異なった歴史を辿った地球のドイツを召喚してしまった結果 作:やがみ0821
東方征伐軍が壊滅してから数時間が経過していたが、ロウリア王国側は全く把握していなかった。
そもそも敵の攻撃があったことすら知らず、また征伐軍の僅かな生き残り達も走ることができるだけの体力が残っておらず、何よりも傷ついていたことから彼らの動きは非常に遅かった。
だからこそ、集結地の後方に位置していた後詰の部隊に、この数時間で辿り着いた者もいなかった。
定時連絡という概念はあったものの、それをする必要性をこれまで感じていなかった為、東方征伐軍と王都であるジンハークの間では必要に応じて伝令が行き交うという程度でしかなかった。
それは別に不思議なことではなかった。
そもそもクワトイネに対してロウリア王国軍は兵力で圧倒的に優越している。
多少の抵抗があったとしても、問題にはならない筈だというのがジンハークにおける共通認識だった。
国民は勿論、将軍や、国王たるハークですらもそれは同じであった。
たとえドイツがムーと同等程度でも、40万の軍勢を一瞬のうちに打ち倒すことなど物理的に不可能だと。
しかし、現実は集結地にて各軍勢ごとに密集して野営していたことが大きな悲劇を招いてしまったのだが、彼らは知らなかった。
王都ジンハークの港は大規模だった。
4400隻を全てとまではいかないものの、それでも多くの軍船の拠点として、この6年間で拡張に次ぐ拡張がされていた。
ジンハーク以外にも4箇所の拡張された港で建国史上最大の大船団がひしめき合い、出撃の時を待っている。
物資の積み込みなどの関係もあり、1週間以内に総出撃の予定であった。
ムーの諜報員であるエルラスはジンハークの港が程良く見える場所に旅人を装い、景色を見ているように偽装しつつ、観察していた。
クワトイネに潜入している諜報員の情報によれば、ドイツは機械文明国家である可能性が高いということだ。
そして、その技術力はムーを上回る可能性が高いとも。
ドイツがロウリア王国に宣戦布告した、というのは彼も聞いている。
またそれは本国にも伝わっており、それについての追加指令はある意味当然とも言えるものだった。
ドイツ軍がどのような戦闘を行うか、観察せよ――
お手並み拝見というのが彼をはじめとした、ロウリアに潜入しているムーの諜報員達の考えであり、物見遊山気分であった。
そのとき、エルラスは北東の空に煌めくものが見えた気がした。
目を凝らしてみると、確かに何かが陽光を反射しているのが分かる。
それは1つや2つではなく、数十近い。
音も徐々に聞こえてきた。
耳を澄ましてみれば、ムーが使用しているマリンのエンジンが発するような音が微かに聞こえてきた。
思わず双眼鏡を取り出し、北東の空へと向ける。
まだまだ距離は遠いが、どんどん近づいてきているのが分かった。
双眼鏡の中で次第に大きくなり、それに比例するかのように音――エンジン音も大きくなってきた。
マリンのエンジン音とは比較にならないほど、騒々しい。
こんなに遠いのに、こんなにもエンジン音が大きいなんて――
そう思いつつも、エルラスは観察をやめない。
双眼鏡の中で芥子粒程であったそれらは大きくなり、その輪郭がはっきりと見えた。
エルラスは息を呑んだ。
彼が見たこともない機体であり、非常に大きかった。
四つのエンジンがプロペラをそれぞれ2枚ずつ、ゆっくりと逆に回しているらしく、目で捉えられる程にプロペラの動きが分かる。
それらが目算で20機近く、こちらに向かって飛んできていた。
ドイツ軍の空襲だ――!
エルラスは一目散に駆け出した。
一刻も早くこの場から離れなければ、と。
彼が逃げ出しておよそ10分後のことだった。
クワトイネ及びクイラへの出撃に向けて、ひしめき合っていた軍船、そしてジンハークの港は24機のB95――欧州戦争末期に開発されたターボプロップエンジンを4基搭載したB48の発展改良型――により燃料気化爆弾が投下された。
6年の歳月を掛けて揃えた数多の軍船、倉庫街に山積みされていた膨大な物資、大勢の水夫や軍船に搭乗する為に集結していた兵士達、そして建国史上最大の船団を任され、港に隣接した海軍基地の司令部にいた提督も、例外なくこの世から消し飛ばした。
そして、それはジンハークの港だけではなく、他の4箇所の港もまた同じであった。
ジンハークよりも小規模な港ということで、それぞれ12機ずつのB95がこれらの港には差し向けられていた。
合計5箇所の港を若干の時間差で襲撃したB95、合計72機はドイツ本国、ガイレンキルヒェン空軍基地に駐屯している第34戦略爆撃航空団所属であり、異世界における長距離爆撃を試験も兼ねて行ったのだった。
エルラスは衝撃波により負傷したものの、それは軽いものだった。
彼は応急処置を施して、港がよく見える高台へと登った。
ドイツ軍の爆撃は凄まじく、この世が終わるかと思った程だ。
彼以外にも幸運にも逃れることができた人はそれなりの数がいて、彼と同じように高台へと続々と登ってきていた。
「ああ、港が……」
誰かの声。
悲痛な叫び、泣き崩れる者も多い。
そのような中、エルラスは冷静に爆撃の評価を行う。
市街地にも被害が出ているが、どちらかというと港湾施設を狙った攻撃だということがすぐに分かった。
特に埠頭や桟橋、倉庫街は見事に吹っ飛んでおり、火災も起きている。
軍船も大半が衝撃波によりマストをへし折られたり、あるいは船体自体が破損し、沈み始めているものも多く見えた。
海軍基地もここには置かれていた筈だが、そこに目を向ければ瓦礫の山だった。
司令部をはじめとした多くの施設が完全に崩壊している。
エルラスの中でドイツの評価は決まった。
ドイツはムーよりも圧倒的に優れた技術力を持っており、戦えば勝ち目はない――
「どういうことだ!」
ロウリア王国の国王であるハークは叫んだ。
つい数時間前に行われたジンハーク港に対する攻撃による被害が明らかになりつつあったからだ。
軍船のほとんどは使い物にならず、港湾機能は完全に喪失、海軍基地も瓦礫と化した。
生存者はそれなりにいる為、火災の鎮火と共に人命救助に軍と市民が協力してあたっている状況だ。
おっとり刀でワイバーン部隊が出撃し、上空警戒と敵の捜索を行ったが、敵は影も形もなかった。
「パタジン! ミミネル! ヤミレイ!」
王国防衛騎士団将軍、王国三大将軍の1人、王宮主席魔術師という錚々たる面々だ。
しかし、彼らをもってしても、全く分からなかった。
「ドイツという国は古の魔法帝国ではないでしょうか?」
ヤミレイの問いかけに、しかしミミネルが否定する。
「ドイツの外交団は紳士的であったと聞いている。魔帝があのように、わざわざやってくるだろうか? 伝説にある通りなら、そんなことはしないだろう」
その反論にヤミレイは沈黙するしかない。
ミミネルがハークへと告げる。
「陛下、もはやこうなってしまっては……」
「ミミネル、東方征伐軍はどこにいったのだ? いくら何でも40万の大軍が……」
「私の軍が状況確認をすべく、数時間前から集結地へと移動しております。まもなく、魔信による連絡が入るかと……」
ミミネルの軍は征伐軍の中では小規模な方であったが、練度は征伐軍の中でも高く、その為に後詰を任されていた。
彼の軍は後詰ということもあり、集結地よりも後方に集結していた為、幸運にも難を逃れた。
「東方征伐軍の支援の為にワイバーンもいたはずだ。彼らは何故、出撃していない?」
「恐れ多くも陛下。ワイバーン部隊は後方の基地に待機し、前線部隊から随時命令を受けて出撃する形となっております。東方征伐軍上空に常時張り付けるという運用は行っておりません」
ハークは玉座に深く座り込んだ。
そのときだった。
伝令が血相を変えて転がり込んできた。
彼は息も絶え絶えに、大声で報告する。
「報告! 集結地に到達せるも、ここは墓場! 瓦礫と死体以外に無し! 東方征伐軍は壊滅した模様! とのことです!」
パタジンもミミネルもヤミレイも、絶句した。
しかし、ハークは朧げながらも予想できていた。
港を襲ったようなことをされれば、東方征伐軍もそうであろうな、と。
「パタジン、ミミネル、ヤミレイ。我が国は圧倒的に負けた。パーパルディアの靴を舐めて借金をし、揃えた軍勢も軍船も全て消え去った」
ハークは静かに彼らへと声を掛ける。
「余の信頼する将軍、魔術師よ。我が国はクワトイネの地を一歩も踏むことができていない。貴君らに尋ねるが、起死回生の策はあるか?」
問いかけに誰もが沈黙を保つ。
「そうか、そうであろうな。では、余は王としての務めを果たすとしよう」
ハークは深呼吸し、告げる。
「余は、ロウリア王国はドイツに対して降伏する。どのような結末になるか、皆目見当がつかない。だが、このまま戦争を続ければ、それこそ数時間に一つ、街が消し飛ぶ可能性もある」
もっとも防備が厳重な王都ジンハークの港を簡単に襲撃し、甚大な損害を与えることができるのだ。
他の都市や街など、それこそ赤子の手を捻るよりも簡単に攻撃できるだろうことは想像に容易い。
「国が物理的に滅ぶよりは良い。どのような形であれ、ロウリアが残れば良いのだ。ミミネル将軍、貴君の軍から降伏の特使を出してくれ。まずは戦闘を止めることが肝心だ。ギムに着けば糸口はあるだろう」
宣戦布告と同時にドイツの外交団は国外へと出ていった。
連絡を取る手段はギムへ行き、クワトイネ経由で取り次いでもらう以外に無かった。
クワトイネに負けたわけではない為、非常に屈辱的ではあったが、もはやそんなことを言っている場合ではなかった。
「後詰の部隊を残して良かったな」
上がってきた報告を見て、DRKの陸軍司令官であるロンメル元帥はそう判断した。
集結していた大軍よりも後方に後詰の部隊が存在することは開戦前から判明しており、空軍では彼らも同時攻撃すべきという意見と、こちらの力を見せる為に生かすべきという意見で割れたという。
結果として後者の意見が採用されたのだが、それは良い結果をもたらした。
後詰部隊から降伏の特使が夜になってギムへと派遣されてきた為だ。
ギムには避難した住民達、クワトイネ軍が戻っており、また彼らに加えてDRKの陸軍部隊の先遣隊が進出していた。
彼ら先遣隊が特使を受け入れ、ロンメルに報告してきたのだ。
無論、このことはドイツ本国へ報告済みであり、明日の朝にも外務省から職員が派遣されてくるとのこと。
1週間どころか48時間以内に終結したな、とロンメルとしては空軍だけが手柄を上げて、不満であったり、すぐに終わって被害が一切ないことに嬉しいやらで複雑な気分だった。
敵側の指揮官の立場になってみれば、何だかよく分からない攻撃で陸軍主力部隊が消し飛んで、その次に海軍が船と港ごと消し飛べば匙を投げたくもなる。
「まあ、次もあるさ」
どうやらロウリアとパーパルディアは戦争を行うことが各軍及び政府内で確定しているらしい。
今回、ロウリアが終わったが、パーパルディアはこの世界における列強の一角とのこと。
どのような作戦になるかは分からないが、それでも陸軍の活躍する機会はある筈だとロンメルは確信していた。
そして翌日、朝一番のニュースでロウリア王国がドイツに対して降伏したことがドイツ本国及び海外領土で報じられるが、ドイツの世論は熱狂的になることはなかった。
かつて、国家の全てを総動員して戦ったフランス、オーストリア―・ハンガリーとの戦いを体験した世代が国民の大半であった。
動員令の発令はなく、戦時体制にもなっていない。
海軍の本国艦隊は基地に停泊したままで、陸軍にも大きな動きはない。
空軍は本国の部隊が参加したらしいが、フランス戦のような蜂の巣を蹴飛ばしたような慌ただしい動きではない。
故に、ドイツ国民は政府が発表していたものの、体感としては戦争であることすら認識していなかった。