異なった歴史を辿った地球のドイツを召喚してしまった結果 作:やがみ0821
ドイツが異世界に転移して、3ヶ月が経過したが、表面的には平和を保っていた。
この3ヶ月でどうにか転移による様々な悪影響への対処及び複数の現地国家との関係構築と現地風土の調査、そしてようやく海外領土と本国を結ぶ海域の測量調査が完了した。
とはいえ、海域全てを調査するには到底時間も船も足りない為、最低限でしかない。
もっとも、転移して程なくして、海軍は測量艦を、民間の調査会社なども大きな需要が生まれたと測量船を慌てて大量に造船会社に発注し、政府もまたそれらを後押ししたこともあり、急ピッチで建造が進められ、同時に人員確保に奔走していた。
そのような動きもあり時間が経過するにつれ、現場での船不足は解消されることが期待されている。
測量が完了した箇所は船で行ったり来たりできるが、調査範囲外に出た場合は暗礁による座礁や未知の海洋生物の襲撃がありえる。
また、後者の海洋生物による襲撃に関してはたまたま測量時にいなかった、という可能性も否定できない。
その為、海外領土と本国間の船による輸送は当面の間、護送船団方式を取ることとなった。
ドイツ政府は調べきれなかったところへ測量艦や測量船を護衛付きで派遣しつつも、その数は多くはなかった。
優先的に調べる必要がある海域が多数存在した為だ。
ロデニウス大陸、フィルアデス大陸、アルタラス島、フェン王国やガハラ神国などの島嶼。
それらへ至る海路とその周辺海域の測量調査に忙しかった。
一方で風土に関してもロデニウス大陸にある国家だけではなく、それ以外の国交を樹立できた国々へ――ガハラ神国やフェン王国、アルタラス王国とも結び、フェンとアルタラスとは安保条約も合わせて結んだ――専門家による調査団を多数派遣し、早い段階から調査が行われた。
魔法というものはとりあえず置いておき、地球人が問題なく生命活動を行えるかという点が重点的に調査された。
その結果、大気組成に問題はなく、また現地特有の風土病も分かっている限りでは致命的なものはない、とのことだ。
なお、現地人に対する地球の病気に関するテストなんぞ行えるわけもなかったので、そちらに関しては必要に応じて調査・対応するということに落ち着いた。
たとえドイツからやってきた人間が何かしらのウィルスを持ち込んでしまい、それでパンデミックが起こったとしても、どうしようもなかった。
また貿易に関しては基本的に現地国家に対してへ工芸品や日用品などの当たり障りのないものをドイツが輸出しつつ、外貨を稼ぐ一方で現地国家からの輸入――特に農作物――は基本的に非常に高い関税を課した。
異世界特有の未知の農作物に関してはその限りではないが、人体や既存の生態系に対する安全性の確認ができるまで大規模な輸入は制限されることとなった。
主力輸出品である農作物を制限されたクワトイネ側としては、これではドイツの丸儲けではないか、という思いからやんわりと抗議したが、それに対してドイツ側は道路や港湾の拡張などのインフラ整備を申し出た。
無償でやってくれるということで、任せてみたところ、クワトイネの基準では考えられない程に速く道路が整備され、港が拡張・浚渫され、鉄道というものが敷かれた。
クワトイネ側は技術の高さに魔法のようだ、とドイツ人に言ったところ、彼らは何とも言えない顔をした。
ドイツ側からすればクワトイネ人などのこの世界の住民達が使う魔法こそ、本物だろうという思いだ。
ともあれ、ドイツ側もインフラ整備を善意でやったわけではない。
駐留するドイツ軍の為に整備されたものだ。
またインフラ以外にも陸海空軍のそれぞれの基地が手始めにクワトイネ及びクイラに建設された。
派遣部隊及び艦隊に関しては本国や海外領土の警備、兵站など様々な観点から協議され、陸軍5個師団(歩兵師団4個、装甲師団1個)、空軍2個航空団(戦闘航空団、爆撃航空団各1個ずつ)、海軍12隻(巡洋艦4隻、駆逐艦8隻)という陣容となった。
彼らはドイツロデニウス軍団として編成され、その頭文字を取り、DRKと略称された。
クワトイネとクイラ以外にも、安保条約を結んだフェンやアルタラスに対して早めに基地建設と部隊派遣を行うことになっている。
パーパルディアとの衝突に備える為だ。
そして、調査を進めていくと不思議なこともあった。
まず異世界側とドイツとの日付のズレだ。
ドイツは9月1日に転移したが、異世界側では当時1月18日だった。
そもそも世界が違うのだから、そういうズレはあって当然かもしれないが――何しろ国ごと異世界に転移したなんて事象は誰も経験したことがない――原因は不明だった。
また今までのところ気候的な変動もライン川や幾つかの河川が干上がった以外の地形的な変動も確認されていない。
理論的には大きく変わってもおかしくはないが、そうはならず地球であった頃と同じであり、不思議そのものだった。
気候変動がない為、異世界側では1月であっても、ドイツでは9月である為、ドイツにおいては9月の天候や気温となる。
このズレの修正も頭の痛い問題で、いっそのこと1月の気候にでもなってくれれば、とドイツ側は願う程だが、そんなことにはならなかった為、ドイツ側の日付を全て異世界側に合わせるという措置がなされた。
このような日付のズレならば接触当時から判明しても良さそうなものだが、今日は何日ですか、なんて質問をしない限りは相手側もいちいち日付を教えるなんてことはない。
そして、外交交渉の場でそんな質問をする必要性は欠片もなく、互いが互いの日付で勘違いしたまま交渉は進行し、国交樹立及び安保条約の調印式という場で互いに用意した文書にそれぞれサインをする段階でようやく気がついたのだ。
日付がズレている一方で、時刻は互いにズレがなかったことが発覚を遅らせた一因でもある。
結局、ドイツ側が日付を異世界側に合わせたものに訂正し、無事に調印がなされたという顛末があった。
そして、もっとも不思議なところは異世界における単位だ。
なぜ、異世界であるのに地球のメートル法が使われているのか――?
クワトイネやクイラ、フェンやガハラ、そしてアルタラスに確認したところ、神話に出てくる太陽神の使いが使っていたものを建国前から使っており、それを建国後にそのまま導入したと、ほぼ同じ答えが返ってきた。
基本的にはどの国でもメートル法で通じるとのこと。
ドイツ政府と軍は頭を抱えた。
太陽神――というか、太陽をシンボルマークとしている列強国家に非常に覚えがあった為に。
あの極東国家が列強入りを果たしたのは、密かに異世界に進出したからだったのか――
合っているが、間違っている――そんな状況であるのだが、ドイツ側が気づく筈もない。
ドイツがいた世界の日本はシャマシュこと天照大御神のお告げなんぞ受けておらず、密かに異世界派遣軍及び艦隊が整えられたなんてこともない。
しかし、ドイツ側の勘違いを加速させる、日本であるという確固とした証拠がクワトイネ側から提供された。
それは遺棄されたという太陽神の使いが乗っていた空飛ぶ船のカラースケッチで、現物が神森というエルフの聖域に現存しているらしい。
時空遅延式魔法とかいう、とんでもないものを掛けられて。
物質が劣化しないというこの魔法に政府も軍も飛びついたが、大規模な儀式魔法ということで触媒準備やら人員確保やらその他諸々の準備が非常に手間であり時間も掛かる為、戦車の1台1台や航空機の1機1機に行うには費用的に割りが合わないと判断された。
メンテナンスが手間で、その費用も高い大陸間弾道ミサイルとかなら――と軍は淡い希望を抱いたが、機密の塊をエルフ達に見せるわけにもいかないので無理な話だった。
なお、この魔法について説明したエルフによればドイツ側の反応ははじめは飢えた魚が餌に食いつくようであったが、詳細を説明した後は潮が引くように、あっという間に彼らは興味を失い、いっそ清々しい程だったとのことだ。
劣化しないならメンテナンス費用を節約できると思ったのに、と政府と軍の落胆はそれほどに大きかった。
さて、このカラースケッチは欧州戦争前後の日本軍の90式戦闘機――史実でいうところの零戦52型相当、ドイツによる技術加速の影響――だった。
実際は90式戦闘機などではなく、史実の零戦21型であるのだが、見た目がほとんど同じだった。
細部は異なるのだが、ドイツ側は90式の派生タイプと判断した。
そして、神話を詳しく教えてもらうと、どうやら1万年以上前にやってきて――同じ時間軸での行ったり来たりならともかく、実質的な時間旅行のようなもので、アーネンエルベの研究者達が卒倒するくらいの衝撃を受けた――魔王が率いる魔王軍と戦い――ヴェルナーら軍首脳部の顔が引き攣った――勝利して、帰っていったとのことだ。
その後、現在に至るまで太陽神の使いは確認されていないとのこと。
「日本政府め、ちゃんと最後まで面倒を見ろ!」
纏められた報告を聞き、ヒトラーがそう叫んだというが、それはドイツ政府及びドイツ軍首脳部の心を代弁したものだった。
ともあれ、転移の原因と思われる太陽神に事情を聞くべく、ドイツ政府は国内にある全ての宗教宗派の施設に問い合わせをしてみたが、当然、誰も神からのお告げは受けていないし、神と話ができる者も存在しなかった。
ヒトラーは匙を投げた。
彼は仕事帰りに日本人が経営するベルリンの居酒屋でヴェルナーに付き合ってもらい、自棄酒を飲む羽目になった。
日本人が悪いんじゃない、面倒を見なかった日本政府と太陽神が悪いんだ、という理屈である。
「意外と、日本と我々を間違えたんじゃないか?」
「神が間違えるなんてことがあるのか?」
「それもそうだな……」
ヴェルナーの問いにヒトラーはそう返し、ヴェルナーは納得した。
そんなドイツ政府及び軍がちょっとした混乱と勘違いをしている頃、ロウリア王国ではいよいよ国王による最終的な軍備の確認が行われていた。
当初の予定から1ヶ月程遅れてしまったが、それはドイツという国家について見極めるという意図もあった。
「ドイツは、何とも不気味だ」
軍備確認の後に続けて行われている作戦説明を聞きつつ、ロウリア国王であるハーク・ロウリア34世はそう言葉を漏らした。
小声であったこと、説明の最中ということもあり、誰にも聞かれていないようだ。
パーパルディアの連中は勿論、クワトイネやクイラの連中とも全く違う。
ドイツの外交団代表の気品ある振る舞いは決して蛮族などではない。
貴族か、それに類する存在だとハークはすぐに確信し、相応の待遇でもって迎えたが、今回のような結果に終わってしまった。
再三、ドイツは警告していた。
クワトイネ及びクイラとは安全保障条約を結んでおり、攻撃されたならばドイツは貴国に対して宣戦布告する、と。
しかし、ハークとしても苦しい決断だった。
ドイツが現れる前、それこそ6年近く前からパーパルディアの靴を舐め、ロデニウス大陸統一という悲願の為に準備をしてきたのだ。
今回の戦の為にパーパルディアから借りた金額は膨大であり、戦争後に返済していかなければならない。
何よりも、軍も国民も大陸統一ということに熱狂的になってしまっている。
国民はともかく、借金については知っている筈の軍ですらもそうなのだから、ハークとしては苦々しい限りだ。
だからこそ、ある日突然降って湧いたような国家が敵になるかもしれないので、やっぱりやめます、などとは口が裂けても言えない。
開戦を中止すればパーパルディアが裏から介入し、革命が起きる可能性すらあった。
たとえドイツがムーと同等かもしれない技術力があったとしても、6年も前から動き出し、戦争の為に加速した国家という巨大歯車を直前で止めることなど、国王であるハークでもできない。
もはや引き返せる地点はとうの昔に過ぎていた。
一縷の望みとしてはドイツが外交に長けただけの国家で、軍事力としては然程でもないことだが、彼の勘は相応の軍事力も持っていると囁いていた。
もしも負けた場合、うまくやるしかない――
彼らが理性的であることを祈ろう――
ハークは内心、そのように決意しながらも、そんなことは表には出さず、毅然と告げる。
「クワトイネ、クイラに対する戦争を許可する!」
デーニッツ「戦艦はもうあるからいいとして、空母の隻数を平時よりも増やしていいのか?」
ヴェルナー「ああ……護衛する巡洋艦や駆逐艦、潜水艦もいいぞ……存分にやれ!」
デーニッツ「(予算が)うめっ……うめっ……」
欧州戦争後、軍縮により陸空軍と共に削減された大海艦隊……復活なるか?