異なった歴史を辿った地球のドイツを召喚してしまった結果 作:やがみ0821
フィルアデス大陸にある多くの国々は復興と発展の途上であった。
これはドイツによるパーパルディア及び新規独立国復興支援計画の一環だ。
通称、フィルアデス計画と呼ばれたこれにより大規模な経済援助が実施され、軍が壊滅し、生産拠点であるデュロにも大打撃を受けたパーパルディアや、パーパルディアにやりたい放題されて、すっかり荒廃してしまった中で独立を果たしたクーズをはじめとした多くの新規独立国は一息つくことができた。
無償贈与の割合が多く占める、この大規模な経済支援は支援を受ける側となった第三文明圏やその周辺の文明圏外国は勿論のこと、第一文明圏や第二文明圏の各国も驚愕した。
ムーは勿論、ここ最近、国交を結んだミリシアルの衝撃は凄まじかった。
彼らであっても、そこまでの経済援助は不可能であった為に。
第三文明圏及びその周辺は、もはやドイツの勢力圏と言っても過言ではない。
それは軍事的には勿論、経済的にも勢力圏であると言えた。
そしてドイツは勢力圏下にある国々に対して、友好的で、寛大であった。
ドイツのそのような振る舞いは勿論のこと、何よりもパーパルディアという、非常に分かりやすい悪役がいた為に第三文明圏及びその周辺国は、驚く程簡単にドイツに靡いてくれた。
しかし、ドイツはパーパルディアを完全に潰さず、生かした。
パーパルディアから独立した国々は、国内外に様々な問題を多く抱えていたものの、仇敵がまだ残っていることで内戦状態に陥ることなく、どうにか纏まっていた。
一方のパーパルディア側も、旧属領へ領土的野心を抱く余裕など無かったが、それでも彼らによる復讐を警戒した。
このまま放置しておけば、遠からずパーパルディアと旧属領諸国との間で衝突が起こる可能性は非常に高かったのだが、そこでドイツが動いた。
パーパルディアに対して旧属領に対する再征服を計画しようものなら、次は国が消えるだろうと警告したのだ。
その一方で旧属領の諸国に対しては、パーパルディアが既に領土的野心を欠片も抱いていないこと、もしもそのようなことを行ったならば、パーパルディアの領土を完全に焦土化するだろう、とドイツは告げた。
パーパルディア側は震え上がり、旧属領諸国もドイツの軍事力ならそれが容易に可能だと理解していたこと、また何よりもドイツの言うことを聞かなければ経済援助が打ち切られることが簡単に想像できた為、大人しく従った。
そして、そのままドイツが仲介する形で、パーパルディアと旧属領諸国間でこれまでのことを清算する為に条約を結ばせた。
その内容はパーパルディアが無償の支援金を支払い、現地の全ての資産を放棄するかわりに、旧属領諸国はこの問題に関して最終的に、完全かつ不可逆的に解決されたとし、パーパルディアへ今後一切のこれに関する請求をしないというものだった。
だからこそ、支援金の額については旧属領諸国はパーパルディアの国家予算の20年分という莫大な額を要求してきた。
各国――70カ国以上――で等分するので、個々の国家に入る額は少ないというのが旧属領諸国の言い分だ。
そこですかさずドイツが助け舟を出した。
パーパルディアへその支援金と同額の融資を申し出たのだ。
旧属領諸国はそれを黙認した。
黙認した理由は主に2つあった。
事前にドイツから旧属領諸国へと根回しがされていたこと、この融資によりパーパルディアが完全に、ドイツの首輪つきとなるからだ。
とある新しく独立した国家の指導者は条約締結後に次のように語った。
もはやパーパルディアにはかつての脅威は欠片もなく、これからの彼らはドイツの従僕として生きることになるだろう――
そして、それはその通りだった。
パーパルディア側の懐事情に配慮し、猶予ある返済をドイツ側は認め、また密かにパーパルディアに対する優先的な支援を約束した。
皇帝ルディアスをはじめ、パーパルディアの面々は優秀であったからこそ、融資を拒む選択肢がないこと、そしてドイツの実質的な庇護下にあれば、かつての皇国よりも発展できてしまうこともまた理解できてしまった。
分かりやすい例として、ロウリア王国がある。
彼の国はドイツに敗戦後、パーパルディアよりも明確な従属国のような立場となったが、その発展具合は第三文明圏及びその周辺では随一だった。
ロウリアよりも緩い縛りのパーパルディアは、より発展できる可能性は高かった。
国にとって最良となる選択肢が提示されているにも関わらず、選ばないような暗愚はパーパルディアには存在しなかった。
そして、ドイツは情勢を考慮しつつも、自国の軍事的及び経済的な優越を背景に、次の一手を打った。
友好と協力及び相互の援助を目的として、パーパルディアも含む第三文明圏とその周辺国に対して、とある条約を提案し、参加を促したのだ。
パーパルディアと一応の手打ちがされたとしても、旧属領諸国の国内情勢は安定とは言えないが、不安定という程でもない微妙な状態であり、またドイツの経済支援に依存していたからこそ、彼らはその条約に参加しないという選択ができなかった。
何よりも、その条約はパーパルディアや旧属領諸国など関係なしに、第三文明圏とその周辺国にとって非常に魅力的であった。
だからこそ、各国共に条約を結ぶことに賛同した。
その条約はベルリンにて滞りなく、結ばれた。
そして、これが第三文明圏及びその周辺国の人々による初のドイツ訪問ともなった。
もっとも、ミリシアルやムーは既に外交団によるドイツ訪問を果たしており、彼らはその発展具合に非常に驚愕した。
ドイツが実はラヴァーナル帝国ではないか、世界支配の為に温厚な国家を装っているのではないかと真剣にムーとミリシアルのそれぞれの内部で、そしてムーとミリシアルの2カ国間で密かに議論された程だ。
ドイツ人は光翼人ではないという至極真っ当な意見によりこれらの議論は終了し、ラヴァーナル帝国ではないと判断され、その一方で太陽神の使いか、それに類するものという結論に達していた。
さて、ベルリン条約と呼ばれるこの条約は、集団安全保障に加えて、加盟国が攻撃された場合、共同で応戦・参戦する義務――集団的自衛権発動の義務――があった。
もっとも、加盟した各国は実質的にはドイツを盟主とした軍事同盟であると認識しており、その強大な軍事力の庇護下にあれば、他国に脅かされることなく経済発展に努めることができるという考えだった。
なお、ここでの他国とは第三文明圏やその周辺国ではなく、他の文明圏にある国を加盟国は想定していた。
応戦・参戦義務があるものの、精々が宣戦布告をするくらいであり、たとえ国軍が出るにしても、遠征などするまもなくドイツが終わらせてくれるというような認識だった。
ドイツの力を目の当たりにした第三文明圏及びその周辺国にとって、その軍事力は疑うべくもない。
また、ドイツがかつてのパーパルディアのような過激な拡張をしていないことから、安心できたというのもある。
しかし、そのような各国の認識とは裏腹に、ドイツの各国軍に対する支援は非常に熱心であった。
軍事顧問団の派遣や各国軍との共同演習の実施、将校クラスの相互留学プログラムなど、まるで各国の軍事力を高めようという狙いがあるかのようであった。
勿論、自国の軍を強くしてくれるなら各国共に大歓迎で、ドイツの動きに大きく協力したのは言うまでもない。
そして、ベルリン条約を皮切りに、様々な条約や協定がドイツとの間で、あるいはドイツの仲介により各国間で結ばれた。
基本的にそれらは双方に利益があった為、各国共、賛同するしかなかった。
ドイツにとって、第三文明圏及びその周辺国の安定及び強化は、アニュンリール及びラヴァーナルとの戦争における大前提であった為、労力を惜しまなかった。
アニュンリールやラヴァーナルに関しては各国に対する明確な説明こそされていないが、外交官同士、あるいは軍人同士などの交流会などでドイツ側がそれとなく話題に出すようにしており、もしも復活した場合についてどのように対処するかという話し合いが行われていた。
そして、もしも万が一、復活した場合は例え大きな力の差があったとしても全力で抵抗するという意見で各国の外交官や軍人達は一致していた。
中央暦1942年3月22日
『よって、ここにドイツは東方生存圏の確立を宣言する!』
ヒトラーの演説をテレビ――ドイツ本国及び海外領土ではカラーテレビが一般的に普及している――で見ながら、ヴェルナーは何の冗談だ、と言いたくなった。
彼がいるのは国防省の大臣執務室ではなく、その隣にある休憩室だ。
テレビは勿論、寛げるようものがこの部屋にはある。
ベッドからシャワールームまで様々だ。
「というか、東方って……我々が東方だろうに」
ヴェルナーはツッコミを入れるが、ここには彼1人しかいない。
こっちに来て作成され、ようやく形になってきた世界地図によれば、第三文明圏の東側外縁部付近にドイツ本国と海外領土は存在する。
東方にあるこの地に生存圏を確立した、という意味でなら正しいのかもしれない。
『なお、この意味は、世界の東方におけるこの地で、ドイツが生存圏を確立できたという意味である』
ヴェルナーはぎょっとして、思わず周囲を見回したが、誰もいない。
ヒトラーが自分のツッコミを聞いて、そう答えたかのように思えたが、気の所為だったようだ。
対アニュンリール及びラヴァーナルを想定して動き始め、2年余りが経過している。
東方生存圏とヒトラーは言ったものの、その実態は将来に起こるだろう2カ国との戦争に備えたものだ。
予算は気にしないでいい、という太鼓判をクロージクに押されたものの、ドイツ軍の軍拡は兵力や既存装備の調達数といった面では大きく増加はしなかった。
明日にもラヴァーナルが復活するのではないか、という最悪の予想があったが、そうだとしても戦争をするには向こうも準備が必要で、彼らがその準備をしている間にこちらが兵力を揃えて、先手を取るしかないという判断がされた。
何しろ、ラヴァーナルの技術力は不明な部分が多かったが、神話通りならドイツを上回っている可能性が高いと予想されており、その技術に少しでも追いつく必要があった。
そのために各軍は研究中もしくは開発中であった技術を利用した、新兵器が出てくる可能性を考慮して、すぐに既存装備を大量に揃えるのではなく、ある程度の時間を置くことで新兵器の登場を待ち、それを新規調達することで既存装備の更新に掛かる費用を少しでも減らそうと考えた。
とはいえ、建造に時間がかかる軍艦や将兵の育成などはその限りではない。
各軍は軍艦などの時間が掛かるものを除けば基本的に予備兵力の充実に力を入れていた。
軍で一定期間の訓練を受けた後は定期的な短期訓練や有事以外は民間企業で働くという者は2年前と比べて大幅に増えていた。
「ラヴァーナルは非常に厄介で、面倒な連中だ」
ヴェルナーは溜息を吐いた。
ラヴァーナルに関する手がかりはあった。
それは2年前の9月に接触したカルアミーク王国をはじめとした各地に点々とある遺跡から得られたものであったり、1年程前に外交団を派遣して、国交を結んだエモール王国からによるものだ。
なお、カルアミークでは国交樹立及び安全保障条約締結後にちょっとした革命騒ぎが起こったが、現地に駐留していたドイツ軍と他の2カ国――ポウシュ国、スーワイ共和国であり、これらの国々とも国交樹立と共に安保条約を結んでいた――に駐留していたドイツ軍により、あっさりと鎮圧された。
首謀者の配下であった魔導師はカルアミークとの裏取引でドイツに移送され、ラヴァーナル帝国に関する研究を行うことになった。
ドイツにとって衝撃的であったのはその魔導師が持ってきた、遺跡にあった資料だ。
その資料は長距離弾道ミサイルらしきものであった。
また、ラヴァーナルが核兵器らしきものを実用化していた、というのはエモール王国からの情報により得られたものだ。
エモール王国はプライドが高く、魔力が低い種族に対しては差別意識も強かったのだが、赴いたドイツの外交団に対して非常に友好的であり、その友好っぷりは偶々居合わせた他国の外交団が驚くほどだ。
ドイツ側は何かがあるなと察していたが、藪をつついて蛇を出すわけにもいかなかった為、特に探るようなことはしなかった。
ともあれ、エモール王国はラヴァーナルに関する有益な情報を幾つも外交団に教えてくれた。
そのうちの1つがコア魔法と呼ばれるもので、核兵器に匹敵するものだった。
エモール王国の前身であるインフィドラグーンに使用されたものであったが、ラヴァーナルとインフィドラグーンが戦争に至った理由は酷いものだった。
国力的には同等の国家であったらしいにも関わらず、竜人族の皮がほしいからよこせ、と事後報告で伝えてきた――すなわち、犠牲者が出た後に――為にインフィドラグーンが激怒して開戦というものだ。
それらの情報を外交団はドイツ政府にそのまま伝えた。
政府は有識者達を密かに集めてこれらの情報からラヴァーナルの実態解明を行った。
出された結論は、ラヴァーナルには大国としての責任どころか、文明国として最低限備えるべき理性が存在しないというものであった。
あまりにも高度な文明を築き上げてしまった為に、自国と自国民以外の全てが未開の蛮族にしか見えなくなってしまったのだろう、というのがドイツ政府の推測だった。
一歩間違えればドイツもまた第三文明圏で、そのようになっていた可能性があったが、地球における列強諸国との外交経験――ドイツよりは単純な国力は劣るが、戦争となればドイツも甚大な損害を出した上での勝利か、最悪敗北する可能性すらある――及び転移という未知の体験があった為に、見下すよりも遥かに警戒心が勝っていた。
確かにドイツは地球において優位にあったが、そのすぐ後ろにはイギリス、フランス、ロシア、アメリカ、日本という順番で迫りくるライバル達がいたのだ。
ある意味では彼らのおかげと言えるかもしれない。
そして、あちこちから得られたラヴァーナルに関する情報は、ドイツという国家の意思を完全に統一した。
ヴェルナーは先日、政府内で決定された対ラヴァーナル戦の方針を思い返し、呟く。
「核兵器及び生物兵器、化学兵器による先制攻撃も選択肢に含む、か……」
史実におけるアメリカとソ連がヴェルナーの脳裏を過ぎった。
まだ2カ国のほうが比べるのも失礼なほどに理性があると彼は思う。
ラヴァーナルはそうではない。
いとも簡単に、普通の兵器と何ら変わらぬ感覚で、核を使用するだろう。
それこそ、米ソが全面戦争に発展した場合、予想されていた核のパイ投げのように。
誰も幸せにならない結末だ。
「衛星測位システムやらミサイル防衛やら、その他色んな軍事的な技術の開発が急激に進んでいくのは、何とも言えない複雑な気分だ」
アーネンエルベの核開発チームは3ヶ月前から核兵器製造の為にウラン濃縮を開始した。
彼らも覚悟を決めたのだ。
また、現在、弾道ミサイルにおける弾頭の多弾頭化も急速に開発が進められている。
その為に予算も人員も何もかもが大盤振る舞いで、技術は文字通りに日進月歩で発展していく。
それこそ史実の米ソ冷戦時代に匹敵するか、もしくはそれを上回るのではないか、とヴェルナーが思ってしまうくらいの速度だ。
ともあれ、それも仕方がなかった。
ラヴァーナルが実際にどの程度の戦力と技術を持っているのか。それは、彼らの国が復活しない限り調査することも確認することも不可能だ。
何よりも外交によって解決ができない可能性が極めて高いことは、ドイツ政府及び軍に対し、かつてないほどの危機感を抱かせていた。
ラヴァーナルと戦争になった場合、一方ないし双方が滅びるまで戦う、文字通りの絶滅戦争に発展する可能性は非常に高く、かといって座して滅亡を待つ、もしくは奴隷のように彼らに服従するなんてことはできない。
そのためにドイツは考えられる最大限の警戒と軍事力強化及び、その為に必要な技術の研究開発を行うしかなかった。
「来月にはミリシアルで先進11カ国会議も控えているが、どうなることやら」
グラ・バルカスとは密かに外交交渉を行っているが、彼の国はこの世界における国々へ強硬な態度を崩していない。
それどころか、ムーの勢力圏を荒らしている始末だ。
これに対してムーが激怒しており、遠からぬ内に戦争に発展するだろう。
とはいえ、グラ・バルカスはドイツに対しては接触当時から慎重な姿勢を示しているとヒトラー経由で外務省から聞いていた為、政府はドイツが仲裁することを考えているらしかった。
どうやら、第三文明圏及びその周辺国で実施された掃討作戦から逃れた諜報員達が民間船を乗り継いで、作戦が実施されておらず、かつドイツ空海軍による電波妨害も行われていない拠点に辿り着き、そこから本国へ情報を送信したと考えられていた。
「馬鹿な行動に出ないことを祈るばかりだが……無理かもしれない」
グラ・バルカスの戦力は欧州戦争時の列強に匹敵する可能性もあり、支援をすればラヴァーナルとの戦争時に重要な戦力となり得るからだ。
とはいえ、ムーから得た情報を分析したところ、グラ・バルカスの感覚は地球における列強が植民地獲得に躍起になっていた時代のものらしい、と推定されている。
グラ・バルカスと一戦交えないとダメなのか、とヴェルナーとしては暗澹たる思いだ。
戦力温存の為、今は極力戦いたくないのが本音だった。