながら、太陽神の神格を持つアポロンは炎への大きな耐性を持っている筈だ。にへら、と笑いながら希望的観測を述べる甘粕に万里谷は頬を膨らませた。

 

「不敬です。甘粕さんは天地神明にかけて神々の眼前に姿を現さないで下さいっ」

「……そこまで言いますか。こりゃまた手厳しいですね」

 

 甘粕の考えも理解できるが、元来神に仕える巫女としては何か思うところがあるのだろう。

 実際、神に邪心を見透かされれば堪らない。甘粕は苦笑しながら万里谷の叱咤を受け入れるのであった。

 

 現場から5km程の地点で車が停車すると、甘粕と万里谷は遠くから二柱の神の戦闘を見守る。すぐに駆け付けることのできる距離ではないが、神々の戦闘による影響は測定不能な上に大量に襲い掛かってくるカラスを退け続ける必要がある。これでも余波に巻き込まれる可能性が高く、苦渋の決断である。そしてどちらの神が勝利したとしても、万里谷が神に慈悲を嘆願することには変わりはない。

 

 その結果、自らが命を落とすこととなったとしても―――。

 

 更に激しくなる雨音を聞きながら万里谷は覚悟を固めて強く拳を握りしめ、呪力が激突している彼方の戦場を凝視する。

 

 これが、一人のホームレスが縄張り争いのためにカラスのボスと戦っている最中の出来事であった。


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