異なった歴史を辿った地球のドイツを召喚してしまった結果   作:やがみ0821

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Uボート

 カルトアルパスには昨夜のうちに避難命令が出され、住民達はそれに従い、多少の混乱が起きたものの、それでもどうにか翌朝には避難を完了していた。

 各国の代表達もまた同じように避難を――なお、アニュンリール代表とその随員らは昨日のうちに船で逃げ出していた――行っていたというわけではなかった。

 

 彼らはドイツの軍事力は凄まじいと耳にしている。

 だが、実際にはどれほど凄まじいのか、見てみたいと昨夜の会食の席、ノイラートに頼み込んできたのだ。

 

 わざわざそんな危険なことをしなくても、と彼は断ったのだが、どうしてもと各国代表――エモールのモーリアウルすらも――食い下がってきたので、食事の後に本国に問い合わせてみた。

 すると、あっさりと許可が出てしまった。

 

 どこで観戦するか、という話になったところで、護衛艦隊司令官であるラングスドルフ中将がうまく手を回してくれた。

 どうやら海軍総司令部から命令が出ているとのことで、その内容は現場から会議室へ中継をするように、というもので、その命令を実行すべく夜のうちに大急ぎで準備が整えられた。

 

 

 

 

 そして翌日、帝国文化館の会議室は興奮に包まれていた。

 会議室には大きなモニターが設置され、それはヘリから母艦経由で送られてきた映像を表示できるものだ。

 ドイツの護衛艦隊は昨夜の日付が変わった頃に出港しており、敵艦隊へと向かっていた。

 

 画面はしばらくの間、真っ暗であったが、やがて中継が始まった。

 映像だけであり、音声は中継側で切られていた為になかったが、ヘリの爆音しか入らないので無くても問題はなかった。

 

 

 既にミリシアル海軍の第零式魔導艦隊は交戦を開始して数時間が経っている筈だ。

 これではミリシアル海軍の戦闘映像を見ることになるかもしれないが、ミリシアルがグラ・バルカスの艦隊を潰してくれるなら問題はなかった。

 ドイツの軍事力を披露するのは別の機会で構わないだろう、ノイラートは考えていた。

 

 

「これは魔導通信ではないのか……聞いてはいたが、いや凄い」

 

 ミリシアル代表は物珍しげに見つめているが、それは多くの代表もまた同じことだ。

 特にマギカライヒ代表は齧りつくように見ている。

 

 マギカライヒは魔導技術と機械技術を融合させた、独自の技術でもって準列強とされている。

 ドイツの機械技術は非常に魅力的であった。

 

 そうこうしているうちに、モニターに第零式魔導艦隊が小さく映った。

 黒煙を吐き出しているようにも見える。

 

 被害は受けたことが誰の目にも分かったが、ミリシアル代表は自信満々といった表情で、腕を組む。

 我がミリシアルの艦隊はどうだ、と言いたげな顔であった。

 

 しかし、距離が近づくにつれて、艦隊の惨状が分かり、彼の表情は渋いものとなった。

 

 距離的にはまだ遠いが、カメラがズームされたことでミリシアルが誇る第零式魔導艦隊の各艦は手ひどくやられていることが判明した。

 沈没艦は今のところはないようだが、傾斜が酷い艦もある。

 

 特にミスリル級戦艦は敵戦艦と殴り合ったのだろうか、満身創痍という言葉がぴったりな状況だった。

 

 そこへ多数の航空機が現れた。

 現れた方向には陸地はない為、味方機ではない。

 

 ヘリはホバリングし、距離を一定に保ちつつ、映像を撮り続ける。

 

 次々と襲いかかっていく敵機を迎え撃つ対空砲。

 空一面に弾幕が張られているが、当たらない。

 

 ミリシアル代表は机に思いっきり拳を叩きつけた。

 彼の表情は悔しさに満ち溢れていた。

 

 この場にグラ・バルカスの代表であるシエリアがいなかったのは幸いだろう。

 昨夜、シエリアはノイラートと会談した後、乗ってきた艦に戻り、カルトアルパスを離れて、衝突を回避する為に動いている筈だ。

 彼女が乗ってきたグラ・バルカスの戦艦――グレードアトラスターが日本の戦艦と大きさは違えど似ていることにドイツ側は驚いたものだが、しかし、その主砲は日本のそれより――20インチ砲が1946年時点で列強における戦艦のスタンダードだった――も小さそうだった。

 

 

 

 

 一方的にミリシアルが世界に誇る第零式魔導艦隊が敵機にやられていく。

 水柱が艦の側面に数本、上がったのが見えた。

 

 それはドイツとの軍事交流でミリシアルが教えられていた、魚雷によるものだった。

 グラ・バルカスが繰り出した攻撃隊は素人であるノイラートから見ても、よく訓練されているのが分かった。

 

「我々の軍が動きます。少し時間は掛かるかもしれませんが……」

 

 ノイラートは短く告げた。

 彼へと一斉に視線が集まる。

 

 ノイラートに海軍への指揮命令権は存在しなかったが、この最悪の展開は可能性は非常に低いとされつつも、一応想定されていた。

 もっとも、一方的にミリシアル海軍がやられるとはノイラートは勿論のこと、ラングスドルフ中将も思ってはいなかった。

 

「ただ、さすがに我が軍に攻撃される敵艦隊を映像で見ることはできないでしょう。グレードアトラスターが単艦で突っ込んでくれば話は別ですが……」

 

 いくら何でもそんなことはしないだろう、とノイラートは思いながらも、そう告げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「艦載機が戻ってきたな」

 

 グラ・バルカス帝国海軍東征艦隊の司令官であるアルカイドは旗艦ベテルギウスの艦橋の窓から空を見て呟いた。

 編隊を組んで戻ってきている艦載機は、損耗しているようには見えない。

 

 前時代的な艦隊戦で威力偵察をしろ、と命令されたときはどうなることかと思ったが、それでもどうにかなった。

 

 艦隊戦で戦艦と重巡洋艦を1隻ずつ撃沈されたが、それはこんなことを命じた上官の責任だとアルカイドは思っている。

 どんなに最善を尽くそうとも、艦隊戦を仕掛けて――それも戦艦の隻数では敵が上という状態で――被害が出なかったら勲章物だ。

 

 

 東征艦隊は艦隊戦を仕掛けるにあたって、空母4隻及び駆逐艦6隻を分離していたが、既に合流を果たしている。

 そこから損傷が大きい艦を駆逐艦の護衛付きで本国へと向かわせていた。

 

 

 

 

 ただ、この後はグレードアトラスター単艦にてカルトアルパスへと赴き、慌てて出てくるだろう各国海軍の護衛艦隊の相手をすることになるのだが、会議から戻ってきた外交官が猛反対しているらしかった。

 しかし、一外交官の反対と本国からの命令では、どちらが優先されるかは決まっている。

 念の為に本国にお伺いを立てたところ、変更無く、作戦を継続せよ、というお達しだった。

 

 グレードアトラスターの艦長ラクスタルからは、外交官を部屋に軟禁することにして、予定通りに作戦を行う、という連絡がアルカイドのところへ30分程前に届いていた。

 ドイツ以外は恐れるに足りないというのが彼は無論、本国における一般的な考えだ。

 また外務省によれば、ドイツは会議参加国とは国交を結び、友好関係にあるものの、同盟関係にはない。

 ドイツは強大な勢力圏を東方に築いていることから虎視眈々と他の文明圏への侵攻を目論んでいることは疑いなく、あらかじめ他の文明圏における領土分割について話し合いをし、合意に至れば戦争になることはない、というのが外務省の予想だった。

 

 

「実際にドイツは強いのか?」

 

 アルカイドの呟きは艦長のバーダンや他の艦橋要員達にも聞こえていたが、彼らとしても疑問であった。

 命を賭けて諜報員達が得た情報であったのだが、どうにも信じられなかった。

 

 諜報員達の情報を元に、イラストが描かれたりもしたが、プロペラも無しに空を飛ぶ飛行機なんて信じられないし、海軍の巡洋艦や駆逐艦は主砲が1門だけとかいうのも信じられない。

 戦艦や空母、潜水艦も存在するらしいが、機密らしく諜報員達はまだ情報を入手できていないとのことだ。

 

 唯一、一番信じられたのが諜報員達が間近で見ることに成功したドイツ軍の戦車で、グラ・バルカス陸軍の戦車とは天と地程の差があった。

 まず車体のサイズからして違うし、主砲も駆逐艦の主砲みたいな大きさだった。

 陸軍の戦車が順当に進化していったら、ドイツ軍の戦車になるだろうな、と誰もが予想できた。

 陸軍では天地がひっくり返ったような衝撃を受けて、新型戦車の開発に取り組んでいるらしいとアルカイドは聞いていた。

 

「ドイツの護衛艦隊は僅か6隻、それも巡洋艦と駆逐艦だという。意外と、戦ってみれば正体がハッキリするんじゃないか?」

 

 外交官が聞いたら殴り掛かりそうなことをアルカイドは冗談めかして告げた。

 正体が分からないから、とかいう理由で戦端を開かれたら、たまったものではない。

 

 

「全空母より連絡。艦載機収容完了とのことです」

 

 通信士官からの報告を聞き、アルカイドは頷いた。

 

「予定通りにカルトアルパスへ空襲を仕掛ける」

 

 アルカイドがそう指示した直後――轟音が響き渡った。

 アルカイドも含め、艦橋にいた者達が一斉に窓の外を見る。

 

 空母が1隻、やられていた。

 見る見るうちに速度を落としていく。

 

 ベテルギウスに警報が響き渡る。

 

「敵はどこだ?」

 

 アルカイドの問いかけに答える者はいない。

 敵機の姿はなく、敵艦もいない。

 

「まさか、潜水艦か?」

 

 ドイツ海軍の潜水艦という可能性はある。

 しかし、艦隊は空母を中心とした輪形陣だ。

 駆逐艦を潜り抜けて、攻撃などできる筈はない。

 

 そのときだった。

 さらに1隻の空母、その艦尾付近で大きな水柱が上がった。

 

 先程の空母と同じく、見る見るうちに速度を落としていき、やがて完全に止まった。

 

「駆逐艦は何をやっているんだ!?」

 

 偶然だろうが、1隻目も2隻目も、おそらくスクリューをやられている。

 彼がそう考えたとき、2隻の空母よりほぼ同時に連絡が入った。

 

 アルカイドの予想通りに、2隻ともスクリューをやられたとのことだった。

 駆逐艦部隊は潜水艦と判断し、爆雷を叩き込んでいるが、それは狙いをつけたものではなく、闇雲に投下しているように見えた。

 

 爆雷投下は30分程で終わった。

 それから10分、20分と時間は過ぎるが、追加の攻撃はない。

 

 どうやら逃げたようだ、とアルカイドが判断したときだった。

 ベテルギウスが大きく揺れた。

 どうにか彼は踏ん張って、倒れることを防いだが、何人もの艦橋要員が転倒していた。

 

「何事だ!?」

 

 アルカイドの叫びに艦橋のウィングにいた見張員が叫び返した。

 

「艦尾付近から水柱が立ち昇りました!」 

 

 まさか、とアルカイドが思ったときだった。

 残った空母2隻から僅かな時間差で艦尾付近から大きな水柱が上がった。

 

「敵の潜水艦だ! 潜水艦に囲まれている!」

 

 アルカイドは叫ぶが、だからといってどうすることもできない。

 ベテルギウスの自慢の主砲は海中の潜水艦には無力だ。

 

 駆逐艦部隊に頑張ってもらうしかなかったが――どうにも頼りない。

 再度、駆逐艦部隊は高速で動き回って、爆雷を投下していたが、やはり探知できていないようだった。

 30分程して、駆逐艦は敵潜水艦の探知の為に爆雷投下をやめた。

 駆逐艦が装備しているパッシブソナーは敵潜水艦が出す音を捉える為だ。

 爆雷の爆発があったり、駆逐艦自体が高速で動き回っていてはそれらの音が邪魔をして敵潜水艦が発する音を探知できなかった。

 

 一連の潜水艦による攻撃で、陣形は乱れに乱れている。

 これでは各個撃破されてしまうが、かといって陣形を組み直している間もまた隙だらけだ。

  

 

 逡巡していたアルカイドは見てしまった。

 ベテルギウスから程近いところを航行していた駆逐艦が水柱とともに浮かび上がったのを。

 

 そして、駆逐艦は艦中央部から真っ二つに折れ、沈んでいった。

 

 確かに駆逐艦に魚雷を叩き込めばそうなるだろうが、アルカイドはただの魚雷ではないような気がした。

 グラ・バルカス海軍も実験として様々な標的艦に魚雷攻撃を行ったことがある。

 それらの実験の記録映像は彼も見ていたが、何かが違うような気がした。

 

 そうこうしているうちにも次々と味方艦が沈められていく。

 駆逐艦も巡洋艦も例外はない。

 ただ、漂流状態となっている戦艦ベテルギウスと空母4隻は手つかずであった。

 

「司令官、どうされますか?」

 

 バーダンが問いかけてきた。

 彼も転倒しなかったのか、見る限りは無傷だった。

 アルカイドは苦笑しつつ、問いかける。

 

「艦長、潜水艦にどうやって降伏すればいい?」

「白旗を掲げるしかありませんが、見えるかどうかは保証できかねます。ただ、それが最善でしょうな」

 

 バーダンの言葉にアルカイドは頷いて、残存艦に白旗を掲げ、また機密文書などの処分を命じたのだった。

 

 

 

 

 このとき、東征艦隊を攻撃したのはドイツ海軍の潜水艦10隻によるものだった。

 彼らは容易く輪形陣の内側に潜り込み、攻撃を行った。

 

 ドイツ海軍の潜水艦は静粛性や水中速力などに優れており、地球における列強諸国の海軍からは探知するのは非常に困難とされていた。

 

 

 そして、残る2隻の潜水艦はグレードアトラスターが昨夜に出港してから、ずっと追尾をしていた。

 

 

 

 

 東征艦隊が敵潜水艦の群れに襲われ、大損害、そして降伏したという通信はグラ・バルカス本国だけではなく、グレードアトラスターにもまた送られていた。

 本国側が詳細を東征艦隊司令官のアルカイドに問い質している中、グレードアトラスターの艦長ラクスタルは即決した。

 

 逃げるしかない――!

 

 駆逐艦1隻すら、護衛にはいない。

 丸裸だ。

 グレードアトラスターはカルトアルパス近海まで東征艦隊が護衛してくれていた。

 だが、頼みの東征艦隊は存在しない。

 

 今のグレードアトラスターは潜水艦にとってはカモに等しい。

 

 ラクスタルは手隙の乗組員全員で海面を見張るように命令を下し、魚雷の早期発見に努める。

 また、なるべく早く離脱する為、速力を24ノットへと引き上げた。

 潜水艦ならまず追ってこれない速度だ。

 燃料と機関への負担を考慮すると、これくらいに留めておいたほうが良いというラクスタルの判断だ。

 

 しかし、それが仇になった。

 24ノットに増速したことで、グレードアトラスターのスクリューは先程よりも盛大な音を発し始めた。

 

 艦尾付近から海面を眺めていた、ある乗組員が発見した。

 見えたのは幸運であった。

 

 何しろ、必ずあるはずの雷跡が、発見した魚雷には無かったからだ。

 

「左舷に魚雷発見!」

 

 彼はあらん限りの声で叫んだ。

 彼の近くにいた乗組員達がそちらへと視線をやる。

 

 やがてグレードアトラスターが回頭を開始した。

 魚雷と平行になるように、徐々に。

 

 ラクスタル以下、全乗組員にとって、非常にもどかしい時間だった。

 

 やがて、グレードアトラスターは完全に魚雷と平行になった。

 だが、そこで魚雷を見張っていた乗組員達は信じられないものを目撃する。

 

 魚雷が艦に――艦尾に当たるように針路を変えたのだ。

 

 

 魚雷が追ってくる――!

 

 その事実に驚く暇はなかった。

 

 轟音と振動、立ち上る巨大な水柱。

 

 グレードアトラスターは急激に速度を落としていき、その行き足は完全に止まった。

 

 原因はすぐに判明する。

 スクリューを完全に破壊されたのだ。

 これでは動くことなどできる筈もなく、グレードアトラスターは自慢の主砲を一発も撃つことなく、漂流状態に陥った。

 

 そして、そのとき、グレードアトラスターはレーダーで6隻の艦を捉えた。

 それはドイツ海軍の護衛艦隊であることは明白だった。

 

 

 護衛とは水上だけではなかったのか、とラクスタルは溜息を吐いた。

 このような状態では回避もままならず、潜水艦から狙われ放題だ。

 

 彼は白旗を掲げることと機密文書などの処分を命じたのだった。

 

 

 


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