異なった歴史を辿った地球のドイツを召喚してしまった結果 作:やがみ0821
パーパルディア属領統治軍――
それはもはや、ただの烏合の衆であり、またその数は少なかった。
属領各地における大規模な反乱は道路が整備されていたこともあり、反乱軍は属領統治軍の僅かな抵抗を一瞬で粉砕し、あっという間にパーパルディアの統治機構がある各都市へと到達、占拠した。
これはパーパルディアがドイツに対し降伏した後に行われたのだが、ドイツ側は見て見ぬ振りをした。
そして、反乱軍による統治機構の職員達へ大規模な虐殺が発生したものの、ドイツが派遣した工作員達は止めはしなかった。
本国からの指示は憂さ晴らしをしてもらえ、というものであり、事が終わって生きていたらパーパルディア民を保護してやれという程度のものだ。
事実、統治機構は特に住民の恨みを買っており、彼らを庇うとドイツ側に火の粉が飛んでくる可能性もあった。
そうならない為にも、統治機構の職員達には犠牲となってもらった。
また、彼ら職員の家族や現地住民を追い出して入植したパーパルディア本国からやってきた住民達も逃げずに統治機構があった都市にいた場合は同じ末路を辿った。
ドイツの工作員が接触できなかった、他の抵抗組織により結成された反乱軍も同じことを目的としていたのか、時間差があるものの、続々と各地の統治機構がある都市へと集ってきたのはドイツからすれば探す手間が省け、僥倖だ。
集った反乱軍は憎しみの衝動に身を任せ、殺しに殺した。
老若男女の区別はそこにはなく、赤子だろうが妊婦だろうが老人だろうが血祭りだった。
そして、彼らは存分に殺したところで、ようやく気が収まった。
まずドイツの工作員は接触していた抵抗組織のリーダーを通じて接触できなかった抵抗組織のリーダー達を集めて、問いかけた。
死体の後始末はどうしますか――?
存分に恨みと憎しみをぶつけたが故に、落ち着いていた彼らは互いの顔を見合わせた。
統治機構がある都市は属領となる前は独立した国の王都や、それに類する国の中心となる大きな都市であった。
だからこそ、それをまずは取り返そうとして各地の反乱軍は、それぞれの地元の統治機構がある都市へと集まり、居座っていた侵略者共を粉砕した。
統治機構は基本やりたい放題の恐怖支配であったようなので、住民達による報復も当然だとドイツとしては理解を示していた。
ともあれ、死体の後始末は各自、手分けして行うしかなかったのだが、正直侵略者の死体処理――それも数は膨大で、そこら中に死体が転がっている――なんてやりたくないというのが彼らの偽りのない本音だった。
だが、やらねば疫病が発生することも間違いなく、かといって死体処理が嫌だからと属領となる前は国の中心都市であった場所を放棄したりすることもできない。
彼らの思いに応えるかのように、ドイツの工作員はある提案をした。
ドイツはあなた方の独立を支援しますので、現時刻を以てパーパルディア民に対して手は出さないようにして頂きたい。
その約束さえしていただければ、まず独立支援の手始めに、無償で都市の掃除を我々が引き受けましょう。
この都市なら掃除人は数時間以内に到着できますが、どうしますか――?
落ち着きを取り戻していたリーダー達からすれば、ドイツの提案は渡りに船であった。
どんな思惑があるか分からないが、死体の処理をしてくれるなら有り難い。
とりあえず提案を受けようと彼らは判断し、承諾したのだった。
数時間後、派遣されたある海兵隊隊員はヘリの騒音に負けないように憂さ晴らしも兼ねて叫ぶ。
「戦闘かと思ったら、死体掃除だ! ついてない!」
海上の揚陸艦からヘリで飛び、到着して教えられた任務は死体の後始末を兼ねた治安維持だった。
陸軍も各地に死体掃除と治安維持を兼ねて出動するらしいが、彼らには海兵隊のような迅速な展開能力はない為、現地到着が若干遅くなる予定だ。
とはいえ、それでもこの世界の軍からすれば魔法のような展開速度だろう。
ともあれ、任務であるからやるしかなかった。
特殊手当がつくのがせめてもの慰めだった。
掃除兼治安維持としてパーパルディアに派遣され、皇国本土及び属領における主要な都市へ展開を完了、もしくは展開を開始したが、それは歩兵や海兵が主体であった。
そもそも、統制が取れた敵軍の残存兵力がいるかも怪しく、敵になりそうなのは戦後の混乱で暴徒化しそうな民衆くらいであり、費用の掛かる装甲師団や航空騎兵師団よりも歩兵師団を配備したほうがいいだろうという判断がなされた。
ドイツ陸軍はパーパルディアの広さを考慮し、歩兵師団16個、装甲師団3個、航空騎兵師団1個、ドイツ海軍は海兵師団3個を用意し、彼らを支える各種物資も十分に集積されていた。
後詰としてロデニウスに駐屯しているDRKから部隊を引き抜いて派遣する用意までもされていたが、それらの作戦計画は全て無駄になってしまった。
実際に派遣されたのは歩兵師団と海兵師団のみであり、装甲師団と航空騎兵師団はまたもや出番無しとなった。
パーパルディアが降伏したと聞いてすぐにマンシュタインがヴェルナーのところへやってきて、やんわりと抗議をしたのも当然だった。
ヴェルナーとしてもマンシュタインら陸軍側の気持ちは理解できる。
DRKのときと同じく、陸軍の現地での初めての任務が治安維持と戦場となった場所の掃除であると、その時点で予想がついてしまった。
その為にヴェルナーはヒトラーに対し、陸軍の不満解消と領土獲得も兼ねてグラメウス大陸という場所を提示したのだ。
外務局監査室に所属するレミールは自宅の寝室で、寝転がっていた。
今夜は眠れそうもない。
パーパルディアがドイツに降伏して既に1週間が経過していた。
エストシラントにもドイツ軍が治安維持の為に駐屯していたが、彼らを見てもレミールは信じられなかった。
だが、彼女は今日の昼間、ルディアス直々の指名で、彼と共にドイツ軍による攻撃を受けた場所を見て回った。
それでようやく現実として受け入れた。
エストシラントを守護していたワイバーン基地や皇都防衛隊陸軍基地、それらがあった場所は、何かが落ちてきた証拠である巨大な穴が複数空いており、また周囲に多数の瓦礫が散乱しているだけであった。
ルディアスの横顔が忘れられなかった。
それはレミールですらも見たことがない、非常に厳しいものだった。
その後もエストシラントにあった海軍基地もまた同じ状況であり、水面下に沈んでいるのが見える数多の戦列艦は、さながらパーパルディアの落日を示しているかのようであった。
あっという間の1日で、一生忘れられそうにもない。
そのときだった。
ドアを叩く音が響く。
レミールは弾かれたように起き上がり、問いかければ宿直のメイドだった。
彼女が言うには、こんな時間に来客だという。
無礼な客もあったものだ、とレミールは思いつつ、無礼な輩には相応の態度で接することを決める。
つまり、寝間着のまま、対応することを決めた。
メイドが何故か笑ったが、それを咎めることもなく、レミールはその客を待たせている応接室へと赴いた。
扉を開けて、そこにいた人物に目を丸くした。
「陛下!?」
驚くレミールにルディアスは苦笑しつつ、彼女へと歩み寄る。
「夜分遅くに済まないな」
「い、いえ……その……どうして?」
レミールが皇城にあるルディアスの私室に赴くことはあったが、その逆はこれまでに無かった。
彼の護衛すらも応接室内は勿論、ここに来るまでの廊下にはいなかった。
おそらく、屋敷の周辺に待機しているのだろうとレミールが予想していると、ルディアスが問いかける。
「レミール、昼間の惨状を見て、どう思った?」
問いにレミールは少しの間をおいて、告げる。
「ドイツは圧倒的です。あのようなこと、それこそミリシアルやムーでも不可能でしょう」
「だろうな。だが、寛大な国のようだ」
「と、言いますと?」
「ルパーサからの連絡によれば、ドイツは我が国の存続を許してくれるらしい」
レミールは信じられず、呆気に取られてしまう。
「それは、その、本当ですか? 我々と同じように、属領として支配を……」
「そういうこともないらしい。ドイツの意思を統治に反映させたりすることはあるものの、基本的にはこれまでと変わらないようだ」
レミールは不思議に思ってしまう。
ドイツは何を企んでいるのだ、と。
ドイツの意思を統治に反映させる――それが曲者であったが、属領として支配はしないという。
従属国のような関係になるのではないか、とレミールは予想するが、ルディアスの様子を見る限りではそういうわけでもないようだ。
何よりも彼が言った、基本的にはこれまでと変わらない――もしも、従属国になるなら、こんな言い方をするわけがない。
レミールは色々と考えていると、ルディアスは更に言葉を続けた。
「ただ、どうやら国家戦略局が一つやらかしていたみたいでな。ロウリアへ勝手に多額の支援をしていたらしい」
「……はい?」
レミールも寝耳に水だった。
そもそも彼女の所属は外務局監査室で、国家戦略局と関係があるというわけではないので、それも当然の反応だ。
「ロウリアへの借金帳消し、属領側が希望した場合は独立を認めること、魔法に関する研究開発協定を結ぶこと、賠償金の支払い……他にも細かいことはあるが、ドイツ側の条件は大雑把に言えばこの程度だ」
「その程度なのですか?」
レミールの問いにルディアスは頷く。
「ルパーサもドイツ側が提示してきた条件に拍子抜けしたらしい。賠償金も決して払えない額ではない。研究開発協定に関しても、例えばワイバーンオーバーロードの育成法などの秘匿技術に関しては開示しなくて良いとのことだ」
「ドイツは何を考えているのでしょうか?」
「余にも分からん。だから、臨機応変に対処できるよう、外交に関して理解のある妻が必要なのだ」
レミールは思考が追いつかず、きょとんとした顔をしてしまう。
そんな彼女に微笑みながら、ルディアスは告げる。
それは皇帝としてではなく、男としての一世一代の大勝負だ。
タイミングが悪いかもしれない。
だが、彼は弱さを見せることができる相手が欲しかったのだ。
自分の都合で、彼女の気持ちは考えていないのでは、と考えもしたが、それでも我慢できなかった。
当たって砕けろという言葉もある――砕けたらダメではないか!
ふっと頭を過ぎった言葉に、そのように言い返しながら、どうにでもなれ、と彼は告げた。
「レミール、余の妻となって欲しい。これからのパーパルディアは厳しい未来が待ち受けているだろう。だからこそ、余はそなたに隣で、支えて欲しいのだ」
世界の支配者というのはドイツがいる限りは無理な話だが、とルディアスは苦笑してみせた。
レミールの答えは決まっている。
世界の支配者の妃などという立場よりも、ルディアスの妻というほうが彼女にとっては何よりも欲しかったものだ。
ルディアスが世界の支配者となるなら、それに付き従うまで。
例えそうではなくても、彼が望む世界を共に見たい――
彼女は嬉しさのあまり、涙を流しつつ、ルディアスの胸に飛び込んだ。
「勿論です……! あなたの妻になります……!」
ルディアスはレミールを強く抱きしめながら、思わず呟いてしまう。
「ああ、良かった。振られたら、余はしばらく立ち直れなかった……」
皇帝の――否、夫の初めて弱気な声を聞き、レミールは増々彼が愛しくなってしまう。
だからこそ、彼女はルディアスを自身の寝室へと誘った。
今夜は眠れそうもなかった。