異なった歴史を辿った地球のドイツを召喚してしまった結果   作:やがみ0821

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捏造ばっかり。


最悪は予想の斜め上をいく

 

「被害状況は?」

 

 皇都の中心部にある宮殿にて、アニュンリール皇国皇帝マークルは短く尋ねた。

 問いかけられた皇国軍司令官のワルンは返答に窮した。

 ワルンの表情は深刻で、とてもではないが開戦1日目の夜に総司令官がしていい顔ではない。

 開戦のとき、彼は統合司令部にいたのだが――始めから酷いものだった。

 

 既に時刻は21時を過ぎており、開戦から10時間余りが経過していた。

 

「素直に言い給え」

 

 マークルの言葉にワルンは深呼吸をして、ゆっくりと告げる。

 

「北部及び東部のレーダーサイト、陸海空軍の基地は壊滅しました。当時、基地に停泊していた艦船や駐屯していた部隊にも甚大な損害が出ております」

「……そうか」

 

 マークルは静かに答えた。

 そのとき、警報が鳴り響く。

 

 ドイツ空軍の夜間空襲だ。

 ブランシェル大陸西部にあり、距離的にはもっとも離れているこの皇都であっても、夕方から散発的に空襲を受けていた。

 

 どうやら敵は空母を含む艦隊を周辺に展開しているようであったのだが、艦載機と思われる機体以外にも、空母には載りそうにない、大型の機体も攻撃に参加している。

 

 ドイツ空軍の爆撃機はそんなにも足が長い上に速いのか、とアニュンリール軍は驚きっぱなしだ。

 アニュンリール軍には空中給油という概念が存在していなかった。

 

 しかし、何よりの驚愕は戦闘機のヴィーナが全く手も足も出ないことだった。

 

 搭載している魔導電磁レーダーが例外なく故障――信じたくはないが、敵の妨害という可能性もある――してしまい、敵機を見つけることなく遠距離から一方的に誘導魔光弾らしきものに落とされるとのことだ。

 これでは戦闘にもならず、狩りでしかなかった。

 勿論、獲物はアニュンリール軍で、狩人はドイツ軍だ。

 

 

 今のところは市街地への攻撃はされていないが、工場地帯を狙ったらしい爆弾が外れて、市街地で爆発し、死傷者が出たという報告がちらほらと上がってきている。

 

「軍としては本土決戦を行い、甚大な出血を……」

「敵は上陸してくるのか?」

 

 マークルに問いかけられ、ワルンは言葉に詰まった。

 ロウリアにせよ、パーパルディアにせよ、これまでドイツ軍は基本的に海空軍で決着をつけてしまっている。

 

 しかも、今のアニュンリールが置かれた状況はパーパルディアよりももっと悪い。

 

 アニュンリールには同盟国は疎か、友好国すらいない。

 ラヴァーナルとの関係がバレてしまっている以上、どこにもアニュンリールの味方をしてくれる国はない。

 文字通りの世界の敵という状態だ。

 

「例えばだが……もしもドイツ軍が上陸せず、空から徹底的に工業地帯や、軍事施設を叩かれ続けたら、どうなる?」

 

 ワルンは視線を彷徨わせてしまう。

 それが答えだった。

 

 艦船も武器も航空機も時間があれば作れるし、必要な人員も育成することはできるだろう。

 空襲の度に退避していれば被害も最小限に抑えられるだろう。

 

 しかし、それらをドイツ軍に見つからずにやるというのは困難だった。

 我が物顔でドイツ軍の偵察機は今この瞬間も空を飛んでいる。

 

 幸いであったのはパル・キマイラとパルカオンだ。

 パル・キマイラは内陸部に、パルカオンは北部及び東部に、それぞれ特殊な基地に配備されている。

 それらは空から見た限りではまず分からないものであり、現在に至るまでドイツ軍の攻撃を受けていないことから、発見できていないと推測されている。

 

 だが、ワルンからすればあんなものは使えたものではなかった。

 皇帝のマークルや、政府の要人達は無条件にラヴァーナルの超兵器だと信じているが、実際に使ってみるとその欠点や運用上の問題が色々と浮き彫りになってきてしまう。

 マークルは聡明ではあるのだが、彼は軍人ではない為、そこまで理解が追いついていなかった。

 

「パル・キマイラとパルカオンで、ドイツ軍を倒せるか?」

「……無理です」

 

 ワルンは素直に答えた。

 

「どうしてだ?」

 

 マークルの問いにワルンは告げる。

 

「パル・キマイラですが、最高でも時速400km程度しか出ず、また上昇できる最大の高度も800m程度で、更に武装や搭載量もドイツ軍に大きな打撃を与えられるものではありません」

「つまり?」

「ドイツ空軍の演習標的になるでしょうね。数も60機程度しかないので……そもそもあれは地上攻撃用ですので、ドイツ軍の爆撃機みたいに警戒厳重なところへ侵攻するという用途ではありません」

 

 ドイツ軍が上陸してくれば話は別ですが、とワルンは告げる。

 とはいえ、ドイツ軍が上陸してくるときは当然、重厚な支援の下で上陸してくるだろうことが予想できるので、パル・キマイラが本当に活躍できるかは分からなかった。

 

「量産はできるだろう? 数で攻めるという戦法は……」

「ドイツ軍相手では、あんなものを量産するよりもヴィーナを大量生産したほうが良いかと……はっきり言って、資源と予算と人員と時間の無駄遣いです」

 

 あんなもの呼ばわりされて、マークルとしては衝撃を受けるが、ワルンにもはや怖いものはなかった。

 今日一日でドイツ空軍の理不尽さを身を以て知った為に。

 

「パルカオンはどうだ? あれならまさに無敵要塞だ。迫りくる敵機をバッタバッタと撃ち落とし、敵艦を蹴散らし……」

「確かに本土近海で運用するなら決戦兵器でしょう。数も10隻ありますので、大戦果が期待できます」

 

 ワルンの返答にマークルは首を傾げ、問いかける。

 

「本土近海に限定する理由は? 外征しても問題はないだろう?」

「どこに補給できる港や基地があるんですか? パルカオン自体は大きく損傷しない限りは戦えますが、乗組員はそうじゃないんですよ?」

 

 食糧も水も、パルカオンは巨大であることからありったけ積めばドイツ本国まで行って帰ってくるにしても保つだろう。

 しかし、乗組員はそうではない。

 

 彼らに十分な休息を取らせなければ、途中で士気が崩壊してしまう。

 

「パルカオンに積めばいいんじゃないか? 食糧とか水のことだろう?」

「違います。任務から解放された、精神的な休養のことです。これができなければ将兵の士気が保ちません。パルカオンの中に歓楽街でも作れと仰られるんですか?」

 

 ワルンはそう問いかけ、更に言葉を続ける。

 

「私がドイツ軍の司令官なら、パルカオンを見つけた段階であらゆる手を使って乗組員に対して精神的に圧迫を加え続けるでしょう。それは攻撃である必要はなく、眠りを妨げる為に大音量で音楽を流すといったものでも問題はありません」

「君がパルカオンの性能や弱点を知っているから言えることではないか?」

「いえ、おそらく軍人なら誰でも考えつくと思います」

 

 ワルンはそう答え、更に言葉を続ける。

 

「我々に味方してくれる国は世界のどこにもないので、途中で補給ができないことは簡単に予想できます。何よりも、うまい飯と任務から解放された時間、この2つのうちどちらかでも欠けたらどうなるか、軍人は身にしみて分かっていますから」

 

 ワルンの言葉にマークルは頷いて、問いかける。

 

「手近なところを攻撃し、基地や港を占領してじわじわと……」

「それはいったい、何年掛かるんでしょうか?」

 

 上陸戦の準備の為に最低でも半年は必要だ。

 そんなことをしていれば、ドイツ軍の兵器の補充が追いついてしまう。

 今日だけでドイツ軍はどれだけの備蓄を使ったのか具体的には分からないが、3割くらいは使用したのではないか、と軍では予想していた。

 何しろ、使用された爆弾の量や投入された機体の数が半端なものではなかった。

 撃墜した機体こそなかったが、それでも燃料や爆弾などは大量に使った筈だというのが、アニュンリール軍の考えだ。

 

 マクールがワルンに問いかける。

 

「パルカオンは本土近海で敵艦隊を迎え撃つことは可能だな?」

「可能です」

「ならば、そうしてくれ」

「分かりました。甚大な損害を敵に与えてみせましょう」

 

 ワルンは力強く、そう答えたのだった。

 だが、彼は勝てるとは言えなかった。

 そもそも、ドイツ海軍の艦隊がそんなに近くまでやってきてくれるかどうか、分からなかった。

 

 ワルンが報告を終え、退室しようとしたときだった。

 外務大臣が慌てて駆け込んできた。

 

 ワルンは察してしまい、溜息を吐いた。

 

「ドイツ側に立って、ミリシアル、ムー、グラ・バルカス、パーパルディアその他大勢の国々が参戦しました!」

 

 その他大勢と略さざるを得ないほどに、多数の国々が完全に敵となってしまったらしい。

 ここまでくると、もはや笑うしかなかった。

 

「グラ・バルカスもか!?」

「はい……その、実質的に、我が国は、第一文明圏、第二文明圏、第三文明圏及びそれらの周辺国全てを相手に回すことになりました……」

 

 グラ・バルカスの参戦までは予想していなかったマークルは玉座にへたり込んでしまった。

 力なく、彼はワルンへと問いかける。

 

「どの程度、耐えられるか?」

「各国は前線には出てこず、おそらくドイツの後方支援という形になるでしょう。当初の予想通り、ドイツ軍が息切れしてくれると良いのですが……」

 

 マークルもドイツ軍が早期に息切れし、攻撃が散発的になるだろうという軍の予想は聞いていた。

 それは遅くても1ヶ月以内に起こる筈だと。

 

 現状では、それを信じるしかなかった。

 

 

 だが、最悪は予想の斜め上をいく。

 それを彼らは知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミリシアル国内、カルトアルパスに程近い空軍基地では夜間であるにも関わらず、照明で照らされ、まるで昼間のように明るく、そして非常に慌ただしかった。

 

 長大な滑走路を6本も有するこの基地はブランシェル大陸北部方面の攻撃を担当している。

 

 今もまたB52が離陸していくのをフォン・グライム元帥が見送った。

 彼はミリシアルに展開するドイツ空軍第5航空艦隊の総司令官であり、ここカルトアルパス空軍基地に司令部を設置していた。

 

「補給はどうだ?」

 

 参謀長に問いかけると、即座に答える。

 

「問題ありません。各基地とも備蓄は十分であり、また予定通りに本国からも輸送船団が到着しております」

 

 2週間毎にドイツ本国から物資を満載した輸送船団が到着することになっている。

 その第一陣が既にカルトアルパスに到着していた。

 カルトアルパスからは鉄道でもって、各基地の近くまで輸送され、そこからトラックで基地内の所定の場所へと運ばれる。

 

 輸送艦の大型化に伴い、海上輸送能力は飛躍的に向上しており、万全の補給を受けられていた。 

 ドイツは戦時体制への移行が完了しており、戦争遂行に必要なあらゆる物資が途切れることなく生産されている。

 その量は膨大であり、まさしく国家の全てを戦争に振り向けた状態であった。

 

「嘘か本当かは分からないが、国防大臣は政府から1年で決着をつけろと言われたらしい」

「政府も無茶を言いますね」

「これまでは時間を競うかのように、さっさと降伏してくれたから、今回もと思っているんだろうが……そうもいかないだろう」

 

 何しろ、相手は相当な覚悟でもってラヴァーナルを復活させようと目論んでいる。

 だからこそ、ドイツ軍も全力でその意志を砕こうとしているが、どう転ぶかは分からなかった。

 


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