ゼロの使い魔の元マスター   作:ユウシャ

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2話 暖かい陽気の中で

 食堂へ向かう途中、建物の見物に熱心な立香へとルイズが聞いた。

 

「ねぇ、他にも喚べる使い魔いるのよね?」

「ん? うん、いるよ」

「なら今のうちにもっと凄いの召喚しなさいよ」

 

 ルイズは未だに立香の「世界を救った英雄である」という話に懐疑的だ。そういうことはあったのかもしれないが、話を脚色していて実際はもっと小規模なものだったのかもしれない、と考えていた。貴族の自慢話は八割以上がこれだからだ。

 ただ立香の話がどこまで本当かは分からないにせよ、実際にエミヤを召喚してみせた立香を、ルイズはある程度信用することにはした。そんなことができる人間なんて今まで見たことも無かったからだ。

 しかしルイズは二人の見た目が気になった。立香はヘラヘラとしていて全体的に弱そう。エミヤは身体は鍛えてはいるようだが、とても魔法が使えるようには見えない。

 ルイズとしては、もっと格好よくて誰が見ても「英雄!」と思えるような、そんな存在を召喚して欲しかった。

 そんなルイズの意図をある程度正確に汲み取りつつ、立香は首を横に振る。

 

「そうもいかないんだ。さっき言ったよね? 制約がある、って」

「あぁ……そういえばそんなことも言ってたわね。制約って?」

 

 落ち着いてから話そうと思っていた立香だったが、質問されて無下にするのもどうかと思い、簡単にではあるがサーヴァントについての説明を始めた。

 サーヴァントは、その全てが極めて強力な力を有している。しかしその力を好き勝手に行使できる訳ではない。

 万全の力を発揮するには、契約しているマスターの才能や魔力量が重要になる。強すぎる力はそれだけ消費魔力も大きいと言うことだ。

 そしてサーヴァントそれぞれにも別に得手不得手がある。

 

「僕は他のサーヴァントを召喚して指示をすることが出来るけど、そこに強制力は無い。例えばエミヤが僕を心底から嫌っていて、そうしようと思えば僕はあっさり殺されてしまう」

「そうなの!?」

 

 驚くルイズにエミヤが首肯する。

 

「我々はあくまで、善意でマスターに協力している。マスターが気に入らなければ拒絶するし、場合によっては制裁を加える者もいるだろうな」

「なによそれ!」

「仮に聞くが、もし君が誰とも知れない人間に召喚されて、自分の望まない事を命令されたら……君ならどうする?」

「ど、どういう事?」

「この学園にいる人間を皆殺しにしろ、だとか、娼婦になって金を稼いでこい……なんて命令をされて君は黙って従うか?」

「従うわけ無いじゃない!」

「そういうことだ」

 

 あ……とルイズは声を漏らす。

 慌てたように立香がフォローした。

 

「そんなに大袈裟なものじゃないよ? マスターならそんな事言わないって分かってるし、余程のことがなければそんな事にはならないから」

「それは君だけだ」

 

 立香が「もーエミヤ!」と非難するとエミヤは肩を竦めた。

 自分を怖がらせる為にわざと大袈裟に話した、と判断したルイズがエミヤを睨み付けたが、エミヤは鼻で笑って口を閉ざした。

 それで、と立香は続ける。

 

「召喚して終わりって訳でもないからね。召喚を維持するには魔力が必要なんだ。僕自身は魔力をあまり消費しないけど、僕の召喚したサーヴァントは違う。今はエミヤしかいないし、戦闘もしてないから実感できないだろうけど、多く召喚すればそれだけマスターに負担がかかると思うよ」

 

 ふんふん、と数度頷いて、ルイズは「じゃあ」とエミヤを指差した。

 

「こいつを消して別のを召喚すれば?」

 

 あまりにも簡単に言うルイズに、立香は思わず笑ってしまう。

 そしてそんな酷すぎる発言に、エミヤはむしろ頷いて同意していた。

 エミヤとしても「もっと現状で役に立てる奴がいるだろう」というのが本音だった。立香に頼られて悪い気はしなかったので黙っていたが、ルイズの意見には同意であったし、他のサーヴァントと交代するべきだと考えていた。

 立香はエミヤを見てから、ルイズに言う。今

 

「確かにエミヤよりも強いサーヴァントはいるよ」

 

 それは誰よりも立香が良く知っている事だ。

 力が必要ならヘラクレスを喚べば良い。

 数が必要ならイスカンダルを喚べば良い。

 知略が必要なら孔明を喚べば良い。

 速さが必要なら、器用さが必要なら、隠密性が必要なら、守備が必要なら。

 

「でも僕は現状では、エミヤが最良のサーヴァントだと思ってるよ」

「こいつそんなに凄いの?」

「エミヤは強いだけじゃなくて、どんな場面でも対応できる応用力があるんだ。困ったらエミヤ、ってくらいには頼りになってさ」

「やめてくれ……」

 

 拒絶反応を示しつつも満更でも無いエミヤ。

 ルイズは不満そうではあるが、とりあえず新しいサーヴァントについては言及は控える事にした。

 しかし立香が「あぁでも」と言った。

 

「多分マスターは魔力量が多そうだから、あと一人くらいなら喚べるかも知れないよ」

「え? ほんと?」

「うん。エミヤを召喚した時、全然平気そうにしてたように見えたんだけど」

「平気そう……ってもし平気じゃなかったらどうなってたのよ!?」

「急激に魔力を減らせば良くて貧血、悪ければ気絶かな。流石に死ぬことは無いよ」

 

 顔をしかめさせるルイズ。

 本来魔力が急激に減れば死の危険もあるが、立香を通した間接的な契約サーヴァントの為、ある程度のリミッターが存在している。

 魔力が足りなくなればサーヴァントの召喚に失敗、あるいは召喚しているサーヴァントが消滅し、マスターにも多少の影響が出るものなのだが……エミヤを召喚した時、ルイズは平然としていた。

 

「まぁ良いわ……じゃあ今すぐ召喚しなさいよ。できればものっすごいのね!」

「そこでまた別の制約があるんだよねー」

「もう! 面倒ね! 今度は何よ!」

「一度に召喚できるのは一騎まで。次に召喚するまでには一時間待たなきゃいけない」

「なによそれー!」

 

 両手を上げて怒りをあらわにするルイズだったが、すぐに何かに思い出して声をあげた。

 そして立香に勢いよく掴みかかった。

 

「ねぇ! ねぇちょっと今あんた! 私の魔力量が多いって言った!?」

「え? うん。あー、と言っても僕は魔術師としては三流以下だから、魔力の流れとかは詳しく分かるわけではないんだけどね。サーヴァントになってもそれは相変わらずなんだよなぁ……。マスターの魔力については、エミヤを召喚したときに分かっただけでさ」

「魔力量が多いってことは、魔法使いとして才能があるってことよね!?」

「……魔法?」

 

 立香がエミヤを見る。エミヤも首を傾げた。

 そう言えば……。先ほどオスマンが「トリステイン魔法学院」と、この場所について説明していたことを立香は思い出した。

 

「ごめん。それは僕にはなんとも……でも多分、マスターは優秀な部類に入ると思うよ」

「へぇ! そう! そうなのね!」

 

 それはルイズにとってこれ以上無いほどに喜ばしい言葉だった。人目もあるので一応自重したが、一人なら思わず跳び跳ねていただろう。

 

「(やっぱり私には才能があるんだ! ゼロなんかじゃない!)」

 

 何に喜んでいるのかは分からないが、立香はマスターが喜んでいるので良しということにした。

 それよりもこの世界について分からない事が増えてしまった。

 魔法とは、人間には不可能なことを可能にする奇跡の行使。普通の人間においそれと使えるものではない。

 それを可能とする人間を育てる学舎?

 とりあえず額面通りに受け取るとして、だとすれば自分にどこまで対応できるのか……立香は少しだけ不安に思った。

 だが考えても仕方がない、と思考を切り替える。

 

 

 

 食堂に着いてすぐにルイズが、

 

「本当は使い魔と平民は食堂に入れちゃ駄目な決まりになっているんだけど、先生が特別に許可してくれたのよ。ありがたく思いなさいよね」

 

 と高圧的に言って、それを聞いたエミヤが渋い顔をした。別にその高慢さが気に触った訳では無かったのだが、ルイズに「あによ?」と威嚇されてエミヤは目をそらす。

 そしていざ食堂に入ると、二人に興味を示した生徒たちが一斉に視線を向けた。

 それに気後れする立香を置いて、スタスタと一人自分の席へ向かうルイズ。立香達からは見えなかったが、ルイズの口角が少しだけ上がっている。

 ルイズは普段座っている席に座る。机の上には肉や魚や野菜にデザートなどが所狭しと並んでいた。

 少し遅れて二人がルイズの後ろに立った。

 そのまま動かない二人に、ルイズは目を向ける。

 

「なにしてんの? 座れば?」

「いや、僕たちは食事する必要が無いから気にしないで」

「そうなの!? どうやって生きてるのよ!」

「勿論マスターから供給される魔力でだよ」

「ふーん、便利なもんね。……って、それにしても後ろに立ってられると気が散るんだけど?」

「それなら霊体化してようか?」

 

 言うが早いか、エミヤと立香は同時にその姿を消失させた。

 跳び跳ねるようにルイズが席を立つ。周りも静まり返ってしまった。

 

「ちょ、え!?」

「あ。ごめん、言ってなかったね」

 

 謝罪しながら立香だけが元の場所に姿を現した。

 

「ごめん、言ってなかった。サーヴァントはこうやって姿を消すことが出来るんだよ」

「先に言っときなさいよ! というか消えるの禁止! なんか不気味だわ!」

「我が儘だな」

 

 言いながら姿を現したエミヤを睨み付ける。

 エミヤとルイズの相性は最悪だったが、何故か立香にはあるべき場所に二人がいるように見えて面白かった。

 がそれはともかく。食事の必要が無いので席に着く理由もなく、かといって立ってられると邪魔だ、でも消えるな、とルイズは言う。

 立香達に残された選択肢は一つだけだった。

 

「外で待ってるね」

「そうしなさい」

 

 食堂を出て行く立香達を見送ると、さっそくとばかりに隣の女生徒がルイズに聞いた。

 

「ねぇルイズ、今のだれよ? 一人は貴女の召喚した使い魔よね?」

 

 聞かれたくてうずうずしていたルイズは、待ってましたとばかりに嬉しそうに答えた。

 

「どっちも私の使い魔だけど?」

「嘘! どういう事?」

 

 ルイズの後ろの席にいた別の生徒も声をあげる。

 

「使い魔の能力で別の使い魔を召喚したのよ。前代未聞ね。今まで召喚されたどんな使い魔のよりも凄い、特別中の特別よね」

「ってことは、貴女の使い魔って魔法使いなの!?」

「らしいわね。大したもんじゃないらしいけど」

「へぇー」

「でも透明化の魔法使ってなかった?」

「水のスクウェアでも使える人間が少ない特に難しい魔法なんだよな?」

「話に聞いたことはあるけど、あんなに綺麗に消えるものじゃないって話だよ」

 

 何となく好ましくない方向に話が進んでいるような、そんな気がしてきたルイズはその予感が正しいものだったとすぐに思い知らされた。

 一人の男子生徒がこう言った。

 

「ルイズより使い魔の方がすげーんじゃねぇの?」

 

 それに周りは「確かに」と同意した。

 

「少なくともどっちもスクウェア級の魔法使いなんだよな。どっちが主だかわかんねーじゃん!」

「ゼロに召喚されて可哀想だよなぁ」

「丁度良いじゃない。魔法の使えない主の為に魔法を使ってくれるんだから」

 

 次第に嘲笑の声が増えていく。

 最終的にルイズの「うっさい!」という怒鳴り声が響いたのだった。

 

 

 

 ルイズの返事を聞いて食堂から出た立香達は、行く宛も無いので外にまで出てきていた。

 中庭と思われるそこでは、生徒たちが外に設置された食事スペースでケーキや紅茶を楽しんでいた。

 空を見ると、どこまでも晴れやかで気持ちがよく、立香は歓声をあげる。

 

「凄いねぇ。空気も澄んでるし」

「そうだな。地球とは何もかもが違うようだ。その辺りにも魔力が溢れている」

「そうなんだ?」

「カルデアに喚ばれていた時よりも身体の調子が良い。ルイズからの魔力も上質だが、この場所自体が我々と相性が良いらしい」

 

 立香は初めて召喚されたので良く分からなかったが、確かにエミヤのステータスはカルデアにいた頃よりも強化されていた。ルイズの才能によるものか、この世界がそういう環境なのか。

 エミヤは少し考えてから、原っぱに座った立香に言った。

 

「君は……良かったのか?」

「ん? なに?」

「君が望んでそうなったのは理解している。だが今回は君のいるべき場所ではない……と私の勘が告げている。多分君も理解しているんじゃないか?」

「召喚されたなら、そこがどこであろうと僕は僕にできる事をするよ。僕にできる事なんてそんなにないけどね」

 

 エミヤは立香のことをとても気に入っていた。

 エミヤの過去を知ってしっかりと正面から受け入れてくれたマスター。遥か昔に失ったと思っていた願いを与えてくれたマスター。馬鹿みたいにお人好しだが愚かではないマスター。数多のサーヴァント全員と絆を結び、人としての大切なものを損なわなかったマスター。

 だからこそ世界を守護する為……という以上に、立香を元の生活に戻すために奮闘した。

 しかし、結果はこれだ。

 立香は世界と契約し、英雄ではなかった筈の立香は最後の壁として採用された。

 これは自分の……数多サーヴァントの望んでいた結末では無い。今もそれを不満に思っている者もいる。それはエミヤもだった。

 

「エミヤ。僕なら大丈夫だよ。僕は君達が守ったものを、永遠に守り続ける事を願ったんだ。無かった事になったあの物語を無意味にしないように」

 

 立香は笑う。その笑顔はカルデアにいた頃と何も変わっていない。

 エミヤはルイズについて思い返す。

 召喚された時、エミヤはルイズがくだらない人間だった場合は、即座に始末するつもりだった。他のサーヴァント達のほぼ全員がその意見に賛同したし、エミヤ自身も立香に辛い思いをさせる気は無かった。

 しかしルイズは、エミヤの朧気に覚えている知人達にとても酷似していた。容姿がという話ではない。

 気高さやプライドの高さ、話し方や反応。

 無意識に「悪い奴ではない」と判断してしまった自分を、心中で嘲笑するエミヤ。

 

「……本当にマスターは大馬鹿だな。それでこんな訳の分からない状況にまで至れるのだから、最早尊敬するしかない」

「まだまだチェイテピラミッド姫路城に比べればこれくらい全然」

 

 確かに……とエミヤは納得してしまった。あれは地獄そのものだ。

 エミヤも立香の横に座り、空を見上げる。

 

「私を喚んだ理由はアレだが、まぁなんにせよ……またよろしく頼む、マスター」

「うん。よろしくね。状況次第で他の人と代わる事になるかもしれないけど」

「構わないさ。むしろ積極的に推奨する。ここに私の居場所は無いだろう。マリーやデオンはどうだ? ルイズの期待に応えるなら、アーサーも良いんじゃないか?」

「僕も次に喚ぶならアーサーかなーと思って……わっ! ちょ、いきなり騒がないで!」

 

 立香が頭を抱える。彼と繋がっているサーヴァント達が、一斉に不満を口にしたのだ。

 エミヤもそうだったが、立香を通してこの世界を視ているサーヴァント達は、立香とある程度の意思疏通が取れるようになっている。

 立香の方から連絡を閉ざす事はできるのだが、それを良しとせずに立香は開きっぱなしにしていた。

 

「マスターの限界が分からない以上、無理をする訳にはいかないからなぁ……。いや本当、喚べるなら全員喚びたいんだけどね」

 

 申し訳なさそうにそう言うと、声達は騒ぐのをやめてくれた。

 エミヤはやれやれ……と苦笑する。

 

「それにしてもマスター、食事は本当に良かったのか?」

「うーん……正直なところ、まだちょっと慣れないというか。魔力で事足りるのは分かってるんだけど、変に空腹感があるんだよねぇ」

「私もカルデアにいた頃、同じことを思った事がある。というよりサーヴァントの大半がそうだったというか……」

「エミヤのご飯美味しかったからねー」

 

 エミヤは立ち上がる。

 

「せっかくだ、遠慮せずにこの世界を楽しもう。ちょっと台所の人間と交渉して来るから待っていてくれ」

 

 エミヤの目が料理人のそれになっていた。

 

「分かった、行ってらっしゃい。やり過ぎないようにね」

 

 軽く手を上げて歩いていくエミヤを見送り、立香も立ち上がると人間観察を始める。

 皆笑顔で談笑している。

 何人か、こちらを見ながらヒソヒソと話している生徒もいた。

 立香はそちらへと笑顔で手を振る。視線をそらされた。

 

「あらら……」

 

 そしてまたゆっくりと様子を見ていると、暖かい日射しに眠気を誘われる。

 サーヴァントは寝なくても平気な筈なのになぁ、と思いながらも立香の瞼が重くなっていき……。

 言い争いのような声が聞こえてきて、うとうとしていた意識が一気に覚醒した。

 少しだけ眠っていたようだ。立香が声の方を見ると、涙を流す少女を必死に宥めようとしている少年がいた。

 どうにも痴話喧嘩らしい。

 成り行きを見守っていると、少女が少年の頬を思い切りひっぱたいて走り去っていった。

 また少ししてから巻き髪の少女が少年に近付いていき、ビンに入った液体を少年の頭にぼとぼと溢すと、

 

「嘘つき!」

 

 と怒鳴って走り去っていく。

 そして立香はそこにいたもう一人の人物に気が付いて、慌てて駆け寄って行く。

 

「どうしてくれるんだ? 君が軽率に香水の壜を拾ったせいで、二人のレディの名誉が傷ついたじゃないか」

「それは悪かったな。善意のつもりだったんだが」

「善意? ふん。それなら一度無視した時に、そのままテーブルにでも置くくらいの機転を利かせたまえ。これだから平民は」

「以後気を付けよう」

 

 何があったかは分からないが、エミヤが何かをして、そのせいで金髪の少年・ギーシュの浮気が発覚した、という事が立香には分かった。

 立香はエミヤに近づく。

 

「大丈夫?」

「マスター、起きたのか。騒々しくしてすまない」

「誰だ? ……あぁ、あのゼロのルイズが召喚した使い魔か。何か用かな?」

「騒いでいるようだったからさ」

「君の知り合いかね? ならばもう少し常識について学ばせるのだね。いや、平民には無理な相談かな?」

 

 怒りまま立香達に当たりつけて来ているようだ。

 立香はエミヤの手を引いてその場を後にしようとした。

 しかしエミヤはそれを拒むように、立夏の手を払う。

 

「常識を学ぶべきは君の方じゃないか? それとも貴族とやらの常識には、「貴族は浮気をしなければならない」とでも書かれているのかね? それなら失礼した」

 

 しん、と騒がしかった中庭が静まる。

 どうやらギーシュの発言は、エミヤの琴線に触れてしまっていたらしい。

 立香は「あぁ……」と声を漏らした。

 ギーシュは怒りの形相のまま、絞り出すように言った。

 

「なんだと……?」

「聞こえなかったのならもう一度言おうか。レディの名誉を傷つけただと? 知られて傷つくような行動をしたお前が悪い」

 

 確かに正論なのだが状況が悪かった。今二人の少女にフラれて気が立っているギーシュには、どんな言葉も届くことは無いだろう。

 それでもエミヤは畳み掛けた。

 

「女性を泣かせるだけに飽きたらず、その責を他人に押し付けて自分は相変わらずの貴族ヅラか。まったく理解に苦しむね。自分の行動の責任も負えない分際で高望みを随分と高望みをしたな?」

 

 普段は冷静沈着で感情をあらわにしないエミヤにしては、とても珍しい反応だった。

 見たことの無い一面を見てこんな状況にも関わらず何故か喜ぶ立香。

 しかし空気はますます悪くなる一方だ。

 

「良いだろう。よくも言ったな? そこまで言うからには当然、自分の吐いた言葉の責任は取れるのだろうね?」

「悪いが子供のごっこ遊びに付き合う気は無い。一人でやっててくれ」

 

 エミヤの言い様に、更に青筋を立てるギーシュ。

 

「なるほど、言うだけ言って怯えて逃げ出すのが平民流か。口だけ達者なのが始末に負えないな」

「口の次に手を出そうとする短絡的に過ぎる貴族に比べれば、私の口も平和主義者なようだ」

「貴様……!」

 

 今にも掴みかからんとする勢いだ。しかしギーシュは睨み付けたまま動こうとしない。体格的に組みかかっても勝てないのは明白だったからだ。

 仕方なく立香が両者の間に割って入る。

 

「エミヤ、とりあえず落ち着いて」

 

 ひとまずエミヤに距離を取るよう立香は促した。

 エミヤは大人しく数歩下がる。

 そしてギーシュへ向いて言う。

 

「君も、冷静になった方が良い。エミヤの言い方はちょっと厳しいかもしれないけど、間違ったことは言っていない」

「なに?」

「壜を拾った、んだっけ? それで浮気がバレて、それで女の子が二人傷ついた。結局誰が悪いのかって、君もちゃんと分かってるよね?」

「…………」

 

 ギーシュは黙って立香を見る。

 

「君はこの給仕君の何なのだね?」

「エミヤは僕の召喚した……使い魔だよ」

「使い魔? ほう、使い魔が使い魔を召喚したのか。何だか分からないが、つまりこの口の減らない給仕の飼い主なのかね」

 

 と言ってすぐ、突然立香の頬を殴り付けた。

 突然のことで立香は何の準備もできずに地面を転がった。

 

「飼い犬の責任は飼い主が取るのが常識だ。今回はこれで手打ちとしておいてやろう、ありがたく思うことだね」

 

 勝ち誇るギーシュ。

 ここで自分から魔法を使うのは不味い、ということと、殴りあいではとても勝てそうにない、と考えていたギーシュだったが、しかしプライドからこのまま放置もできないので、向こうから殴りかからせて正当防衛で魔法を使うつもりだった。

 だがそれよりも弱そうで責任も押し付けられそうな立香が目の前に来てくれたので、殴る口実ができたとばかりに手を出したのだ。

 

「貴様!」

 

 エミヤが動こうとしたが、頬をおさえて立ち上がった立香に手で制止される。

 立香は笑っていた。

 

「うん、ありがとう。それじゃあ今後はお互いに気を付けようね」

 

 その立香の言葉と笑顔が、ギーシュには余計に癪だった。

 もう一発殴ってやる、と動こうと動き出そうとした。

 

「…ッ!?」

 

 しかしピタッと身体が動かなくなる。

 少年は困惑した。動こうとしているのに、一ミリも身体が動かせない。理由は不明。

 ただ一つの予感があった。このまま動けばただではすまないという、そんな予感が。

 一歩後ずさる。それは驚くほど簡単だった。

 そしてギーシュの耳元で声が聞こえてきた。

 

「チッ……もう一回来たら、その腕切り落としてやるつもりだったのによ」

 

 女性のような男性のような、曖昧なものだった。

 ただ凛としていて鋭い声だ。

 周りを見回してみるが、しかし周りには誰もいない。ギーシュ以外には聞こえていないようだった。

 ぶわっとギーシュの全身から汗が吹き出る。

 

「……きょ、今日のところはここまでにしておいてやろう。以後気を付けるんだね」

 

 ギーシュは逃げるように走り去った。

 

「話の分かる子で良かったね」

「とてもそうには見えなかったが……マスター、すまない。私が余計なことをしたせいで……頬は大丈夫か?」

「へーきへーき。いやびっくり、サーヴァントになっておきながら、普通に殴られてダメージ受けるなんて……いやほんと、情けないね」

「マスターは色んな意味で特別だ。良い意味でも、悪い意味でも。自覚しているだろう?」

「……うん、そうだね。ところでお腹が空いたんだけど、ご飯できてるかな?」

「……あぁ。すぐに準備をしよう」

 

 ふんふんと鼻歌を歌いながら何もなかったように空いている席に座る立香。

 相変わらずだな……と思いながら、エミヤは台所へと向かうのだった。




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