異なった歴史を辿った地球のドイツを召喚してしまった結果 作:やがみ0821
ヒトラーは緊張をしていた。
それもその筈で、全く面識がない上、事前知識では高度な文明過ぎて、自分達以外を家畜としか思っていないような連中と会話をするのは初めてだからだ。
そもそも会話が成り立つのか、という疑問が無きにしもあらずだが、彼は仕事をするだけだ。
会議室にはヒトラーだけではなく、各大臣ら、そしてドイツ本国に大使館を構えているミリシアルやムーら各国の大使も揃っており、また記録として映像で撮影も行われている。
通話の準備ができるまでの間、ヒトラーはコーヒーを啜り、気合を入れる。
早めに昼食を取っておいて良かった、と彼は思う。
「おそらく、向こう側に通じています」
軍から派遣された通信士官の言葉にヒトラーは受話器を取る。
「転移国家であるドイツ国首相、アドルフ・ヒトラーです。ラヴァーナル帝国の皆様、貴国が転移してから今は1万数千年以上が経過しています。もはや貴国が世界を統一支配し、他種族を家畜のように扱うことは時代にそぐわないことです」
ヒトラーはそこで言葉を切り、更に告げる。
「過去のことは水に流し、未来志向で新たな友好関係を構築しませんか? 我々は貴国に対して、切にそれを望みます。未来への転移に取り残された、あなた方の末裔も存在しております。我々は血を流したくはないのです」
まず応じることはないだろう、とミリシアルをはじめとし、各国大使からやる意味を否定された呼びかけだ。
とはいえ、アリバイ作りは必要だ。
ヒトラーは返事を待つ。
何かしらの方法で、相手は返事をしてくるだろうと簡単に予想ができた。
そもそも返事をしない可能性もあったが、プライドの塊であるなら、家畜からこんなことを言われたら、何かしら言い返してくる筈であった。
5分が過ぎ、10分が過ぎ、もう間もなく15分が経過しようというときだった。
向こう側からの声は会議室内に設置されたスピーカーから聞こえるように設定されている。
それは男の声だった。
『服従せよ。末裔など、劣化して薄れた血に過ぎない。今、世界全てが我らに服従を誓えば、無用な死を避けられるだろう』
ヒトラーはすかさず問いかけた。
「それはラヴァーナル帝国の総意か?」
『当然である。ラヴァーナルは決して対等にはならぬ。我らは常に支配者だ』
「あなたの地位と名は?」
『ラヴァーナル帝国対外統治省、その大臣だ。あいにくと私は家畜に名を教えるような無意味なことはしない』
ヒトラーは大臣達、ついで各国の大使達を見回す。
誰もがラヴァーナル側の言葉を聞いたとばかりに頷いたり、あるいは憤慨していた。
「では、貴国に対して我が国は今、このときをもって宣戦布告する。我が国の同盟国もまた同じように自動的に参戦する」
『構わん。僕の星は我々がいない間も、稼働し続けているからな』
何だか聞き慣れぬ単語が出てきたので、ヒトラーは尋ねてみた。
「1万年以上も稼働するなんて、さすがはラヴァーナル帝国。そんなに溜め込んだ情報の解析や分析にも時間が掛かるでしょうに」
『全てを終えるのには1週間も掛からない。最期の時までせめて、家畜らしく楽しく穏やかに過ごすが良い』
通信が切れた。
ヒトラーはすかさずに横に置いてあった国防大臣直通の電話へと手を伸ばす。
そして、受話器を取った。
すぐにヴェルナーは出た。
ヒトラーは短く告げる。
「交渉は決裂した。ノルンは3名、ウルズ、ヴェルザンディ、スクルド。ノルニルは我らの勝利を予言した」
『繰り返す。交渉は決裂した。ノルンは3名、ウルズ、ヴェルザンディ、スクルド。ノルニルは我らの勝利を予言した。相違ないか?』
「相違ない。ドイツ国首相としてそれを命じる。あとは君達の仕事だ」
ヒトラーからの電話を受けて、ヴェルナーは各軍の最高司令官へと伝えられた文言をそのまま連絡する。
そして、その命令内容の通りに各軍は動き始めた。
ラティストア大陸の出現位置には毎日、アルバトロスや空軍の早期警戒管制機、あるいは海軍の電子戦機が複数、高高度偵察飛行を行っていた。
それは今日も変わらない。
ヴェルナーの下にはミルヒやデーニッツ経由で哨戒していた航空機からの報告も届いていた。
彼らによれば、アニュンリールから提供されたラティストア大陸の地図と変わらないとのことだ。
そして、これらの航空機から送られた方角や距離などのデータは迅速な確認後、各地に展開している大陸間弾道ミサイルを装備した部隊へと送られる。
またそれと前後しつつも、各地の部隊はヴェルナーからの命令を受け取る。
ノルンは3名、ウルズ、ヴェルザンディ、スクルド――
ノルニルは我らの勝利を予言した――
これらはノルンの人数、名前、予言内容の3つを組み合わせた、隠語であった。
1名、長女のみ、我らが筆を取ることを予言したという内容ならば攻撃中止。
2名、長女と次女、我らが角笛を吹き鳴らすことを予言したというものならば全軍待機状態を維持。
そして、3名、長女、次女、三女であり、なおかつ内容が我らの勝利を予言したならば――全軍攻撃開始という意味だった。
またこれらの命令は結界を展開する為にドイツ海軍の提供した船にて、待機していた各国の魔導師達にも伝えられる。
彼らももはや慣れたもので、訓練通りに甲板に描かれた巨大な魔法陣の担当位置へと立ち、そして、詠唱を開始する。
この詠唱も何千回と唱えたものであり、素早く、正確に淀みなく行える。
これまでに幾度も実施された訓練と同じ通りに詠唱が完了し、各々の魔力が魔法陣へと流される。
ラティストア大陸を囲むように一定間隔で海上に配置されたどの船でも、同じ光景だった。
船と同じ数だけの魔力の柱が天空へと立ち上がり、それらは横や縦へと広がっていき、重なり合って光のドームを形成する。
その光景は高高度を飛行する複数のアルバトロスや早期警戒管制機などのパイロットや乗員達にとっては見慣れていたが、しかし、何度見ても神秘的な光景であり、見惚れてしまう程だった。
だが、その光のドームの中では、すぐにムスペルヘイムがこの世に創られることになることをパイロット達は知っていた。
ラヴァーナル帝国は異変を察知していた。
だからこそ、彼らは慌てて大陸全体を防御結界で覆った。
とりあえずこれで一安心だと彼らは確信した。
何しろ、この防御結界はこれまでに一度も破られたことがない。
ラヴァーナル側は僕の星から送られてくる膨大なデータの分析と解析を行い、家畜共の国を探し出し、家畜共に躾をしてやらねば、とそういう考えだった。
1週間以内には終わるが、急がせれば3日で終わる。
それからでも遅くはないと。
しかし、そんな時間はどこにもない。
彼らはドイツの最後通牒を受け入れなかったのだ。
大陸各地に設置されたレーダーサイト――魔導電磁レーダーを配備――の多くで、画面にノイズが走り、真っ白く染まってしまった。
特に西と北の沿岸部は全滅に等しく、ぽっかりとレーダー網に穴が空いてしまった形となった。
彼らは何が原因であるか特定を急いだが、原因を特定する前に、それらはやってきた。
それはまるで、流れ星のようであった。
空一面を覆い尽くす流れ星が、ラティストア大陸を目掛けて降り注いでくるように光翼人達には見えた。
光翼人の誰もがその光景に空を見上げてしまった。
何かが迫っていることは分かったが、それが何であるかまでは分からなかった。
何故ならば、似たようなものは世界で唯一、ラヴァーナル帝国軍しか保有しておらず、また帝国軍であってもこんなに空一面を覆い尽くす数は持っていなかった。
ラヴァーナル帝国以外が、魔力や技術に劣る家畜共がそんなものを持っているわけがないという大前提が光翼人達の頭にはあった。
神々による隕石――というものでもないと容易に判断できた。
空一面を覆い尽くす隕石なんぞ、ラティストア大陸どころか、惑星そのものが消し飛ぶことは誰にだって分かる。
そうこうしているうちに、それらの流れ星は光のドームを問題なく突き抜け――ラヴァーナルが展開した防御結界に次々とぶつかり、眩い閃光と共に大爆発を起こした。
空を見上げていた光翼人のほとんどがその閃光により失明したが、それによる痛みなどを彼らが認識することは無かった。
何故ならば、圧倒的な量の核爆発に防御結界が保つことができず、最初の一発が着弾してから10秒もしないうちに結界が完全に崩壊した為だ。
大陸全体の防御結界が砕け散った場合、各都市や軍事施設などでは小型の結界が自動的に展開されるのだが、そんなものは気休めにもならなかった。
空から降り注ぐ流れ星は尽きることがなく、次々と都市や軍事施設どころか、街や村にすら落ちて、爆発を起こし、全てを焼き尽くしていく。
そこには軍人と民間人どころか、老若男女の区別すらない。
ラティストア大陸全土で核爆発が次々と起こる様は影響が出ないように距離を取っていた偵察機達、同じく距離を取って大陸を囲んでいた海軍の艦隊、そして偵察衛星により捉えられていた。
塵などは予定通りに結界内に留まり、外へ出てはいない。
これらが完全にラティストア大陸の大地に舞い落ちるまでは長い時間が掛かると予想されており、その為のローテーションは既に組まれてあった。
ヴェルナーが核攻撃を命令してから僅か3時間しか経っていなかった。
永きに渡り、世界各国に恐怖を植え付けていたラヴァーナル帝国は、その大陸ごと核の炎に焼かれて消え去った。
たとえ無傷の生き残りがいても、もはや大した脅威にはならなかった。