異なった歴史を辿った地球のドイツを召喚してしまった結果   作:やがみ0821

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時間稼ぎ

「これは一体どういうことだ?」

 

 パーパルディア皇国第3外務局の局長であるカイオスは問いかけた。

 彼が問いかけた相手はドイツ帝国外交団の代表であるアデナウアーだ。

 

 カイオスは自身の椅子に座ったままで、アデナウアーは立っていることからこの場における力関係がよく分かることだろう。

 アデナウアーを取り囲むように皇国兵士達がいるが、アデナウアーは全く意に介さない。

 

「フェンとアルタラスの件ですか?」

「そうだ。あの2カ国は我が国の勢力圏。そこに手を出すなど、未開の蛮族風情がどういう了見か?」

 

 カイオスの挑発的な物言い、しかし、アデナウアーは動じない。

 

「本国から指示を受けておりまして」

「指示?」

「ええ。どうぞ、これを」

 

 アデナウアーは持っていたカバンから書簡を取り出し、それをカイオスへと差し出した。

 彼はぞんざいに受け取り、その書簡の内容を確認する。

 

 すぐにカイオスは感心し、威圧的な口調から一転、まるで友人に語りかけるよう、親しげに告げる。

 

「どうやら貴国は未開ではあるが、礼儀正しいようだ。ロウリアを短期間で下したことといい、評価に値する」

「もったいなき御言葉です」

 

 にこやかな笑みを浮かべ、アデナウアーはそう答える。

 彼がカイオスに提出した書簡は簡単に言えば、パーパルディアへの献上について書かれていた。

 

 謝罪の意味を込めて、毎月無償で100万トンの食糧を提供する。

 我が国の安全保障上、どうかフェンとアルタラスは見逃して頂きたい――

 

 カイオスからすれば思わぬ点数稼ぎができると小躍りしたい気分だ。

 フェンの領土だけでなく、アルタラスの魔石を入手する計画も進行しているが、何もせずとも食糧が毎月100万トン、タダで手に入るというのは非常に魅力的である。

 

 今の計画を一時的に停止させることを、上に掛け合ってみる価値は大いにある。

 

「安全保障上とのことだが、どこに対する安全保障か?」

「何分、我が国は臆病ですので、伝え聞くムーやミリシアルが恐ろしくて仕方がありません。我が国も偉大なるパーパルディア皇国の実質的な庇護下にあるとはいえ、とてもとても……」

 

 アデナウアーの様子にカイオスは嫌らしく笑みを浮かべ、問いかける。

 

「200万トンだな。そうすれば、貴国が独自にアルタラスやフェンに根を張ることを許してやってもいい」

 

 その言葉にアデナウアーはすぐには答えず、呼吸を荒くし、懐からハンカチを取り出して汗を拭ってみせる。

 

 カイオスからは汗が出ているようには見えなかったが、無意識的なものだろうと気に留めず、答えを待つ。

 

 およそ5分程して、アデナウアーは搾り出すように告げる。

 

「分かりました。200万トン、毎月皇国へ無償で献上致します」

 

 カイオスは内心喝采を叫ぶ。

 搾り取り、献上できなくなった段階でドイツごとアルタラスもフェンも潰せばいい。

 いくらクワトイネがいるとはいえ、毎月200万トンも出したら、ドイツは自国民に食わせる分が遠からず無くなるだろう。

 

 皇国第3外務局の仕事は蛮国から取れるだけ取ることであり、カイオスはその仕事を忠実に果たしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 カイオスとの対談を終え、アデナウアーは別室で待機していた随員や護衛達とともに複数の馬車で港へと戻った。

 そして、アデナウアーは誰よりも早く停泊する帆船へと戻るや否や、出迎えた面々に向かって告げる。

 

「本国に連絡を。魚が餌に食いついた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パーパルディア皇国の国民達は第3外務局が発表したことに熱狂していた。

 皇国の実質的な支配下となった国が増えたことに。

 

 その名はドイツ。

 彼の国は毎月無償で食糧を200万トン献上するという。

 

 皇帝ルディアスはカイオスからその報告を聞き、非常に機嫌が良かった。

 見どころのある蛮族もいたものだ、と皇帝は告げ、フェンとアルタラスにおいてドイツが独自の安全保障とやらを行うことを認めた。

 

 何をしようとも、所詮は文明圏外の国。

 皇国が本気を出せば、容易に叩き潰せると誰も彼もが確信していた。

 

 アルタラスやフェンに潜入している諜報員達からはドイツが基地を作っている場所は海岸から離れた内陸部であり、急場には間に合わないだろうという報告がきていた。

 魔信があるかもしれないが、それがあったところでそれよりも早く皇国軍は進撃し、基地を取り囲むことができるという自信があった。

 

 

 一方で200万トンもの食糧が毎月無償で入ってくることから、農民が失業するかもしれないので、その対策を行うようルディアスは指示を下した。

 皇帝の指示はただちに具体化されたが、それは農民を農民のまま保護するというのではなく、次の働き口を斡旋するというものだった。

 食糧が献上できなくなったら、すぐにドイツは泣きついてくる。

 そのときになったら、ドイツと一緒にフェン、アルタラス、ロデニウス大陸を支配下におけば全て解決する。

 

 何よりもクワトイネは前々から欲しかった――というのが皇国の本音だった。

 

 

 

 

 

 

「行き先はロウリアかと思ったら、パーパルディアだった」

 

 水夫達は不思議そうな顔で口々に、どういうことだと囁きあった。

 

 

 

 クワトイネのマイハーク港では大勢の木造船がひしめき合っていた。

 それらの船には積荷として膨大な穀物が積み込まれつつある。

 

 これと同じ光景がクワトイネの多くの港で見られた。

 

 

 それらは1週間程前に突然決まった、ドイツとクワトイネの大口取引だ。

 

 ドイツが6ヶ月間、食糧を毎月200万トン買い上げ、その輸送に必要な船舶や水夫その他一切の料金を支払うとのこと。

 カナタは仰天したが、その取引を快諾した。

 

 目的地がパーパルディア皇国ということが不思議であったが、ドイツはあの国とうまい具合に話をつけたのだろうか、と彼は疑問に思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 首相官邸でのパーパルディアに関する会議が終わった後、ヒトラーは出席していたヴェルナーに告げる。

 

「時間は稼いだ。あとは君達、軍人の仕事だ」

 

 ヒトラーの言葉にヴェルナーは力強く頷いた。

 

「しかし、大盤振る舞いだな」

「それほどでもないさ。クワトイネの穀物は破格の安さだからな。輸送に掛かる代金が多少ついたとしても、合計金額としては安いものだ」

 

 そう言って、ヒトラーは問いかける。

 

「連中はこちらから搾り取ることしか考えていない。こっちが渡している間は襲ってこないだろう」

「らしいな。ムーとやらはどうだ?」

「ムーはクワトイネ政府経由の情報だが、こちらと接触を希望しているとのことだ。会談するならロウリアだな」

 

 徹底して本国や海外領土には入れないという姿勢は転移直後から変わっていない。

 そうであったからこそ、この世界の人間は海外領土は勿論、本国に足を踏み入れていない。

 

 万が一、流れ着いたとしてもそれは決して公表されることはない。

 

 魔法、未知の病原体という2点がドイツ政府及び軍が異世界人を本国や海外領土に入れない大きな理由だ。

 警戒しすぎているかもしれないが、不安要素が明確に解消されない以上、国民保護の為にも入れるわけにはいかなかった。

 もしも本国や海外領土で魔法によるテロ、あるいは未知の病原体によるパンデミックが発生した場合、あまりにも国民に与える影響が大きすぎる。

 この2つの理由に次ぐものとして、現地の虫が帰還者に付着し、ドイツ国内で繁殖、生態系を壊すのではないか、という恐れがある。

 

 クワトイネのカナタ首相をはじめとし、クワトイネ及びクイラの要人達はこのことを大使から説明され、ドイツのあまりの警戒っぷりに呆れたくらいであったが、ドイツ側からすれば切実な問題だ。

 

 とはいえ、いつまで対策をしないわけではない。

 クワトイネとクイラへ料金を支払い、ロデニウスから出て本国へ戻るドイツ人に対してドイツ側の科学的検査に加え、信頼できる魔法使いに魔法による検査も行ってもらっている。

 各地に派遣されている外交団も、ドイツへ戻る際は現地の魔法使いに料金を支払い、病気に掛かっていないかどうか確認するように、という指示が出されている。

 今のところ、ロデニウスをはじめ、各地から戻ってきた者達が本国で何かやらかしたという話は聞いていないが、油断はできなかった。

 

 

「この世界に来て、色んな問題と戦ってばかりな気がする。いい加減、落ち着きたいものだ」

「それは同感だ。というか地球に帰りたい」

「そうだな……これならまだイギリスとほどほどに裏で蹴り合うような関係が気楽でいい」

 

 地球の頃の方が、魔法とかそういうのがない分、マシだったのではないかと2人は実感するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 一方、思わぬ軍拡に驚いたのはドイツ海軍だった。

 大陸国家から島国という、驚天動地の出来事により海軍の優先順位が上昇した為だ。

 

 転移という現象について、海軍側は色々と思うところはあったが、ともかく、艦艇建造は急務だ。

 

 

 転移前、ドイツ海軍は戦艦8隻と空母8隻を主力とし、それらを護衛するに十分とは言えないが、不足しているとも言えない程度の巡洋艦、駆逐艦とそれなりの数の潜水艦、他にも上陸作戦用の揚陸艦が2隻といった具合であった。

 

 この戦艦と空母8隻ずつという、俗に八八艦隊と呼称される構成は転移当時の列強諸国海軍におけるスタンダードなものだった。

 航空機による作戦行動中の戦艦を撃沈するという事例が無かった為、戦艦は普通に建造され続けている。

 明らかに各国とも戦艦を撃沈できるものを持っているにも関わらず、事例がない為、大艦巨砲主義者達が元気だ。

「だが、実戦で証明されていない」という言葉は彼らの切り札となっていた。

 

 なお、ドイツは各国に無駄な費用を掛けさせる為に当時最大となる戦艦を建造した。

 戦時で予算があったというのもそれを後押しした。

 各国海軍は戦後になって、ドイツの戦艦――グロス・ドイッチュラント級に匹敵するものを建造しようとし、それなりに軍事予算を浪費してくれた。

 一方、ドイツは各種ミサイルをその時点で実戦配備していた。

 

 

 さて、ドイツ海軍における現在主力となっている戦艦と空母は欧州戦争時に計画され、建造された。

 就役したのは戦後であったが、戦前に建造された艦を記念艦もしくは退役することで維持を許された。

 戦後にドイツ海軍が計画・建造したのは巡洋艦以下の艦艇であり、また工作艦や測量艦などの補助艦艇だ。

 ちまちまと護衛艦艇や支援艦艇を増やしつつあった段階で、基本的には予算不足に泣いた。

 技術の研究開発に関わる予算は別枠で、こちらは他国に対する優位性を確保する為、大盤振る舞いであったのがせめてもの慰めだ。

 

 そのような事情でドイツ海軍は艦艇数こそ少ないが、質で他国海軍に優位に立っていた。

 けれども、カバーしなくてはならない範囲が欧州の本国からアフリカや東南アジアを通り、南太平洋のニューカレドニアまでと非常に広大であった。

 それでも何とか艦艇をやり繰りをして、海軍と同じく部隊数を大きく増やすことを予算的に許されなかった空軍とも協力し、どうにかやっていた。

 

 だが、それでも海軍の艦艇は相当に金食い虫で、常に政府と議会から色々と言われ続けてきた。

 大型艦は建造に時間が掛かる、あと10年は使うからと宥めすかしていた。

 しかし、転移してからは手のひらを返し、早く艦艇を増やせと矢の催促だ。

 

 

 海軍総司令官であるデーニッツは嬉しいやら悲しいやら、何とも言えない複雑なものだった。

 彼は国防省の自らの執務室で現在、建造されている艦のリストを眺めて、呟く。

 

 

「巡洋艦と駆逐艦、その境目が曖昧になってきている。昔ははっきりしていたのに……」

 

 速射砲やミサイルの登場により、駆逐艦であっても大型化している。

 そこに艦載ヘリコプターがあれば駆逐艦であっても巡洋艦と大して変わらないサイズとなる。

 

 見た目も大きく変化したのが水上戦闘艦であったが、欧州戦争時と比べて潜水艦も変わっている。

 潜水艦発射型弾道ミサイルを搭載した艦がその最たるものだ。

 

 

 パーパルディアとの戦いでは現在建造中の巡洋艦や駆逐艦、潜水艦の就役は間に合わない可能性が高い。

 それでも建造中止、解体という可能性は今のところない。

 デーニッツもまだ半信半疑であったが、惑星自体が地球よりも大きい可能性が専門家達から指摘されている。

 

 もしもそれが本当ならば海は地球よりも広い可能性があり、そんな惑星で島国となってしまったドイツは災難極まりない。

 しかも、この世界には話が通じる国家ばかりではなく、挙句の果てには未知の怪物がいる可能性すらあった。

 海軍が必要とされる状況は地球にいた頃の比ではない。

 

「何をするにしても、時間は必要だ。どうなることやら……」

 

 デーニッツは退役して悠々自適な隠居生活を送っているレーダーが羨ましくなった。


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