異なった歴史を辿った地球のドイツを召喚してしまった結果 作:やがみ0821
冷戦時代の米ソの核弾頭の数を改めて調べてみたら、目玉が飛び出した。
なお、ラヴァーナルとかアニュンリールとかその他色々は捏造です。
「どうしてウチが米ソ冷戦時代のような、たくさんの核弾頭を保有しなきゃならないんだ」
アニュンリールとの戦いが終わって1年程が経過した、中央暦1643年5月のある日、ヴェルナーは国防大臣執務室で呟き、深く溜息を吐いた。
米ソ冷戦時代の最盛期、互いが互いに核弾頭を数万発用意していた。
その水準にドイツ軍が保有する核戦力はラヴァーナルとの開戦までに到達する予定だ。
もっとも、さすがに数万発という程ではないが、それでも大陸一つを核の炎で包み込むにはお釣りがくる量だ。
ラヴァーナル戦で主力となる大陸間弾道ミサイル及び核弾頭を万全に管理・運用する為、ドイツ空軍ではアニュンリール戦直後から、大陸間弾道ミサイルを装備する部隊を全て一つの軍団に纏めた。
世界規模攻撃軍団――WeltklasseAngriffkorps――と命名された、その軍団は空軍参謀本部直轄であり、元帥位に就いている者が指揮を執る。
まるで史実のアメリカそのものであるが、あそこまでは行き着いていないとヴェルナーとしては思っている。
少なくとも、冷戦時代のアメリカのように、何でもかんでも原子力に頼るようなことをドイツはしていない。
「やるしかない」
ヴェルナーは改めて、決意を口にする。
早ければ、あと数年以内にラヴァーナルは復活する。
通常兵器で終わらせたいが、ミサイル防衛システムの実用化が間に合うかどうかは怪しいところだ。
現状では飛んでくる敵の弾道弾を迎撃するには、核を積んだ迎撃ミサイルで撃ち落とすしか手段がない以上、通常兵器のみという制限を加えていたら、こちらがやられる。
何しろ、敵は核兵器を通常の爆弾のように使ってくる可能性は高いと予想されている。
しかし、友好的な対話の呼びかけをヒトラーが自ら行うとヴェルナーは聞いていた。
アニュンリールから提供された、当時のラヴァーナル帝国が使用していた一般的な周波数帯に対して呼びかけることになっている。
向こうがそれを受け入れれば攻撃は中止だ。
たとえ、それが連中の欺瞞であったとしても。
とはいえ、確固とした証拠がアニュンリールから提供されてしまっているので、友好的な対話ができるという可能性は限りなくゼロに近い。
「まるで、映画の中にいるみたいだ」
少なくとも、地球ではこんなことはできないと考えたところで、ふと思う。
「……我々は帰ることができるのか?」
エルフやその他多くの亜人がいる、魔法がある――だが、それでもやはり地球が恋しい。
「帰ったときのことを考えて、なんかこう、色々とできないもんかな」
お土産は重要だ。
異世界に行ってきたという証拠であると同時に、この世界のことを思い出して――思い出したところで仕事の思い出しかなかった。
現場は勿論、将官であっても、任務や軍事交流という形で国外へと出かけることができる。
ヒトラーや政府の面々だって、異世界の政府要人との交流や会談で国外へと行っている。
しかし、ヴェルナーは仕事でもプライベートでも、現在に至るまで国外へ行っていないのである。
ある意味で、それは非常に良いことではあった。
実質的な軍の最高責任者である彼が国外に出かけたとき、不測の事態に遭う可能性がない、とは言い切れない。
ヴェルナーが会ったことがある異世界人といえば、ドイツ本国へとやってきたグラ・バルカスの視察団の面々や、同盟国、友好国の要人達くらいなものだ。
道行くエルフとか獣人とか、そういうのをヴェルナーは見て、癒やされたいのである。
「こうしちゃいられないぞ……」
みんなが異世界を楽しむ中、自分だけ楽しめないというのはさすがにちょっと辛かった。
民間人だったら気軽に旅行ができるのに、とヴェルナーは悔しがった。
第三文明圏内なら、民間人の旅行に制限はあまりない。
隠居生活を送っているレーダーは、ちょくちょく国外旅行に出かけているようで、お土産をもらっていた。
とりあえずヴェルナーは国防大臣の英気を養う為の休暇について、ヒトラーに相談することにした。
「寝言は寝て言うものだ」
ヒトラーの言葉にヴェルナーは泣きそうになった。
「いくら何でも酷い話だろう?」
「軍が使っているカネがいくらになるか、そしてそれを補う為にどれだけの国債が発行されていて、その返済計画がどうなっているか、クロージクと一緒に君に丁寧に教えてやろうか?」
「待て、仕事じゃないぞ。個人的な話だ」
ヴェルナーの言葉にヒトラーは腕を組む。
ここはヒトラーの執務室であり、彼とヴェルナー以外は誰もいないので、こういうやり取りができる。
「要するに遊びに行きたいのか?」
「早い話がそうだな。異世界らしい町並みとか種族とか、そういうのが見たい」
「ラヴァーナルが片付いたら、構わないぞ。軍の出番は無くなるからな」
ヒトラーがそう答えると、ヴェルナーは満面の笑みを浮かべる。
「よし。ラヴァーナルとの戦いが終わって、色々と片付いたら、1ヶ月くらい休暇を取って異世界観光をする。いいな?」
「構わんよ」
あっさりとヒトラーは肯定しつつ、問いかける。
「しかし、また何で急に?」
「もしも、地球に帰ることができるとしたら、と思ってな」
「地球が恋しいな……今の世界の方が気楽ではあるが……やはり」
そこまで言って、ヒトラーは考える。
戻ったら絶対に苦労するというのは確定している。
転移直後の1分後に戻ったとしたら、特に影響はなく、むしろこっちが数年分進んでいる為に色々な面で有利だ。
しかし、地球に戻ったときにはこちらと同じように数年分の時間が経過していた、もしくは地球の方が時間の進みが速かった場合は非常に面倒だ。
ドイツがあった場所は海になっているだろうことが予想され、そこを巡って、イギリス・フランス・ロシアの三つ巴の戦争が起こっていてもおかしくはない。
特にロシアなんぞは絶対に譲らないだろう。
ヒトラーはそこまで考えたところで、ヴェルナーに問いかける。
「……恋しいが、戻らない方が良くないか? 色んな意味で大変なことになっているぞ、おそらく」
彼に言われて、ヴェルナーもそこに思い至ったらしく、真剣な表情で告げる。
「恋しいが、確かに戻りたくはないな。帰ってすぐに列強と戦争なんぞ、やりたくもないし、そもそもできないぞ」
「全く同意見だ。ムーも1万年以上戻ることができていないから、大丈夫だと思いたい」
ヒトラーに対して、ヴェルナーは「もしも帰ることができないならば」という前置きをして、告げる。
「ドイツにエルフとか獣人とか、この世界特有の種族に移住してもらって、我が国の発展に寄与してもらうっていうのはどうだ? 色々な問題が起きないように、細心の注意を払う必要があるが……」
「ラヴァーナルが片付いたら、本格的にそういうことも考えてみたい。全てはあの連中を処理してからだ」
その通りだ、とヴェルナーは頷きつつ、告げる。
「以前にも話したが、伝承や出てきた証拠が間違っているという極めて低い可能性を個人的には信じたい」
「無理だろう、とあのときは返したが、今は君と同じく、そうであることを願っている。世界そのものを何回も滅ぼすことができる、膨大な数の核弾頭を一国に集中投下するなんぞ、連中以上に狂っている」
核兵器の使用は倫理的に許されて良いわけがないというのは共通した考えだ。
だが、そうしなければこちらが滅ぼされる。
なにしろ、ラヴァーナルには話が通じない、という確固とした証拠が出て来てしまっている。
アニュンリールから提供されたものを精査していて見つけたものだ。
その証拠とは個人が撮影した、多数の動画であった。
魔法的な技術もしくは魔法による撮影で、ヴェルナーが知っている21世紀日本でのスマートフォンによる撮影並のお手軽で、かつ、一般的に普及していたものらしかった。
その動画の内容はエルフや獣人、人間といった色んな種族を家畜として市場で売られていたり、あるいは購入して、その場で笑いながら拷問したり、嬲り殺している内容だ。
それらの行為はあまりにも酷く、人としての尊厳を踏み躙っていた。
光翼人は他の種族を獣くらいにしか思っていない証であった。
ヒトラーやヴェルナーといった政府の要人や軍の将官達もその動画を閲覧したが、気分が悪くなるものしかなかった。
ドイツ人がそのような扱いを受けることは、政府も軍も断じて許容できなかった。
これらの証拠動画はドイツ政府及び軍に倫理に反することだろうが、ラヴァーナルを潰す為には実行するという決意をさせるに十分なものだった。
なお、これらの動画は世界各国の政府及び軍部に対してドイツから提供されていた。
それは核兵器使用の為のアリバイ作りも兼ねていた。
話し合いの余地が一切ないラヴァーナルに対しては、ドイツが何をしても構わない、と思わせる為に。
なお、この動画に対するミリシアルの反応は非常に過激であり、大陸ごと海に沈めてやりたい、と非公式にドイツ政府に言ってきたくらいだ。
ヴェルナーは問う。
「友好的な対話の呼びかけとやらは、手短に済ませて欲しい」
「無論だ。3分も掛からないだろう。決裂したら、素敵な宣戦布告もしてやるつもりだ」
ヒトラーはそう答え、ヴェルナーは頷いたのだった。