異なった歴史を辿った地球のドイツを召喚してしまった結果   作:やがみ0821

23 / 31
巨人の目覚め

 ミレケネスは驚愕するしかなかった。

 ドイツのあまりの規格外っぷりに。

 

 それはグラ・バルカスからやってきた視察団の面々、全員が抱く共通する思いだった。

 

 

「何なんだ、この国は……」

 

 今日の視察を終えて、用意されたホテルの部屋にて、彼女は溜息しか出なかった。

 グラ・バルカス軍よりも遥かに進んだ兵器の数々がグラ・バルカス軍と同数か、それ以上に配備されている。

 特に誘導兵器などという、グラ・バルカスでは構想すら無かったものが実戦配備されていたり、ジェット機という構想段階にあったものが配備されていたりとドイツ軍は予想を遥かに上回っていた。

 

 転移前、グラ・バルカスが他国に対して圧倒的に優越しており、これ以上の新兵器や技術の研究開発に予算を振り向けるよりも、その予算を正面兵力及び装備の充実に使った方がいい――

 

 それはグラ・バルカス軍の基本的な方針だった。

 少なくともミレケネスが海軍に入ったときには既にその方針であり、士官学校で教えられた記憶があった。

 

 何よりも恐ろしかったのはドイツが転移する前にいたという地球だ。

 地球にはドイツと同等か、多少劣る程度の国家が8カ国もあり、それらとドイツの合計9カ国が列強であったという。

 こんな軍備を整えた国家が他に8カ国もあったという事実は視察団にとっては衝撃的過ぎた。

 

 地球に転移しなくて良かった、というのがミレケネスら視察団に参加した軍人達の共通する思いだ。

 もしも地球に転移してしまい、そこでこの異界と同じような調子で砲艦外交をやったら、それこそ地球列強によるグラ・バルカス領土争奪戦になっていただろう。

 

 地球列強はグラ・バルカスを対等とは認識せず、植民地にちょうどいいと認識することは想像に難くない。

 

 

 ドイツはグラ・バルカスに屈辱的なことをしたが、むしろ、よくあれだけで許してくれたものだ、という意見で視察団の面々は一致した。

 ドイツがその気になれば、それこそ艦隊どころか、グラ・バルカスの都市が全て灰燼と化すのは、彼らの軍備を見て一目で理解できた。

 ドイツに尻尾を振って生きる――とまではいかないまでも、ドイツの言うことを聞かざるを得ないと視察団が送った報告から本国も判断したらしく、ミレケネスら軍人達にも友好的関係を築けという命令が下されている。

 

 

 軍人同士の交流は既に行われているが、そこでも驚かされるばかりだ。

 何よりも驚いたのはお伽噺を想定して、本格的に戦争準備をしていることに。

 

 滑稽だと思うよりも、本当に起こり得るのか、と不安になってしまう。

 

 グラ・バルカスでもラヴァーナルとやらに関する情報は少しだが、持っていた。

 とはいえ、それは伝承を知っているという程度であり、誰も彼もが荒唐無稽だと信じなかったものだ。

 

「確かに、伝承通りの態度と軍備であれば脅威には違いがないが……」

 

 ドイツ側から提示された情報が全て事実だとすれば、グラ・バルカスも協力せざるを得ない。

 ただ、ドイツ側の情報もまた伝承や神話というあやふやなものに基づくものだ。

 確固とした証拠ではない。

 

 とはいえ、伝承だろうが神話だろうが、そんなお伽噺国家が本当に出てくるというなら、ここで協力しておいた方が勝ち馬に乗れるのは確実だろう。

 

「ドイツよりは劣るが、我が国がお伽噺国家に負けるわけがない」

 

 得てして、伝承やら神話やらは話が盛られているものだ。

 異界の国々よりも多少、強力な程度だろう――

 

 ミレケネスはそう確信した。

 

 

 

 

 

 

 グラ・バルカスからの視察団を長期的に受け入れる一方で、遂に対ラヴァーナルの前哨戦として、アニュンリール皇国との開戦日がようやく決まった。

 カルトアルパスでの合意から3ヶ月余りが経過していた。

 

 協議の結果、中央暦1642年12月1日を開戦日とする旨が各国政府より軍へと伝えられ、それはドイツも例外ではない。

 もっとも、アニュンリールが先に仕掛けてきた場合はその限りではなかった。

 

 そして、ドイツは本格的に戦時体制への移行が開始されることになったのだが、その様子は全世界に向けて電波及び魔導通信により、中継されることとなった。

 またグラ・バルカスも含め、各国の要人や高位の軍人を招き、彼らの議場での傍聴を特別に許した。

 それはドイツの意志を明確に彼らに示す為だ。

 

 ヒトラーの開戦決意演説――具体的な国名や開戦日は当然発表されなかった――を誰もが固唾を呑んで見守り、演説後、彼により発議がなされた。

 

『我がドイツは、この世界に住まう全ての種族の未来の為に、近い将来に起きうる確定された戦争を遂行する為、ここに動員令の是非を議会に問うものとする』

 

 動員令というものの意味とその効果を理解できる者はムーやミリシアルを除けば少なかった。

 だが、ドイツが戦争の為に、とても重大な決断を下したことは理解できた。

 傍聴をしていた各国の要人や軍人達は同席していたムーやミリシアルの者から、動員令の意味を教えられ、驚愕した。

 

 議場にて議員達による投票が行われ、その開票は迅速に行われた。

 動員令は議会において、賛成多数で可決された。

 

 そして、休憩を挟んだ後、議場にドイツ帝国皇帝であるヴィルヘルム3世が現れた。

 動員令の発令は皇帝が独占する大権――いわゆる君主の大権――であった為だ。

 しかし、それはヴィルヘルム2世の改革により、イギリスに習って首相または内閣の助言が、君主の大権を行使する際に必要であると法律に明記されることとなった。

 

 

 登壇したヴィルヘルム3世が宣言する。

 

『ドイツ帝国皇帝として、余は命じる。ここに動員令を発令し、戦争遂行に必要なあらゆる手段を取ることを認める』

 

 そこで彼は言葉を切り、力強く告げる。

 

『我らの父祖達と同じように、我らもまた勝利を得るのだ! 我らの旗を、敵の眼に刻みつけよ!』

 

 

 中央暦1642年8月7日、ドイツにて動員令が発令され、総動員が開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、アニュンリール皇国でもドイツをはじめ、世界中から魔帝との関係がバレていると考え、こちらもまたカルトアルパスでの会議からすぐに戦時体制へと移行が開始されており、現在では完全に戦時体制下となっていた。

 とはいえ、アニュンリール側には不安がある。

 

 情報収集の結果、ドイツ軍は自国軍よりも上ではないか、というものだ。

 ラヴァーナルの末裔とはいえ、完全に兵器類を運用できているとは言えず、その実態はミリシアル帝国よりも若干マシという程度だった。

 

 パル・キマイラやパルカオンもあるが、100%の力を発揮できているか、というとそうではない。

 何しろ、ラヴァーナル製の兵器は乗員の魔力に依存している部分が大きい。

 

 光翼人であればどんな兵器でも問題なく全力で稼働させることができるが、長い時を経たことで血が薄まって、魔力が遥かに低下してしまった有翼人では、かろうじて戦闘行動ができる程度だった。

 

 無論、技術でどうにか克服しようと試みたが、今度は重量がかさばり、性能が低下してしまうという本末転倒になってしまった。

 

 ミリシアルと純粋な軍事力では互角か、やや上程度、魔獣などの使役技術を含めれば自国が上であるとアニュンリールは評価していた。

 

 鬼姫を交渉カードに使って戦争を回避する、という手段はアニュンリール側には無かった。

 魔帝との関係がバレた以上、鬼姫を生きて返そうが、殺そうが、どっちにしろ叩き潰されるのは確定だ。

 

 鬼姫はどうするべきか、とアニュンリールは悩みに悩んだが、彼らの皇帝は決断を下した。

 

 

 生きて返したほうが、心証は良くなる。

 万が一の場合に備えておくべきだ――

 

 

 具体的には言わなかったが、何が万が一なのかは誰もが察した。

 

 ラヴァーナルの末裔でしかないアニュンリールが世界を敵に回して戦えるわけがない。

 だが、座して滅亡を待つか、あるいは降伏して敵の軍門に降るというのはラヴァーナルの末裔というプライドが許さなかった。

 

 たとえそれが明らかに勝ち目が無かったとしても、父祖の血が囁くのだ。

 

 誇り高き光翼人の末裔よ、戦わずして降伏することなかれ――

 

 血の呪いと言ってもいいかもしれない。

 悲願であるラヴァーナル帝国の復活を見届けることができなくても、アニュンリールには戦わずして白旗を上げるなんてことはできなかった。

 

 なお、魔帝復活対策庁復活支援課支援係に所属していたダクシルドがグラメウス大陸で暗躍していたことからバレたのでは、という意見も出た。

 しかし、彼はあの一件の後、迎えに来た船でどうにか本国へと戻り、そのまま上司に退職届を叩きつけ、それが受理されていた。

 退職後、彼はアニュンリールから出国してしまい、噂では翼を魔法で隠して、クワトイネで農業を営み始めたらしいが、真偽は分からなかった。

 

 とはいえ、グラメウス大陸には鬼人族の国もあり、彼の国では忘れ去られている伝承や知識なども残っていることから、彼らがドイツに情報を渡す代わりに鬼姫の救出を依頼したのでは、という可能性が濃厚だった。

 

 

 もっとも、既にバレてしまっている以上、責任追及よりもやるべきことは多くあった。

 

 

 アニュンリールは開戦を決意し、動き始めていた。

 しかし、各国との外交チャンネルは――無論、ドイツとも――表面的には閉じていなかった。

 ドイツとは彼の国が第一文明圏に進出し始めた当時に国交を一応結んでいたのだが、それがここにきて功を奏した形だ。

 

 

 だからこそ、開戦に先立って、アニュンリールはブシュパカ・ラタンに駐在しているドイツ大使に対して、鬼姫の解放を密かに申し出た。

 それは中央暦1642年7月31日のことだった。

 

 そのとき、ドイツ大使は訪ねてきたアニュンリールの外交官に対して尋ねた。

 

 

 鬼姫が帰ってくるなら、戦争の回避は可能だ。

 考え直すことはできないか――?

 

 

 アニュンリールの外交官は笑って答えた。

 

 我々は末裔であることを誇りに思っているが、貴国は我々に種族としての誇りを失えと言っているに等しい。

 貴国は強大な敵を前にしたとき戦わず、降伏するのか?

 その問いに対する貴国の答え、それは我々の答えと同じだろう。

 

 我らラヴァーナルの末裔を侮るなよ、転移国家――

 

 

 

 このやり取りから3日後、鬼姫はブシュパカ・ラタンのドイツ大使館にて無傷で保護されたのだった。

 

 

 




アニュンリールに関しても捏造設定です(小声

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。