間違えちゃった魔女   作:さよならフレンズ

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神殺しと、カラスのボスと

 薄暗い早朝、灰色の雲が都内上空を覆いつくし、無数の雫は風に吹かれアスファルトの路地裏に落ちる。その勢いは最早間違いなく暴風の豪雨と断言できるだろう。

 俺は飲食店の屋根の下でカラスによって抉られた左脇腹が雨で滲みるのを気にしながら、どうしたものかと思案中であった。

 日本には、飛ぶ鳥を落とす勢いということわざがあるのを思い出す。その意味の語源は不可能なことが可能と思える程の力がある、というものだ。

 上空を自由自在に飛び回るカラスを地に這う人間が地面に叩きつけるのは相当に難しいだろう。

 だが自分で口にするのは若干恥ずかしいが俺にはよく分からない、炎を体から出す謎の力がある。それを駆使すれば、どうにかなるのではないか……?

 俺は屋根の下でどうしたものかと考えていると、研ぎ澄まされた第六感が警鐘を鳴らす。

 

 振り向きながら咄嗟にその場から飛びのくと同時に、再度轟音と衝撃が生じ俺の鼓膜を襲う。音の正体は、背後の飲食店を貫通してカラスが再び銃弾のように一直線に俺のいた場所に突き進んできたものだった。

 

「!」

 

 俺は再び一寸の間の差で心臓を抉られていたであろう恐怖を感じた。まるで雷のような速さであり、その速度で建物全体を二回も貫通したにも関わらず傷一つないカラスは俺を仕留められていないのを悟るや否や、上空へと高速で飛び去って行く。

 一連の動きは、俺が炎を身体から出し迎撃する猶予がない早業だった。

 神の速さ、正に神速という言葉がピッタリくるだろうか。いずれにせよ二度の強襲でカラスの脅威は十分に俺に伝わった。

 

(まずい、まずいぞ……!)

 

 実はここが身動きが制限されている路地裏であるなら空中からカラスが襲い掛かってくる面積が小さくなるため炎で迎撃し易くなると俺は楽観視していた。

 しかし建物がカラスのボスにとって何の障害物にもなっていないのなら話は別だ!

 カラスは視野が発達している。つまりはただでさえ午前五時頃という薄暗い視界しか確保されていない中、カラスは灰色の雲に紛れながら上空から俺を発見し、上下左右どこからでも雷に匹敵する速度で俺を貫くことができるということ。

 一方の俺は路地裏という狭い限られた空間の中で、直感だけを頼りにそれを回避し続けなければならない。脇腹からの出血は止まりつつあるものの、あまりにもジリ貧だ。

 

「クソッ……!」

 

 俺は誰に向けたものでもない罵声が口からこぼれるのを抑えきれなかった。

 最早俺の頭からは雨風を凌ぐことなど消え失せていた。開けた場所でなければ嬲り殺しにされるだけで打開策すら見つからないだろう、まずは路地裏を抜け出す必要がある。水を貯めていた青いバケツに構わず、俺は屋根下から駆け出していた。雨風が激しく俺の体に打ち付けられ手足が凍えて軽く震えそうになったが、相変わらず謎の闘志がエネルギーのように湧き出ている俺の足は止まらなかった。

 

「我は炉を護る者なり!」

 

 路地裏を抜け出そうと必死に体を動かし、ハアハアと荒い息を吐きながら俺は頭に浮かんできた謎の呪文を叫び、体からバリアのように球状に炎を放出させる。

 店の窓を震わせるような爆音と共に、炎は周辺の路地裏全体を覆い尽くしていった。

 俺は身を護るように俺の周辺を覆っている炎の中を必死に疾走する。

 この炎は人を一瞬に白骨にしてしまうほどの火力だが、建物は燃やすことがないのを確認している。周辺への被害はないだろう。瞬間的に建物内の温度は上がるだろうが仕方がない。これだけの炎を撒き散らしておけば、カラスは襲ってこれないはずだ……。

 

 俺のその淡い希望は、簡単に打ち砕かれる。

 

 路地裏一帯を包み込むように張り巡らせた炎が一瞬にして音もなく一方向へと向かいだしたのだ。

 それはまるで掃除機のような吸引力だった。俺が体から生み出す炎そのもの全てが、何かに吸い取られていっている!

 みるみるうちに吸い取られた炎を吸い取った犯人は、やはり例のカラスのボスだった。

 いや、こいつは本当に単なるカラスなんだろうか……?今更かもしれないが、最早俺はそれすら分からなかった。

 嘴を大きく開け、炎を数秒で美味しいジュースのように飲みつくしたカラスに俺は自分を棚に上げてこの世の理不尽さを感じぜざるを得なかった。こちらの攻撃手段は炎しかないというのに、このカラスはその炎に強い耐性がある。

 最早八方塞がりであることは誰の目から見ても明らかだった。

 巨大なカラスのボスは俺を真っ向から見据え、嘲るように鳴く。

 

「カア!」

 

 俺はその一瞬勝者と敗者がはっきりしたかのような、奇妙な感覚を感じていた。

 

 そこから始まったのはカラスによる一方的な蹂躙だった。

 徐々に路地裏から商店街の大広間に近づく俺を、路地裏の左右の壁を貫通しながら神速でカラスが襲ってくる。

 迎撃しても無駄だと悟った俺は、絶望的な状況の中足を動かし続ける他ない。

 俺の予想通り、直感に任せたままカラスの攻撃をかわし続けることはできなかった。目的地に向かって走り続けながらなら猶更であり、徐々に俺は追い詰められていく。

 

 一瞬にして貫かれ抉り取られたのは右肩、それも肩甲骨の中心だった。

 

「……!」

 

 人間、本当に痛いときは声が出ないものという意味を俺は実際に理解した。

 嘴が突き刺さった衝撃。カラス自体の速度のエネルギーがそのまま肩全体を襲う。

 メキメキメキと肩甲骨が折れ曲がり、変形した骨格は肺を傷つけていく。

 俺は肺に溜まった血を吐き出しながら、それでも足を動かし続けた。

 ゴミ袋を掻き分け、ガラスの欠片を踏みしめて俺は走った。もう少しで広間に着く。

 まだチャンスはある。まだだ、と俺は自分に言い聞かせた。

 

 肺は傷つき雨に打たれ、赤く染まった視界の中体力は容赦なく奪われていく。

 上空からボスの手下の複数のカラスが飛び掛かってきたが、俺は言葉を発さずに一瞬で焼き払った。

 今回は肉が焦げる匂いさえ感じずに、一瞬でカラスは白骨へと変貌していく。

 俺が追い詰められるに従って明らかに、炎の力を徐々に使いこなせるようになってきている。

 この時何となくであるが、俺は確信していた。恐らく炎を体から放出するのが、俺の能力の本質ではないのだ。

 

 もう少しで何かが掴めるかもしれない。

 

 しかし状況はそれを許してくれなかった。数十羽のカラス達が一斉に中央に向かう俺を阻むかのように前方から纏めて飛び掛かってきたのだ。視界を覆い尽くそうとするばかりの黒の壁と共にカアカア、という不快な鳴き声が俺の神経をかき乱す。

 

「……っく!」

 

 俺はそれを全て一瞬で焼き払うことはできたが、バラバラになって落ちてくる白骨に足を取られて転んだ。

 激しく転倒し、折れ曲がった骨がさらに肺を傷つける。

 俺の沸騰するかのように熱かった体は徐々に冷え、視界が暗くなっていく。

 

 さらに吐血した俺は、もう言葉を発することも立ち上がることもできなかった。

 

 俺の死期を悟ったのかゆっくりとカラスのボスが地面に降り立ち、悠々と歩いてくる。

 俺はカラスが自分の勝利を確信するのが感覚で理解できた。

 カラスのボスは羽を軽く動かし滑空すると、瀕死の俺の心臓に嘴を向ける。止めを刺すつもりなのだろう。

 俺は朦朧とする意識の中で、どこか冷静に考えていた。実のところ、俺が路地裏から出たかった理由はもうなくなった。大空が見渡せる場所にたどり着くならそれが一番だったが『俺の目的が失敗して万策尽きた』と思わせること、それも俺の目的だったのだ。

 

 今まで幾度となく襲い掛かってくれたおかげで、早いとはいえある程度カラスの速度を把握することはできている。

 その上今回はどこから、どの様に一直線に心臓に向かってくるかが分かる。

 俺はスローモーションのように、ゆっくりと心臓に向かう嘴を俯瞰するようにして感覚で感じていた。

 空気を切り裂き神速で向かってくるカラスの化け物に対して僅かに身動きし、弱弱しくも力強い呪文を唱える。

 

「我は炉そのものなり!」

 

 俺の体の一部……心臓付近は炎のような気体に変化した。

 変化した部分に嘴が突き刺さった瞬間、その炎は血肉へと戻る。

 俺の心臓付近に軽い衝撃が加わったものの、僅かな身動きの結果嘴は心臓を貫くことはなかった。

 神速のエネルギーが殺され、カラスの嘴は俺に突き刺さったままであり、補足することのできなかったカラスの体は俺の肉体そのものによってしっかり止まっている。

 

 俺は右手のてのひらに全呪力を集中させる。体は満身創痍だったものの、呪力は大量に余っている。

 いくら炎に対して耐性があるとはいえ、嘴を封じられているこの状況で。

 カラスの小さな体でこの攻撃を耐えられる訳はない!

 

「……!」

 

 鳴き声を発することすらできなくなったカラスのボスは暴れることしかできないが、嘴は決して外れることはなかった。

 

 カラスのボス―――アポロンは圧倒的に有利な状況だった筈だった。しかしヘスティア……求婚を申し込んだ炉の女神が単なる人間に弑逆されたのを認められず、アポロンは青年をいたぶった。

 そして最後は自らの手で止めを刺そうとする慢心、ある意味ではまつろわぬ神らしいその傲慢さを、若い神殺しは見抜いていたのだ。

 

 俺は必死に逃れようとバタバタ暴れるカラスに構うこともなくゆっくりと地面から持ち上げた右手を、カラスのボスの頭に押し当てた。

 

「吹き飛べ」

 

 俺の命令と共に東京全域を揺るがす、震度四程の地震が起こる。

 都内の人間達は、また恐ろしい何かが起こったのでないかと恐怖に身を竦ませた。

 轟音と共に地上から巨大な焔の柱が立ち上り、カラス……アポロンは猛烈な勢いで吹き飛ばされ柱の中から逃れることができず、高温の焔がその身を焦がしていく。空高く打ち上げられたアポロンはそのまま上空の風に吹かれ空中を舞い、太平洋の中へと姿を消していった。全身が焼け爛れ、ボロボロになりつつもアポロンが辛うじて生き残ったのは、まつろわぬ神としてのしぶとさとアポロンが太陽神であるからだろう。

 

 一方俺はカラスのボスに一発ぶちかましたことに満足したが、今度こそ限界となった肉体から意識が薄れていく。

 心臓を貫かれなかったとはいえ肺はボロボロ、心臓付近には大きな穴が空いている。

 まだ息があるのは奇跡に他ならない。流石にいつも呑気だった俺も、自分の死期を悟らざるを得なかった。

 

(……あ、これ死ぬわ)

 

 最後の力を振り絞って俺は呪力を高めると体はバラバラになって炎に変化し、飛び散っていく。

 

 

 青年の存在した場所には身長155cmの小学生程の男の子がすうすうと、無垢な顔をして小さな寝息を立てていた。アポロンが力を失った為に全国の鳥達は人間を襲うのをやめることとなり、結果的に日本は救われたもののこうして神殺しとまつろわぬ神との戦いの初戦は痛み分けに終わった。

 

 数分後に少年は起き上がり、にこやかな彼らしい微笑を浮かべながら再び荒れ果てた路地裏の探索を開始する。

 

(あれ、俺生きてる。というか周囲の建物が大きくなったような……?)

 

 この後少年は縮んだ自らの体に違和感を感じつつも、能天気な彼は僅かに失った力を取り戻すまでその姿を堪能することにする。

 正史編纂委員会には青年の風貌は出回っているが、当然縮んだ少年の姿が出回っている訳がない。

 その結果、まつろわぬ神二柱は相打ちになったと判断されることとなった。

 少年の行く末にはまだ幾多の困難が降りかかるのだが、その先がどうなるのかはまだ誰にも分からないのであった。

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