異なった歴史を辿った地球のドイツを召喚してしまった結果 作:やがみ0821
「ここまで予想通りだと、逆に笑ってしまうな」
コンラート・アデナウアーは思わず、そんなことを呟いてしまうが、ちょうど後ろを向いて、局長の予定を確認していた受付窓口の職員には聞こえなかったようだ。
アデナウアーは随員ら、そして護衛と共にパーパルディア皇国の第3外務局にやってきていた。
その対応はまるで、外務省の部署とは思えず、さながら銀行の窓口だ。
彼が受付の職員とやり取りしている最中、随員達は椅子に座って待っている他国の使節らと会話をし、情報収集に努めている。
そちらも苦労することになる、などという声が聞こえてきたのは気の所為ではないだろう。
「お待たせしました。局長ですが、2週間先まで予定が埋まっております」
「そうですか。ところでこれはちょっとしたお近づきの印です」
アデナウアーは素早く懐から封筒を取り出す。
職員はそれを受け取り、封筒の中身を確認する。
そこにあったのは薄く伸ばされた黄金の板であった。
「あなた方は礼儀というものをよく知っておりますね。明日の午後にまたおいでください。パーパルディア皇国はあなた方が我々の下に来ることを歓迎することでしょう」
「それはどうも。では明日の午後に」
アデナウアーは短く告げて、窓口を後にした。
「まったく、本当に予想通りだ」
アデナウアーは馬車に乗り込み、そう随員らに漏らした。
この馬車も、ドイツ本国から持ってきたもので、陸軍が儀礼用に保有していたものだ。
馬車が動き出し、港へと向かう。
事前に街中で情報収集を行い、それらは本国へと既に連絡済み。
そして、今日、第3外務局へと赴いたのだが、対応も結果も予想通りのものだった。
外交団と護衛達は30分程、馬車に揺られて港に到着した。
そこにはドイツ海軍が保有している練習帆船が停泊している。
下手にこちらの技術力を見せるのも問題がある、ということでパーパルディアのレベルに合わせて、この帆船に白羽の矢が立った。
幸いにも普段から訓練用に使われていた為、必要物資の積み込みさえ終わればすぐに出港できる状態にあった。
見た目はどこからどう見ても非武装の帆船に過ぎないが、倉庫には色んなモノが積み込まれており、更には戦闘要員として2個分隊の海兵隊員も乗り込んでいる。
帆船に乗り込み、船内の会議室へとアデナウアーらは向かう。
そして、着席するなり、告げた。
「本国へ連絡だ。パーパルディアは昔の我々と同じことをやっている、とな」
本国も最初に接触したクワトイネ、その隣のクイラとロウリア、さらにフェンにガハラ、そしてパーパルディアと対応に大変だろう、とアデナウアーは思う。
距離的な問題もあり、接触した順番はクイラ、ロウリア、フェン、ガハラ、パーパルディアとなっている。
今この瞬間にもパーパルディアを除く各国ではそれぞれ派遣された外交団が情報収集と外交交渉に努めているだろう。
そして、外務省経由でそれぞれの外交団の情報は共有され、それらを纏められている。
パーパルディア皇国はこの世界における五大列強の一角であり、プライドは高く――エベレストよりも高いとイギリス系ドイツ人の職員が注釈をつけた――積極的な拡張政策を取っているとのことだ。
基本的にパーパルディアは他の4カ国の列強以外を相手にせず、見下している。
そして、ロウリアもパーパルディアの支援を受け、クワトイネやクイラを占領し、大陸――ロデニウス――を支配せんと目論んでいるとのこと。
ロウリアはパーパルディア程ではないが、よろしくはないという情報が入っている。
クワトイネは嘘は言っておらず、むしろ国交樹立前に状況を伝えてくれた分、誠実であるとすら言える。
彼らからすれば、そのことを隠して国交を結び、侵攻直前か侵攻後にドイツに泣きついてきても良かった筈だ。
とはいえ、ドイツは物語に出てくる正義の味方などではない。
クワトイネやクイラを助けて、それで良しというわけにはいかない。
政府はどうするかな――
アデナウアーはそう思いつつ、明日の局長との会談について随員らに意見を求めることにした。
とはいえ、これまでに得たパーパルディアに関する情報を統合すれば、対話により有益な進展があるとは全く考えていなかった。
「裏は取れたが、クワトイネは問題だ」
ヒトラーの悩みは深い。
当初こそ、食料の調達先は多いほうが良いと考えていた程度だが、クワトイネに関して調べていると、そんなことは言っていられなくなった。
家畜ですら良い食料が食べられる程で、食料自給率は100%を遥かに超えている。
しかも、領土の全ての場所で放置していても農作物が勝手に生えてくる上、雑草は生えにくいという。
地球の列強――特にロシアがクワトイネの存在を知ったら、滅ぼしてでも奪い取るということをやりそうな、とんでもない土地だった。
ファンタジーの極みとでも言うべきクワトイネだが、そんな国では当然、農作物が破格の安さで調達できる。
そんなものがドイツ国内に入ってきたら、一瞬で国内農業が壊滅してしまう。
クワトイネには無いものもあるが、全体の割合でみれば少数だ。
「我が国から、当たり障りのないものを輸出し、彼の国からこの世界の外貨を得る。彼の国からの穀物類に関しては高い関税を掛けるしかない」
ちらっとヒトラーの脳裏に植民地という言葉が思い浮かぶ。
うまいことやればいいが、クワトイネにはアールヴ――エルフも多いらしい。
実際はどうか分からないが、エルフの寿命は人間よりも長い可能性が高い。
意識改革に必要な時間は人間の比ではないだろう。
緩やかな同化なんてしていたら、結果が出る前にドイツが地球に戻っているかもしれない。
「クイラはまあ、いいか……」
クイラは原油が地上に湧き出ているレベルであり、また地下には鉱物資源が眠っている可能性が高いとされている。
原油や鉱物資源に関しては輸入されたとしても食料程、致命的とはならない。
海外領土で産出された分で現状、国内消費を十分賄うことができているが、大規模な戦争などが起こった場合、不足する可能性がある。
素直に調達先が増えるのは嬉しい話だ。
だが、最大の問題点は短期間で――1ヶ月や2ヶ月程度で――プラントを設置して、パイプラインを作って港まで繋ぐなんてことはできないことだ。
年単位の時間が必要で、それこそ国内の関連する企業を総動員して最優先にやらせたとしても、最短で3年、最長で5年程度は掛かるのではないか、という予想だ。
そもそもまず、港湾の拡張や浚渫から始めねばならないだろう。
そこまで費用を掛けて、莫大な利益が得られるかというと微妙なところである。
現段階では接触した国家の中に、石油を大量消費しているような国家がなかった為に。
とはいえ、ドイツがどのような形で転移したのか不明であるが、転移による地形変動で海外領土の原油や鉱物資源が枯渇する可能性も指摘されており、ヒトラーとしては暗澹たる思いだ。
だが、既に地形変動によって全ドイツ国民にとって、最大にして最悪のことが起こっている。
転移によってライン川の源流域――スイスにある――が丸々消えた結果、水量が著しく減少してしまっている。
完全に干上がって、川底を晒す日もそう遠いことではない。
ヒトラーは泣く泣く、完全に干上がった場合、ライン川を必要な対策を講じた上で道路とするよう指示を数日前に出している。
せめてライン川があったことを残そうと、残った水を引き込んで人工的に湖を造るように、とも指示していた。
もしもこんなことをした輩が目の前にいたら、たとえ神であっても私は怒鳴り、殴りかかるだろう――
大勢のメディアの前でライン川に関する対応を発表したとき、ヒトラーはそのように宣言していた。
それは全ドイツ国民にとって、そしてたまたまドイツに仕事で、観光で、留学で、出稼ぎで来ていた外国人にとってもヒトラーと思いは共通していた。
在独もしくは訪独していた外国人からすれば、ライン川に関することはともかくとして、こんなことを仕出かした輩に対する憤慨は非常に共感できた。
外国人に関する保護もヒトラーは転移発表と同時に対応策を出している。
暫定的にドイツ国籍を与え、ドイツ人になってもらう一方で地球への帰還次第、ドイツ国籍を失効し、元の国籍に復帰するというものだ。
勿論、暫定的である為、参政権や選挙権、また軍への入隊など一部の重要な権利はないが、それ以外はドイツ人と同じ扱いをする。
住居に関することや就職などもドイツ政府が全面的に支援を打ち出したおかげで、外国人に関する諸問題も一応はクリアされていた。
ヒトラーは溜息を吐くと、執務机の電話が鳴った。
電話に出ると、相手はノイラートだった。
パーパルディアに関する報告を彼から受け、ヒトラーは何とも言えない微妙な顔となる。
予想されていたが、本当にその通りだとは思わなかった、というのが素直な感想だ。
「……こういうときは奴を呼びつけるのが一番だ」
国防大臣として意見を聞きたい、という名目でならヒトラーは合法的に呼び出せるのだ。
およそ30分後、ヒトラーの執務室にヴェルナーがやってきた。
「率直に尋ねる。どうすればいいんだ?」
「おい首相。仕事を放棄するな」
「放棄したくもなる」
そう言って、ヒトラーは溜息を吐いた。
ヴェルナーは遠慮なくソファに座り、声を掛ける。
「国内問題か? ライン川は非常に残念だったが……」
「ライン川はもうどうしようもない。怒りはあるがな。ともあれ、国外問題だ。クワトイネとクイラは聞いているな?」
「ああ。クイラはともかく、クワトイネは拙いだろう。我が国に対する穀物の輸入を認めたら、こっちの農業が崩壊するぞ」
「関税で対処する。幸いにも、こっちの世界には地球にあったような色々な条約は無いからな。大いに掛けてやるさ」
そう断言し、関税は5000%くらいでいいか、と冗談めかして告げるヒトラーにヴェルナーは呆れつつも、告げる。
「クイラはどうするんだ?」
「資源採掘にはどうしても時間が掛かる。まあ、ゆっくりやるさ。地球なら売れる相手がいたが、この世界では売れる相手がいるか分からん」
「だろうな。ところで私は今ここに公人としているのか? それとも私人としているのか?」
話の内容的に、国防大臣が突っ込んでいい領分を超えている為にヴェルナーは問いかけた。
「安心してくれ。ここまでは前振りで、ちゃんと軍が絡む話だ」
「まだ動けないぞ」
ヴェルナーの言葉にヒトラーは頷いてみせつつも、問いかける。
「空軍に仕事をしてもらうことになるかもしれない」
「相手は?」
「パーパルディアだ。連中は折れない可能性が高い」
「そんなに酷いのか?」
「半世紀くらい前の列強が植民地に対するような態度だ。我々の通った道だが、我々が彼らに態度を改めるよう、先達としてアドバイスをする義務も義理もない」
それもそうだ、とヴェルナーは頷きつつ、軍としての状況を伝える。
「すぐに動けるのは空軍だけだ。海軍も測量が済めば動けるだろうが、現時点では海外領土と本国の間を調査するのに忙しい。陸軍や海兵隊は現地の詳細で正確な情報がない限りは無理だ」
「もしもやるとしても、地上軍は出したくはない。連中を財政破綻に追い込もうと考えている」
「具体的には?」
ヴェルナーの問いかけにヒトラーは尋ねる。
「固定された基地を破壊することは可能か?」
「基地機能の破壊はできる。長期に渡って復旧ができないようにするという意味でも可能だ」
「行軍中、あるいは野営中の軍を襲撃し、大きな損害を与えることは?」
「可能だ」
「空軍は戦列艦を攻撃し、撃沈できるか?」
「勿論だ。もっともミサイルでは高価過ぎるので、主に機関砲や爆弾となるだろう」
ヴェルナーもヒトラーの狙いが分かった。
故に彼は問いかける。
「敵の軍事施設及び陸海空軍を徹底的に叩き、甚大な出血を強いる。そういうことか?」
「そういうことだ。再建には時間も金も人も掛かるが、再建する度に叩き潰され続ければすぐにカネも人も足りなくなる。そのように磨り潰すことは可能だろう?」
無論だ、とヴェルナーは自信を持って頷く。
先の欧州戦争で、それに成功している。
「敵の軍備も多少ではあるが判明している」
「何を連中は持っているんだ?」
「ロデニウス大陸で迎撃に出てきたドラッヘ……ワイバーンの上位種ワイバーンロード、そのさらなる上位種のワイバーンオーバーロードだ」
「情報源は?」
「第3外務局にいた他国の使節や街中の皇国の兵士達だ。特に兵士達は下手に出れば気前良くこちらの外交団に教えてくれたそうだ。兵士の中には乗り手である非番の竜騎士も混じっていた。パイロット本人から聞けたのは大きいぞ」
「性能は?」
「大軍を投入してワイバーンロード1騎を撃墜できれば大戦果扱いだ。そして、オーバーロードの方はロードとは桁が違うらしい」
ヴェルナーは頭の中で神話に出てきそうなものを想像しつつ、更に尋ねる。
「それ以上の情報を得ることは?」
「魔法とやらがどこまでできるか分からない以上、地球のように諜報員を潜入させて、情報収集は難しいだろう。頭の中を覗いたり、心を読んだりする魔法が無いとは言えない。ましてや、連中は列強だ」
油断できる相手ではない、とヒトラーは言葉を締めた。
「どちらにせよ、列強相手に君が言うようなことは想定し、空軍は軍備を整えていた。当時、金の無駄遣いと君に散々批判されたものだ」
列強――特に対ロシアを想定したものだ。
ヴェルナーはそう言いつつ、尋ねる。
「ロウリアはいいのか?」
「正直、ロウリアがクワトイネとクイラを併合してくれたほうが気楽といえば気楽だ。あの国は食料を国内消費やパーパルディアへの献上に回すだろうし、それに輸出するにしても安値で売り払ったりはしないだろうからな」
「その後、ロウリアが我が国に牙を向けた瞬間に潰すと?」
「そうなるだろう。まあ、この3国をどうするかは近日中に協議して決める。ただ、ロウリアも、そしてパーパルディアも市場として魅力的だ。どちらもおおよそだが、ロウリアは人口3800万人、パーパルディアは7000万人だとさ」
「経済大復活じゃないか。パイを独占できるぞ」
ヒトラーは頷き、力強く告げる。
「だからこそだ。パーパルディアにしろ、ロウリアにしろ、戦うことになったら全力でやれ。負けは許さん」
「勿論だ。ただし、予算はよろしく頼む」
ヴェルナーの返答にヒトラーは渋い顔をするのだった。
そして、このやり取りから3日後。
ドイツ政府はクワトイネ及びクイラと国交を樹立することを決定、そこから1週間後、それぞれの国との間で調整を経て正式に国交樹立と同時に安全保障条約を結んだ。
安保条約にはドイツ軍による両国内への駐留及び基地建設を認めること、駐留経費の一部負担などが盛り込まれていた。
クワトイネもクイラも、その程度でロウリアから守ってもらえるなら儲けものだという考えがあった。
しかし、両国ともすぐに驚愕することになった。
ドイツが彼らが予想していたよりも遥かに高度な技術を持っていたのが、その理由だった。
パーパルディア「列強ぞ? 我、列強ぞ?」
ドイツ「列強? 全力でやらなきゃ(地球の列強想定)(久しぶりの戦争なので新兵器を試せる)(相手はハーグ陸戦条約に加盟していない)(予算解放)」