異なった歴史を辿った地球のドイツを召喚してしまった結果   作:やがみ0821

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後始末と方針転換

 

 

 カルトアルパス港管理局の局長であるブロントは未だに信じられなかった。

 つい先日、グラ・バルカスの戦艦、グレードアトラスターを見て彼はその巨大さに驚いたのだが、今回の驚きは別のところにあった。

 

 戻ってきたグレードアトラスターはドイツ海軍の駆逐艦に曳航されていたのだ。

 もはやこの戦艦がグラ・バルカスの港へ戻ることはない。

 

 ブロントもまたグラ・バルカス海軍が仕掛けてきたことは聞いている。

 そして、その結末も。

 

 ミリシアルの第零式魔導艦隊に対して全滅に等しい損害を与えたグラ・バルカス艦隊。

 敵機の攻撃が主力艦や巡洋艦に集中したことと必死の回避運動で、どうにか駆逐艦が3隻、損傷しながらも生き残ったが、気休めにもならない。

 

 しかし、そんな敵艦隊をドイツ海軍は叩き潰した。

 それどころか、戦艦2隻、空母4隻のスクリューを破壊し、降伏に追い込んだ。

 また無傷で降伏した艦もそれなりにあるようだ。

 

「つい先日は最高の気分だったんだろうな。だが、今はどん底だろう」

 

 カルトアルパス港に入港したときは、我が国の戦艦を見よ、とそれはもう誇らしげであったに違いないとブロントは思うし、彼が同じ立場だったらそう思ったに違いない。

 

 しかし、上には上がいるという格言の通りにドイツ海軍が実力を示してみせた。

 聞いたところによるとグラ・バルカス艦隊は一方的にやられたらしい。

 

 グラ・バルカスの立派な装備は見掛け倒しというようにはブロントは思わない。

 長年、港管理局に勤め、色んな国のフネを見てきたからこそ、ドイツ海軍の軍艦が何かが違うと考えていたからだ。

 

 とはいえ、艦隊戦になったという話も聞いていない。

 

「いったい、ドイツは何をやったんだろうな……」

 

 ブロントはそう思いながら、停泊しているドイツ海軍艦艇の中で、一際大きなプリンツ・オイゲンへと視線を向けるのだった。

 

 

 

 

 

「今回の戦果は全てドイツのものとしたい」

 

 先進11カ国会議――2カ国が抜けた為、もはや9カ国会議であったが――における各国代表の前でミリシアル代表が告げた。

 異論はどこからも出ない。

 

「実際に映像を見ることは叶わなかったが、結果が港にある。だからこそ、ドイツが今回、拿捕した全ての艦船を所有する権利があるというのが、我が国の考えだ」

 

 ミリシアル代表の言葉に各国代表は賛同し、口々にドイツ海軍の偉業を称える。

 

 そうなるのも無理はない、とノイラートは思う。

 降伏したグラ・バルカス艦隊をドイツ海軍艦艇がカルトアルパスに連れてきたとき、代表達は茫然自失としていたことを。

 彼らからすればまさしく、天地がひっくり返るようなものだったのだろう。

 

 

 もっとも降伏してきた艦船の所有権は全てドイツにある、と言われてノイラートは内心困った。

 

 結果を聞いたドイツ政府は技術調査を実施した後はグラ・バルカスに売りつけるか、もしくは適当な国に売っぱらおうと考えていた為に。

 

 正直なところ、欧州戦争当時か、戦後すぐあたりなら最新鋭空母や戦艦として通じただろうが、現在のドイツ海軍では通用しない。

 

 そういう事情があったが、ノイラートは表には出さずにミリシアル代表の言葉に感謝の意を述べる。

 

「しかし、ドイツの軍事力は流石に素晴らしい。これならば魔帝対策も安心です」

「それがそうでもなさそうで、困っています」

 

 ムー代表の言葉にノイラートはそう返す。

 彼の言葉に代表達は驚いてみせる。

 

「あれほどのことができても、まだ足りないと?」

「政府及び軍では、最悪、我々の数世代は先の軍事力をラヴァーナルは保有しているのではないか、と予想しています。ただ数世代で足りるならいいのですが、もっと先であった場合は我々の手には負えません」

 

 ムー代表の問いかけにノイラートはそう返した。

 それは政府や軍で予想されている、これ以上ない程に最悪の想定だ。

 

 人工衛星とかを持っている程度ならまだいいが、もしもラヴァーナルが宇宙に進出しており、宇宙から攻撃を加えてきた場合、対抗できない可能性が高かった。

 

 宇宙から攻撃というのも、例えば人工衛星から地表を攻撃できたりする程度なのか、あるいは宇宙戦艦みたいなものを建造しており、好きなだけ宇宙から砲撃し放題であったりするのか、と広い幅がある。

 だが、現状のドイツの技術力では宇宙から攻撃という分類にあるものであれば、防ぐことができない。

 弾道ミサイルを迎撃するミサイル防衛システムですら、開発は進んでいるものの、それは転移直後と比べればという意味で、実用化にはまだまだ時間が必要だ。

 レーザー兵器やレールガンといったものに関しては基礎研究段階で、数十年以内に実用化できたらいいな、というくらいだった。

 

「それはないと思う」

 

 エモールのモーリアウルが否定し、彼はさらに言葉を続ける。

 

「そこまでの差があったのなら、インフィドラグーンは一方的にラヴァーナルにやられた筈だ」

 

 ノイラートは頷いて肯定する。

 そこへ発言する者がいた。

 

「ラヴァーナルに関してはひとまず横に置いて、アニュンリールについて話し合いませんか?」

 

 マギカライヒ代表の提案にノイラートらは頷いた。

 

 

 接触当初、ドイツ側をもっとも困惑させたのがマギカライヒだ。

 

 それは勿論、名前的な意味で。

 マギカライヒ側も、それは同じに思ったらしく、調査もしてみたが、結局わからずじまいだった。

 

 ただ、マギカライヒの現状は統一前のドイツと似ている。

 マギカライヒは州ごとに独立した政府を持ち、単一国家であることを主張していない。

 かつてのドイツも幾つもの領邦と自由都市が存在しており、各領邦や自由都市が同盟を結び、ドイツ連邦となった。

 これは連邦国家ではなく、複数の国家による連合体という意味合いで、単一国家だとは主張していなかった。

 

 いずれはマギカライヒも、ドイツにおけるプロイセン王国がそうであったように主導的な州が現れて、統一国家への道を歩むかもしれないとドイツ政府では予想されている。

 

 ただ、マギカライヒはその制度が独特であり、報告会の時、ヴェルナーが妙に渋い顔であったのがノイラートは覚えている。

 

 共産的というのがヴェルナーにとっては非常に問題であったのだが、ノイラートがそんなことを知るわけがない。

 何しろ、ロシア帝国が革命で倒れることもなく、そのまま存続していたのだから。

 

 さて、マギカライヒ代表の提案で、アニュンリール皇国の処遇について話し合われることになったのだが、それは会議初日と変わりはない。

 

 魔帝の末裔らしいアニュンリールをみんなで囲んで袋叩きにしよう、というものである。

 具体的な日程は各国ともに政府や軍とのすり合わせが必要ということで、後日改めて協議という形となった。

 

 そして、アニュンリールに対して鬼姫を救出し、領土は分割するということで9カ国は合意に至る。

 

 アニュンリールのことが終わったところで、ムーの代表が議案を提出する。

 それはグラ・バルカスへの対応についてだった。

 

「グラ・バルカスは我が国が仲裁に入りたいと思います」

 

 ノイラートが宣言した。

 それに各国代表はムーも含めて異論はない。

 

「ムー側の落としどころは?」

「レイフォルの勢力圏だったところはグラ・バルカスの勢力圏として認めます」

 

 なるほど、とノイラートはムー代表の言葉に頷く。

 妥当なところである。

 各国代表はムーの意見に異論はないようだ。

 

「いくら何でも今回の一件でグラ・バルカスも多少は目が覚めたでしょう」

 

 ノイラートの言葉にミリシアル代表が問いかける。

 

「もしも、目が覚めなかった場合は?」

「彼らのフネを片っ端から沈めていく、ということを第一段階として検討しています」

 

 そんなことができるのか、とミリシアル代表は問いかけたかったが、ドイツだからできるんだろう、と考えてしまう。

 

「グラ・バルカスが態度を変えず、挑戦を続けるようならば、彼の国に対して一切の取引を禁止することを我が国は提案します」

 

 ムー代表の言葉に各国代表は賛同する。

 

「今回の海戦で分かったが、悔しいが、おそらくドイツ以外ではグラ・バルカスに太刀打ちすらもできない可能性がある」

 

 ミリシアル代表の言葉に各国からの反論はない。

 第零式魔導艦隊が一方的にやられる様を映像で見た為だ。

 

「基本的にはドイツに一任し、事を収めてもらう……どうだろうか?」

 

 その提案に各国代表から異論は出なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、グラ・バルカス帝国では今回の一件により緊急の帝前会議が開かれていた。

 その会議はカルトアルパス攻撃が決定されたときとは打って変わり、非常に重苦しい空気が漂っている。

 

「全ては事実なのか?」

 

 帝王グラルークスが問いかけた。

 海軍側の出席者達――特にミレケネスの顔は死人と見紛う程だ。

 カイザルも彼女程ではないが、顔色は悪い。

 

「……事実です」

 

 カイザルの答えにグラルークスは深く溜息を吐いてみせ、外務省長官モポールへと視線を向ける。

 事務次官のパルゲールと共に2人の顔色は死刑判決を言い渡される直前であるかのような、酷いものだった。

 

「外務省の予想ではドイツは怒りこそすれ、手を出してこない、というものだったな? ドイツもまた勢力拡大を狙っているから、たとえ弱敵といえど我々が数を減らすことは密かに歓迎するだろう、と」

 

 だが、とグラルークスは続ける。

 

「現実はどうだ? グレードアトラスターと、東征艦隊の主力及び巡洋艦と駆逐艦の一部が降伏した。それも、戦艦や空母は自力航行が完全に不可能な状態にされてだ」

 

 そして彼は続ける。

 どのように責任を取るのか、と。

 

「ど、ドイツと返還交渉を行います」

「何を要求されるか、予想はつくか? 領土か、金銭か、それとも何か別のものか……余にはまったく予想がつかんぞ、モポール」

 

 モポールは沈黙してしまう。

 彼にも何を要求されるか、さっぱり分からなかったからだ。

 

 しかし、そこでパルゲールが口を開く。

 

「お、畏れ多くも陛下。現地にはちょうど、我が外務省が派遣した外交官が1名、おります。その者を返還交渉やその他色々な交渉の窓口として、今後のことを円滑にしていきたいと……」

「会議で、ドイツのいる前で、ドイツ以外の国に盛大な宣戦布告をした外交官をか? そんな輩、誰が信用するんだ?」

 

 パルゲールは視線を彷徨わせ、冷や汗を流しつつも、告げる。

 

「じ、実は、外交官は、その、直前になって今回の作戦に反対しまして……その、彼女の弁によると、彼女は宣戦布告せず、代わりに我が国の事情を話したら、各国は理解を示してくれた、交渉の余地は大いにありと……」

「待て、その話は聞いていないぞ」

 

 横からモポールが問いかけた。

 当然、グラルークスも聞いていない話だ。

 

「独断でのことで、作戦にも反対したとのことで、長官に報告するまでもないと……」

 

 ハンカチを取り出して、パルゲールは冷や汗を拭う。

 

「……確かに。蓋を開けてみなければ結果は分からなかった。後から見たら、その外交官の意見は正しかったが、当時は誰もが耳を貸さなかっただろうな」

 

 そうグラルークスは告げる。

 

「その外交官を通じて、ドイツと交渉するように。今回の件で少なくとも、海軍はドイツには勝てないことが判明した」

 

 カイザルとミレケネスは反論できない。

 そんなことはありえない、と信じたくはなかったが、上がってきた報告は全て事実だ。

 でなければグレードアトラスターを含む戦艦と空母がスクリューを狙い撃ちされるなんて、ありえない。

 

「我々にはできないことを簡単にやってのけたドイツは、我々とは桁が違う。我々の常識で考えてはいけないだろう。だからこそ、おそらく陸と空でも諜報員達が入手した情報は事実である可能性は高い」

 

 グラルークスはそう告げながら、彼が考えていた未来が消えたと確信する。

 

 ドイツと世界を二分し、統治する――という未来をグラルークスは描いていたが、それは諦めるしかない。

 

 ドイツはそれを望んでいない、ということが分かったことが大きな収穫だとグラルークスは考えることにした。

 そして、彼は告げる。

 

「外交で解決するしかない。戦争となった場合、我々のフネが片っ端からスクリューを破壊されて、拿捕されるぞ」

 

 転移前には存在しなかった、自国が勝てない国にぶつかって、グラルークス達は今、初めて異世界というものを実感していた。

 

 

 

 


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