異なった歴史を辿った地球のドイツを召喚してしまった結果   作:やがみ0821

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襲いかかる怪鳥達

「どうなることかと思ったが、結果としては良かったのではないか? アレを実現できるだろう?」

 

 ドイツ帝国第4代皇帝であるヴィルヘルム3世の問いかけにヴェルナーは肩を竦めてみせる。

 

 皇帝陛下に招かれる、というのは一般的には光栄なのであったが、ヴェルナーからすれば招かれすぎて勘弁して欲しいという思いだ。

 同じようにヒトラーもよく招かれていたが、今日は入れ違いだった。

 

「陛下、無理ですから」

「ヒトラー首相も無理だと言っていた。具体的にはどこが無理だ?」

「ハウニブーを実際に開発して配備なんて、いくら魔法があるとはいえ無理に決まっているでしょう」

 

 ヴィルヘルム3世は渋い顔をしつつ、背後にある精巧な木工細工のハウニブーシリーズの模型に目を向けながら、再度尋ねる。

 

「……無理か? 皇帝の勅命であるぞ」

「君臨すれども統治せず。そのようなことを仰られては亡き御父上や御祖母様が嘆きます」

「父の最後の仕事は良いものであったと余は個人的に思うが、こういうときは無理が通せなくなったな……余には勅命の権限すら無くなった」

 

 ヴィルヘルム3世とヴェルナーの仲はかなり良いほうだ。

 どっちも若い頃に女癖がすごかったという共通点もある。

 

「それならヴェルナーよ。余はアールヴを……」

「どんな病気を持っているか分からないのでダメです」

「君も、欲しいんじゃないか?」

「歳を考えてください」

「愛でたりとか……」

「本の中だけにしといてください」

 

 むぅ、とヴィルヘルム3世は唸る。

 ヴェルナーは思う。

 本当に、本当にヴィルヘルム2世は最後にもっとも偉大な仕事をしてくれた、と。

 イギリス型立憲君主制バンザイ、と彼は心から思う。

 

「待てよ、アールヴは我々人間よりも遥かに長命であり、私や君も、彼らからすれば年下ということに……」

「いい加減にしてください、皇帝陛下」

「余は皇帝ぞ?」

「私は魔法使いだぞ」

 

 60過ぎた爺さん同士が張り合うその姿は第三者からすれば溜息しか出ないが、幸いにも部屋には2人以外いなかった。

 

「陛下、何はともあれ願いは叶ったでしょう?」

 

 ヴェルナーの問いにヴィルヘルム3世としては頷かざるを得ない。

 

「余は若い頃、木工旋盤技師になりたかった。当時は諦めたものだが、今では毎日のように木工旋盤を弄っている」

 

 先代のヴィルヘルム2世のように、皇帝が色々と権力を握っていては皇帝自身に自由な時間などほとんど無かった。

 だが、今では行事自体は多いものの、自由な時間は多い。

 ヴィルヘルム3世が製作した木工細工の模型は増加の一途で、時折、ドイツ領内で展示を開いたりもしている。

 

「先程、ヒトラーから言われたのだが、余もそろそろ出張らねばならないだろう。異世界の王族との交流の為に」

 

 交流という名目だが、実質的には皇族による外交みたいなものだ。

 無論、皇帝に政治的な権限は皆無であるが、それでも相手国の心証を良くするには中々に有効な手だ。

 

「はい、陛下。とはいえ、それはロウリアの件が片付いてからになるでしょう」

「始まるのは、いつかね?」

「機密なので詳しくは申し上げられませんが、今日を含めて1週間以内に始まり、そして1週間以内に終わるでしょう」

「そんなに早く終わるものか?」

「そうしないと、政府……特に財務大臣が怖いので」

 

 ヴェルナーの答えにヴィルヘルム3世は思わず笑ってしまった。

 壁の時計は14時を少し回ったところだった。

 

 

 

 

 

 

 

「近いうちにロウリア王国が軍事侵攻を開始するでしょう」

 

 首相であるカナタはドイツ大使にそう告げた。

 

 軍及び情報分析部によると、1週間以内の侵攻可能性大という報告が上がってきて、彼は慌ててドイツ大使へ会談を申し入れたのだ。

 申し入れて30分もしないうちに会談は実現し、カナタは開口一番に伝えた。

 

 大使は穏やかな笑みを浮かべ、答える。

 

「我々の方でも既に掴んでおります。軍も動いておりますので、ご安心を……彼らはすぐに終わるでしょう。既にロウリア側への警告は終わっています」

 

 非常に心強い言葉にカナタは安堵した。

 色々と――特に貿易面で不満な部分もあるが、それでもなおドイツは頼もしかった。

 

 派遣されてきたドイツ軍をカナタをはじめクワトイネの首脳部や軍人達も見学したが、ロウリアどころかパーパルディア、もしかしたらムーとも違う軍備だった。

 

「それを聞いて安心しました。その、もうちょっと貿易なども……」

「それとこれとは別の問題です。何よりも、我が国も農業はそれなりに盛んですので」

 

 大使の取り付く島もない言葉に、粘り強く交渉していくしかないとカナタは実感する。

 

 ドイツが提出してきた資料によれば、海外領土という本国以外の場所において農業が非常に盛んであり、国内消費分は賄えているという状況らしい。

 東アフリカ州というところがドイツの穀倉地帯となっているようだ。

 

 そのとき、会議室にドイツの書記官が入室してきた。

 彼は大使に何やら耳打ちする。

 すると、大使は微笑みながら、カナタへと告げる。

 

「あなた方の最大の懸念は、まもなく粉砕されるでしょう」

「それはどういうことでしょうか?」

 

 カナタの問いに大使は毅然として告げる。

 

「我が国はロウリア王国に対して宣戦布告しました。18時ちょうどだそうです」

 

 カナタは呆気に取られた。

 ドイツと結んだ安全保障条約によれば、他国による軍事侵攻があった場合に参戦してくれるというものだった筈だ。

 

「安全保障条約によれば、我が国が攻撃を受けた場合に……」

「ええ、そうですね。ですが、我が国から先に宣戦布告をしてはいけない、などという取り決めはしていません。これは私の推測ですが、おそらく軍事的な理由が絡んでいると思いますよ」

 

 カナタは何だか恐ろしくなった。

 ドイツという国はロウリアやパーパルディアとは根本的に何かが違う。

 

 友好的であるのだが、裏で何か、とてつもないことをやっていそうな、底知れないものがある。

 

 カナタの心情を悟ったのか、大使は苦笑する。

 

「地球にいた頃、我が国は同等か、少し劣る程度の国力を持つ国々とやりあっていましてね。直接的な戦争はありませんでしたが」

 

 カナタは察した。

 

「それは、例えば近隣国でいうならパーパルディアのような国々がひしめき合っているような……」

「似たようなものです。ただ、あの国よりはもう少し紳士的でしたよ」

「イギリス、ロシア、アメリカ、イタリア、ドナウ連邦、フランス、日本、オスマントルコという国々ですか?」

「ええ、そうです。資料映像を閲覧されたと聞いていますが……よく覚えていらっしゃいますね」

「とても、印象的でしたので。そこにドイツを加えた9カ国……恐ろしい世界もあるのですね……」

 

 カナタの本音だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドイツがロウリアに対し、宣戦布告した――

 そのことはロウリア側が公表した為、すぐに広まったが、誰も彼もが首を傾げることとなった。

 

 そもそもドイツってどこにある国?

 

 そこからだった。

 事情を多少知っている者であっても、最近、クワトイネやクイラに食指を伸ばしている国という程度にしか知らなかった。

 

 とはいえ、彼らには自信があった。

 数十万の大軍、4000隻を超える軍船、更にワイバーンも多数揃えた。

 大陸統一を目指し、揃えたこの大兵力を破れるものならば破ってみろ、と多くの国民が気炎を上げ、ついでにドイツも併合してしまえ、という意見が主流を占めた。

 

 それは軍においても同じであり、将軍であっても、ドイツという国をそもそも知らなかったり、クワトイネやクイラに進出している程度にしか知らなかった。

 

 だが、それは仕方がないことだった。

 そもそもドイツ側からしても、異世界に国ごと転移するなど全くの予想外だ。

 そして、ドイツがやってこなければロウリアはそこまで大きな損害を受けることもなく、ロデニウス大陸を統一できたことだろう。

 

 転移という双方にとって不幸な出来事により、ロウリアは地球における列強、それも軍事力の質でいえば列強のトップに君臨するドイツと真正面からぶつかることになってしまった。

 

 そして、最初に犠牲となったのは東方征伐軍だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クワトイネの国境の街、ギムとは川を挟んだ対岸にロウリア王国東方征伐軍の集結地があった。

 クワトイネへの侵攻を間近に控え、東方征伐軍に参加する諸侯や国王直轄の軍勢は集結を完了し、40万の軍勢は進軍の時を待っていた。

 集結地にはそれぞれの軍勢ごとに分かれ、それぞれある程度の距離を置いて野営している。

 

 数日以内に侵攻を開始するという噂が兵士達の間に飛び交い、ギムの街での略奪に思いを馳せる者も多くいた。

 昨日18時にドイツとかいう国が宣戦布告してきたが、ついでに併合してやろう、と士気は非常に高かった。

 

 午前11時を過ぎたあたりだ。

 もうそろそろ昼食ということで、製パン部隊がパンを焼き始めた。

 パンが焼ける良い匂いがあちこちに立ち込めて、兵士達の食欲をそそる。

 

 

「ん……?」

 

 兵士の1人が何かに気づいた。

 

「どうした?」

「いや、何か、変な音が……甲高い、聞いたことがない音だ」

 

 隣の兵士にそう答え、兵士は耳を澄ませる。

 それを真似して、問いかけた兵士や、その周りにいた兵士達も耳を澄ませてみる。

 

 すると、確かに東から甲高い音が聞こえてきていた。

 それは聞いたことがない音で、彼らは一様に首を傾げる。

 

 彼ら以外の他の兵士達も気づき、何事かと周囲を見回す。

 部隊長クラスや、侵攻直前の軍議を行っていた将軍達までも、徐々に近づいてくる甲高い音――それも複数――に天幕から出てきた。

 

 

 甲高い音はいよいよ上空に轟き渡り、それが極大に達した時――破局が訪れた。

 

 黒いものが複数、空から降ってくるのを多くの者達が目撃した。

 それは急速に大きくなり――それぞれの軍勢の野営地の上で爆発した。

 しかし、それは小規模なもので、大した被害を及ぼさなかったが、彼らは避難する暇も与えられなかった。

 爆発と同時に何かが撒き散らされたのだ。

 

 何だろうか、と彼らは思うも、すぐに目の前が真っ赤に染まり、全身を衝撃波が襲い、その意識は永遠に途切れた。

 

 

 

 

 巨大な爆発が幾つも巻き起こり、離れたギムの街にもその衝撃波が襲いかかるが、今朝方、クワトイネ政府経由でドイツ軍から警告がなされていたこともあり、避難が済んでいたため、窓が割れたり、住宅の一部が破損したりするなどの物的被害は出たが、人的な被害は出なかった。

 

 

 そして、ドイツ軍の攻撃はそれだけで終わらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「な、何が起こったんだ……?」

 

 アデムは幸運にも生き残ることができた。

 嫌な予感がして、近くにあった排泄の為に掘られた穴に飛び込んだのだ。

 全身が痛く、出血も酷い。

 彼の飛び込んだ穴は新しいもので、誰も用を足した者がいなかった為、全身が糞尿塗れにならなかったのも幸運と言っていいだろう。

 

 だが、それでもここにいるのは危険だと本能が警鐘を鳴らしている。

 ワイバーンを呼ぼうにも、その為の連絡手段である魔信の機器は吹っ飛んでいる。

 

「嘘だろう……?」

 

 40万の軍勢はどこにもいなかった。

 あるのは瓦礫と死体――いや、死体が残っていればマシなほうで、原型を留めていなかったり肉片になってしまっているものも多くあった。

 

 物資が燃えているのか、あちこちで火事が起きている。

 

 伝説の神竜か、あるいは強大な魔法か、何が原因か分からないが、はっきりしていることがある。

 東方征伐軍40万は唯の一度も敵と戦うことなく壊滅した。

 

 アデムが周囲をよく見回せば、彼と同じように負傷しているが、よろよろと立ち上がる者も複数いた。

 腕や足が千切れとんでしまっている者も多くいるが、生きていることは確かだ。

 目に見える範囲でも数十人はおり、征伐軍全体ではもしかしたら1000人くらいは生き残ったかもしれない。

 

 彼は心から安堵した。

 自分以外にも生き残りがいた、と。

 

 しかし、そのときだった。

 

 甲高い音がまた幾つも聞こえてきた。

 それは東方からであり、アデムは駆け出した。

 全身に激痛、足が千切れてしまうかもしれないとすら彼は思うが、それでも逃げることはやめない。

 

 他の生き残り達も甲高い音に気がついて、アデムと同じ方向――すなわち、ロウリア側へと逃げ始めた。

 

 だが、それが悪かったのだろう。

 

 ドイツ空軍が誇る地上攻撃の専門家達がそれを見逃す筈がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 突然、地面に土煙が直線上に巻き起こっていき、走っていた生き残り達が土煙に包まれた。

 

 アデムは見た。

 そこを走っていた生き残り達が一瞬にして血煙となったことを。

 

 少し遅れて、怪物の咆哮とでも言うべきものが聞こえてきた。

 

 

 空を見上げた。

 アデムは目を見開く。

 

 そこには彼が見たこともない怪鳥が何機も飛んでいた。

 陽光があたり、煌めいている。

 

 それらはまるでハゲタカのように旋回し、狙いを定めては降下し、何かを頭と思われるところから発射している。

 発射し終えた後、少し遅れて先程も聞こえた怪物の咆哮がアデムの耳に入る。

 

 

「化け物め! 化け物めぇ!」

 

 アデムは叫びながら、逃げる。

 

 ドイツは古の魔法帝国だ、そうに違いない――

 

 彼は確信する。

 そうでなければ何なのだ、と。

 

 世界の危機だ、ロウリアなんぞ一瞬で消し飛ばされる。

 何としても情報を持ち帰らねば――

 

 彼はそこまで思ったときに、その意識は永遠に途切れた。

 後ろから生き残った者達が必死についてきていることに彼は気づけなかった。

 一団となってしまったが故に、上空を旋回する彼らの目に止まってしまったのだ。

 

 

 アデム達はドイツ空軍の地上攻撃機A-10による30mmガトリングガンの掃射により、死体すら残らなかった。

 欧州戦争時に開発されたA-5の発展型であるA-10にとって、敗走する歩兵部隊の掃討はお手の物だ。

 

 ドイツ空軍の作戦は単純だった。

 大型爆撃機の編隊による燃料気化爆弾の大量投下により、地上部隊に打撃を与えた後、A-10を投入し、残った敵を掃討する。 

 なお、ワイバーンを警戒し、戦闘機も少し離れた空域に待機していたが、出番はなかった。

 

 

 ロウリア王国東方征伐軍は非常に幸運な僅かな生き残り達を除き、兵力・装備・物資の全てを失い、ここに壊滅した。

 

 

 




ドイツ「こっちから宣戦布告しないとは言っていない」

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