異なった歴史を辿った地球のドイツを召喚してしまった結果 作:やがみ0821
ミリシアルより、先進11ヵ国会議へドイツが参加を求められたのは開催の1年程前――中央暦1641年のことだった。
ドイツにとって、これは渡りに船であった。
アニュンリールもその会議に出席する為に。
国際会議の場で、盛大に焦ってもらおうというのがドイツの判断だ。
無論、アニュンリールと会議に来るかどうか怪しいグラ・バルカス。その両国以外の参加国への根回しは忘れていなかった。
ドイツは中央暦1641年12月までに既に国交樹立を果たしていたミリシアルやムー以外の、第一文明圏と第二文明圏及びそれぞれの文明圏周辺国へ外交団を派遣し、その多くの国で国交を結んでいる。
一部の国とは貿易どころか、ドイツ企業の進出も行われている程であった。
ノイラートだけではなく、ヒトラーもまた自ら動き回り、約束である鬼姫の救出とラヴァーナル帝国への対策の為に各国の駐独大使との会談は勿論のこと、直接に各国へと赴き、会談を積極的に行っていた。
そして、各国に対してドイツがラヴァーナル帝国の話題を少しだけ出したとき、もっとも過敏な反応を示したのはミリシアルであった。
彼らがラヴァーナルの復活を非常に恐れていることは、ドイツにとって幸運だった。
列強第一位とされるミリシアルの協力を取り付けることができれば、大きな戦力となる上、各国に対する外交的な根回しも円滑に進む、と考えられた。
そこからミリシアルの取り込み工作が加速した。
一気に明かしては彼らが単独でアニュンリールに攻め込む可能性が高かった為に、情報を小出しした。
魔帝対策連絡協議会が発足し、ドイツとミリシアル間で密かに、けれども頻繁に開催された。
この協議会には程なくしてムーも加わり、エスペラントやクワトイネ、クイラなど続々と各国が加わっていった。
協議会参加もしくは支援の動きはミリシアルとムーの後押しもあり、第一文明圏、第二文明圏及びその周辺国にも広がった。
魔帝復活ビーコンがエスペラント王国から発掘されたという、ドイツが保有する最大の情報を開示した時は、ミリシアル側の出席者から卒倒する者が出たくらいであり、ミリシアル以外の各国にも驚きをもって迎えられた。
このビーコンの存在が事実であることは、エスペラント王国代表と鬼人族の代表であるバハーラが保証した。
一方でアニュンリールは、魔帝復活の直接的なきっかけとなるようなことはできないのでは、と推定された。
もしも、復活に対して直接的なことができるのならば、既にやっていてもおかしくないが、そのような動きは無かった。
ドイツ空軍及び海軍は中央暦1641年10月からアニュンリールに対して、航空機による高高度偵察や潜水艦による偵察を行っており、もしも動きがあれば即座に本国へ通報する体制が構築されていた。
人工衛星による偵察も計画されたが、この惑星が地球より巨大であったため打ち上げられる衛星の重量が低下し、打ち上げロケットの改良が必要となったり、他にも様々な問題に直面して、打ち上げは遅れに遅れた。
そしてようやく、中央暦1641年11月に打ち上げに成功していた。
フォン・ブラウンとコロリョフが率いる宇宙開発・探査チームの奮闘によるものであり、またラヴァーナルが復活した際は早期に発見するためにも予算が湯水のように投入されている。
人工衛星は1642年4月の段階で偵察衛星が4機、打ち上げられているが、今後も続々と打ち上げ予定だ。
なお、衛星によってグラ・バルカスと思われる国家の位置も判ってしまったため、ミリシアルとムーなど、第一文明圏と第二文明圏及びその周辺の国々に情報提供を行った。
更に、ヴェルナーの指示により大陸間弾道ミサイルの照準も一部、グラ・バルカスへと向けられた。
そして、先進11ヵ国会議へドイツは外務大臣であるノイラートが出席する。
彼とその随員はドイツ海軍の巡洋艦であるプリンツ・オイゲンに乗船し、会議へと向かうこととなった。
なお、プリンツ・オイゲンには護衛として駆逐艦5隻がつき、更に開催地であるカルトアルパスの周辺海域――内海ではなく外海に――ドイツ海軍は潜水艦を12隻、事前に潜ませていた。
そして、いよいよ先進11ヵ国会議が開催される。
先進11ヵ国会議、その開幕にエモール王国の使者、モーリアウルから爆弾のような情報が放り込まれた。
しかし、他国の出席者達は納得したような顔で、特に驚きはない。
エモール王国は魔帝対策連絡協議会は参加こそしていないものの、情報提供をしている。
その協議会に連絡員として派遣されているのがモーリアウルであった。
アニュンリール及びグラ・バルカスを除き、基本的に魔帝対策連絡協議会に既に参加しているか、あるいは既に支援を行っていたり、これから参加しようと思っている国ばかりであった。
またアニュンリールは論外であるが、グラ・バルカスに対してもドイツはラヴァーナルに関する最小限の情報を提供してみた。しかし「そんなお伽噺を信じているのか」と呆れられたため、協力の意志は無いと判断されている。
11ヵ国会議の直前あたりに空間の占いを行うと通達してあった為、知らない国はアニュンリールとグラ・バルカスだけであった。
グラ・バルカス代表である女性――シエリアが口を開きかけたとき、その機先を制するかのようにノイラートが挙手をした。
ドイツに対しては慎重かつ、丁寧に、可能であれば友好的な関係を構築するように厳命されていたシエリアは口を閉じざるを得ない。
ノイラートの発言が議長により許可される。
「ラヴァーナル帝国が神話通りの強大な国家であった場合、全世界の力を合わせねば対抗は不可能と我が国は考えています。故に、我がドイツは対ラヴァーナルを想定した軍事同盟を提案します。猶予は僅かしかないので、各国は早急に検討して頂きたい」
「我がミリシアルはドイツの提案に賛同する」
真っ先にミリシアル代表が発言し、続いてムー、そしてエモールのモーリアウルが続く。
あのエモールすらも賛同に回ったが、それほどまでにラヴァーナルは危険であるという共通した認識があった為に、特に驚きもなかった。
続々と各国が賛同していき、残すはアニュンリールとグラ・バルカスのみとなった。
まず、ノイラートはグラ・バルカスのシエリアに問いかけた。
「グラ・バルカスはどのように考えるか?」
シエリアは言葉に詰まった。
彼女は勿論、グラ・バルカス本国はこんなこと全く想定していない。
ドイツ以外の国に宣戦布告し、予定通りに帝国の威を示すというものだ。
参加国はドイツと国交を結んで、それなりに友好関係にあるが同盟を結んでいるわけではなく、ドイツは怒りはするだろうが、取引でどうにかなると考えていた。
というより、既にその作戦は進行中であった。
「ほ、本国に持ち帰らせて頂きたい」
シエリアは冷や汗を垂らしながら、そう告げた。
ドイツに対して強硬な態度に出るわけにもいかず、それが精一杯だった。
ひとまず回答が得られた為、ノイラートはアニュンリールの代表へと視線を向ける。
彼の国の代表は非常に面白い顔になっていた。
怒りと困惑と不安と、色んな感情がごちゃ混ぜになっており、こんな表情をしている輩がいたら、ノイラートはすぐさま入院するように勧めるだろう。
とはいえ、彼には可哀想であったが、アニュンリールという国の看板を背負ってこの場にいる。
ノイラートは手を抜くつもりは一切なかった。
イギリスとやりあった、ドイツ帝国外務省を舐めるなよ――
その誇りを胸に抱きながら、ノイラートは問いかける。
「アニュンリールはどうされますか? 少し表情が優れないようですが……」
その問いに対して、シエリアがドイツ側の心証を良くしようと口を開く。
「何か、重大な隠し事をしているように私には見えます」
その援護にノイラートは軽く頷きつつ、アニュンリール代表の反応を待つ。
すると、彼はようやく口を開いた。
「わ、我が国は文明圏外国家で、大した戦力にならないので……」
「世界の危機であるのに、そのようなことは関係ないでしょう。話は非常に簡単で、答えは2つに1つです。『はい』か『いいえ』か?」
ノイラートの追撃にアニュンリール代表は口を噤むしかない。
更にノイラートは畳み掛ける。
「どうして答えられないのですか? グラ・バルカスのように本国に持ち帰るという選択肢もありますが、アニュンリールは元々この世界に存在している国家であり、ラヴァーナルについても
「ほ、本国に持ち帰ります」
いやいや、とノイラートは手を左右に振ってみせる。
「だから、どうしてそこで悩む必要があるのですか? グラ・バルカスはともかくとして、他の国々は賛同してくれているというのに」
「空間の占いは、98%の的中率と聞いています。ですから、その、2%の確率で外れることを考慮して……」
震える声で、そう言ったアニュンリールの代表。
するとエモール王国のモーリアウルが怒りを堪えたような表情で問いかける。
「お前達は98%の当たりを信じず、2%の外れを信じるのか? ここまで愚かだともはや救いようがない」
モーリアウルの言葉を皮切りに、各国代表が続々とアニュンリール代表を非難する。
しかし、アニュンリール代表が逃げる為に途中退室すれば、何かがあります、と行動で示してしまうことになる為、そうすることはできない。
かといって、軍事同盟に参加することなどできるわけもない。
味方の振りをして後ろから撃つということもできるかもしれないが、同盟を結んだ時点でどの程度の兵力及び技術力があるか、提示を要求されればアニュンリールの真の実力がバレてしまう。
それを適当に捏造して、提出したとしても、共同訓練や演習などを持ちかけられれば一発でバレる。
偽装して、大した実力などないように見せかけたとしても、ミリシアルやムー、エモールなどには見抜かれる可能性があった。
それを防ぐ為に共同訓練などを断ろうにも、軍事同盟を結んだ以上、そういったものを断ることはあまりにも不自然だ。
詰んでる――
それを悟ったアニュンリール代表は自分がここに来てしまったことを非常に後悔した。
針の筵であったが、ノイラートは話題を変える。
「そういえば我が国はグラメウス大陸にある鬼人族の国とも国交を結んでおりましてね。彼の国ではアニュンリールの過激派に鬼姫と呼ばれる重要人物を誘拐されたとか」
「でっちあげだ!」
ここぞとばかりに、アニュンリール代表は叫んだ。
そして、彼は更に言葉を続ける。
「グラメウス大陸にそんな国があるとは聞いていない!」
「まあ、彼らは人前に出ることを好まない為、知られていないのも無理はないでしょう」
穏やかに告げるノイラートにアニュンリール代表は激昂する。
「貴国は我が国を滅ぼしたいのか!? 何故、そこまでして我が国を追い詰める!? 我が国の領土が狙いか!?」
「おや、それもいいですね。どうですか、グラ・バルカスのシエリア殿。貴国と我が国でアニュンリールを分割するというのは?」
降って湧いた提案に、シエリアは驚きながらも即座に告げる。
「願ってもない申し出です! 是非ともそうしましょう!」
「待ってくれ。その話、ミリシアルも一枚噛ませてくれ」
「是非ともムーも噛ませて頂きたい。何しろ、世界の危機であるからな。非協力的な国家を共同で管理するのは悪くない話だ」
「アニュンリールは広大な領土を保持している。ここにいる各国で仲良く分割すればいいのでは?」
我も我もと告げる中で、モーリアウルの提案。
それに対して各国は次々と賛同し、仲良く分割ということで纏まった。
目の前で本当に領土分割の話し合いが始まってしまったことに、アニュンリール代表は信じられず、絶望してしまう。
これは悪い夢ではないか――
まだ先進11カ国会議は始まっていないに違いない、これは夢なのだ――
「そういえば、エスペラント王国の王城付近で魔帝復活ビーコンが発掘されましてね。アニュンリール代表は何かご存知ですか?」
微笑みながら尋ねたノイラートにアニュンリール代表は遂に意識を手放した。
「存外に脆い。イギリス人なら、3倍にして言い返してくるだろうに」
議場からミリシアルの医療チームにより担架で運ばれていったアニュンリール代表を見ながら、ノイラートは何気なく呟いた。
ノイラートを注意深く観察していたシエリアは彼の呟きが聞こえてしまった。
その呟きは非常に恐ろしく聞こえ、彼女は震え上がった。
ドイツだけは絶対に敵に回してはいけない、そんな気がした。
技術力が上とか、そういう意味ではなく、根本的なところで我が国とは違うと先のアニュンリール代表とのやり取りでシエリアは感じた。
ああいうことはシエリアには勿論、他のグラ・バルカスの外交官でも到底できないだろう。
彼女は逡巡する。
当初の予定通りに行動するべきか、それとも――独断で行動するべきか?
当初の予定通りに行動すれば、自分の身は本国においては安全だが……本当にドイツは我が国の行いを見逃してくれるのだろうか?
シエリアには見逃してくれるとは思えなかった。
独断で行動した場合、最悪は反逆罪で死刑になる可能性もある。
だが、少なくともドイツを敵に回さなくて済む可能性は高い。
シエリアは決断する。
今ここで、帝国の未来を考えるならば、行動するべきだ――
たとえ、それで反逆の汚名を着せられようとも――
壮烈なる覚悟を懐き、彼女は口を開く。
「各国の皆様!」
シエリアの声に9ヵ国の代表達が視線を彼女に向ける。
「我が国の海軍が現在、ここに向かって侵攻を開始しております! 本来なら、我が国はここでドイツ以外の各国に従属を迫り、従属しなければ宣戦布告することになっていました!」
すぐさま彼女に剣呑な視線が集まるが、ノイラートが彼女の話を聞きましょう、と宥める。
ノイラートにシエリアは感謝しながら、更に続ける。
「明日にも、我が軍の艦隊が接近します。我が国は正直に申し上げまして、この世界のことを知りません。この世界に対して、我が国は圧倒的に優位にあると確信し、侵略を行っておりました」
シエリアはそこで言葉を切り、更に告げる。
グラ・バルカスがこの世界に転移してきたことや、決定的なきっかけとなってしまった、パガンダとレイフォルでのことを。
話を聞いた各国代表達は、何とも言えない顔になってしまった。
転移してきた国家であることは各国ともにその技術力から予想がついていたので、驚きはなかった。
しかし、パガンダとレイフォルのことは彼ら各国代表達からしても、どっちに非があるか明らかだった。
パガンダ王国が腐敗していたことは知られていたが、まさかそのような暴挙を行うとは予想外だった。
またレイフォルは、かつてのパーパルディアのように無駄にプライドが高かったことも、ノイラート以外の面々は知っていた。
列強以外はこの会議に関しては持ち回り参加であったが、レイフォルに赴いて外交交渉を行った経験が彼らにはあったからだ。
そんな無駄にプライドが高いレイフォルが、保護国であるパガンダに非があったにも関わらず、激怒してグラ・バルカスに戦争を仕掛けたということを容易に各国は理解できてしまった。
ノイラートもその2カ国について具体的には知らなかったが、ドイツが同じことをされたらグラ・バルカスと同じことをするだろうな、と思ってしまう。
そう思いつつ、彼は提案する。
「相互に理解を深め、不幸な衝突を無くす為にも、我が国がグラ・バルカスと各国との間で仲介をしましょうか?」
その提案にシエリアは頷いた。
彼女は本国を決死の覚悟で説得するつもりだ。
各国の代表達にも異論はない。
ノイラートは彼女の覚悟が見て取れたので、彼女が無駄死にしない為にもグラ・バルカスには目を覚ましてもらう必要があると考えた。
グラ・バルカス艦隊を叩き潰せば、ちょうどいい目覚ましになるだろう――
そこまで彼が考えたとき、モーリアウルが問いかける。
「グラ・バルカスが行った所業の清算については後回しにするとして……グラ・バルカスの艦隊はここに向かっているのだろう? それはどうするのだ?」
モーリアウルの問いかけにミリシアル代表が自信たっぷりに告げる。
「我が国に任せて頂きたい。我が軍の実力を披露しましょう」
ミリシアルは列強一位であることから、その自信は確かなものであるのだが、何故か各国代表は不安を感じてしまった。
そんな不安を追い払うように、ムーの代表がノイラートに問いかける。
「鬼姫の件はどうしますか?」
予定ではあのまま追い詰めて、交渉するつもりだったからだ。
存外に脆かった為、アニュンリール代表が気絶してしまい、本題に入れていない。
「あの調子では知らぬ存ぜぬで押し通されてしまうでしょう。ならば、やるしかないかと」
その意味が分からない者はこの場にはいなかった。
ムーの代表は更に問いかける。
「鬼姫の救出のみを目的に?」
「いえ、どこに囚われているかという肝心な情報がさっぱりありません。戦争を仕掛け、領土を占領していく中で少しずつ情報を集めて、救出するしかないと我が国の軍部は判断しています」
もっとも、ドイツ政府及び軍は既に鬼姫が死亡している可能性が高いのでは、という予想が主流だったが、ノイラートはそんなことを言うわけがなかった。
ムーの代表は彼の答えに重々しく頷きながら、更に尋ねた。
「すぐにでも開戦を?」
「いいえ、準備期間が必要です」
そう答え、ノイラートは更に言葉を続ける。
「具体的には3ヶ月から半年程度となります。それで我が国は国家の全てを動員した、総力戦体制へ完全に移行します」
そこで彼は言葉を切り、少しの間をおいて更に続ける。
「それはこの世界における、戦争というものの概念を塗り替えることになるでしょう……我が国が元々存在した、地球がそうであったように」
ノイラートは断言したのだった。