ラフエル地方、セシアタウンに位置するバトル施設『バトルキングダム』。

そこを司る最強の五人“キングダムレギオン”のうちの一人『セラ』は、どのようにしてタワータイクーンへと昇り詰めたのか。

これは、とある栄光の目覚めの記憶である。


※こちらはTwitterにて行われている、ポケットモンスター総合二次創作企画『ポケットモンスター虹』の作品になります。
基本設定、人物等の詳細はこちらのアカウント《@Pokemon_NIZIver》の固定呟きにて。

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ポケットモンスター虹 ~Morning Glory~

『旅に出よう』

 

 ――幼い頃、漠然とそんなことを思った。

 正しいかどうかではない。好きかどうかでもない。

 人が、急に誰かに会いたくなるように。驟雨が、夕焼け空に水差すように。

 突然奔る電流に、そう命じられた。

 わかりやすく表現するなら、直感……というものなのだろう。

 誰に示された訳でもない。導かれた訳でもないし、強いられたとも考えていない。自由だった。どこまでも自由だった。

 彼はその自由に基づいた意思で、されど直感に従い、自分で自分の背中を押した。

 山頂の町にて、なんとなく近い青を見続ける日々から、遥か遠い白に手を伸ばす日々へ。

 森羅万象に溢れて窮屈な“下”も、眺める側から歩く側へ。

 そうして生まれた旅人が仰ぐかつて居た場所は、果てしなく高かった。

 外の世界は危険が多い。とても一人では生きられないので、ポケモンを仲間にした。

 外の世界は誰も助けてくれない。生活を全て一人で行う必要があるので、必死になった。

 外の世界は知らないことが沢山だった。何も考えないままに故郷を出てきたので、感動した。

 成長が楽しくなった。体と一緒に大きくなっていくポケモンが、愛しくなった。彼らに自分の時間が刻み込まれていく気がした。

 数多の出会いを重ね、無限の景色を巡り、八つの輝きを持つ強者と激闘し、やがて至った覇者の道。

 四人の守護者を打ち破り、とうとう王を超えられた。

 彼は幾つもの賛辞を浴び、栄光を手中にした。待ち受けるのは輝く明日で、それはどれだけ立ち止まっても保証されるものだったはずだ。

 ――それでも彼は、歩いて過ぎ去った。

 拍手を欲したのではない。誉れを求めたのではない。認めてくれと頼んだ覚えはないし、まして崇めろとも、奉れとも言った覚えはない。

 

 だったら自分は何が、どんなものが望みだったのか。

 

 考える。思う。悩み、頭を抱える。

 暫く寝転がると、“なんとなく”のきっかけだけでは、得られるものが無いのだと悟った。

 行くところまで、行った。いよいよ何かを掴むべき時だ。

 そんな風に己に発破をかけ――――ポケモントレーナー『セラ』は、ここにいる。

 

「(……やはり……)」

 

 ククリタウンの船乗りに頼み込み、訪れたバークル島。そこからメティオの塔までの一本道を逸れて、深い森林へと入る。コンパスが狂うほどに奥へ進めば、終いには視界いっぱいに自然が広がった。

 樹木に囲まれているはずなのに、違和感を覚えるほどに明るすぎる、原風景のようなライトグリーン。

 不思議と綺麗な円形で、広々として、穏やかな風が吹いていて。

 パステルブルーに染まった天が、まるで空間を切り取るようにして静寂を生み出している。

 初めて来た場所のはずだが、彼は確かに知っていた。遠ざかった気の向こう側で、間違いなく見ていた。

 やはりあの時と同じ、直感だ。どこからか発された電気信号の命令を肯い、『孤高の住処』に訪れた。

 

『我が隠遁を阻まんとする存在よ、汝は何者か』

 

 自分しかいない箱庭じみた草原で響く声に、ひどく驚く。

 出所の方へ目を向けると、忽然と現れる獣の影。輪郭が少しずつ希薄から、明白へと変わっていった。

 草場を重々しく踏みしめる逞しい足は、四つ。頭からは鋭い二本角が生えていて、長い首から伸びる立派な白毛と合わさり、並々ならぬ気品を放っている。

 コバルトブルーの体色は、見る者に平和な快晴を思わせる。

 

『太平の世に在って我を呼ぶ汝よ、その道理を説き明かせ』

 

 八千年前――“英雄の時代”を生きていたポケモン『コバルオン』が、ここにいる。

 数多のポケモンを率い、幾度も降り掛かる厄災に立ち向かった、いわば“ポケモン側の英雄”。

 伝説がかつての威風をそのままに顕現した時、セラはその荘厳な佇まいに目を丸くし、言葉を失い、跪きかけた。

 口が動いていない。テレパシーで語りかけているのだろうか。この者はこれほどの気配を隠して、これまで眠っていたのだろうか。

 聞きたいことばかりが募っていく。でも――。

 

「…………道を、問いに来た」

 

 自分が欲しい回答は、無二でしかない。

 

『……なんだと?』

「……俺は、自分の欲しているものがわからない。行きたい場所が、わからない」

『それを我に問おう、と云うのか』

「お前にならば、わかると確信した」

 

 何かを期待して、ここに来た。

 夢で何度も目の当たりにした場所だ――――無意味ではないはずだ。

 無責任かもしれないが、けして無駄ではないはずだ。

 現に彼が出てきたから。自分の前に、立ちはだかったから。

 無音の中で、おもむろに握ったボールを転がした。ポン、と燐光が弾けると、どくトカゲポケモン『エンニュート』は姿勢を低めて身構える。

 

『……殊勝な男だ。己に理解し得ぬものを、どうして我ならば解せると思った』

「俺が、何度もここを夢に見たからだ」

『理屈すら破綻している。差し詰め迷い子、か』

「教えてくれ……――俺の、行く先を」

 

 凛として対峙するセラを暫く眺めた後、

 

『――これまで、我が力や我の滅びを求めて来た者は数あれ、単純な声を聞きに来た者は汝が初めてだ』

 

 コバルオンは目を閉じ、そう言った。

 

『戯れの一環か、或いは真の狂気かは知らぬが……確かに掴み取った(えにし)よ、望み通り道を示してやろう』

 

 次に瞳が見えた時。

 

『――――地獄への片道をな』

 

 それはきっと、セラが脅かされる時。

「エンニュート!!」明確な殺意が迸る開眼の一瞬を、逃さなかった。

 我先にと逸った声音が、コバルオンよりも先にエンニュートを動かした。

 眼光へ、しゃー、と吠え立てながら“かえんほうしゃ”を放つ。

 幼い頃に読み聞いたラフエル神話には、コバルオンの体毛を編んで作った剣があった。この伝承が正しいならば、恐らく彼ははがねタイプ。

 よって火属性の攻撃が有効なはず――。

 

『その程度か?』

「…………!!」

 

 剣状のオーラが、その想定を嘲笑う。

 何本にも分かれて獣の周囲を回転するそれは、“つるぎのまい”と呼ばれる技だ。

 障壁となって、至るよりも前に火炎を優にかき消した。“こうげき”の強さを上げるだけの技であり、本来ならばバリアの役割を持つなどまるきりあり得ない挙動なのだが――現実にして起こっている以上、セラは『伝説の力の一端』として腑に落とす他なかった。

 

『こちらの番だな。凌いで見せろ』

 

 初撃の残滓である火の粉を振り払い、剣状のオーラは切っ先を前にし次々飛んでいく。

 まるでバードストライクのような威勢で真っ直ぐに襲いくるそれを、エンニュートはいなしきれなかった。

 かくとうタイプの技、“せいなるつるぎ”。肉体に刃を持つポケモンならば誰でも覚えられる技だが、彼らの扱うそれが起源であると知るのは、エンニュートが閃光に貫かれた後のこと。

 今一つの効果でノックアウトされた瞬間を見届け、次なるポケモンを。

 

『待つと思うか?』

「――――ッ!!」

 

 そんなこと、許してくれるはずもなくて。

 第二波の“せいなるつるぎ”は、セラを捲し立てた。咄嗟の横跳びで回避し、モッズコートの一部を切り裂かれるだけに留める。数秒反応が遅れればどうなっていたかは……考えたくない。

 たったの一撃でこれだ、油断どころじゃない。僅かでも注意を逸らせば死んでしまうだろう。

 両手でボールをかざす。右のボールにエンニュートを収め、左のボールから『ギャラドス』を召喚する。

 

「ならば……!」

『ギャシャアアアアアアアアアア!!』

 

 かくとう・はがねに対し、またも有利相性で勝負する。みずの青を伴い、ひこうの記号で天翔ける。

 荒い気性は大迫力の形相を作り、愚直なまでの一筋で龍を進撃させた。

 空気中の水分を味方に付けた猛烈な“たきのぼり”はコバルオンへと激突、そのまま立つは高い水柱。

 

「……………………!」

『所詮は、蛮勇か』

 

 “メタルバースト”。鏡が如き半透明の膜を霧もろとも弾けさせると、受けた衝撃をそのままギャラドスに返す。

 またも一撃。蒼の闘士は、未だ一歩も動じず。

 唇の裏でがっちりと歯を合わせ、怖じと吃驚を噛み砕く。

 今一度表情を引き締めて、踏み込んで『ムウマ』と『マリルリ』を同時に差し向けた。

 

『決意を持たぬ汝よ』

「ムウマ、“おにび”!」

『其れでは我を退かせることも叶わぬぞ』

 

 質量の無い両刃剣が火の球を切り払う。星さえ砕く硬度の角が亡霊を突き上げる。

 

「マリルリ、“じゃれつく”!!」

『此れでは我に触れられぬままその身が朽ちるぞ』

 

 何本もの剣が地面から降り注ぐ。

 

『非力、非力、非力』

 

 やがて地面に突き刺さって整列したそれは壁へと変わり、マリルリの突進を阻んだ。

 

『中身が無い。空虚で安い』

 

 向き直って、駆け出して。

 

『柔く軟く、脆弱の極み』

 

 バリン。“アイアンヘッド”は剣のオーラを叩き割り、その向こうの兎を圧倒的な威力で打ち飛ばした。

 風の輪が広がる。空気を穿ち、引き戻り、マリルリは抵抗虚しくセラの真横を抜けて、地に落ちた。

 心身揺らいで、とうとう呆気に取られる。でも今じゃない。絶対この時ではない。のに、思考は白に染まってしまった。

 まだ戦えるのに。もう一体、初めて手にした仲間がいるのに。一番長い時間を過ごしてきた相棒がいるのに。確かにボールを握っているのに――棒立ちするな、考えるな、前見ろ、出せ。

 

『――どうして、挑めた?』

 

「ッあ……――――!!!!」短い悲鳴だった。

 コバルオンが前脚でセラを蹴飛ばすのは、言葉を失う刹那さえあれば、十分で。

 まるで赤子の手をひねるかのような軽々とした動作は、人体へのダメージを図らずも軽視させてしまうほど。

 手から最後のボールが離れる。白黒する景色が、ぐわんと暴れた。

 尋常ではない衝撃がドンと腹部を鳴かせて、肺の中の空気を強引に抜く。次に出会えた陸は、彼へと散々な仕打ちを行った。

 背中から落ちて地面を転げたセラは、あまりの痛みに苦悶し、立ち上がれなかった。

 

「ぐ、……お……ッ!」

 

 俯せになる。しかし何度膝を立てても、拳を握っても、視界いっぱいの緑色は離れない。

 

『……終わりだ。それが汝の限界、旅路の果て』

 

 ――悲しき哉、再起出来なかった。

 

『持たざる者が大いなる力と向き合うのは、最大の愚行にして最上の冒涜である。その選択は過ちであった……故に言った、「地獄が行き先だ」と』

 

 這いつくばりながら、届きもしないボールに手を伸ばす様を遠い目で見下ろし『無様だ』と冷え切った言葉をかけるコバルオン。

 セラはされど、踏ん張った。決して自惚れはない。思い上がったことだって然り。

 けれども長い歩みで八つの奇跡を得て、四つの困難に打ち勝ち、覇王を破った事実は、今の自分を信じる材料にはなっていた。

 一夕一朝では手に出来ない経験だったろう。驕りはせずとも誇りは持てる記憶だったろう。

 真っ向からそれを否定された瞬間、確かに迷ってしまった。

 これが伝説か、と恐れたし、極限の応酬の中、ポケモン達の身を案じてしまった。

 よりにもよってそれが命取りになるというのだから、皮肉なものだ。

 

『覚悟を決め、言葉を遺せ』

 

 複数本の“せいなるつるぎ”が、コバルオンの周囲に出現する。

 言うまでもない。彼にとっての罪を犯したセラを、許されざる者として断じようというのだ。

 傍らで舞う剣がぴたりと静止すると、切っ先がゆっくり獲物の方を向く。

 

『そして、黙して行いを顧みよ』

「……な、に?」

 

 それは、伝説が見せる僅かばかりの情けであった。

 最期にヒントを残そうとした。先を見失わず逝けるように。満足を抱いて消えられるように。

 

『人間はいつも傍らにある物ほど見失い、無意識に囚われ気付きを怠る』

「……俺に、見落としがある、というのか」

『然り。触れられるまでに寄り添えば寄り添うほど、その影と形へ思い馳せることを忘れていく』

「感謝を忘れたことは、ない」

『感謝に限らぬ。もっと広い視野を持てと言った。光ばかりではない、恨み憎しみといった闇も生まれ落ちよう。清濁を洗い流し、されど最後に残るモノを見極めよ』

 

 セラは、コバルオンが何を宣っているのか、まるでわからなかった。

 旅の最中は、楽しかった。嘘偽りなく言える。だから後悔している訳でもない。

 が、きっかけは何を目指したわけでもない事だって、間違いはなくて。そんな宙ぶらりんな足取りで進んできた足跡に、一体どんな重さがあるのだろう。

 残念ながら彼の肯定に、頷けない。

 

『汝の身の周りには何があった。本当にただ一人だけの歩みであったか。何も持たずにここまで来れたか。一つとして得た物は無かったか』

 

 自分の物語のページが、わからない。

 今は何章なのか。残りはどれくらいなのか。そも、本当に自分が主人公なのか。

 考えれば考えるほどに、脳裏が無限回廊と化していく。

 

『言うべきことは、言った。後は“向こう”で考えるが良い』

 

 束の間の優しさが、またも鋭利な敵意に変貌する。

 それで現実に引き戻され、再びボール目指してもがくセラ。

 猶予を与えた分、その先は早かった。有無も言わさず、一方的に告げる『さらばだ』という別れ。

 光の剣が直進していく。

 かわさなきゃ。頭でいくら理解していても、体はこんなにも重たい。死に際に限って視界が鮮やかになるのは、意地悪としか思えない。

 どうしようもなくなって、世界を目蓋の裏で遮った。

 ドス、ドス、ドスと、突き刺さる音が三回鳴った。

 しかし痛みどころか物質が触れた感覚すらないものだから、不思議になって開け直す。

 

『……ほう』

 

 まず発したのは、コバルオンだった。

 セラは愕然とするばかりで、絶句が先走ってしまったのだ。

 次に見上げた景色には、相棒――――『デンリュウ』の背中があった。

 

「――デンリュウ!!」

 

 短くは、と息を吐いてから我に返り、よろめく彼の名を呼ぶ。

 信じられるだろうか。あろうことかモンスターボールからひとりでに飛び出し、魂で繋がる唯一の友を庇ったのだ。

 

「お前……ッ、どうして……!」

 

 デンリュウは身に刺さるエネルギーが消失するのと同時に逞しく振り向いて、彼の頬を手で引っ叩く。

 しかしセラは構わず続けた。

 

「逃げろ、ただでは済まない。俺はお前たちまで死なせるために、ここに来たのではない……だから、早く――!」

 

 相棒は主の言葉に、聞く耳を持たなかった。

 いや、相棒だけではない。他の仲間達も、瀕死と紙一重の意識を必死に繋ぎ止め、彼を守るようにして眼前にぞろぞろと集まっていく。

 

「な……!」

 

 考えもなしにレニアを飛び出し、下りてきたサンビエで出会ったメリープ。

 どんくさい余りに群れからはぐれていた。お互いに食事も摂れないまま彷徨っていたところで、必死にもぎ取った一個のきのみを半分こして越した、最初の夜を思い出す。

 

「やめろ、お前たち……!」

 

 水の上を進む必要があったので、みずタイプのポケモンを求めてクシェルで釣りをした。

 初めて手にしたボロのつりざおで、初めて釣り上げたコイキング。

 ジムリーダーからバトルに向かないと念押しされたが、頑として譲らず育て続けた。来る日も来る日も特訓を繰り返し“とびはねる”を習得した時は、財布が空になるほどの高級なポケモンフーズを食わせてやった。

 

「もう、体力は残っていないだろう……?!」

 

 バッジの半分を集め、ジムを目指して凱旋したレニアシティ。人も物も、あの頃よりもうんと小さく見えた。

 危険な毒を持つという理由で町から放逐され、以来人に恨みを抱いていたヤトウモリ一味と、山奥で一晩中戦って解り合った。毒にやられて死にかけたのは、今となっては笑い話。

 長たるエンニュートはそんな青年を認めてくれて、望んで彼のボールに入った。

 

「なのに……」

 

 ハルザイナの森の悪戯好きとして有名だったムウマは、人を好いているくせに意地悪だった。

 彼女に一目惚れし、猛烈なアプローチをかけて追い回し、森の中に居座り一週間ボールを投げ続けた。

 おかしな話だが、根負けしてくれた彼女に感謝している。

 

「なんで、なんでだ……」

 

 マリルは、本来生息しないネイヴュにいた。

 遠くへ行くのが大好きだったのだろう。本来の生態にそぐわない環境下で、死にかけるほどには。

 凍りかけているところを介抱してやると、どこまでも付いてきた。共に旅をしたいと思ってくれたのだろう。光栄なことだと喜んだ。

 

「なんで、そこまでして、立っていられる……?」

 

 共に歩いてきた五つの背中が、言った。

 

『勝手に終わらせるな』

 

 と。

 小さかった後ろ姿が、いつしかこんなにも大きくなった。

 丸くて、細くて、尖って、毛深くて、説明が難しくて。

 走る者がいて、泳ぐ者がいて、飛んでく者がいて、燃えてる者がいて。朝昼晩と寝てる者だっている。

 かっこよくて、かわいくて、美しくて――みんな違ってて、色んな者がいて。

 

「……あぁ……」

 

 そんな不可思議な生き物たちに彩られた世界を歩くのが、単に好きだったんだ。

 

「そうか……、そう、だったな…………」

 

 彼らと一緒に進むのが――高い場所へと昇っていくのが、ただ楽しくて仕方が無かったんだ。

 本当は、何も持たなくて良かった。とっくに願いは叶っていた。始めた時から、ずっと。

 終わらない物語があってもいい。ページが分からないほどに続くお話があってもいい。どこまでも描かれ続いていく、誰でもない誰かの話があったって、いい。

 焦って無理にゴールを探さなくたって、いい。

 人にポケモンの記憶が積み重なるように、ポケモンにも人の思いが染みついていく。

 そうやってどこまでも、歴史を刻んでいきたかった。バトルを通して、誰かのそれを見ていたかった。

 

「俺は、ただ――――歩き続けたかったんだ」

 

 手元に残ったそれは、笑みがこぼれてしまう程に簡単で、純粋で。

 高鳴る鼓動が宝物。寄り道さえも財産だ。

 そんな自分の旅を認められた時、奇跡は起きる。

 

「……!?」

 

 突如として、大地から七色の光が湧き上がった。

 まるで目覚めるように立った眩さは五体と一人を包み込み、驚異的な速度で傷を癒していく。

 

『まさか此奴、“虹の道”を――!!?』

 

 優しさが、温もりという感覚に姿を変えたようであった。強烈な輝きのはずなのに、目を閉じずに済む。異質なものであるはずなのに、どうしてか自分達を助けてくれると確信出来る。

 

 先へ往け。

 

 誰かが、言った気がした。

 正体はわからない。きっと一生かけても理解出来ないのかもしれない。

 だがその声は、確かに彼をもう一度立ち上がらせた。

「もう一歩」と、勢いよく背中を押した。

 いつでもそうだ。誰かと解り合うのは、これだった。

 

「どこまでいっても……俺はやっぱり“これ”なんだ」

 

 驕らず、腐らず、侮らず、蔑まず。

 セラはずっとずっと没頭して、全力で、ひたすら、一本気にバトルをしてきた。

 そうやって真っ新になった誰でもない誰かの歴史を、ポケモン越しに語り合う。

 悩んでどうする。

 迷ってどうする。

 恐れてどうする。

 俺はただこの幸せを楽しんで、噛み締めるのみ――――!

 

「弾ける心、其の果てまで連れて行け――メガシンカ!!」

 

 答えを漸く思い出した青年の相好は清々しく、そして太陽よりも熱く、燃えるように明るかった。

 極彩色の繭が、デンリュウをさらなる高みへと連れていく。

 雷雲が如き形を取って、尻尾に毛が生え揃う。同じ形の鬣を生やしたその様態は、東の伝承に聞く『雷神』にも、西で語られる『ドラゴン』にも当て嵌まる。

 新たにドラゴンタイプを携え、文字通りの『電竜』となって――“メガデンリュウ”は、頭上で二重螺旋を爆ぜさせた。

 

「……コバルオン。もう一度、俺たちと戦ってくれ」

 

 ごろごろと唸る雷にも負けない芯ある声で、セラは闘士へと頼み込む。

 

『救えぬぞ。答えを見つけた上で、まだ死にたい、と言うのか?』

 

 ふるふる。首を横に振った。

 

「得た答えを、出し切る。だから、どうか聞いてはくれないか」

 

 湛えられた、穏やかな笑み。

 命の危機というのに心底愉快そうで、昂る気持ちを躍らせていて。

 まるで子供のようであった。

『……ッフ』コバルオンは呆然とした後、思わず笑い出す。

 

『……奇妙な男であるな、汝は』

「あぁ……、よく言われる」

 

 面白い。内心で唱えるだけにして、コバルオンは静かに構える。

 きっとこの先は、何も要らない。言葉も必要ない。

 

『いざ、尋常に!』

「――――勝負だ!!」

 

 後はポケモンが、全部を教えてくれるから。

 セラとポケモン達は、心行くまでコバルオンにぶつかっていった。それこそ意識を失い、体が丸一日動かなくなってしまうほどに。

 それでも彼は、次に目を覚ますその時まで、嬉しそうに笑っていたという。

 

 

     ◇       ◆       ◇       ◆       ◇

 

 

『おい、起きるのだ。起きるのだ、グロリオ。グロリオ・セラビム』

 

 促されるまま、ぱちりと目を開ける。

 セラは女性とも見紛うシャインレッドの長髪をもぞもぞと整え、枕元に置いた喋るマスターボールへと向き直った。

 

「……おはよう」

 

 あくびとセットで発話するものだから、まるで伝わらない。

 寝ぼけ眼を擦る様相が語っている。最悪な寝覚めだ、と。

 

『どうした、今朝は機嫌が悪いのか』

「……別に」

 

 一度ベッドから離れ、泡立った歯ブラシを咥えて戻る。

 もしょもしょ鳴らしながら、テーブルに移動させたマスターボールとぼうっと会話するセラ。異様にも映るが、寧ろ彼にとっては毎朝の日課で。

 人前で同じことが出来ないので、こういった家での身支度等は大事な時間だ。

 

『言い回しはいつも通りだが、声のトーンが一段低い。どうした、悪夢でも見たか』

「…………逆だ」

『?』

「……何でもない」

 

 言わずとも伝わらんものかと不満を抱きながら、ふい、と目だけ逸らした。

 

『それはそうと聞け、我は心地よい朝である。幸せな夢を見たぞ』

 

 人の夢見を邪魔しておきながら良い身分だな、なんて意地悪な独白をしてみる。

 

『汝と出会った日の夢だ。やはりあの時、殺さなくて正解だった。我を讃えたい』

「……………………」

『嗚呼。汝を選んで良かった、と改めて思ったよ』

「……そうか」

『今、微かに笑ったな。フフフ、機嫌が直ったようで何よりであるぞ』

「……気のせいだ」

 

 エンニュートのボールがガタガタと震えていたというのは、暫くしてから気付く話。

 

 

     ◇       ◆       ◇       ◆       ◇

 

 

 セラは、今でも旅をしている。

 セシアタウンという地に構える、バトルキングダムの五本柱――最強の五人“キングダムレギオン”となっても、変わらず旅をしている。

 塔の頂上にて挑戦者を待ち構え、彼らとのバトルで彼らだけの歴史を見て、聞く。そうして世界を体験し、味わう。

 

『挑戦者、イリス選手の入場でーーーーーーす!!』

 

 今日は誰が来るのだろう。

 

『六地方を乗り越えた史上最強の旅人と、設立以来一度も負けていない史上最強のレギオン! 客席満員! 勝敗がまるで予想できない、最強トレーナーの揃い踏みだ~!』

「こんちわ! 噂に聞いた伝説のポケモンの使い手って、君で合ってるかい?」

「………………」

「なるほど、ね。その差し出したモンスターボールが教えてくれる、ってことか……うんうん、好きだよ、そういうの!」

 

 果たしてどんな話が聞けるのだろう。

 

「ピカチュウ、キミに決めた!」

「……デンリュウ」

 

 一体、どんな世界へ行けるのだろう。

 

「それじゃあ……!」

「……勝負だ!」

 

 目指すは高みだなんて、そんな小さなことは言わない。

 

『それでは皆さんご一緒に! ポケモンバトル! レディー……』

 

 宇宙の果てまで、どこまでも。

 

『ゴーーーーーーーーーーーーーーーッ!』

 

「ボルテッカー!!」

「――10まんボルト!!」

 

 そうしてグロリオ・セラビムは、今日も密かに心躍らせる。



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