異なった歴史を辿った地球のドイツを召喚してしまった結果 作:やがみ0821
ドイツにとって、ロウリアの降伏は予想よりも早過ぎた。
ロウリアが降伏してくるのは1週間以内を予想していたが、まさか48時間以内に終わるとは思っていなかったというのが正直なところだ。
その為、ロウリアに対する講和条約の内容も正式決定前であったが、そんなことを相手に対して言える筈もない。
治安維持と占領の為に、という名目でとりあえずDRKの陸軍部隊をロウリア王国の王都ジンハークや主だった都市に進出させ、さらに現地に専門家による調査団を派遣し、風土の調査にあたらせることで時間を稼いだ。
その甲斐あって、どうにか講和条約の内容を決定し、ロウリアとの交渉にあたった。
ドイツとしてはロウリア王国の人口は非常に市場として魅力的であった。
しかし、ロウリア側はドイツには負けたがクワトイネやクイラに負けたわけではない、という思いが交渉の席における言葉の端々から感じられた。
これを下手に放置しては将来に禍根を残す可能性が高く、それはドイツにとって望むところではない。
ロデニウス大陸はドイツの庭先として、情勢が安定していてもらわねば困るのだ。
だからこそ、手綱を握るという意味も含め、実質的な植民地化をロウリアへ押し付けた。
王は退位せず、また既存の行政組織や治安維持組織などは変わらず維持されるが、その統治には宗主国であるドイツの意思を反映させる形となる。
それは軍事・立法・司法の統治に関わる全てに対してだ。
また、外交権を取り上げたりはしなかった為、独立国としての体裁は一応保ってはいるが、その外交に関してもドイツの意向が反映されるのは言うまでもない。
ロウリア側からすればドイツが想定した植民地ではなく、属国化の要求に思えたが、彼らはその要求を呑むしかなかった。
戦闘が再開されれば、各地の街がジンハークの港のように吹き飛ばされるという思いがあった為に。
もっとも、ドイツからすれば、これは異世界における実験である。
文明レベルに開きがありすぎる場合、植民地側はどのような反応をするか――?
ドイツとロウリアの文明レベルには非常に大きな開きがある。
それこそ、植民地獲得に躍起になっていた19世紀や20世紀初頭の当時の列強とその植民地よりも。
貿易先としてドイツは輸出する。
インフラから日用品までを、適正な値段で。
この輸出に対して伝統を破壊されたと反発するか、それとも生活が豊かで便利になると喜ぶか――?
前者であったならば取り扱いは慎重になるが、後者であったなら都合が良い。
こればかりは実際にやってみなければ、どう転ぶか分からなかった。
「……脅威が取り除かれたと考えれば良いか……」
クワトイネのカナタ首相はそう考えるしかなかった。
クワトイネ側に侵攻し、国軍と戦ってくれたら、多少なりともおこぼれに与れたかもしれないが、現実は一歩たりとも国内に踏み込ませることもなく、ロウリアを降伏に追い込んでしまった。
戦闘の推移はカナタをはじめとした、他のクワトイネやクイラの要人も報告を受けている。
彼らにも分かりやすいように、色々と注釈がつけられたものだ。
ドイツの機械式飛竜部隊による天空からの高威力魔法攻撃により云々と書かれていた。
おかげで簡単に理解でき、ドイツという国はこういう配慮までできるのだなぁ、と感心してしまう。
「ドイツはパーパルディアをどうするつもりなのだろうか?」
裏から糸を引いていたらしいパーパルディア。
五大列強の一角であり、第三文明圏最大の国家として君臨している。
カナタはパーパルディアがドイツ相手に真っ当な外交をするようには思えず、そして対するドイツもパーパルディアに対して下手に出るような外交をするようには到底思えない。
我が国は、どう動くべきか?
カナタの最大の関心事はそれだ。
ロウリア戦役では何も失わなかったが、ロウリアからは何も得られなかった。
ドイツとの貿易交渉は国交樹立時から粘り強く続けているが、最近は食糧に関して輸入を認めても良いようなことをドイツ側は言い出している。
あれだけ拒んでいたのに、どうして、とカナタは不思議に思ったが、ドイツ側の出してきた但し書きですぐに理解できた。
但し、ロウリア王国への輸出に限定する、と。
戦前からロウリアは敵対していたにも関わらず、商人がやることだから、という態度でクワトイネとの貿易に関しては見て見ぬ振りをしていた。
クワトイネとしても、農作物を売らなければ利益にならないので、仕方がなくロウリアへと輸出を行っていた。
海を超えてアルタラスやフェン、ガハラといった国々にも輸出していたし、当然、クイラへも輸出してはいたが、割合的に多くを占めていたのはロウリアだった。
何しろ、ロウリアとは陸続きで、目と鼻の先にある。
大した手間や費用、時間を掛けずに行き来できるので、そこそこの利益を上げることができていた。
要するに戦前と全く変わらない。
しかも、ドイツがロウリアの手綱を握るらしいので、軍事的な侵攻を企図する可能性は低く、安全だ。
さらにロウリア王国には近い将来、ドイツ企業が多数進出し、様々な物品を生産するようになるらしい。
陸続きで、目と鼻の先にあるロウリア王国でドイツの物品が手に入る。
あれだけお願いしても、拒まれた――広大な自然環境への悪影響が云々言われ、煙に巻かれた――ドイツの企業がやってくる。
ロウリアがドイツの実質的な属国となったからだろう、とカナタは思うが、重要なのはそこではない。
ドイツの物品は海を超えてくることから、どうしても高くなる。
既にドイツの日用品や工芸品はクワトイネは勿論、クイラにとっても無くてはならないものだ。
消費量の増加に伴い、輸入量も増えているが、輸送費用が上乗せされた、やや高めの価格に商人連中は苦しんでいると聞く。
ドイツ側にとってはクワトイネへ持ってきた分だけ売れるのだから、高笑いが止まらないだろう。
しかし、ロウリアで生産されたものであれば輸送距離が短いことから価格の低下が期待できた。
それがドイツによるクワトイネやクイラへの分前なのだろうとカナタは予想する。
それらはクワトイネにとって良い話であったが、問題となるのはパーパルディアだ。
パーパルディアとドイツとの戦い、当然クワトイネとクイラはドイツ側に立つ。
だが、それだけだ。
ドイツに続いて戦後のおこぼれに与る為に宣戦布告することになるかもしれないが、実質的には何もできない。
海軍や陸軍を派遣するなんぞ、自殺行為だ。
五大列強の一角というのは伊達ではない。
装備も練度も数も段違いで、マトモな勝負にならない。
「軍事的な支援も断られてしまっているからな……」
ドイツ軍の装備や練度にカナタは勿論、軍も揃ってドイツ側へお願いしたが、取り付く島もなく、断られた。
我が国の強さの根源ですので、と言われてはカナタらも強くは出れない。
とはいえ、共同訓練の実施を取り付けることができたのは僥倖だろう。
それは彼らの武器――銃を使ったものではなく、体力的な基礎訓練と近接戦闘訓練だ。
ドイツ軍兵士の素の実力を見てやると軍部は息巻いていた。
クイラとも、共同訓練は実施するらしい。
「クワトイネにできることは、ドイツにくっついて貿易で富むしかないか」
ドイツが欲しいというようなものを生み出さねばならない、とカナタは確信する。
その為にはもっと農作物の味を高める必要がある、と。
「自国の最大の強みを生かさずしてどうする。世界で一番美味いものを作って、ドイツが輸入せざるを得なくしてやろう」
「……いや、流石は異世界だな」
ヴェルナーは思わず、そんな感想を漏らした。
つい数日前に行われたクワトイネ軍やクイラ軍との共同訓練の映像を見終えたところだ。
こっちが下手に出ることで、彼らの素の身体能力や近接戦闘能力などを教えてもらうというのがその目的だ。
この世界に、たとえばお伽噺に出てくる吸血鬼みたいなとんでもない身体能力と不死性を持っている種族がいた場合、洒落にならない。
ヴェルナーは獣人がそれと似たようなものではないか、と予想していたが、その予想は半分当たりといったところだった。
獣人は訓練された兵士を簡単に投げ飛ばしたり、数人がかりで兵士達が抑えにかかっても、軽く振りほどいてしまったり、人間ならば重いものでも、軽々と持ってしまう。
特にクイラが出してきた山岳獣人部隊は圧倒的であり、クワトイネ軍の獣人兵士よりも勇猛で、練度も高い。
ただ、ヴェルナーとしてはクワトイネ、クイラ両軍にいる獣耳の女兵士が個人的に気になってしまう。
猫系、狼系、虎系など様々だ。
「愛でるだけなら……」
ヴィルヘルム3世がここにいたら、お前も同じじゃないか、と言うこと間違いない。
勿論、ヴェルナーはエルフも嫌いじゃなく、むしろ好きであったが、さすがにあの場でそんなことは言えなかった。
エルフの女兵士も勿論、映像には映っており、個人的には勿論のこと、その弓の精度や魔法など軍事的にも目を見張るものも多い。
「ロウリアが亜人排除を行うのも、理解できる」
亜人は人間よりもどこかしらに優れた部分がある。
エルフなら魔力や寿命、獣人なら身体能力、映像には少数しか映っていなかったが、ドワーフなら手先の器用さと怪力。
要するに怖いんだろう、とヴェルナーは考える。
もしかしたら、彼ら亜人が自分達人間の命を脅かそうとするかもしれない、彼らは簡単にそれができる――
獣人やドワーフならその腕力の強さだけで人間の身体を引きちぎるくらいはできそうだ。
エルフなら寿命の長さが槍玉に挙げられるだろう。
何十年経っても見た目が変わらない、不老の存在というのは不気味に思える。
「この世界の軍相手に近接戦闘は不利、遠距離から徹底した火力で攻めるしかない」
対パーパルディア戦のやり方は決まった。
被害を最小限に抑える為にも陸軍投入は最終段階だ。
それまでは空軍による徹底した空爆――それこそ連中を石器時代に戻す程の――そして、海軍による海上封鎖。
これらを次の会議で提案しよう――
無論、フィルアデス大陸全てを海上封鎖するなんて物理的にも外交的にも不可能な話である為、あくまでパーパルディア皇国の沿岸部に留まる。
もっとも、近隣の中立国の港で物資が陸揚げされ、それが陸路でパーパルディアに入って、目的地にまで辿り着くことができるかどうかは話が別だ。
「どちらにせよ、まだ動けない。物資の集積、兵力の増強に努めないとな」
そう呟きながらカレンダーを見る。
あと半年程で完了するだろうとヴェルナーは予想した。
その頃には人工衛星も幾つか打ち上げられているだろうから、十分だと。
とはいえ、既に空軍は対パーパルディア戦に向けて動き出していた。
パーパルディア皇国の上空を飛行する航空機があった。
それは高度15000m近くを時速700km程で飛行しており、機体は黒く塗られ、国籍マークすら無い。
ワイバーンの上昇限度は高度4000m程ということがクワトイネからの資料提供で分かっていたが、パーパルディアが保有するワイバーンロードや、ワイバーンオーバーロードの上昇限度が分からない為、簡単には登ってこれない、この高度を飛行していた。
もっともこの航空機からすれば高度15000m程度では物足りないくらいだった。
高度25000mを飛行し、地球における列強諸国を密かに偵察する為に開発された専用の機体であったからだ。
高高度戦略偵察機アルバトロス。
アホウドリを意味するこの機体は、その名の通り長時間滞空し、今日も偵察任務を着実にこなしていた。