昼食の後の教室内は気怠げな雰囲気に包まれていた。これはどちらの世界でも共通なんだなぁ、と立香はクスリと笑う。
やがて教師だと思われる女性が入って来た。それで大半の生徒は何とか気を引きしめることができていたが、何人かは意にも介さず脱力したままだ。
教師はチラリと壁際に立つ立香に視線を向けて、数秒ほど凝視してから視線を外した。
ちなみに、エミヤとアーサーはここにはいない。アーサーは召喚してすぐにどこかに行ったまま姿を見せず、エミヤは立香たちの許可を取って厨房に行ってしまっている。
流石に怒るかな、と立夏は思っていたのだが、ルイズは「好きにすれば?」とどちらでも良いという態度だった。
しかし他の生徒が召喚した使い魔も、昼食の時は中庭などで自由にしていたので、使い魔は放し飼いが基本なのだろうか? と立香は納得する。
今は教室内に使い魔と思われる生物があちらこちらにいて、シュヴルーズはそれらをゆっくり見渡した。
「春の使い魔召喚は成功したようですね。こうして、新学期に様々な使い魔を見るのが私の楽しみなのですよ」
そう言って、生徒たちの傍にいる使い魔たちをゆっくりと見渡していき、最後にもう一度立香の方へと視線を向けた。
「ミス・ヴァリエールが人間の使い魔を召喚したと聞いていましたが……本当に普通の人間のようですね。お名前を伺っても?」
聞かれた立香はルイズを見る。ルイズに面倒臭そうに手をしっしっ、とやられたのでそれを許可と受け取って、立夏は笑顔で自己紹介する。
「初めまして、僕の名前はリツカ・フジマルです。マスターであるルイズに召喚された使い魔ですが、基本的には普通の人間だと思ってください。よろしくお願いします」
「ミスタ・フジマルですね。そういえばこちらの自己紹介がまだでしたね」
生徒たちに向き直ったシュヴルーズは、コホンと咳払いをした。
「私はシュヴルーズ、二つ名は『赤土』。これから一年間、皆さんに『土』系統の魔法を講義します。よろしく。……おや?」
空いている席がひとつあることに気がついたシュヴルーズは、その席を持っていた杖で指した。
「いないのは……ミスタ・グラモンですね。何か聞いていますか?」
「昼に女子二人に手酷く振られたんで引きこもってると思いまーす」
一人の男子生徒が手を挙げて元気よく答えると、周りからクスクスと笑い声があがる。
シュヴルーズは「まあ」と口元を手で覆った。
「まったく、仕方ありませんね」
コンコン、と教卓を杖で叩くと生徒たちの笑い声が止む。
それを確認してシュヴルーズは頷いた。
「それでは授業を始めます――」
シュヴルーズの授業が始まり、やることも無いので立香は耳を傾ける。そして意識を内側にいるサーヴァント達へと集中していった。
サーヴァント達は興味深そうに授業を聞いては、あーでもないこーでもないと話している。主にキャスター組だ。「非効率的ね(メ)」「なんか今のところ曖昧じゃねぇ? 力出せなくねーかこれ?(兄貴)」「くだらん(金)」「ファック! これだから才能のある奴らは……!(先生)」と、各々好き勝手に言っていた。
立夏には授業の内容もサーヴァント達の言っていることの半分も分からなかったので、真剣に羽ペンを動かすルイズをボーッと眺めていた。
そうして数十分程経過する頃には、キャスター達も興味が無くなったようだ。みんな自室に戻って行ってしまっている。今は常に張り付いているサーヴァント達の話し声しか聞こえない。
断片的にわかる入ってくる情報から現在、石を金属に変える魔法だという事がわかった。錬金術というやつだなと、とあるトラブルメーカーサーヴァントの笑顔を思い浮かべる立夏。
シュヴルーズが石に杖を向けて呪文を唱えると、すぐに石が金属に変わった。
それを見た赤い髪の女生徒が「ゴールドですか!?」と驚いたが、シュヴルーズはすぐに「ただの真鍮です」と訂正した。
そして「トライアングル」や「スクウェア」など、また立香にはよく分からない単語が出てきた後で、「それでは誰か……」と、シュヴルーズは生徒たちを見渡した。
そしてシュヴルーズが目をつけたのは、ルイズだった。
「ミス・ヴァリエール、まずは貴女にやってもらいましょうか」
シュヴルーズに名指しされて、ルイズの体が小さく揺れた。
「さ、前へ」
おや? と立香は首を傾げた。
召喚された時の状況を考えれば、「ルイズは魔法が苦手である」という事実は周知の事実だということが分かる。それを証明するように、名指しされたルイズは戸惑い動けないでいた。
しかしシュヴルーズにはなんの疑問も無いようで、「どうしました? 早く来なさい」とルイズを促していた。
ルイズが恐る恐る立ち上がるのと同時に、また赤い髪の女生徒が手を上げる。
「あら? ミス・ツェルプストー、どうしました?」
「あの……やめた方が良いと思いますけど」
「やめる? 何をです?」
「先生、ルイズに魔法を使わせるのは危険です」
その言葉に教室にいたほぼ全員が頷いた。
生徒たちの総意を代弁した赤い髪の女生徒・ツェルプストーの表情は、馬鹿にしている訳でも冗談を言っている訳でもない事が分かるものだった。立夏は何とも言えない不安を感じて、ルイズの傍に寄っていく。
ツェルプストーは続けて言う。
「先生はルイズを教えるのは初めてですよね?」
「ええ。ですが彼女が努力家であることは聞いていますよ。魔法が苦手だということも聞いていますが、失敗を恐れては前には進めません」
どうやらシュヴルーズも「ルイズは魔法が苦手」という事実は聞いているようだった。ただどこまで苦手なのかは知らないようだ。
すっかり熱血教師のようになってしまっているシュヴルーズの説得を諦めたツェルプストーは、歩き出したルイズに懇願するように言った。
「ルイズ。やめて。お願い」
「うっさい」
その制止も無視してルイズは教室の前へ出ていく。それに立夏は着いていく。
立香は念のため、エミヤとアーサーにも召集をかける事にした。
『エミヤ、アーサー、こっち来れる?』
『可能だ。どうした?』
『僕もいつでも大丈夫だよ。なにかあったのかい?』
『そういうわけじゃないんだけどさ、何か嫌な予感がするから、こっちに来てほしい』
『分かった。すぐに行くよ』
アーサーがそう言って念話を切る。
それから十数秒程もしないうちに、霊体化のエミヤとアーサーが教室に入ってきた。
「いきなりごめんね。アーサーはあっちの女性をお願い」
シュヴルーズを指さして指示する。
アーサーは何も聞かずに頷いてすぐに動き出す。
「エミヤは生徒たちの方をよろしくね」
「よろしく、と言われてもな。いったい何が起こるんだ?」
「うーん……なんだろう?」
エミヤは頭を掻いて、言われた通り生徒たちの正面に立った。
そして二人は霊体化を解除する。立香もルイズに近寄った。
突然現れたアーサーとエミヤに、教室内がざわつく。
同じく困惑しているシュヴルーズは、アーサーに声をかけた。
「な、なんですか貴方は!?」
「失礼、レディ。少し下がってはくれないだろうか? 何かあった時に、私に貴女を守らせてほしい」
言い回しが芝居臭くはあったが、王子様フェイスの微笑みにシュヴルーズは頬を赤くして素直に数歩下がった。そのままアーサーはシュヴルーズとルイズの間に立つ。
そんな風に立香達が周りで動いている間、その中心にいるルイズは驚く程集中していた。生徒たちのざわめきも、エミヤたちが来た事にも気付いていない。
ルイズはぶつぶつと何かを呟く。
生徒たちが慌てて次々と机の下に入っていった。
目を瞑り……短く呪文を唱えた。そして杖を振り下ろす。
立香の頭の中で一斉にサーヴァント達が怒声をあげた。
そして轟音が響いた。
その間際、エミヤは巨大な花弁の盾を展開した。
その間際、アーサーがシュヴルーズを抱き抱えて跳躍した。
その間際、立香はルイズへと手を伸ばしたが、ぶっ飛んできたルイズに弾き飛ばされて壁に叩きつけられた。
「ごふっ!」
肺から空気が漏れる。酷い痛みが立香を襲ったが、それよりもルイズのクッションになれた事をひとまず喜んだ。
ルイズは憮然とした表情で立ち上がると、スカートについた埃をパンパンと払う。
そして唖然とした顔のエミヤと、シュヴルーズと共に倒れるアーサーに咳き込む立香。それから教室の隅で縮こまる使い魔達や、そっと机の奥から顔を覗かせる生徒たちを見渡して、肩をすくめてこう言った。
「ちょっと失敗したみたいね。でもいつもよりはマシみたいだし、ちょっとは成長したんじゃない?」
一部破壊された教室の後片付けを全員(主にエミヤの主導)でやり終えた。大変な騒ぎにはなったものの、飛んできたコルベールは「ルイズにやらせたシュヴルーズも悪い」というような事を言って、結局「いつものルイズの失敗」程度に収まった。日ごろの行いの結果とも言える。
錬金の授業は教師気絶による中断、それで今日の授業は全て終えたとルイズに聞かされた立夏は、今後の拠点として庭で野宿でもしようかと思っていた。
しかしコルベールに、オスマンからの「部屋を用意した」という伝言を伝えられた。
厚意は素直に受け取ることにした立香達は、これから住む事になる部屋に向かうことにした。
「わざわざ僕たちの為に部屋を用意してくれるなんて、ありがたいね」
「一応野宿の準備はしていたんだが、無駄になってしまったな」
「そうだったの? ありがとうエミヤ」
「それなら、用意してもらった部屋はマスターが使えば良い。僕たちはエミヤの用意してくれたキャンプで十分だから」
「そんな気を使う必要無いから! 何度も言うけど、僕も一応サーヴァントなんだからね?」
と談笑する三人の前方、少し離れた所にルイズはいた。
一言も発さずに黙って前を歩くルイズを気遣って立夏は声をかけずにいたのだが、それはそれでルイズは気に入らなかった。
「(こういう時に主人を放って談笑? 良い身分ね。どうせ内心では私のこと馬鹿にしてるんでしょ? 今も三人で私の悪口かしら? 使い魔のくせに! 使い魔のくせに! なんで私は何もできないの!? どんなに頑張っても上手くいかない! ゼロ、ゼロ、ゼロ! ゼロのルイズ! 魔法も使えない駄目貴族! 私だって好きで失敗してるわけじゃないのに!)」
怒り渦巻く胸中をなんとか抑えていたが、やがて堪えきれなくなりふるふると怒りに震え始めた。
それに気づいて「マスター? 大丈夫?」と声をかけた立夏だったが、その心配するような声音にカチンと来たルイズは、振り向いて口を開いた。
「ねえ、何か私に言いたいことがあるんでしょ? お、怒らないから、言ってみなさいよ。絶対に怒らないから」
震えてどもりながらも、ゆっくりとそう問いかける。
しかし特別ルイズに言いたいことが無い立夏は、腕を組んで「うーん……?」と唸る。一応考えてみるが、さっぱり思いつかなかった。
それが惚けているように見えて、ルイズの怒りが理不尽にも増大していく。
「な、内心では馬鹿にしてんでしょ? あんな簡単な魔法も使えないのかって?」
「あぁなるほど! それかぁ」
立香はポンと手を叩いて呑気に笑った。自分との感情のあまりの落差に、気勢を削がれたルイズは二の句を継げずに立ち尽くす。
そんなルイズの右手を両手で包み込むように握り、立夏は優しく声をかけた。
「僕は君を馬鹿にしないし、仮にどんなに君が間違っても君の味方だ。全肯定はしてあげられないけれど、それで君を低く見ることは絶対にない」
「……なんでよ。魔法の使えない貴族なんて、おかしいじゃない」
「僕の住んでいた場所には貴族なんていなかったからね。昔いた貴族が魔法を使えたなんて話も聞いたことが無いよ」
「そ、そうなの?」
「うん。だからどれだけおかしいかなんて僕にはわからないし、そもそもできないことを馬鹿になんてしたくない。それは最低最悪な行為だから……って言ったよね?」
そういえば、とルイズは立夏を召喚した時の事――自分を嘲笑った人間たちを叱ってくれた時のことを思い出した。
急激に頭が冷えてくる。そして今の自分を冷静に省みた。
最初から自分の味方でいてくれて、そのあともずっと自分をマスターとして立ててくれた立夏に、まったくそんな素振りも見せていないのに「馬鹿にしているのでは?」と勝手な妄想で怒る自分が、ここにいた。ひょっとしてとんでもなく恥ずかしいことをしていたのでは? と思えてきて、とんでもなく居心地が悪い。
思わず逃げ出しそうになったが、立夏に手を握られていて動けなかった。
「……手、放しなさいよ」
「あ、ごめん」
立夏が離れる。そしてルイズは数歩下がって後ろを向いた。
何かを言おうとして止め、それを何度か繰り返してようやくルイズは言った。
「今のは忘れなさい。私はあなたの主人で、あんたたちは全員私の使い魔。それだけよ。良い? あんたたちは唯一の私の魔法の成功例なんだから。私がゼロじゃない証明なの、誰にも馬鹿になんてさせないわ」
「最初からそのつもりだよ、マスター」
間髪入れずに立夏は答える。
それを聞いてルイズは嬉しそうに後ろ髪を揺らしながら、足早に歩いていった。
「……先が思いやられるな」
「そう? 僕は楽しくやれると思ってるよ?」
皮肉にそう返され、エミヤは黙って首を振る。
立夏はルイズの背中を見つめて、そっ、と小さくため息をついた。
それに気づいたアーサーが声をかける。
「どうしたんだい?」
「あ、ごめん。マスターにあんな風に思わせちゃうなんて、サーヴァント失格だなぁって思って。サーヴァントって難しいね」
立夏の発言に、エミヤは何言ってんだコイツ? と言わんばかりに表情をしかめた。
「一応聞くがマスター、お前は一度も不安にならなかったのか?」
「え?」
「英雄達が自分を助けてくれるかどうか、不安にならなかったか?」
そう問われて、立夏は初めての冒険を終えた後のことを思い返した。
次々に襲い掛かってくる異形の者達のなか、召喚したサーヴァント達は必死に戦ってくれた。
カルデアに戻ってすぐ再度召喚に応じてくれて、そのあともずっと一緒に旅をしてきたが……。
「(最初の頃、時々不安だった。「こんな奴と一緒に戦かえるか」って言われないか、気がついたら嫌気がさしてみんなやなくなるんじゃないかって。僕は何にもできない、無力なマスターだから)」
そんな不安も最初だけだった。そんな事考えてる暇も無いくらいに敵は次から次へとやってきたし、そんな戦いの中で立夏もサーヴァント達と強い絆を結んでいった。
そうだ、と立夏は笑った。
「焦る必要、無いよね?」
「お前とルイズは違う。考え方も性質も、この状況もなにもかもだ。お前はお前の思うサーヴァントになれば良い」
「それをサポートする為に、僕たちはいるからね」
アーサーもフォローする。
「ちょっとあんたたち! 遅いわよ! 早くしなさい!」
遠くでルイズの叫び声が聞こえてくる。
立夏が慌てて走りだし、それにエミヤとアーサーは苦笑しながら着いていくのだった。
休みの半分くらいの期間は父親が亡くなったり、父親のノートパソコンを譲り受けたり、そのノートパソコンを物書きに使えるようにしたりと、色々立て込んでました
半分くらいはゲームが忙しくて……
2~3ヵ月に一回くらいのペースで投稿できるように頑張ります
やっぱノーパソあると違いますね、スマホだとどうしても時間がかかっちゃって
たぶんそのうち幕間の物語(外伝みたいなの)も投稿します
感想などお待ちしております