異なった歴史を辿った地球のドイツを召喚してしまった結果 作:やがみ0821
「どうなっているんだ?」
エストシラントの大通りから少し離れたところにある3階建ての建物の中では5人の男達が困惑していた。
ここ1ヶ月で定期的に連絡を取り合っていたフィルアデス大陸各地に潜入した諜報員達との連絡が次々と途絶えているのだ。
そのやり取りは電波によるものではなく、この世界特有の魔信によるもので、こちらは通じた為だ。
しかも、彼らをこの地に送ってくれた潜水艦との連絡も取れない。
その潜水艦は定期的に現地調達できない物資の補給や情報を纏めた報告書などを本国へ運ぶ役目であったのだが、あらかじめ指定されていた海岸に半年以上、全く姿を現していなかった。
グラ・バルカスはこの大陸から遥かに遠く、この世界の船舶ではどれだけの日数が掛かるか、またそもそも辿り着けるかも不確定であり、身動きが取れなかった。
1週間前、この拠点と近かった拠点が現地の軍により封鎖されていた。
放火殺人事件が起きたとかで、しばらく立入禁止とのことだ。
拠点には彼らと同じく、グラ・バルカスの情報局から派遣された諜報員しかいなかった。
仲間割れを起こすようなことも考えにくい。
まさかドイツが潜入している我々を見つけたのか?
諜報員達の間ではドイツはグラ・バルカスを凌駕する可能性がある、という意見が主流だ。
少なくとも、彼らの持つ戦車や航空機は自分達のそれとは比較にならない程に高性能だ。
それを本国に報告したくても、電波障害が起きていて、全く報告ができない。
そのときだった。
施錠してあったドアが蹴破られる。
室内にいた男達は瞬時にドアから離れつつ、懐にしまってあった銃を抜き――強烈な閃光に目が眩んだ。
閃光が収まると、間髪入れずにアサルトライフルを手にした男達が室内に突入してきた。
男達は軍服を着ておらず、その服装はエストシラントにおける庶民と似たようなものだった。
彼らは蹲って、うめき声を上げている男達に銃口を向けつつ、隠れる場所がないかを確認する。
彼らはドイツ帝国情報省傘下の特別行動部隊――Einsatzgruppenであり、陸軍のブランデンブルク師団あがりの将兵達で構成された特殊部隊であった。
そして、これは軍及び情報省の共同で行われた不審な電波を出す、幽霊掃討作戦の一環だった。
なお、ここで捕らえられた諜報員達は半年以上、潜水艦が現れなかった理由はドイツにより撃沈されていた為だと情報省に連行された時に知ることとなった。
中央暦1640年1月も終わりに近づいたある日のこと。
ドイツにおいて、極めて重要な政治的かつ軍事的な会議が行われていた。
「グラ・バルカスとアニュンリール、この2カ国をどうするか?」
ヒトラーはそう切り出した。
出席しているのは国防大臣であるヴェルナー、財務大臣のクロージク、外務大臣のノイラートだった。
「グラ・バルカスは接触もできておらず、アニュンリールは閉鎖的です。正直なところ、外交交渉でどうにかするのは困難かと思われます」
ノイラートの悔しげにそう告げた。
外務省が仕事をしていない、と思われても仕方がないことだった。
「グラ・バルカスはそもそも距離的に遠く、アニュンリールも情報が本当なら外交でどうこうできる相手ではないだろう」
ヒトラーはそのように慰めつつ、このとんでもない問題――特にアニュンリールをどうしようかと溜息を吐きたくなった。
グラ・バルカスは件の不審な電波により、判明した転移してきた国家と思しきものだ。
各地に潜入していたグラ・バルカスの諜報員達に対して現在も掃討作戦を展開していた。
捕まえた諜報員達は情報省職員による
グラ・バルカスはまだ常識の範疇にある国家であり、対処方法は幾らでもある。
何よりも、挑戦してくるならば問答無用で叩き潰すだけだが、それはなるべくやりたくはない。
諜報員達に聞いた話では、地球における列強と同等くらいの国力であり、これまでのように数時間で終わらせることはできないと簡単に予想ができた。
相手も死にもの狂いで戦うだろうから、ドイツとしても全力を出す必要がある。
だが、全力――すなわち、戦時体制への移行は戦後の経済的な反動がとてつもないことになるので、やりたくはなかった。
一方、アニュンリールの方は対処方法がない爆弾だ。
鬼人族は他国では忘れ去られた、あるいは失われた様々な情報を持っていた。
彼らはアニュンリールに囚われた鬼姫の救出を条件に、ドイツに対してそれらの情報を提供してくれた。
それは主に太陽神の使いに関するものや、古の魔法帝国に関するものだ。
そして、それを聞いてドイツは半信半疑で現地――エスペラント王国の王城付近を許可を得て片っ端から掘り返したところ、本当に出てきてしまったのだ。
古の魔法帝国――ラヴァーナル帝国を復活させる為のビーコンが。
現場付近はただちに封鎖され、発掘に携わった者達は箝口令が敷かれた。
また、エスペラント王国とドイツとの間で協議が行われたが、決まったことはエスペラント王国が魔導師によるビーコンの分析を行うというものだった。
ビーコンは魔法技術の塊であり、ドイツよりもエスペラントの魔導師達の方がまだ構造を理解しやすいだろうと判断された為だ。
そして、神降ろしの聖者と呼ばれるバハーラという鬼人が言うにはアニュンリール皇国はラヴァーナル帝国を復活させて、再度、彼の国による世界の支配を行おうというのだ。
バハーラからは他にもラヴァーナル帝国に関して色々と情報を得ることができたのだが、その情報が全て正しいと仮定すると、どうもドイツと同等か、最悪上回る可能性が高かった。
「神話に出てくるような国が、神話通りの設定で現実に出てきた。どうすればいい?」
ヒトラーは思わず、ヴェルナーに問いかけてしまった。
「……いやもうどうにもならんだろ、と個人的には言いたい。とはいえ、手がないわけではない」
ヴェルナーの言葉に対し、クロージクが告げる。
「予算のことは気にしないで結構です。正直、信じたくはありませんが……証拠が出てきてしまったので信じざるを得ません」
証拠とは魔帝復活ビーコンのことだ。
現在、それはグラメウス大陸に設置された、特殊研究所に厳重に保管されている。
そこにはエスペラント王国から派遣された選りすぐりの魔導師達により、慎重に分析が試みられている。
時限爆弾のように爆発することはないだろうが、それでも何が起こるか分からない。
研究所の周囲はアニュンリールによる奪還などの不測の事態を想定し、ドイツ軍により完全に隔離されていた。
ヴェルナーは告げる。
「生物兵器をアニュンリール皇国全土に対して使用する。この世界の亜人にも我々の世界の病気は有効だ」
ドイツはロウリア王国を庇護下においた後、比較的早い時期から情状酌量の余地がない、死刑が確定した犯罪者達を引き取り、彼らに対して様々な実験を施している。
そこには生物兵器や化学兵器に対してどのような反応を示すか、というものもあった。
その中に有翼人はいなかったが、彼らも亜人に分類されるだろうとヴェルナーが問い合わせた研究所の所長は予想していた。
「禁じ手を使うのか?」
ヒトラーの問いにヴェルナーは重々しく頷いた。
ヒトラーは安易に否定したりはせず、問いかける。
「その理由は?」
「バハーラの話が本当ならば、おそらく国家方針として、アニュンリールは魔帝復活を目論んでいるのだろう。となると、どうにかする為には全面戦争しかない。だが、アニュンリールは相応の軍備を整えており、もしかしたら魔帝と同等の装備を持っているかもしれない。最悪、欧州戦争と同じか、それ以上に戦費も資源も掛かるし、人命も失われるだろう」
ヒトラーは頷きつつ、更に問いかける。
「他に理由はあるか?」
ヴェルナーは頷き、告げる。
「生物兵器なら、我々がやったということが露見する可能性は少ない。何しろ、疫病が発生するのは別におかしなことではないし、疫病により国が滅んだ、もしくは滅びかけた事例はこの世界だけでなく、我々の世界にだってある」
その答えに対し、さらにヒトラーは問いかける。
「鬼姫に関しては?」
「外交ルートで魔帝復活を目論んでいるということ、その証拠をこちらが握っていることを匂わせ、解放させる。鎖国しているが、それは本土だけで、外界との接触は保たれていると聞いているからな。解放させた後に仕掛ける」
ヒトラーは腕を組んだ。
クロージクも、ノイラートも沈黙する。
真正面から戦うとなれば、確かにヴェルナーの言う通りになる可能性は高い。
「……生物兵器は最後の手段としておきたい」
ヒトラーは長考の末、そう告げた。
ヴェルナーは僅かに頷きながら、口を開く。
「軍は政府の決定に従う。もしも必要ならばいつでも言ってほしい。ただ、これは個人的な意見だが、使いたくはない。なるべくなら正攻法でやりたいところだ」
ヴェルナーの言葉にヒトラーは勿論、クロージクやノイラートも深く頷いた。
「対アニュンリール及びラヴァーナルを想定し、第三文明圏とその周辺を我が国が纏める必要がある」
ヒトラーはそう切り出し、更に言葉を続ける。
「そして、ミリシアルやムーとも組むことで世界連合軍を結成し、戦うというのはどうだろうか? 少なくとも、ラヴァーナルとアニュンリールに関する点だけは協力できる可能性は高いと思うが……」
「彼らに対する切り出し方が問題です。下手をすると暴走する可能性があります」
ノイラートの言葉にヒトラーは頷く。
「彼らとより深く信頼関係を築き、少しずつ話をしていくしかない」
「お任せください」
ヒトラーの言葉にノイラートが力強く頷く。
そのとき、クロージクが口を開いた。
「ラヴァーナルを打ち倒す為、我々の技術をより発展させ、また魔法に関して深く研究する必要があるかと思います。予算は……財務省がどうにかしましょう」
クロージクとしても断腸の思いだ。
そんな彼を見ながら、ヴェルナーは言葉を紡ぐ。
「ラヴァーナル帝国と話をして侵略をやめてもらう……ということはできないよな、やっぱり」
「無理だろう」
ヴェルナーの言葉をヒトラーは否定する。
転移してから今日に至るまで、膨大な情報を各国からかき集めてきたが、ラヴァーナル帝国に関しては悪いものしかない。
どんなに酷い国家であっても、少しくらいは良い話も残っているのが普通であるが、そんなものは欠片もなく、傍若無人極まりない国家だったようだ。
そもそも神に弓を引いたらしい、とまで神話にあるのだから、話ができるわけがなかった。
「軍としてはラヴァーナル帝国の軍備は我々よりも、最悪数世代は進んでいると想定しておくので……」
そう言いながら、ヴェルナーは恐る恐るクロージクへと視線を向ける。
クロージクは溜息を吐く。
「先程も言った通り、何とかしますので安心してください」
彼の言葉にヴェルナーは安堵した。
それを見て、ヒトラーは毅然として告げる。
「それではこれより、対アニュンリール及び対ラヴァーナルを想定して、動くことにする。向こうが魔法なら、こっちは科学技術で迎え撃つまでだ。ドイツを舐めるなよ、神話国家共め」
ここにドイツの方針は決定された。