キスで魔力を増幅するけど藤丸立香は男の子です 作:286545
カルデアという地下施設が震動する。地震ではなく爆発の衝撃であった事を、館内アナウンスは教えてくれた。中央区画周辺の部屋に潜んでいたオレは予定通り、管制室へ移動を始める。
『緊急事態発生、緊急事態発生。中央発電所および中央管制室で火災が発生しました』
火の海と化した管制室から、黒い煙が噴き出している。石油製品の燃焼によって生じた有害な化学物質の現れだ。熱せられた空気は肌を焼き、吸い込めば喉に火傷を負うほどだった。
そんな過酷な環境へ突入できるのは、カルデアから支給された制服のおかげだ。カルデアの制服は魔術礼装であり、魔術の使えないオレも魔力さえあれば利用できる。もっとも単に肉体を強化するほど都合のいい物ではなく、後で代償を払う事になるだろう。
見慣れたはずの管制室は酷く変り果て、視界を遮る黒煙によって見当も付かない。目印となるのは、この惨状にあっても形を留めている疑似地球環境モデル・カルデアスだ。今の時点で人理焼却は行われておらず、その代わりとして白紙化による灰色と化している。
最も被害が大きいのは、マスター候補者48名の主体となるAチームだ。マスター候補者を収めた円柱状のコフィンは高温で歪み、中の有様は見るまでもない。そもそもコフィンーークラインコフィンはボルトでロックされているため開かなかった。
その辺りを探して見たものの、まだ英霊の力を授かっていない彼女は見つからない。見逃した可能性はあるものの不思議に思っていると、入口の方から微かな声が聞こえた。
「しっかり! 今、助けるから!」
「――いい、です――助かりません、から。それよりも、はやく、逃げないと」
そういえば彼女は爆発の前に、彼を部屋へ案内していた。もしかすると準備に遅れてコフィンに入っておらず、入口付近で待機していたのか。所長の説明を受けるのは主人公のような新人で、Aチームなどは含まれない。そもそも現在の彼女は宝具である盾を出すことも叶わず、作戦に必要な存在ではなかった。
ああ、そもそもオレは――どうせ死体も同然と思って、呼びかけもしていなかったか。
『中央隔壁 封鎖します。館内洗浄開始まで あと 180秒です』
オレは声を上げる。
「そちらに誰か居るのか? 生きてる奴はいるのか!?」
「います! こっちです! 助けてください!」
赤く変化したカルデアスに背を向け、オレは入口付近へ走る。すると崩れ落ちた天井に下半身を潰された彼女と、その側に初めて会う彼がいた。黒い髪、黒い瞳、幼い顔、細身の体。何よりも重要なのは男性という事だろう。
『適応番号48 リッカ・フジマルを マスターとして 再設定します。
アンサモンプログラム スタート。霊子変換を開始 します』
「――あの――せん、ぱい。手を、握ってもらって、いいですか?」
館内アナウンスの告げる霊子変換によって、オレの体も光の粒へ化していく。バラバラに飛ばされる可能性を考えれば、彼と繋がって共にレイシフトしたい。急いで駆け寄ったオレは彼と彼女の繋がれた手、その上に自身の手を被せた。
「すまない。オレも同伴させてくれないか」
「あなたは――」
『全行程 完了。ファーストオーダー 実証を 開始 します』
肉体としての視界は失われる。拡大された意識で感じるのは、海の底へ潜って行く感覚だ。恐ろしい勢いで引きずり込まれ、全身を引き千切られそうになる。
無数の小さな粒が、全身を貫いているようだ。打ち抜かれたオレという存在は欠損し、永遠に奪われる。失われそうになる意識は激痛で呼び起こされ、気絶する事を許されなかった。
「く、は――」
取り戻した肉体に血の味を感じたのは、気道から出血しているからだ。痛みを押し殺して素早く見回せば、彼と彼女の側だった。これで少なくとも魔術を使えないオレが、エネミーに殺される可能性は低い。
「大丈夫ですか? ええと――」
「マシュ・キリエライトか。オレは”アンプリファイア”だ。長いからアンプで構わない。話に聞いていると思うが、オレにマスター適性はなく、見ての通りレイシフト適性も低い」
「はい、アンプさん。お体に問題はありませんか?」
「問題ない。自力で移動は可能だ。時間と共に回復する」
ここは炎上する都市だ。大規模な火災による黒煙は光を遮り、日没後のように暗い。風の向きによっては地上の視界を遮り、呼吸の困難な環境に変わる事もある。
「先輩。起きてください、先輩」
スケルトンが、こちらに寄ってくる。神秘の薄れた西暦2004年の日本で、自然に発生するはずのない怪物だ。どれほど人が死んだとしても、強い神秘の影響を受けなければ変化しない。しかし現在、大気中の魔力は異常な濃度となっていた。
「マスター、起きてください。起きないと殺しますよ」
「――今、”殺しますよ”、とか言わなかった!?」
目覚めた彼とマシュは、エネミーと戦闘を終わらせる。サーヴァントの力を得たマシュならば、サーヴァント級の怪物でない限り問題にならない。するとドクターから通信を受け、ここから2キロ先の霊脈地まで向かう事になった。
「マスター、オレはアンプだ。彼女と違って戦闘能力はない」
「初めまして、ボクは藤丸立香です。リツカは呼びにくいし、リッカで良いですよ」
一人称はボクかーーかわいいではないか。
「いいや、悪いがマスターと呼ばせてもらおう」
「えー、リッカで良いよ。マシュもマスターとか先輩じゃなくて、リッカで良いから」
リッカちゃんと呼ぶのも悪くはない。しかしオレは、リッカをマスターと呼びたいのだ。どうせ他のマスターは全滅しているのだから構わないだろう。
「待ってくれ、理由はある。これから現地の住民と遭遇する事もあるだろう」
「2004年の日本人と? だったらマスターって呼ぶのは、よっぽど変じゃないかな?」
「この中で最も尊重されるべきなのはマスターだ。それを内外へ示すためにも、マスターを呼び捨てにする事はできない」
「うーん、そんなに持ち上げられても困るなぁ。ねえ、マシュは、どう思う?」
「マスターと呼ばれる事に抵抗があるのならば、同じ敬うという意味で、先輩と呼んでも良いのではないでしょうか。私的な事を言うならば、先輩という呼称は捨てがたい物です」
先輩かーーたしかに新鮮で良いかも知れない。
「なるほど、たしかに敬っている事に違いはない。ならばオレも先輩と呼ぶ事にしよう」
「ボクにとっては、マシュとアンプこそカルデアの先輩だよ?」
「オレは敬意を向けられるような人間ではない。人生の指針となれるような人間ではない」
「ボクだって、アンプが思っているほど、すごい人間じゃないよ」
「いいや、死地と化した中央管制室で、マシュの手を取れたリッカこそ、人生の先輩として尊敬に値する人間だ」
「そんなに言われると恥ずかしいんだけどーーアンプこそ、ボクよりも先に生存者を探してたでしょ?」
「先に管制室へ着いたという、それだけの事だ。オレは死んだも同然と思って諦めていた。オレの見逃したマシュを先輩が発見できたのは、生存者の存在を信じていたからだろう」
まさかAチームのコフィンではなく、入口付近にいたとは思わなかった。それとも、先輩がマシュを発見するという運命だったのか。そもそもオレはマシュを探していたのではない。マシュの下へ来るであろう先輩を待ち伏せしたかったのだ。それは"マシュを助けようとしていた"という良い印象を先輩に持ってもらうためだった。
「それで結局、マスターと先輩、どちらの呼称がいい?」
「先輩かなぁ」
霊脈地まで、あと半分ほどだろう。崩れ落ちた建物が道に積もり、直進できない所もある。高熱に弱い鉄筋はコンクリートを支える強度を失い、あちこちで崩落を起こしていた。
「ならば先輩、次はオレの役割について説明しておこう。先輩のようなマスター適正はオレになく、魔術も使えない」
「魔術が使えないのはボクも同じだよ。魔術回路なんて、ほとんど閉じてるし」
「いいや、先輩は極めて高いレイシフト適正とマスター適正を有している」
「そうだったのですね、先輩」
「うーん、ボクも初耳だから知らないよ?」
「重要なのは、そちらだ。魔術師としての力量など、サーヴァントの力に比べれば無駄ーー小さな努力としか言えない」
「今、無駄って言わなかった?」
「マスターの基本となる仕事はサーヴァントに魔力を供給する事だ。魔力供給の半分はカルデアから供給されるとしても、残りの半分はマスターが負う」
「ボクはバッテリーかな?」
「そうだな。だからオレはアンプ、アンプリファイアだ。先輩の魔力を一時的に増幅する」
「アンプって名じゃなかったの?」
「与えられた名はアンプリファイアだ。それ以外に名はない。その辺りの事情は先輩の気にする事ではない。この世界でアンプリファイアはオレ独りだ。だからアンプリファイアでいい」
「なんだか、よく分からないけど。分かったよ、アンプ」
「ただし魔力を増幅する方法に問題がある。体液の交換が必要だ」
「体液のーー交換?」
「最も手軽な方法はキスだ。それも単なる口づけではなく舌を絡ませ、唾液を交換する」
その瞬間、マシュの後ろへ先輩は身を隠した。改めて言うと先輩は男性で、オレも男性だ。
「へんたいだー!」
「落ち着いてくれ。必要もないのにキスーーいいや、体液を交換しようなど、オレも思わない。指揮官のいない今、体液の交換を強制される事もない」
「よかったーーアンプはホモじゃなかったーー!」
ホモではない。ホモという言い方は嫌いだ。だからBLと呼んでほしい。
「先輩が嫌ならば、する必要はない。ただし生きて帰るために、そういう手段がある事を覚えていてほしい」
安心している先輩に悪いが、今は不在の指揮官と間もなく合流する事になる。
「キャアーーーーーー!」
「今の悲鳴は!?」
「どう聞いても女性の悲鳴です。急ぎましょう、先輩!」
そうしてオルガマリー所長を救出したものの、オレを見ると怒り出した。
「どうして、こいつが居るのよ! 謹慎室に入れておいたはずでしょ!」
「火災のアナウンスを聞いて管制室へ駆け付けました。しかし下りた隔壁で封鎖され、レイシフトに巻き込まれてしまったのです、オルガマリー所長」
「ドアはロックしたのに、どうやって出たのよ! ロックを外せなんて命令、私は出してないわよ!」
「それはオレが脱走したからです」
「なんですって!?」
オレはカルデアに生まれて長い。だから主人公のように新人の説明会で寝て、追い出されるという方法は使えなかった。
「君たち、所長として命令します。こいつを拘束しなさい。こいつが私達へ危害を加えないように、今から暗示をかけます」
オレは魔術を使えない。しかし、魔術回路を励起させれば抵抗は可能だ。
「お断りします」
迷うことなく答えてくれたのは、先輩だった。
「所長である私の命令に従わないって言うの!? あんたもカルデアに戻ったら、謹慎室に閉じ込めてやるわよ!」
先輩と謹慎室で2人きりだとーーそれは燃えるシチュエーションだ。
「分かってないようだから説明してあげるわ。こいつは召喚実験室に忍び込んだから、謹慎室へ軟禁したの。こいつがファーストオーダーを妨害した犯人である可能性が、現時点で最も高いのよ!」
その言葉に少々、疑問を抱いて気付いた。所長の有する情報量が少ない。まだベースキャンプを設置しておらず、所長はカルデアの様子を知らないからだ。
「とりあえずベースキャンプを設置しませんか? そうすればカルデアと安定して通信できるでしょう」
「貴方に言われなくても、そうするわ。マシュ、貴方の盾を地面に置きなさい。こいつは私が見張っておくわ。指の1本でも動かしたら、反抗と捉えて処分を下します」
「ーーだ、そうです。構いませんか、先輩?」
マシュはマスターの判断を優先する。
「武器を手放すのは怖いけどね」
そう言って先輩の見つめる先は、所長だった。
「了解しました。それでは始めます」
カルデアと繋がった通信によって、所長は現状を知る。所長の信頼していたレフは死んだと思われる。瀕死のマスター候補者はコフィンの機能によって凍結保存された。凍結保存と言っても現状、それを解凍した上で蘇生する方法はない。カルデアのスタッフは20名に満たず、残りは冷凍保存もされないまま死体となった事だろう。
「ロマニ、アンプリファイアは爆破事件の容疑者です。レイシフトの修理が終わり次第、アンブリファイアのみカルデアへレイシフトを行い、手足を縛って監禁します。爆破事件の犯人として対外的に吊し上げるから、私の許可なく処分を下してはいけません」
これはレイシフトの存在証明を切って、勝手に殺してはいけないという事だ。
『ーー了解です。レイシフトの修理を急がせます』
言わなくて悪いが、もうカルデアの外は無いのだ。
ーーーーーー
藤丸立香と彼が初めて会ったのは、赤くて黒い炎の中だった
「そちらに誰か居るのか? 生きてる奴はいるのか!?」
「います! こっちです! 助けてください!」
そうして炎の中を走って現れたのは、白人の男性だった。言語の壁を感じないのは、魔術の効果らしい。魔術を使えないボクに聞かれても、どういう原理なのかは分からない。
次に目覚めた時、穆は知っているようで知らない過去にいた。まるで大地の底から焼かれているように炎上する、日本の都市だ。水着のような装備に変身したマシュと、白人のアンプと、ボクはレイシフトした。変身したマシュに驚いたけれど、それで大怪我が治ったのならば良いことなのだろう。
アンプと自己紹介を交わしていると、マシュのようにボクをマスターと呼び始める。結局、呼称は先輩に落ち着いたけれど、ボクから見れば2人こそ先輩に思えて不思議だ。
「ただし魔力を増幅する方法に問題がある。体液の交換が必要だ」
「体液のーー交換?」
アンプのキスという説明は驚いたけれど、アンプも望む事ではないらしい。どうしようもなくなった時に、その覚悟を持てる自信はなかった。
「分かってないようだから説明してあげるわ。こいつは召喚実験室に忍び込んだから、謹慎室へ軟禁したの。こいつがファーストオーダーを妨害した犯人である可能性が、現時点で最も高いのよ!」
合流した所長は、そう言う。でも、これまでのアンプの言動から犯人と思えなかった。ボクにとってアンプは、マシュと同じくらい信頼できる人だ。
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