異なった歴史を辿った地球のドイツを召喚してしまった結果   作:やがみ0821

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臨時予算

 ヴェルナーは長い付き合いの友人と昼食をともにしていた。

 行きつけの日本料理屋の座敷で、2人で食べるのは久しぶりのことだ。

 護衛は座敷の外や店の外で警戒にあたっている為、気兼ねなく話ができるのも良かった。

 

「随分と愉快な状況じゃないか?」

「愉快過ぎてかなわん」

 

 問いにヴェルナーはそう答えた。

 それに彼の前に座るエーリッヒ・レーダーは笑ってみせる。

 

 欧州戦争後、シェーア元帥が程なくして年齢を理由に退役し、そこからレーダーが海軍の総司令官に就任したのだが、彼も3年前に年齢を理由に退役し、同時にデーニッツ元帥が後任となり、今に至っている。

 ヴェルナーは率直に告げる。

 

「退役したい」

「年齢を理由にするにはあと5年程足りない。65歳を超えてからにしてくれ」

「年齢のわりには、シェーア元帥もそうだったが、随分と悠々自適な生活だな?」

 

 渋い顔となるヴェルナーにレーダーは笑ってみせる。

 

「気楽な隠居生活さ。とはいえ、必要なら最後の一仕事をしてもいい」

「やめてくれ。もしものことがあったら大変だ。老人の招集は最後の手段だ」

「老人扱いするな。それで、実際はどうなんだ?」

 

 ヴェルナーは肩を竦めてみせた。

 それだけで状況は良くない、とレーダーは把握する。

 

「図書館から大昔の、それこそ数百年くらい前の文化に関する書物とか、そういうのを引っ張り出してきている。異なるが、文明レベル的には似たようなものらしい」

「似たようなもの?」

「外交団によれば魔法の存在が一般的らしい」

「ドイツの魔法使いとしてはどうなんだ?」

「私はそういう意味での魔法は使えないと以前から言っている」

「そういえばそうだったな。それで、退役した私に、現状を言っていいのか? 機密情報だろう?」

「そうでもない。今日の夕方には政府が発表することになっているし、何よりここは人払いが済んでいるからな」

 

 ヴェルナーの行きつけの店ということで、こうなる前から店側も承知の上で、定期的に情報省により掃除が行われている。

 盗聴器の類がある可能性は低かった。

 

「現地は有り難いことだが……衛生的だ」

「衛生的……? ああ、そういうことか」

 

 ヴェルナーの言葉にレーダーは察した。

 

 数百年前の欧州は非常に不衛生だった。

 具体的にはゴミと汚物で街の中は溢れかえっていた。

 道路の隅を歩こうものなら、上から投げ捨てられた汚物を被ることもある。

 通りですらそうなのだから、路地裏になればどんな惨状になっていたかは言うまでもない。

 

 幸いにもクワトイネはそういうことはなかった。

 パーペンらは警戒して長靴などの色々な装備を持っていったらしいが、それらを一切使う必要はなかった、という報告がきている。

 魔法によるものなのか、それともローマのような水道文化によるものかは調査の必要があるが、こちらは学術調査としての側面が強いだろう。

 

「外交団とともに専門家による調査団を派遣しなかったのか?」

「先遣隊という形で少数がついていったが、上陸はしていない。フネの上から観察に留めている。国交を結ぶことで上陸許可を出せるだろうが、現時点では無理だ」

「危険な国か?」

「分からん。分からんからこそ、裏取りをしている。1週間以内にも幾つかの国と接触が持てる筈だ」

 

 なるほどな、とレーダーは頷きながら、問いかける。

 

「軍拡は?」

「それも夕方にな。国債発行だ。わりと大盤振る舞いをしてくれるそうだ。まあ、私も買うんだがな」

「金持ちめ」

「私は客寄せパンダだ。私が買うことで、安心だと思わせ、他の連中にも買わせる。だが、こんな状態で、国債なんて買う奴は普通はいないだろう。大半は帝国銀行が引き受けるだろうよ」

「それは大丈夫なのか? 悪性のインフレがどうとかと聞いた記憶があるぞ」

「法律で但し書きがついているそうだ。議会の決めた範囲内の金額ならいいんだと」

 

 レーダーは肩を竦める。

 

「政治家の連中は小狡いことを考えるものだ」

「知恵があると言っておこう。彼らがうまくやってくれるから、我々は戦えるんだ。欧州戦争の時、そうだっただろう?」

 

 ヴェルナーの問いかけに、そうだったとレーダーは苦笑したのだった。

 

 

 

 

 

 

 それからしばらくして、食事を終えたヴェルナーはレーダーと別れ、公用車に乗り込み、国防省へと戻った。

 

 執務室へと到着し、何気なく地球の世界地図を眺める。

 

 史実を知っていれば1946年とは思えないような国家が乱立しているのがすぐに分かるだろう。

 特に際立つのが欧州戦争の結果誕生したオルレアン朝フランスとドナウ連邦だ。

 他にもオスマントルコ、大日本帝国、ロシア帝国と1946年には存在しなかった国々がある。

 ここにイギリスやアメリカ、イタリア、そしてドイツが加わり9カ国が地球における列強であり、ヒトラーにより実現した国際連合の安保理常任理事国だ。

 だが、これらに対し、不思議な感覚を味わえるのはヴェルナー以外には存在しない。

 いわゆる史実というものを知っているのは地球にいた頃から彼1人だった。

 

「もしも彼らがこの世界に来ていたら、また色々と面倒くさいことになる」

 

 とはいえ、同じ地球出身ということで、地球にいた頃よりも仲良くなれるかもしれない。

 

「いや、待てよ」

 

 ヴェルナーはあることが引っかかった。

 国ごと転移してくる、地球から――

 

 もしも、史実通りの歴史を辿った国が地球から転移してきたら、極めて面倒くさいことになるのでは、と。

 

 特にソ連とかアメリカあたり。

 

 アメリカは話せば何とかなりそうだが、ソ連は話しても無理な可能性が高い。

 ソ連の継承国であるロシアならまだマシかもしれないが。

 

「そのときになったら、考えるしかない。とにもかくにも、クワトイネ以外の外交団の結果待ちだ」

 

 ヴェルナーはソファに座り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ほぼ同時刻、クワトイネではドイツに関する報告がなされていた。

 しかし、それは外交的なものではなく、軍事的な側面に着目したものだ。

 

「ドイツという国は高い技術力……おそらく、ムーと同等程度のものを有していると思われます」

 

 政治部会における軍及び情報分析部の報告にカナタらは動揺を隠せない。

 接触から数日が経過し、ドイツとはやり取りを続けている。

 

 マイハークには外務卿のリンスイが残り、ドイツとの交渉窓口となっている。

 のらりくらりと時間を稼ぎつつ、こちらから情報を得ようとしてくる、ロウリアやパーパルディアの連中とは質が違うというのがリンスイからの報告だ。

 この報告から本国からの指示がない限り、梃子でも動かないだろうと予想された。

 もっとも、交渉を打ち切るという選択肢はクワトイネにはないので、現状維持だ。

 

 一方で接触してすぐのときから密かに軍や情報分析部から注目されていたことがあった。

 それはドイツという国の技術力についてだ。

 

「根拠となるのは大きなものでは彼らの船舶、小さなものは身につけている小物類です」

 

 発表の担当者は彼らのフネが全て鉄製であること、彼らの身につけている時計が正確に時を刻んでいることを挙げる。

 

「鉄製の船というのはパーパルディアですらも実用化しているか、怪しいところです。ただ、備砲の数が少ないことが気に掛かります」

 

 担当者の発言に、ある1人の出席者が発言する。

 

「我々に魔法があるように、彼らにも独自の技術があり、それが備砲の数が少なくとも問題がないということに繋がるのではないか?」

「おそらく、そうでしょう。しかし、軍事機密を彼らが明かしてくれることはありえない為、推測するしかありません」

 

 その後もドイツの軍事力に関する質問が相次ぐが、もっぱら、ロウリアを打倒できるか、というところに焦点が置かれた。

 ムーと同等程度ならば、ロウリアを圧倒できるというのが担当者の答えだ。

 

「彼らの国が我が国の味方となってくれることを祈るしかありません」

 

 担当者は最後にそう締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アーネンエルベ――

 遺産を意味する、この機関はドイツにおいて重要な機関の一つで、ニュルンベルクを本部とし、ドイツ国内の各地に研究施設や実験施設がある。

 この機関は欧州戦争中に設立されて以後、官民軍が一体となって最先端技術の研究・開発を行ってきた。

 そこに集められた者達はまさに世界最高峰の人材と言っても過言ではない。

 今回の転移現象について、そして転移したこの異世界について、喧々諤々の議論が様々な研究者達の間で今日も交わされていた。

 

 

 

 アインシュタインは今日は他の研究者達との議論に加わらず、自室にて1人でぼんやりと転移現象について考えていた。

 

 現状では全く情報が不足している。

 それは常に軍から最新の情報を提供されるこのアーネンエルベにおいてでも、そうだった。

 

「分からない、分からないが、現実に起こったことは確かだ。だから、必ず何かがある」

 

 論文に該当するものがあるかもしれない、と彼は思い立った。

 最近はあんまり読んでいなかったから、ちょうどいい。

 そのとき、転移に関して破壊的な兵器が頭を過ぎった。

 

「核は使わせない。だが、未知の脅威に立ち向かうことになったら、それも仕方がない」

 

 彼とて、たとえば伝説にあるような怪物に人々が食い殺されるような状況に至っては核兵器の使用もやむを得ないと考える。

 

 

 ドイツの政治家や軍人達が賢明であるとアインシュタインは信じている。

 でなければ、彼らは必ず核兵器を実験成功と同時に量産し、実戦配備した筈だ。

 何しろ、核兵器の運搬手段として用意されたらしい大陸間弾道ミサイルがある。

 

 核は実験用に製造されたもの――航空機による運搬ができない程に大きな最初期のタイプ――をアフリカの砂漠に構築された地下実験場で実験した。

 実験は欧州戦争が終わった後の話で、ところどころ事故に伴う遅延もあったが、全体的には順調に進んだ。

 そして、それは無事に成功したのだが、それで核兵器開発は終わりではなかった。

 大陸間弾道ミサイルに載せられるようにする為の小型化と威力の向上に努められ、多くの予算と人と資源が投入された。

 

 

 結果として、弾道ミサイルの弾頭に取り付けられるくらいに小型化し、威力も必要に応じて調整できるまでに至っている。

 実験も済ませ、成功し、あとは量産に入るだけという段階だ。

 しかし、量産が開始されたという話はこれまでに無い。

 そもそも核兵器の製造設備はアインシュタインも所属している、アーネンエルベの核開発チームの管轄下にある。

 

 総責任者のオッペンハイマーは余程の事態でなければ首を縦に振らないとアインシュタインは知っていた。

 

 アインシュタインが部屋の外へ出ようと、ドアノブに手をかけたところで、廊下が何やら騒がしかった。

 

 何気なく壁にある時計を見れば、まだ夕食には早い時間だ。

 

 何だろう、とアインシュタインがドアを開けると、そこには顔馴染みの研究者達が何やら興奮した面持ちでいた。

 

「何かあったのか?」

「更に予算が増えるぞ! 追加で600億マルクだ!」

 

 アインシュタインは目を丸くした。

 彼がどういうことか、尋ねるよりも早く、彼は矢継ぎ早に告げる。

 

「未知の世界には神話に出てくる怪物や強大な魔法があるかもしれない、だから、我々はそれに対抗すべく、大きく飛躍する必要がある為らしい」

 

 道理だ、とアインシュタインは納得する。

 

「軍も予算が3軍合計で500億マルクが出るそうだ。軍拡をするらしい」

 

 どうやら、よほどに切羽詰まった事態にあるらしい、とアインシュタインは予想がついた。

 この分では明日あたりにも、アーネンエルベの総責任者であるヴェルナーから指示がくるに違いない。

 転移現象や魔法の解明などはひとまず置いておき、既存の計画にあるものの開発を早急に行うように、と。

 アインシュタインは直接的には関わっていないが、特に集積回路のさらなる小型化、高集積化は最優先であると転移前からせっつかれており、それを今回もまた要求してくるのは想像に容易いことだった。

 

 

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