異なった歴史を辿った地球のドイツを召喚してしまった結果 作:やがみ0821
ドイツ空軍所属の早期警戒管制機FK-55はパーパルディア皇国、皇都エストシラントから少し離れた空域を飛行していた。
生き残ったワイバーンや、極秘裏に開発されているかもしれない未知の空を飛ぶ超兵器対策として空の監視を行っている。
とはいえ、それらは表向きの理由で、実際にはロデニウス大陸のときにもあったことだが、ドイツのものではない、不審な電波が度々エストシラントをはじめパーパルディアの各地で発信されていたことが原因だ。
このことは政府と軍における最高機密扱いになっている。
ロデニウス大陸では観測した程度に留まったが、ここ最近は状況が違う。
管制能力と共に強力な電子戦能力も保有する大型機であるFK-55や電子戦に特化した海軍所属の艦載電子戦機E-11を投入している。
もしかしたら地球における列強が転移してきているかもしれない、あるいはドイツを上回る国家が異世界にあるのかもしれない、という予想すらもあった。
警戒するに越したことはない、という判断により、パーパルディア戦においてはFK-55及びE-11を複数機投入し、パーパルディア皇国全域をカバーした上で、大規模な電波妨害を行いつつ、発信場所の特定と発信者の確保を進めていた。
「きたぞ、幽霊だ」
正体不明の電波ということで、幽霊という仮称をつけられたそれが観測された。
既に妨害電波は出されており、その通信と思われるものが相手に届くことはない。
だが、相手も中々やるようで、通じないと分かるとすぐに電波の発信が途絶えた。
もっとも、それは虚しい努力であった。
ドイツ空軍による第一撃のときは、どうやら幽霊達は相当に混乱したようで、非常に多くの電波がパーパルディアの各地から発信された。
こんなに潜んでいたのか、と驚く程であるが、この盛大な発信によりかなり正確な位置が割り出せた。
勿論、彼らが届けようとした情報はパーパルディア戦が始まって以後、相手側に届いていない。
これらの情報は暗号化されたものであったが、その解読も本国で最優先事項として進められていた。
「何が潜んでいるんだろうな……」
ある管制官はそう呟き、彼の同僚達もまた同意とばかりに各々、頷いたのだった。
エストシラントの大通りから少し離れたところに3階建ての建物があった。
一見、レンガ造りのそれは屋上部分に皇国民からすると、見慣れない不思議な棒のようなものが何本か立っていたが、建物の住民達が洗濯物をそこに干しているのを見て、物干し竿かと納得していた。
しかし、それは偽装で、本来の用途とは離れたものだった。
その建物の3階にある部屋では男が怒り狂っていた。
グラ・バルカス帝国の情報局に所属する彼は通信機を蹴り飛ばそうとしたが、堪え、代わりに近くにあった椅子を蹴り飛ばした。
「クソ! どうして通じないんだ!」
まもなく日が落ちるというのに、この異常事態を本国に伝えられないなんて、と彼としては忸怩たる思いだ。
午前10時頃から始まった、ドイツ軍によるものと思われる空襲はグラ・バルカス帝国の人間であっても、仰天するものだった。
現在までに得た情報を統合すると、午前10時から現時刻までで、それこそ12時間も経っていないのに、既にパーパルディア皇国の主要戦力は全て叩き潰され、残敵掃討の様相を呈しているらしい。
我々であっても、こんなことはできないのに――!
ロデニウス大陸における情報から、ドイツは転移国家である可能性が高いと本国は判断し、遠からずパーパルディアとぶつかるだろうということで多くの人員と機材がパーパルディアの各地へと送り込まれた。
そこへドアを叩く音がした。
それは規則正しく一定のリズムで4回叩かれ、少しの間をおいてまた4回叩かれた。
ドアの鍵を彼が開けると、そこには彼の同僚がいた。
「どうだった?」
「ダメだ。他の拠点でも通じない」
「そうか……一体、何が起きているんだ?」
「分からない……」
男達は途方に暮れるしかなかった。
ヴェルナーはヒトラーに面会すべく首相官邸を訪れていた。
既に時刻は19時を回っており、当初の予定ではパーパルディアに対する夜間空襲が行われている筈だった。
しかし、それは実施されていない。
理由は簡単で、3時間程前、パーパルディアからの使者が降伏の為、船でエストシラント近海にいたドイツ海軍の艦艇へとやって来たからだ。
エストシラントの港も爆撃を受けて大惨事となっていたが、彼らはどうにか使える船を引っ張り出してきたようだ。
中央暦1639年10月22日16時12分。
ドイツ海軍駆逐艦ゲオルク・ティーレの艦長に対し、パーパルディア皇国全権大使ルパーサにより、パーパルディア皇国軍の全面降伏が伝えられた。
ただちにそれはドイツ政府及び軍上層部へと伝えられ、報告を聞いた国防大臣であるヴェルナーは全ての戦闘部隊に対し、戦闘停止を命じていた。
もっとも、幽霊の妨害と探索をしているFK-55とE-11に関してはその任務の継続を命じた。
ヒトラーは現在、会議中だった。
18時には終わると言っていたが、どうやら長引いているらしい。
ヴェルナーが案内された応接室のソファに座って待っていると、ヒトラーが20分程してやってきた。
「待たせて済まない。どういう用件だ?」
「パーパルディアに関してだ」
ヒトラーは何かを察したのか、頷き、執務室へ行こうと提案した。
執務室に入り、ヒトラーが手ずからヴェルナーに緑茶を淹れた。
ドイツ国内に流通している緑茶も転移前は日本産が主流であったが、手に入らなくなった今ではすっかり海外領土産が主流だ。
ヴェルナーはそれを一口飲み、切り出した。
「異世界では降伏する為の時間を競争しているのか? ロウリアは具体的には忘れたが、48時間以内だった。パーパルディアは僅か6時間程だぞ?」
「大幅な記録更新だな」
「それは良いことではあるんだが、陸軍が不満を抱いている。陸軍もそうだが、各軍は3ヶ月の作戦期間を想定していた」
「仕方がないだろう、事前攻撃で終わってしまったのだから」
私に文句を言われても困る、とヒトラーが肩を竦めてみせる。
ヴェルナーは問いかける。
「そこで物は相談なんだが……世界平和とやらに貢献しないか?」
ヴェルナーの問いかけにヒトラーは胡散臭い目を向ける。
しかし、ヴェルナーは動じない。
「いや、これは真面目な話だぞ。何より、我が国に対する心証をより良くすることにも繋がるし、単純に利益にもなる」
「何だ? 物理的に世界征服でもしようというのか? その先は金と人命と資源の浪費しかないぞ」
「そんな馬鹿なことはしないとも。グラメウス大陸だ」
「いや、あそこは魔物が闊歩し、おまけに大半が寒冷地と聞いているぞ? ロシアのシベリア並かもしれん」
「ところが、そうでもないらしい」
「……とりあえず具体的な情報をよこせ。話はそれからだ」
「持ってきた」
ヴェルナーは鞄から書類の束を取り出し、ヒトラーへと差し出した。
ヒトラーは呆れながらも、それを受け取る。
中身を読みながら、尋ねる。
「いつ調査したんだ?」
「パーパルディア戦前の準備期間に色々とな」
ヴェルナーはそこで言葉を切り、少しの間をおいて告げる。
「トーパとは国交ついでに魔物対策として安保条約も結んであったし、その一環で現地に空軍基地も建設してあった」
ヒトラーは頷いて続きを促す。
「魔物調査という名目で様々な観測機を送り込んだ。向こうも協力的であったからな。シベリア北部よりは暖かいぞ。魔物はいっぱいいるが」
ヴェルナーの言葉にヒトラーは呆れつつも、問いかける。
「それは暖かいと言っていいのか?」
「勿論だ。ケッペンの気候区分に従うと寒帯に分類される場所はグラメウス大陸の中で一部だそうだ。大部分は亜寒帯湿潤気候もしくは亜寒帯冬季少雨気候らしい。詳しくは学者に聞いてくれ」
「よく分からんが、つまりどういうことだ?」
「冬は無理かもしれないが、夏は農業に適している。また現地に降りて詳細な調査をしなければ分からないが、上空から見た限りでは黒土らしき地帯もある」
ヒトラーは頷きつつ、思い出す。
この世界における領土の獲得――特にどこの国の領有にも属していない地域の扱いに関してだ。
パーパルディアを除く、これまでに国交を結んだ各国に確認してあった。
どの国も、国家が領有の意思を持って、無主の土地を実効的に占有することという答えだった。
地球における国際法上認められた領域取得の権原、その一つである先占と変わらないようだった。
「鉱物資源は?」
「そっちも現地調査をしなければ分からない。魔物退治ついでに、どうだ? 現地政府や住民の目を気にせず、遠慮なく開発できる土地は必要だろう?」
ヒトラーは笑みを浮かべた。
全く、その通りだった。
現地政府及び現地住民への様々な配慮は物事を円滑に進める為に必要であり、当然ドイツもまたそのような配慮を行っている。
それをしなければ楽に色々とやることができるが、その後の関係に重大な悪影響を及ぼすのはよろしくなかった。
「任せた。早急に計画を立案してくれ」
「1週間以内に仕上げるさ。皆、物足りなかったから鬱憤が溜まっている」
「頼む。こっちはパーパルディアとの講和内容の協議で今は手一杯だ。もうちょっと先でもいいからな」
ヒトラーとしても、列強の一つであるパーパルディアが開戦後、僅か数時間で降伏してきたのは予想外で、ロウリアのときよりも時間的な余裕が無かった。
「そういえばムーはどうなった?」
「2ヶ月程前、ロウリアで接触し、水面下で交渉中だ。この世界での列強ということもあり、慎重にやっている。パーパルディアとは態度が明らかに違うからな」
なるほど、とヴェルナーは頷く。
「ムーは我々の地球にもあった、あのムーなのか?」
「転移国家であることは間違いないだろう。向こうが転移する前の地図を撮った写真が報告書に添付されていたが、それは我々の地球に似ている……1万年以上前のものだから、異なったところもあるが……」
「同じ地球とは限らないが、地球出身であることは間違いないかもしれないな」
ヴェルナーの言葉にヒトラーは頷く。
それを見て、更にヴェルナーは言葉を続ける。
「なるべくなら友好的にいきたい。ムーとの距離は遠いらしいじゃないか」
「遠いとも。それに向こうはどうやら我々と同じ、科学技術的な文明国家のようだ。貿易相手として、最高だ」
肯定しつつ、ヴェルナーは告げる
「当面はパーパルディアのことを頑張ってくれ。軍はグラメウスに向けて動く。今度は気楽だ、相手が意思疎通できないらしいからな。政治的な交渉はないだろう」
「そうしてくれ。ドカンと吹き飛ばして、あとは開拓というなら気楽でいい」
「そういう仕事ばかりだといいのにな」
「全くその通りだ」
ヴェルナーの言葉にヒトラーもまた全面的に肯定したのだった。