異なった歴史を辿った地球のドイツを召喚してしまった結果   作:やがみ0821

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対ラヴァーナルを見据えて

「……嘘だろう」

 

 その艦隊を見て、アルカイドは驚き、目を見開いていた。

 それは彼だけでなく、ここにいる全ての降伏したグラ・バルカス海軍の将兵もまたそうであっただろう。

 

 カルトアルパス港に、グレードアトラスターよりも一回り大きな戦艦が1隻、入港してきていた。

 お供にはペガスス級空母よりも遥かに巨大な空母もまた1隻、入港していた。

 この2隻を護衛しているのは巡洋艦と駆逐艦で、その数もまた多い。

 

 そんな彼らグラ・バルカス海軍の将兵達と全く同じ反応をしているのが、カルトアルパス港管理局局長のブロントであったり、あるいは見物に詰めかけたカルトアルパスの市民達だった。

 カルトアルパス港は広大であり、また水深も十分にあった為、ドイツ海軍の艦隊がまるごと入港できたのは幸いだった。

 

 

 拿捕した艦船は護衛艦隊の艦艇よりも多く、そのためドイツ本国から迎えを寄越してもらう必要があった。

 無論、ノイラートは迎えが来るまで遊んでいたわけではない。

 魔帝対策の為にドイツ軍が各国国内に基地建設、駐留の許可を得る為に奔走していた。

 ドイツがある第三文明圏から向かうよりも、ミリシアルからのほうがアクセスが良いのは当然だった。

 

 早ければ4年後にも魔帝が復活する為、ミリシアル側も協力を惜しまない。

 むしろ、主力となるドイツが動きやすいように外交的にも各国に対し、働きかけてくれた。

 

 特にエモール王国では空間の占いを3年後にも再度実施し、具体的な日付及び場所の特定を試みると確約してくれた。

 

 ともあれ、ノイラートはようやく帰国できると安堵したのだった。

 

 

 

 一方でシエリアはこれからが本番だとドイツ海軍の大艦隊を見ながら、決意を固めていた。

 シエリアは軍人ではなく、外交官であり、また彼女の会議における行動や、グレードアトラスターに戻ってから作戦に反対していたことなどを鑑みて、ノイラートの進言でドイツ政府は彼女をグラ・バルカスとの連絡役とすることをグラ・バルカス側に提案した。

 それはグラ・バルカス側にとっても都合が良かった為、シエリアには辞令が出ていた。

 新設された外務総局局長という地位だ。

 事務方のトップである事務次官を飛び越えて、政治にも深く携わる外務省長官の直轄となっている。

 

 高度な政治的判断を必要とする可能性も高い、列強国家――特にドイツ――を相手とする様々な案件を司る部局だ。

 

 シエリアはドイツへと渡り、そこで国交を結ぶと同時にドイツに拿捕された海軍艦艇の返還交渉などを行うことになっている。

 

 非常に難題だ。

 何しろ、仕掛けたのはグラ・バルカス側で、ドイツは自衛したに過ぎない。

 誰がどう見ても悪いのはグラ・バルカスだ。

 

 交渉の長期化も予想されていたが、シエリアは覚悟の上だった。

 しかし、拿捕された艦艇や捕虜となった将兵達と共にドイツ本国へ到着し、ドイツ政府との交渉を開始して早々、彼女の懸念は杞憂に終わることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やはり、先制核攻撃か」

 

 ヴェルナーは報告書を読み、腕を組んだ。

 

 アニュンリールは鬼姫の件もある為、核や生物、化学兵器は使用せず、通常兵器のみで片をつけることが既にドイツ軍における基本方針となっている。

 

 遠からず各国政府との協議において、正式に何時、開戦するか決まるだろう。

 カルトアルパスでの会議の結果を聞いた段階で、既に各軍は正面兵力や装備の充実へと舵を切った。

 内々に経済界にも伝えられており、戦時体制への移行は準備が整っている。

 

 もっとも、ラヴァーナルは別だった。

 彼の国に時間的猶予を与えれば、それだけ面倒くさいことになるというのは共通した認識だ。

 第一撃に全ての火力を注ぎ込み、軍事施設どころか、市街地まで含めた壊滅が望ましいと軍内部では判断されている。

 

「もしも今、伝わっている伝承が全て捏造されたもので、実はラヴァーナルが良い国家だったという可能性は……」

 

 無いよなぁ、とヴェルナーは溜息を吐く。

 ラヴァーナルが悪い国家であると広めたところで、誰に得があるんだろう。あるとすればインフィドラグーンをはじめとする当時敵対していた国家だが、伝承によればラヴァーナルに勝ったのではなく負けたとされている以上、そんな「嘘」を広めても大して意味が無い。

 

 もっとも、ヴェルナーは密かに考えていることがある。

 魔法を使うとき、光の翼が出るとか何とからしいということや、神に弓を引いたという伝承からヒントを得たものだ。

 

 光翼人は天使であり、神に弓を引いたというのはルシファーによる反乱そのものであり、ラヴァーナル帝国はルシファーが神に反逆する為の国ではないか――

 

「まあ、それが本当だとしても、天使が核兵器やミサイルを使うってどうなんだろうな……」

 

 核爆発を嬉々として連発するような危ない天使とかいるんだろうか、とヴェルナーは考えて、肩を竦める。

 

 そこで扉が叩かれた。

 時計を見れば、予定していた時間だった。

 

 ヴェルナーが許可を出すと、入ってきたのはヒトラーだ。

 

「面白い考えがあるんだが、聞くか?」

「藪から棒に何だ一体?」

 

 ヒトラーは怪訝な顔となったが、ヴェルナーは構わず、密かに考えていたことを伝えてみた。

 

「……そう考えれば、妙に当てはまるような気もするから、不思議だな。小説の題材にできそうだ」

「ルシファー率いる堕天使の末裔が相手とかなら、国内は今以上に団結できるぞ。色んな意味で」

「後始末が面倒くさいことになるから却下だな」

 

 それもそうだ、とヴェルナーは頷いてみせる。

 ヒトラーは本題を切り出す。

 

「グラ・バルカスの艦艇についてはどうだった?」

「調査した結果、理由は分からないが、やはり日本のものに似ている。艦載機もだ。捕虜に陸軍の戦車を描かせてみたら、日本が開発していそうな戦車だった」

「開発していそうな?」

「八九式をそのまま進化させたら、ああなるんじゃないか、というような意味だ」

 

 日本はドイツ軍の四号戦車や五号戦車に多大な衝撃を受け、また欧州戦争における仏独の大規模な戦車戦が勃発したことなどにより、対戦車戦闘を主眼においた戦車の開発へと進んでいった。

 だからこそ、グラ・バルカスの戦車――史実日本の九七式中戦車に酷似――みたいな歩兵支援を目的とした戦車を日本は開発していない。

 

「我が軍の虎が相手をしたら?」

「喜劇にしかならない。六号は44口径の120mm滑腔砲だ。対して向こうは短砲身の57mmだぞ? こっちの戦車は超遠距離から一方的に真正面から潰せるが、相手は六号を複数台で取り囲んで、袋叩きにしてもこっちの装甲を貫けない」

「可哀想を通り越して、確かに喜劇だな……」

「むしろ、ティーガーと対抗できるロシア戦車がおかしいんだぞ」

 

 ティーガーを開発させるきっかけとなったのがT-64だ。

 型番はズレていた筈だが、いつの間にか帳尻が合っていたようで、この戦車は史実におけるT-64に類似したスペックだった。

 あのままドイツが地球に残っていれば遠くないうちにT-72が史実通りのスペックで出てきていたに違いないとヴェルナーは考えていた。

 ティーガーの登場にロシアが衝撃を受けたという情報はあった為に。

 とはいえ、転移した今となってはどうなったか分からない。

 

「艦船は結局、どうするんだ? ムーに高値で売れるだろう?」

「連中に売るのも良かったんだが、グラ・バルカスに将兵も含め、返してやることにした」

 

 ヒトラーの意外な答えにヴェルナーは怪訝な顔で尋ねる。

 

「何を対価に?」

「レイフォルが勢力圏としていた場所以外から手を引かせた。それで手打ちだ」

 

 妥当なところだな、とヴェルナーは頷く。

 

 ムーはドイツが拿捕した艦艇に対して熱心に購入の希望をしていたことは想像に難くないが、彼らに与えるとグラ・バルカスとの戦争に使うだろう。

 ラヴァーナルとの戦いが控えている以上、ムーにしろ、グラ・バルカスにしろ、いたずらに国力や戦力を消耗させることは避けたいという判断だ。

 

「シエリアという外交官は若いが、優秀だぞ」

「グラ・バルカスも優秀な人材は多いだろう。でなければ元の世界で頂点に君臨できない」

「グラ・バルカスを地球に放り込んだらどうなるかな?」

「良くて植民地、悪ければ列強で仲良く分割だな。大穴でグラ・バルカスは放置して、列強同士で戦争勃発」

 

 グラ・バルカスがこの世界でやっていた方法は地球では通用しない。

 あんなことをやらかしたら、すぐさまイギリスあたりが音頭を取って、列強による連合軍が結成されるだろう。

 あるいは列強同士で足を引っ張り合って、グラ・バルカスは蚊帳の外に置かれたまま、世界大戦に発展する可能性もある。

 

「グラ・バルカスからかつての日本のように、視察団を派遣したいという要望があった。政府としては受け入れるつもりだ」

「軍としても異論は特に出ないだろう」

「独身の女性提督も来るそうだぞ?」

「勘弁してくれ」

 

 ヴェルナーは両手を挙げた。

 彼の女性関係が非常に派手なことは地球では世界的に有名なことだった。

 

「まあ、冗談はさておいてだ。ラヴァーナルについてはどうだ?」

 

 ヒトラーの問いかけにヴェルナーは真剣な表情となり、答える。

 

「先制核攻撃が有効という意見で固まりつつある。幸いにも順調に核弾頭や大陸間弾道ミサイルは量産できているし、増産体制も整えられつつある」

「敵の領土であるラティストア大陸全土に核ミサイルの雨を降らせるのか?」

「全土ではない。軍事施設は勿論だが、都市や港などを破壊できれば問題ないからな。何もないところに無意味に落としたりはしない」

 

 この核攻撃により、いわゆる核の冬が政府や軍で心配されたが、魔法でどうにかできないだろうか、ということでミリシアルに頼んであった。

 今、彼の国が中心となり、大陸全てを覆い尽くすような超大規模な結界魔法による解決が模索されている。

 

 爆発を防いだりする必要はなく、灰や煙などの微粒子だけをラティストア大陸の外に出さなければいい。

 欲を言えば放射線もどうにかして欲しかったので、それも合わせて頼んであった。

 

 放射線を無害化してしまえるような魔法などがある可能性は無いとは言えない。

 だからこそ、核兵器という単語などは出さず、人体に対して非常に有害な目に見えないものを放出する物質があるので、その目に見えないものをどうにか無害化できないか、という形としている。

 

 幸いにも魔法は被爆から身を守る防護服を纏っていても唱えることができれば使えたので、アーネンエルベの関連するチームと共にミリシアルをはじめとした各国から派遣されてきた魔導師達が放射線の無害化研究に取り組んでいる。

 

 放射線の無害化が実現できたら、核兵器は単なる威力の高い爆弾と化すので、ヴェルナーとしては史実におけるデイビー・クロケットみたいなものを開発できないかどうか、提案するつもりだ。

 

 無害化できなかったら、それはそれで仕方がない。

 

「長期化したら、絶対に我々が負ける。ミリシアルから教えてもらった、パル・キマイラとかパルカオンとか、あんなのが量産されていたり、あれの新型があったりしたら勝てない」

「やはり我がドイツが誇るハウニヴー……いや、ヴリル・オーディンの出番だな」

「いや、冗談抜きでラヴァーナルがそういうものを持っていたらどうしよう……」

 

 冗談めかして告げるヒトラーだったが、ヴェルナーは笑えなかった。

 彼は更に続ける。

 

「エモール王国から聞いた話によると、インフィドラグーンの連中はパル・キマイラを引っ掴んで地上に叩き落としていたり、パルカオンをひっくり返していたらしいからな。100%の力が発揮できるあんなものに対して、そんなことができたらしい」

「昔の竜人族は今よりももっと凄かったんだな……予算は更に増額しておく」

 

 ヒトラーの言葉を聞き、ヴェルナーは溜息混じりに告げる。

 

「国債の大盤振る舞いだな」

「仕方がないだろう。ラヴァーナルに降伏したとしても、良くて家畜、最悪では文字通りの皆殺しだぞ? それと戦後の経済不況を比べるなら、後者のほうが遥かにマシだ」

「話が通じないラヴァーナルが悪いんだ、全て」

「ああ、連中が悪い。だから、負けることは許さんぞ」

 

 

 ヒトラーの言葉にヴェルナーは重々しく頷いた。

 

 対ラヴァーナル帝国に関する作戦計画は幾つかあったが、その全てにおいて第一撃に大陸間弾道ミサイルによる先制核攻撃が実施されることに決まりつつある。

 それはまさに核による飽和攻撃だ。 

 

 対ラヴァーナル戦における作戦名も既に決まっている。

 

 作戦名は『神々の黄昏――Goetterdaemmerung』

 

 

 ヴェルナーは何もないところには撃ち込まないとヒトラーに言ったものの、偵察に十分な時間が取れない可能性が高い。

 その為、人工物らしきものであれば実際にはそうでなかったとしても、核ミサイルを撃ち込む予定となっていた。

 

 その為に核弾頭及び大陸間弾道ミサイル――新設に時間と費用が掛かる地下式サイロではなく車両移動方式のもの――を増産する体制が整えられつつあった。

 早ければ年内、遅くとも来年2月までには増産体制の構築が完了し、それから数年以内に必要数が揃えられると予想されている。

 

 ドイツは全ての戦争を終わらせる戦争になりそうな、対ラヴァーナル戦に向けて本格的に動き出していた。




※ラヴァーナルもインフィドラグーンもその他色々は詳細不明なので、捏造です。

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