異なった歴史を辿った地球のドイツを召喚してしまった結果 作:やがみ0821
予定通り、中央暦1645年4月にエモール王国では空間の占いが再度行われた。
3年前に実施された空間の占いはラヴァーナル帝国復活に振れ幅があった為だ。
ドイツにとって、時間が過ぎれば過ぎる程にラヴァーナルとの技術的格差が縮まる為、歓迎したいところではあったのだが、予算的な問題もあった。
対アニュンリール戦後には動員――特に陸軍――は解除されていたが、空軍及び海軍はそのままであり、準戦時体制という段階だ。
ひとえにそれはラヴァーナルとの戦いを大規模先制核攻撃の一撃でもって終わらせるという断固としたドイツの意志にある。
陸軍側は不満ではあったが、さすがに放射能汚染されたラティストア大陸へ上陸作戦なんぞ行うわけにもいかず、戦後における平時予算の拡大ということで妥協した。
相対的にそれは空海軍の予算額が若干低下することを意味していたが、空海軍ともそれを呑んだ。
さて、空間の占いの結果、いよいよ具体的な年月が示された。
中央暦1947年6月から10月の間に復活する、というものであり、場所はアニュンリールから提供された地図にあった通りの場所だ。
ちなみに、大陸が現れる際はどのように復活されるか、という問題が当初はあった。
海水と大陸が置換される形ならばいいが、海水の上に現れるような形だと大陸の出現と同時に大陸分の海水が横に押し出されて、それらが巨大津波となって押し寄せてくる可能性があった。
巨大津波が起これば戦争なんぞしている場合ではないが、ここでもアニュンリール情報が役に立った。
当時の記録によると、未来へと転移した際は海底が見えることはなく、そのまま消え失せ、何もない海面が広がっていたとのことだ。
こうした一連のアニュンリールからの情報は書物で残っているものもあったが、大半は書物ではなかった。
ラヴァーナル帝国内では魔法を利用した情報通信ネットワークがあり、アニュンリール国内にはそのネットワーク上でのデータのバックアップとして用意されたらしい巨大なサーバー群が多数あった。
それらは全てが時間遅延式魔法により保存されており、現代に至るまでメンテナンス不要で稼働し続けていた。
その為に限定的ながらもアニュンリール国内にもその通信ネットワークが整備されており、ドイツ側が戦後に送り込んだ大規模な調査団はそれを実際に体験している。
唯一、ヴェルナーだけがそれらをすんなりと理解できた。
まるっきり21世紀におけるインターネットそのものであり、動画投稿サイトとか短文投稿サイトとかそういうものまであった。
それらのサイトはラヴァーナル帝国の国民達の貴重な歴史的遺物として、アニュンリール人による新規投稿はできず、閲覧だけができる状態だった。
それらの当時における最新の投稿日付はラヴァーナル帝国が転移する直前だ。
アニュンリール人の協力を得て解読したところ、動画サイトや短文投稿サイトに投稿されていたものはどこかで見たようなノリの題名ばかりであった。
ちょっとこれから未来へ逃げます!
結界すごい! ラヴァーナルの魔法は世界一!
未来へ逃げる記念で今から家畜100匹殺します!
微妙に分かり合えるような気がしなくもなかったが、投稿された内容的に駄目であった。
光翼人は21世紀の人間だったのか、とかヴェルナーは一瞬思ったが、21世紀の人間がエルフなどの亜人を見たら、個々人の性癖によっては愛の告白をしかねないので違うと確信した。
勿論、そういった性癖が無い人間であっても、家畜扱いすることだけはない。
そういった事実が明らかになりつつあったが、ともあれ、海水が大陸と置換される為、巨大津波などは起こらないという予想の下で、準備が進められた。
ミリシアル帝国をはじめとした多くの国々が参加し、共同開発して創り上げた結界魔法。
それは外から中へと入る分には全く問題はないが、中から外へ出ようとすると通り抜けようとする粒子が小さければ小さい程に遮断率が高くなる。
例えば人間は勿論、船舶などの巨大なものや小動物などは自由に出入りができる。
しかし、結界内で焚き火をした場合、その煙は結界内に充満するだけで、決して外へは出ない。
結界魔法というのは普通は逆であり、大きければ大きい程通さないというものだ。
やってくる敵兵や飛んでくる敵の魔法を防ぐ為に張られるもので、煙などが自由に出入りしたところで構わなかった。
各国からすれば不思議なものをドイツが求めてきたという印象であったが、技術的には十分可能だった。
大きいものを通さないようにするには色んな術式の組み合わせで、密度だけでなく、結界の耐久値自体を上げる必要がある。
しかし、小さければ小さい程通さないというものならば耐久値はそこまでいらない。
結界にぶつかる威力としては敵の矢であったり、飛んでくる魔法が圧倒的に上で、舞い上がった煙や煤、塵といったものは結界に与える威力は無いに等しい。
開発に参加した魔導師達によると、色んな属性魔法の組み合わせが云々という話であったが、残念ながらドイツ側には説明されても、よく分からなかった。
とりあえず、ドイツ側及び各国の魔導師達は結界を用いた共同実験を複数回行うことで、その結界が問題なく機能していることが確認された。
ドイツにとって、これぞまさに魔法というべきものだった。
もっとも、この結界魔法により、歩兵部隊が運用可能な安全な核弾頭を実用化できるかというと、そうではなかった。
あらかじめ、核攻撃をする前に攻撃場所に対して結界魔法を展開しておく必要があった。
また個々人が張ったところで効果範囲も持続時間も大したことがないので、大規模儀式化し、効果範囲と持続時間の大幅な向上を行う必要があった。
なお、個人使用の場合でも塵や煙などが問題となる場所では非常に効果的であるのだが、残念ながらドイツ人は魔法が使えなかった。
他国からこれらの魔法が使える者を引き抜いてくる必要があるのだが、現時点で習得できているのは国家機関に所属するエリート達であり、引き抜きなんぞすれば他国との関係悪化は必至だ。
無論、開発に参加した各国が簡単に魔法の詳細を外へ出すわけもなく、いわゆる国に属さない魔法使い達がこの魔法を覚えて、使えるようになるのはしばらく先の話になるだろう。
ともあれ、この特殊な結界は大陸の一つを覆う――それも保険として二重三重に用意する――必要があった。
その為にドイツ海軍は護衛付きで船を提供し、これらの船を大陸出現の予想位置を大きく囲むように一定の間隔で配置する。
そしてラヴァーナル復活の兆候――昼間が夜のように暗くなる――があった瞬間に船に待機していた各国の魔導師達が結界を展開、大陸を覆い尽くす――という計画だ。
ミリシアルなどの各国では万が一の為、この結界魔法が扱える魔導師の数を増やしつつあり、また実際の出現予想地点で何回も実戦を想定して演習が繰り返された。
また、具体的な日付は分からなかったので、ローテーションも組まれた。
世界各国のエリート魔導師達が総動員され、まさしくラヴァーナルとの戦いというただ一つの目的の為に、様々なしがらみを乗り越えて団結していた。
戦争の基本は万全の準備であることは言うまでもなく、また戦争期間は短ければ短い程良い。
ドイツをはじめ、世界各国はラヴァーナルとの決着を1日でつける為に、準備を加速させていた。
矢面に立つのはドイツであるが、それ以外の国々もドイツから、あるいはミリシアルやムーから支援を受け、国力の増強及び軍の強化に勤しんでいた。
万が一の場合は世界全ての国々の国民を動員した、総力戦になる可能性があったからだ。
そして、中央暦1647年5月31日。
早ければ日付が変わった瞬間にラヴァーナル帝国が復活するのだが、各国では完全な臨戦態勢が整えられていた。
ドイツだけではなく、各国軍は3ヶ月程前に動員令が発令されており、以前とは比べ物にならない程の兵力を各国は揃えている。
ドイツに範を取った改革というのは第三文明圏だけではなく、ここ数年で広く世界で行われていた。
じわじわと時間が過ぎていき、各国政府要人及び軍人からすれば、それは非常に嫌なものだった。
事が始まってしまえば、もはや身体が勝手に動き、色々と思う余裕はない。
しかし、始まる前は色々と不安に駆られてしまう。
特にドイツにおけるそれは半端なものではなかった。
世界を救うと言っても過言ではない、一戦。
ドイツは勿論、地球におけるどの国家も、こんな戦いは経験がしたことがなかった。
ヴェルナーは5月31日から国防省に缶詰になっていた。
出張みたいなものだと妻と娘には伝えてあり、またちょくちょく会いに来てくれていたが、非常に疲れていた。
それは彼だけではなく、各軍の最高司令官達もまた同じく国防省内に寝泊まりしており、またヒトラーをはじめとした、政府の面々も官邸に寝泊まりしている状態だ。
勿論、通常の執務もあり、それらを処理しながらラヴァーナルの報告を待つという状態だ。
とはいえ6月から10月の間ということで、期間が明確に定まっているというのは有り難かった。
終わりがあれば、人間頑張れるものであった。
そして、ようやくそのときは訪れた。
中央暦1647年9月1日午後0時ちょうどのことだった。
ヴェルナーは執務室で昼食の天ぷら蕎麦を食べようとしていた。
ラヴァーナル復活がすぐに分かるように、本来なら狙撃を警戒して窓が無かったこの部屋には小窓が取り付けられている。
その小窓からは昼の穏やかな外の景色が見えていたのだが、突如として夜のように暗くなった。
ヴェルナーは食事をしている場合ではない、とすぐさま小窓へと取り付き、外を確認する。
まるで空は墨汁を垂らしたかのように、黒く染まっており、夜であったなら見える筈の星々の輝きは全く見えない。
彼はすぐさま電話に取り付いた。
この現象はラヴァーナル復活の兆候だった。
電話の先は首相官邸であり、ヒトラー直通のものだ。
すぐに彼は電話に出た。
「来たぞ、連中だ」
『こっちでも分かった。予定通りに行う。そちらも予定通りだ』
そのやり取りで十分だった。
ラヴァーナル復活時の行動手順は完全にマニュアル化されており、今日の午前中にもその訓練をしていた。
もはや何をすべきかは頭と身体に叩き込まれている。
ヴェルナーはただちに各軍の最高司令官らに連絡を行い、予定通りに動くよう指示をした。
それで彼の仕事はひとまず終わりだ。
あとはヒトラーがどういう結果を持ってくるか、それによって決まる。
それにより、ヴェルナーが下す命令は大きく変わってくる。
「ノルンの人数と名前、予言の内容はどうなることやら……」
運命の女神であるノルンの人数と名前、予言の内容、それはヴェルナーが下す命令に深く関わっていた。
「とりあえず、昼飯を食べよう」
昼食の天ぷら蕎麦に罪は無かった。