異なった歴史を辿った地球のドイツを召喚してしまった結果 作:やがみ0821
中央暦1639年11月18日
トーパ王国北部に築かれた世界の扉周辺は非常に活気に満ちていた。
王国各地から集った商人達が商品を並べ、行き交う人々に売り込みを掛ける。
このように活気に満ちている理由は太陽神の使い――ではないものの、似たような人々が大軍でもって、ここに集っていたからだ。
彼らを見ようと国中から人々が詰めかけている。
そんな彼らに対して似たような人々――ドイツ陸軍側も、短時間ではあるが見学会を開くなどして交流に努めている。
もっとも、ここに駐屯している部隊は予備兵力だった。
ドイツ陸軍は合計5個師団をここに配置し、万が一、世界の扉方面へ多数の魔物達が逃げてきた場合、この部隊で食い止める予定だ。
なお、世界の扉はどうもこの世界の技術で作られたようには思えないので、太陽神の使い――日本が構築したものとドイツ側は判断していた。
各歩兵師団から部隊を抽出し、世界の扉と称される城壁上に配備。
そして、そこに土嚢を積み上げ、簡易な機関銃座を構築する。
無論、持ってきているのは機関銃だけではない。
大地を埋め尽くす魔物が現れる可能性もあった為、ドイツ陸軍はロシア陸軍の大地を埋め尽くす戦車と歩兵による大突破を想定し、大量の武器弾薬その他物資を本国から持ってきていた。
勿論、ここに配備された部隊は歩兵師団だけではない。
欧州戦争でドイツ陸軍のドクトリンに必要とされた為に編成され、実戦において有効性が確認された特殊な師団もまた配備されていた。
それは砲兵師団だ。
その名の通り様々な種類の火砲及びロケット砲、大口径の重迫撃砲を重点的に配備されたこの師団は転移前の地球において、ドイツとロシアにしか存在しないものであった。
砲兵師団を複数個纏め、砲兵軍団として集中運用した場合、その火力は凄まじく、攻勢前の準備砲撃に、敵攻勢の阻止に、と非常に便利であった。
ドイツ陸軍とロシア陸軍の砲兵軍団同士が撃ち合ったら、それだけで地形が大きく変わると他の列強諸国の陸軍将兵には噂されるくらいだ。
世界の扉である城壁、そのすぐ後方には砲兵師団2個が陣地を構築しており、世界の扉に突撃してきた敵を到達前に吹き飛ばすことができる。
無論、歩兵師団に編成されている砲兵は砲兵師団とは別に存在している。
歩兵師団3個、砲兵師団2個が予備兵力であった。
また必要に応じて、トーパ王国に駐屯するドイツ空軍が近接支援を行うことになっている。
そして、主力は別にあった。
グラメウス大陸の南部にある海岸から歩兵師団5個、装甲師団3個、航空騎兵1個、砲兵師団2個、海兵師団1個が明日の昼頃に上陸を開始する。
その海岸は上陸用舟艇から直接上陸できる地点としてはグラメウス大陸の中で一番南にある海岸といっても過言ではない。
さらに、この海岸は冬でも他と比べて気温が僅かであったが高い為、拠点を築くには最適な場所と考えられた。
とはいえ、魔物がひしめいている大陸に、そのまま上陸するなんてことはしない。
今夜から空軍の事前爆撃と上陸部隊を護衛している海軍のグロス・ドイッチュラント級戦艦8隻や巡洋艦、駆逐艦による艦砲射撃が上陸地点やその付近に対して行われることになっている。
他にも後方に展開した空母から艦載機による空爆なども実施される。
これらのうち、空軍機と艦載機による空爆は上陸地点を叩いた後、陸軍の進撃を手助けする為、内陸部に対しても行われる予定だ。
なお、空軍機には爆撃機だけでなく、地上攻撃機も含まれている。
このグラメウス大陸における作戦は上陸や内陸部への浸透など幾つかの段階に分かれていたが、ひっくるめてジークフリート作戦と呼ばれていた。
グラメウス大陸には膨大な魔物がおり、また伝説の魔王とやらも封印されているらしいことから、それらを打ち倒すという意味が込められていた。
上陸を明日に控えた夜。
ベルリンの首相官邸ではヴェルナーが提案があるとのことで、ヒトラーに面会に来ていた。
ちょうどいいとばかりにヒトラーは質問をぶつける。
「わざわざ冬に行かなくてもいいんじゃないか?」
11月半ばということもあり、グラメウス大陸は既に冬だ。
気温は低下し、氷点下にまで下がる日も多い。
雪も降り積もっているが、幸いなことに現時点ではそこまで積雪が多いというわけではないと報告が来ている。
「陸軍からの要望でな。せっかくだから、冬季演習も兼ねておきたいんだと」
その言葉にヒトラーは問いかける。
「ナポレオンの二の舞に?」
「転移してから、陸軍は目立った戦果がないことは誰もが知っている」
ヴェルナーはヒトラーの問いにそう返しつつ、更に言葉を紡ぐ。
「だからこそ、今回の作戦は陸軍の面子が掛かった、失敗が絶対に許されないものだ。そんな作戦で慢心や油断をする輩が陸軍にいるならば、そういう失敗をするだろう」
暗にそのような輩は陸軍にはいない、と告げるヴェルナーにヒトラーとしては頼もしい限りだ。
「で、今回は何の提案だ? 茶飲み話をしに来たわけではないだろう」
ヒトラーの言葉にヴェルナーは切り出す。
「実は海軍が……」
「陸軍の次は海軍か?」
「第三文明圏は勿論、第一や第二文明圏の諸国も招待し、演習を披露してはどうか、というものだ」
地球にいた頃も定期的な演習を行い各国海軍から注目されていたドイツ海軍だが、転移により仕事が大幅に増えた結果、個々の訓練は行っているものの、艦隊規模の演習は実施できていないというのは事実だ。
とはいえ、ヒトラーの言ったこともあながち嘘ではない。
大きく増強され始めている海軍にとって、その力を誇示したいという思いも確かにある。
「要するに見せびらかしたいんだな?」
「身も蓋もない言い方だが、そんなものだ。デーニッツは否定的だが、下からの圧力がな……まあ、これは難しい。ただ、この世界における論理は、植民地獲得に血眼になっていた地球の列強と同じくらいに過激だ。彼らに分かってもらう為に、そうするのも有効であるかもしれない」
ヴェルナーの意見にヒトラーは頷いてみせる。
軍による演習は他国へその能力を示すと共に抑止力にもなる。
だからこそ、地球の列強諸国はそれなりの頻度で演習を行っていた。
ヴェルナーは告げる。
「何だかんだで国交を結んだムーや、最近ちらほら話題に出るミリシアルは過激というわけでもなさそうだがな」
「あの2カ国は穏やかなものだ。ただ、ムーはともかく、ミリシアル側はこっちを見下しているような気もするが」
「安心しろ、大陸間弾道ミサイルはミリシアルにいつでも照準を向けられるぞ」
その言葉にヒトラーは呆れてしまう。
もっとも、ヴェルナーの油断も慢心もしない姿勢をヒトラーとしても見習っている。
ヴェルナーが問いかける。
「それで我らが首相は、どうしてパーパルディアに対して寛大なんだ? 確かにロウリアのように間接統治という形態ではあるが……ロウリアよりも緩いように思える」
「簡単さ。彼らにはもう一度、力をつけてもらう必要がある」
ヒトラーの言葉にヴェルナーは即座に理解する。
「なるほど、そういうことか。それに関しては、こっちから提案する手間が省けたな」
「政府と軍の思惑は、どうやら一致していたようだ」
ヴェルナーが納得し、ヒトラーは満足そうに告げる。
パーパルディア、アルタラス、ロウリア――
これらはドイツ本国からみると全て西側に存在し、第一文明圏の国々はこの3カ国のいずれかが面する海域を通過しなければ最短距離でドイツに辿り着くことができない。
特にアルタラスはパーパルディア側、ロウリア側のどちらの海域にも面している。
故に、この3カ国を抑えることはドイツ本国への安全保障に繋がることになる。
アルタラスとロウリア、どちらの国にもドイツ軍が駐屯している。
パーパルディアはまだその段階に至っていないが、程なくしてドイツと安全保障条約を結ぶことになり、ドイツ軍が駐屯することになるだろうとヴェルナーは予想する。
「唯一、ムーは大回りでやってくることもできるが、補給を考えれば現実的ではない。そうだろう?」
ヒトラーの問いかけにヴェルナーは同意する。
「もしもムーが我が国へ挑戦し、海軍を大回りで派遣するなら、かつてのバルチック艦隊の二の舞だ」
「そういうことだ。ただ、迂回に対する備えはしておいて欲しい」
「備えに関してだが……本国や海外領土をはじめ、第三文明圏とその周辺海域で測量はほぼ済んだと海軍から聞いているな?」
ヴェルナーの問いにヒトラーは頷く。
それは2週間程前、海軍から提出された報告書に記述されていた。
「既に潜水艦を潜ませている。今後は第一、第二文明圏及びその周辺海域の測量を進め、そちらにも潜ませる予定だ」
「最悪の場合、ドナウの乙女を搭載し、攻撃も?」
「勿論だとも。どこで何が起こるか分からんからな。そこも地球のときと同じだ。そうさせないのが、政治家の仕事だ。頑張り給え」
笑いながら頷くヴェルナーにヒトラーは溜息を吐きたくなった。
グラメウス大陸南部、そこにある海岸やその周辺は爆発音が途切れることなく響き渡っていた。
空からはB52及びB95が大量の爆弾の雨を降らせ、その編隊が去った後はグロス・ドイッチュラント級戦艦8隻による艦砲射撃で20インチ砲弾をこれでもかと撃ち込まれ、更には巡洋艦や駆逐艦からも次々と撃ち込まれる。
そうこうしていると、また空軍機がやってきて爆弾を落としたり、後方に展開した空母からは艦載機がやってきて爆弾を落としたりとやりたい放題だった。
魔物達は突如として始まったこの盛大な環境破壊に、巻き込まれて死ぬか、もしくは巻き込まれる前に逃げ出した。
彼らにとっては未知のものであり、空気を切り裂く音がしたと思ったら、巨大な爆発が起きるのだ。
恐怖でしかなかった。
明け方まで、これらの上陸前の砲爆撃は断続的に行われた。
そして、夜が明けたときには砲爆撃された海岸は穴だらけであり、海岸から少し奥に入った地点も事前攻撃が始まる前は樹木があったが、今ではそれらは無く、視界が開けていた。
先発の海兵隊が上陸用舟艇に搭乗し、次々と揚陸艦の後尾から進発していく。
海岸まではそこまで離れていない為、上陸用舟艇は次々と接岸し、艦首部の扉が前方へと倒れ、そこから海兵達を吐き出していく。
冬季用の迷彩服に身を包んだ彼らは次々と砲撃や爆撃によって出来た穴に飛び込み、周囲を警戒する。
さすがに銃弾が飛んでくることはないだろうが、魔法が飛んでくる可能性がある。
海兵達は数分程、穴の中から様子を窺っていたが、やがて穴から出て、小隊ごとに集結し、周囲の偵察を開始する。
その間にも続々と後続の部隊が到着し、ついに戦車が海岸に辿り着いた。
その戦車は新型の六号ティーガーだった。
陸軍と海兵隊が使用するこの戦車は3年前に開発が完了し、2年前から調達が開始された。
この戦車が登場するまで陸軍と海兵隊の戦車は欧州戦争時に登場した五号パンターであり、いくら登場当時は比類なき戦車であったとしても、その性能は既に陳腐化していた。
六号戦車の開発も欧州戦争末期には始まっていたのだが、戦争終結の為、その開発速度は大きく低下してしまう。
とはいえ、戦後も開発は細々と続けられ、陸軍も少ない予算をやりくりしてメーカー達を支援した。
きっかけはロシア陸軍がパンターに優位に立てる新型戦車を実戦配備したことだ。
このロシア戦車による衝撃で陸軍内で新型戦車を求める声が多くなり、政府もまたそれを認めたことで、細々と開発されていた六号戦車に一気に予算と人員が投入され、開発が急激に加速したという経緯があった。
他にもプラスとなる要素もあった。
平時であり時間的余裕が十分にあったこと、政府が特別に予算を新型戦車開発用に組んでくれたことなどといったものであり、これらの要素によりティーガーはその名に恥じぬものとなった。
そして、転移により臨時予算が出たことで、ティーガーの調達数は大きく増えていた。
特に何事もなく、海兵隊はその装甲部隊や支援部隊も含めて上陸を完了し、彼らは早速内陸部へと浸透を開始した。
同時に陸軍の上陸が始まった。
彼らを上空から見つめる輩がいた。
漆黒の羽を背中から生やしたそれは伝説に語られる魔王の側近、マラストラス。
「あれはまさか、太陽神の使い……」
しかし、どうにもマラストラスの記憶にあるものとは雰囲気が違う気がする。
あんなにたくさんいたっけ、という素直な疑問だ。
とはいえ、こうしてはいられなかった。
早いとこ、魔王様に知らせねば、と思ったそのときだった。
彼の肉体は一瞬のうちに砕け散った。
それから数秒程遅れて、独特な咆哮にも似たモーター音が聞こえてくる。
真上を4機のA-10が通過していった。
トーパ王国にあるドイツ空軍基地から飛んできたものだった。
「何かいたと思ったが、気のせいだったか?」
編隊の先頭を飛ぶルーデル少将は呟いた。
彼はパーパルディア戦でも同じように前線に出ていた。
航空団司令である彼が前線に出る必要は全くないどころか、そもそも出てはいけないのだが、彼はパーパルディア戦の前に参謀総長であるミルヒに出撃させてほしい、と直談判しに行った。
困ったミルヒはヴェルナーに相談したところ、ルーデルだから仕方がないという言葉とともにヴェルナーが許可をしたことでミルヒも許可を出したという経緯があった。
結果、ルーデルは今日も元気にA-10に乗って飛び回っていた。
彼はついさっき、空中に浮かぶ人影らしきものを見たので、とりあえず攻撃してみたというわけだ。
「さすがに伝説に語られる魔王とか、その幹部が一撃でやられるわけがない」
噂によるとグラメウス大陸には魔王が封印されて、その封印も近いうちに解けるかもしれないらしい。
ルーデルとしては魔物退治ではなく、是非とも魔王退治をしたいところだった。
『司令、どうしますか?』
「動くものは片っ端から攻撃していいと許可が出ている。というわけで、片っ端からやるぞ」
彼が直接率いる小隊だけがここにいるわけではない。
彼が指揮下においている航空団に所属する部隊が全てここにいる。
グラメウス大陸南部において、A-10が小隊毎に散開し、暴れまわっていた。
ゴブリンやオーク、伝説にあるオーガであっても、ドイツ空海軍による空爆に逃げ惑うしかなかった。
魔王ノスグーラは防御魔法を展開しながら全力で走っていた。
念動波を使うことで、逃げ惑う魔物や魔獣を片っ端から制御下におき、統率しながら、海岸へ真っ直ぐ突っ走る。
海岸に向かったのは、空から降ってくる魔法とは比べ物にならない音が昨夜から多数していたからだ。
その音はあまりにも大きく、海岸から離れたところに拠点があったノスグーラにもよく聞こえた。
何かがやってきている、とノスグーラは判断し、こうして向かっていた。
太陽神の使いの可能性も考えた。
似たような攻撃だったからだ。
だが、いくら何でもそんな都合良く、連中が召喚されるだろうか?
むしろ、響き渡る甲高い音は魔帝軍の天の浮船に似ている気がする。
疑問はあったが、魔帝軍ではないと彼は本能的に分かった。
だが、それは本能ではなく、魔帝により組み込まれた敵味方識別装置によるものだったが、彼はそんなことは知らなかった。
たとえ相手が太陽神の使いだろうと彼には絶対の使命があった。
魔帝様の復活は近く、人間達を無力なままにしておかなければならない――
ノスグーラにとって唯一にして絶対のものであり、存在意義といっても過言ではない。
彼は強い人間達を全力で叩き潰し、他の弱い人間達に恐怖と絶望を与えねばならなかった。
魔物や魔獣は彼の後方に付き従い、それは大きな集団となっていた。
強い人間共を皆殺しに――!
たとえ太陽神の使いであっても――!
ノスグーラが強く思った、その時だった。
多数の何かが大気を切り裂いて、空から落ちてくる音がした。
ノスグーラは全力で防御魔法を展開し、それだけではなく手近なところにいた魔獣や魔物をひっ掴んで、肉の盾とした。
だが、彼の努力は虚しく――全身を襲い来る衝撃と同時に、その意識は永遠に途切れた。
ノスグーラと彼に操られた魔物と魔獣の集団は海岸まであと10km程のところまで来たところで、上空を飛んでいた観測ヘリに発見された。
幸いなことに未知の敵が生き残っている可能性を考慮し、警戒しながら慎重に進んでいた海兵達はそこまで進出しておらず、もっとも近い部隊でも集団とは7km近く離れていた。
その為にヘリは誤射の危険は少ないと判断し、砲撃支援要請を敵軍の座標と共に戦艦群へと送った。
その支援要請を受け、グロス・ドイッチュラント級戦艦8隻による艦砲射撃が始まった。
ノスグーラと魔物と魔獣の集団は空から降ってきた多数の20インチ砲弾により、地面ごと跡形もなく吹き飛ばされたのだった。