多重人格という言葉がある。そう、個人の中に、いくつかの性格が備わっているとかいうやつのことなんだけど、でもわたしの場合は、それとは違うと思っている。だって、わたしの中にもう1人分の記憶、その意識が宿っているだけで、わたしは、わたし以外の何者でもないのだから。
※
「佐伯美奈(さえき・みな)です。
聖フェリシア学園中等部の出身で、身長は162センチ、体重51キロ。スリーサイズは秘密だけど、胸はそこそこ。まあ標準体型としておきます。好きな音楽のジャンルは・・」
と、懸命に自己アピール。いや、自己紹介の間違いか。
そもそも、クラス分けが済んだばかりの教室で、ほとんど初対面の新しいクラスメートたちに向かって何を喋ればいいのかよくわかっていなかったりするんだけど、なんだって、こんなことしなきゃいけないんだろう。
『それは、これから一緒に勉強していく人たちに対しての、初対面のあいさつみたいなものです。だから、簡単にすませてもいいのではないですか』
ふと思った軽い疑問に対し、たちまち頭の中で、反論にも似たそんな思考ができあがる。たしかにそうかもしれない。次第にその思いが強くなってきた私は、話が得意な料理にまで及ぼうとしたところで、やめることにする。
「えぇと、ということで・・ みなさん、よろしくお願いします」
ペコリとおじぎ。そして、席へ。ちなみに、この席には私の名前を書いた紙が貼られている。あとで席替えをするまでは、この指定された席に座るようにと指示をうけている。おそらく出席番号順とか、そういった順番なんだろうとは思うんだけど、だとすれば“さ”で始まる私が、一番ではないんじゃないのかなぁ。
などと思いながら、他の人の自己紹介に耳を傾ける。なるほど、他のクラスメートたちのあいさつはどれも簡単なもので、私のように細かなところまでしゃべる人はいないようだ。
(少し、気合が入りすぎちゃったかな)
おそらく私がしゃべった分量は、他の人の自己紹介の5倍以上はあるだろう。でも、ここは、私があこがれ続けた星城高等学校の教室。まわりにいるのは、新しいクラスメートたちなんだから、すこしくらい舞い上がっても無理はないんじゃないかと思う。ていうか、そのほうが自然だよね。
でも、そう思った瞬間、ふっと、頭の中に、浮かんでくるのは・・。
『いくらなんでも、それは飛躍のしすぎ。言い訳にするには無理がありますね』
私の意識とは別のところから、まるで私に話し掛けてくるかのようにわき起こってくる、ソレ。でも、ほんとに、そうだろうか。私は、舞い上ると何をしてるかわからなくなるってこと、よくあると思うんだけどなぁ。
あ、ちなみに、こうやって私の頭の中に、ベツモノの思考として浮かんでくるのは、私のなかにある別の記憶、その意識が考えたことなんだ。それが、こうやって頭の中というか、心の中というのか、ふっと浮かんでくるわけで、私がこの世に生まれ、もの心ついてからというもの、ずっとソレと付き合ってきている。
この記憶とは、それに対して私がなにかを考えると、それについてまた別の記憶の考え方が返ってくる、といった感じで、いわば擬似的に会話のようなものを続けることも可能になる。そんなわけで、ある意味お互いのことを一番良くっている相手、なのかもしれない。
ところで、そんな人ならよくいるよ、なんて思った人がいるかもしれない。でも、私の場合はちょっと違うんだと思ってくれればありがたい。なぜならば、私に宿るその記憶というやつは、実にかしこいのである。私の潜在意識がつくりあげたモノだとするには、私がまったく知らないことまで実によく知っているという点で、説明がつかないのじゃないかと思うわけ。
小学校のときだって、初めて習う分数に悪戦苦闘の友だちが多いなか、私は平気な顔をしていた。だって、授業で先生が説明してくれるよりも、今風に言えば、その記憶にアクセスして分数についての知識を引き出してやることで、カンタンに理解できたのだ。つまり、算数の授業でこれから分数をやるよ、と先生に聞いた瞬間、私は分数というものを理解し、既にマスターしていたことになる。礼儀やマナーなどに関してもそうだった。おかげで私は、幼い頃から、礼儀正しくてかしこい、という評判をほしいままにできていた。
私のなかにあるこの記憶が、私の潜在意識が作り出したものだというのなら、このように自分以上のモノ、まったく知らないことまで知っているハズないはずでしょう? というのが私の結論。ま、これも、その記憶からの受け売りと言えなくもないけどね。
ただ、難点もないわけじゃない。たぶんこの別の記憶のなかには、その記憶のもともとの持ち主が生きた生涯の知識が詰まっているはずだけど、その全部を私のものに出来ているわけじゃない。というのも、その記憶にアクセスするには、相応のキーワードのようなものが必要になるのだ。
つまり、授業で分数を習うことになったときは、その分数という言葉がキーワードになって、その記憶から分数に関する知識を引き出せたってことになるのかな。
さっきみたいに、その記憶のほうから話し掛けるかのごとく、ふっと何らかの思考が頭のなかに浮かぶこともあるけど、そんな頻繁にあることじゃない。でも、そのときこそチャンスなんだよね。いわば記憶へのアクセスのためのキーワードを、向こうから提供してくれているわけだから。
ところで、こんな状態が、他人にはない特別なことなんだって気付いたのは、いまからおよそ3年ほどまえのことになる。
そのきっかけが何だったかは忘れちゃったけど、自分のなかには別人の記憶が残っており、必要に応じてその記憶から知識を取り出せる。生まれてこのかた、そんな状況のなかで育った私にとっては、この状態が当たり前だったのだから、気づくのに生後11年と7か月を要したとしても無理はないんじゃないかしら。いや、むしろよく気がついたと誉めてほしいくらいなんだ。
『ほら、やっぱり飛躍しすぎてるでしょ』
ちなみに、そのことに気づいたとき、頭の中に浮かんだのが、この言葉。“そんな記憶があるなんて、私ってスゴイ!”なんて思っていた私に投げかけられたこの言葉。他の人と違って私には、別の記憶がある。そのことを私ってスゴイ、という考えへともっていくのは飛躍のしすぎ、おかしいよ、というのだ。じゃあ、どう考えるのがフツーなのかしら。
そのとき、別の記憶は、他の人たちは、生まれる瞬間に引き継いだはずのモノのほとんどを忘れてしまうのだという答えを返してきた。じゃあ、なぜ私は忘れなかったのだろう。実は、そのことについての答えは、まだ得られていない。
それはともかくとして、いよいよ、私もあこがれの星城高等学校の生徒。今日から、花の高校生活が始まるのだ。キラキラと輝くような青春時代をすごし、ステキな女の子になるのだぁ!
『魅力的な女性になりたいのだったら、フェリシア学園にいたほうが、近道ではなかったのかしら』
う! それはそのとおりかも。
ちなみにフェリシア学園とは、私が幼・小・中学生時代をすごした学校。いわゆるミッション系の私立校であり、幼稚園から、小・中・高・大学と続く一貫教育により、しとやかで上品な女性、すなわち淑女、貴婦人といった呼称が似合うような、上品で教養のある人間を育てることを目的としている。厳しい校風・校則などは、そのために必要不可欠なのだそうだ。
だから、いわゆるレディーになりたいのなら、フェリシア学園のほうが相応しいだろうというのは、当たっているのかもしれない。でも、私はイヤだ。いくら、数多くの著名人を輩出しているからといっても、高校、大学とエスカレーター式の進学が約束されているといっても、私の青春時代、そのメインともいえる高校時代は、今しかないのだ。校則でガチガチにしばられ、常に反省文の提出に追われる不自由な生活よりも、自由闊達な校風を持つこの星城で、思うがままに高校生活を楽しんでみたいのだ。
『でも、そんな自由と引き換えにレベルは高いのでしょ。大丈夫なのですか?』
「問題はそこなんだよね。でも、入学はできたんだからなんとかなるとは思うんだけど」
そう。この、都心をわずかに外れた、一応、閑静といえなくもない場所に建つ星城高校は、進学校として有名なぶん、それなりに入試は難関なのである。しかも、進級試験や卒業試験があり、入学後も気が抜けない仕組みとなっていたりもする。
にもかかわらず入学志願者が多いのには、校則は必要最低限度、かつ非常にゆるやかなものであるということが大きい。もちろん、その前提として一定レベルの成績を要求されるのだけれど、それさえクリアしておけば、およそ法に触れない限りにおいては、けっこう自由に学園生活が送れたりするのだ。
加えて、生徒会の権威が非常に高く、実質的に学校を動かしているのは生徒会との噂もあったりで、生徒会の名に於いては、一般の教職員よりも生徒会役員のほうが、発言力は上になるらしい。そんな生徒たちによる自主独立的な校風が人気を呼んでいる秘密っていうわけ。
「よし、ということで今日は終わりにしよう。それじゃ解散!」
この声は、たぶんいま教室の前、黒板のところに立っている男性のもの。よくよくみれば、いつのまにか黒板には、“中居健、27歳・独身”などと書かれている。この男性、すなわち担任教師の自己紹介まで、いつのまにか終わってしまったらしい。
「明日の1時間目はホームルームだ。席替えやクラス委員の選出などやるからな」
すでに大半の生徒が席を立ち、帰ろうとしているところへ、中居先生の声が飛ぶ。結局、今日は顔合わせだけで終わってしまったらしい。ならば私も帰ろうかと、席を立とうとしたとき。すぐ前に、1人の女生徒がやってきた。
「ねぇ、あなたもテニスやるんでしょ。一緒にやらない」
え? いったいなんのこと? きょとんとしている私に、その人はあわてて言葉を付け足す。
「あ、私、森山沙希。中学のときからずっとテニス部でね。高校でも続けるつもりなんだけど、どう、一緒にやらない?」
「あ、でも私は・・」
なんだって、この私にそんなことを言ってくるのだろうと思ったが、その疑問の答えをくれたのは、私のなかの記憶だった。
『自己紹介のとき、スポーツはテニスとバスケットが得意だって言ったでしょう。だから誘ってくれてるんだと思いますよ』
「あ、そうか」
なるほどね。でもどちらかと言えばバスケットのほうが得意なんだけど、テニスかぁ、それも悪くないかな。
「ね、どうする?」
「考えてみる。だってバスケットにも未練あるし、それにラケット持ってないの、私」
「そうかぁ。でも面白い人ね、あなたって」
「え? 私が」
「ええ。あんなことまで話す自己紹介なんて、初めて聞いたわ。でも、途中でやめちゃったでしょ」
「あ、あれはその・・ 何を話したらいいのかよく分からなくなったから」
「まだ続きがあったんでしょ。聞いてあげるよ」
「そうだよ、話してみてよ」
「あ、あたしも聞きたーい」
いつのまにか、人が集まっていた。フェリシア学園からただ1人、星城へと進学した私には、知っている人は一人もいない。なのに、もうたくさんの友だちができたような気がして、とても嬉しかった。失敗だと思ったあの自己紹介は、どうやら結果オーライと呼べるものだったらしい。
※
私の頭の中にある、もう1人分の記憶。その意識が、ちゃんと自分自身の身体を持ち、本人として生活していたときも、当然あるはず。そしてその人物の記憶が私へと引き継がれ、普通なら誕生のそのとき、引き継いだモノのほとんど全てを忘れてしまうはずなのに、なぜか私は、それを忘れないままに大きくなった。
そんな記憶の継承を、輪廻や転生、いわゆる生まれ変わりと考えるならば、私に生まれ変わる前の人物、つまり私の前世の人物は、いったいどんな人だったんだろう。
最近、気になっているのはそのこと。もし、その人が歴史に残ってるような人だったとしたらスゴイことだし、その人についていろいろと調べることもできるんだけど、それが誰なのかは、まだわかっていない。もちろんその答えは、私に引き継がれた記憶のなかにあるのだから、知りたいと思えば簡単のはずなんだけど、ときには記憶を引き出すのにとても苦労することがあったりする。つまり、あいつがなかなか教えてくれないんだ。そんなとき、私の頭のなかは、『必要になったら、教えます』というフレーズで埋め尽くされる。教えたくないこと、まだ私が知る必要のないことなどに対してのあいつの口癖のようなもので、その言葉が出たら最後、どう頑張ってみても、絶対に記憶を引き出すことはできない。もう何度も経験済みなのだ。
よし、それならばとこんな質問をしてみた。
「それじゃあ、名前くらいならいいでしょ」
『そうですね、私はフォーリー・・ フォーリー=ミューナという名前でした』
え、うそぉ! 教えてくれた・・ なんか感激してしまう。でも、フォーリー=ミューナなんて名前、聞いたことないんだけどって、そりゃそうか、偉人伝なんかに出てくるようなスゴイ人が、私の頭の中にいるわけないよねぇ。ということは、どんな人か調べようがないわけか。
「それで、男? それとも女?」
『女性でしたよ』
「美人?」
『さぁ、それはどうかしら。だって評価は他人がするものでしょ』
うーん、美人といってくれたら、その意識を継ぐものとしてはウレシイんだけど、素直じゃないなぁ。でも、女でよかったと思うよ。たとえ記憶とはいえ、心の中に男がいるのはちょっとね。
「おはよ」
「あ、おはよう」
入学式翌日の通学路。声をかけたくれたのは、昨日、テニス部に誘ってくれた彼女。たしか、森山沙希さんとかいってたっけ。
「ひとりなの?」
「ええ。フェリシアの中等部から星城高校に進学したのは私1人だけだし、他に知り合いもいないから」
「ふーん、そうかぁ」
たくさんの学生が学校へと向かう人の波のなか、しかし、彼女の方も連れらしき人は見当たらない。ということは、彼女にしても1人で通学しているのだろうと思うが、あえて口に出して言うようなことではないと判断。
「あのさ、テニス部のことなんだけど」
「うん」
「私、あきらめるよ。あなたを誘うの」
「え? どうして」
「だってさ、聖フェリシアのバスケ部ってスゴイらしいじゃない。私、昨日、テニス部の先輩に聞いておどろいちゃった」
ん? スゴイってどういうことだろう。意味がよくわからずきょとんとしている私を、森山沙希さんは、少し上目遣いに見つめてくる。
「だから星城でもバスケット部に入るに決まってるのよね。私ったら、あわて者っていうかなんていうか・・」
そんなことを言いながら、ペロッと赤い舌を出して笑う。まだ、彼女からなにがどうスゴイのか、その理由を聞いてはいないのだが、このままではそのことを聞けるのかどうか。もっとも、どうでもいいことではあるけれど。
「べつにいいわよ、テニスやっても」
「え、ほんとう!」
「うん。高校になったら、中学時代の延長じゃなくて、何か新しいことしたいなって思ってたのよ。星城高校に進学したのもそのつもりがあったからだし」
「じゃあ、いいのね。ほんとにいいのね?」
その瞬間、パッと彼女の顔に笑顔が広がった。その笑顔をみながら、私がテニスをやるということが、そんなに嬉しいことなんだろうかと、ふと思った。これは、私のなかの別の記憶、すなわちフォーリー=ミューナの意識も同じことを思ったらしく、急に頭の中にそんな思いが形を変えながらあふれ出してくる。けど私は、あえてそれを無視する。というか、けんめいに振り払うようにして、森山さんに話しかける。今は、彼女にクギを刺しておくほうが先決だ。
「あ、あのね。森山さん。私に期待されても困るのよ。私、そんなにテニス上手じゃないんだから。中学のときはあまりやらなかったし、きっと足手まといになるよ。ほとんど初心者なんだから、それでもよかったら、ということなんだからね?」
「平気平気。私だって、そんなに自慢できる腕じゃないもん」
「ほんとにそれでいいのね」
「大丈夫だってば」
「じゃあさ、体操服はあるんだけどラケットとかは用意しないといけないし、明日からということで・・」
「その必要はないわよ」
突然、後ろから声がした。あわてて振り向くとそこには、私よりはちょっぴり高めの身長に、少し大きめの胸、細めのウエストに長い足・・ つまりは私よりワンランク上のスタイルの持ち主にして、ミニスカートから覗くちょっぴり日焼けしたその足に、真っ白のソックスがよく似合うショートカットの女の子が立っていた。
私にとっては、このときが生涯忘れられぬであろう大親友、川原和子との初対面、いや、そうじゃない。彼女との再会のとき。明るくて朗らかで、そして誰よりもよく笑う彼女の笑顔をもう見ることができないんだと思うと、つらく、そして悲しい思いに包まれる。でも、それはもっと後の話であって、彼女とは初対面だと、少なくとも、このときの私はそう思っていた。
「ごめんなさい。あなたには悪いんだけど、彼女はバスケット部に入るから。ね、美奈ちゃん」
最初は森山さんに向かって話しながら、最後には、私のほうを見てニッコリ。これで両方に対して同意を求めたつもりなのだろうが、私は、すぐに返事もできずにいた。それは森山さんも同じだったらしく、ただ、何か言いたそうに口をパクパクとしていた。そんなわけで、川原和子さんが続けてしゃべることになる。
「美奈ちゃん、私だよ。って言っても、わからないかなぁ」
「え? わ、私のこと、知ってるの?」
ようやく、私は沈黙から解放され、そう言うことができた。でも、この時点では、目の前で微笑む少女のことは、全然記憶になかった。
「ちょっとぉ せっかく佐伯さんがテニス部に入る気になってくれたってのに、そんなこと言わないでよ」
言葉だけをとれば森山さんが怒っているかのようだが、いや内心は本当に怒っていたのかもしれないけど、まだ表情はおだやかであり、険悪な雰囲気ではなかった。それよりもこの、突然話に割って入ってきた彼女のことのほうが気になっていたのだろう。
「ごめんなさい。でもね、この佐伯美奈っていう人がバスケットやめて他のスポーツをするなんてこと、私には考えられないことなのよ」
「なによそれ。全然意味がわからないわ」
「たしか、あなた。最初に言ってなかった? フェリシアのバスケット部はスゴイんだって」
「そ、それは言ったけど・・」
「聖フェリシア学園はね、少なくともこの2年半ほどのあいだ、バスケットの公式戦でただの1度も負けたことがないのよ」
「だから、それは昨日、テニス部の人に聞いたわよ」
「公式戦ってね、地区予選とかだけじゃないんだよ。勝ち続ければ全国大会になる。そこでも負けないってことがどんなにスゴイことか、本当にわかってる?」
「え?」
だいたい、それぞれの季節ごとに大会があるのだが、この際、そんなことは関係ないのではあるまいか、と私は思う。そんなことより彼女の顔、そういえば見覚えがあるような気がする。まったくの初対面ではないのかもしれない。しかし、思い出せそうで思い出せない。そんな妙な感覚が私を包みこもうとしていた。
「加えて、練習試合でも負けたことがないの。それを含めると連勝記録は軽く100試合を突破する。そんなチームのエースだったのよ、彼女は」
「だ、だからって・・」
「私の目標であり、最大最強のライバルなの。その彼女からバスケットを取り上げないで。お願いだから、バスケットやらせてあげてよ」
「なにも私は、そんなつもりで誘ったんじゃないわよ。それにテニスやりたいって言ったのは佐伯さんなんだし・・」
2人の話は続いてるが、私は別のことを考えていた。この初対面とおぼしき彼女が、どうしてこんなにも聖フェリシア学園のことについて詳しいのかということだ。私の記憶では、フェリシア学園バスケット部の連勝記録は132試合。これは、私の中等部時代の、およそ3年間での記録。つまりが、中学時代は1度も試合に負けたことがなかったのだ。その数が20を超えた頃から、バスケット部の部室のなかの掲示板に掲示してきたのでよく覚えている。でも、それは部外者には知りえないことだし、部員たちがこのことを他所でいいふらしたりすることも考えにくい。なぜなら、そんな自慢話は教養ある貴婦人にはふさわしくないとされていたし、運動部自体、学校側にはあまり歓迎された存在ではなかったので、部員であることを隠している人もいると聞いている。
だとすれば、彼女は独自に試合結果を把握し、集計していったと考えられる。でも、そんなことができるなんて・・ いや、そもそもそんなことを調べようと思う人なんているんだろうか。
(ねぇフォーリー、どう思う?)
心の中の記憶に問いかけてみる。こういうとき、記憶の中のフォーリーの存在はとてもありがたい。彼女はいつも沈着にして冷静。客観的な見方が出来る人だ。
『サインは、いくつか出てますよ』
(サイン?)
『つまり、彼女についてのヒントです』
(たとえば?)
『1つ目はバスケットボール。そしてライバル』
昔のフォーリーは、そんなことはなかった。今回の場合は少し違うんだろうけど、これまでは私が何か知りたいと思えば、それだけで答えが得られていた。ヒントだけ、などということはなかった。それが少しずつ変わり始めたのは中学生の頃、すなわちフォーリーという私ではない別人の記憶の存在が、他人にはない極めて特殊なことなんだと気づいた頃からだと思う。
自分の知識も増え、フォーリーの記憶に頼らなくても済むようになった、ということかもしれないけれど、自分の頭で考えることが多くなった気がする。
それはさておき、彼女のことである。
(もしかして、試合の相手校の選手かなあ?)
『それ、いい読みかもしれませんね』
(そ、そうかな)
だとすれば、どことなく彼女の顔に見覚えがあるような気がするのもうなづけるのだが、相手校といっても、それこそ全国に散らばっている。そのなかから特定するのはまずムリなことではあるまいか。もっとも、いまこの場にいるのだから、そんなに遠くの学校ではないのだろうけど。
と、そんなことを考えている間に、森山さんとの間での話の決着がついたのか、彼女が私の横へやってくる。2人とも笑顔を浮かべている。ということは、円満に話しがついたということか。そのことにほっとしたのもつかのま、その彼女の次の一言が、フォーリーを巻き込みあれこれと考えていた私の疑問の総てを氷解させてくれたのだ。すなわち。
「私、川原和子。湊山(みなとやま)中学の背番号7って言えばわかるかな?」
「あっ!」
そのとき、私はどんな顔をしていたろうか。きっと、顔の前にかざした手のひらでは覆えないくらいに大きな口をあけ、目をいっぱいに開いていたに違いない。
湊山中学といえば、全国大会では必ず顔をあわせていた学校である。組合せの関係で必ずしも決勝戦で顔をあわせるというわけでもなかったが、どこのどんなチームよりも強かった覚えがある。なかでも、背番号7は要注意人物。といってもプレイが乱暴だとかいうことではなくて、徹底的にマークしなければならない選手だったということ。絶妙のスリーポイントシュートに加え、走り出したら止まらないのではと思うほどに、速攻の得意な・・
「あ、あなたが、あのウルトラセブン・・」
「なに、それ。私ってフェリシアじゃそんなふうに呼ばれてたの?」
「ご、ごめんなさい。でも、どうしてここに? たしか湊山って九州だったんじゃ」
「うん。親の仕事の都合でさ。去年の夏にこっちに引越してきたんだ。だから大会には出てなかったでしょう? でも、美奈ちゃんこそ・・ あ、美奈ちゃんって呼んでもいいよね? 私、これまで勝手にずっとそう呼んできたんだけど?」
「そんなこと、かまわないよ」
「ありがと。でも美奈ちゃんこそ、どうして星城の制服着てるの? たしかフェリシアって大学まであるんじゃなかったっけ?」
「私は、途中リタイアしたの。みんなには、フェリシアから出ていく生徒なんて前代未聞だって言われたけどね」
「ふーん。でも正直、残念な気もするな」
「え? 残念って何が」
「だってさ、今度こそフェリシアに勝つ、これが私の目標だったんだよね。中学じゃ全敗だったでしょ。その目標に意味が無くなったわけだし」
「あ、でもフェリシアは強いわよ。私以外の中等部のメンバーが全員高等部に行くんだし、高等部の先輩たちだって・・」
「それはよくわかってる。背番号5番のあの人、誰だったっけ?」
「鴨井京子さんね」
「そうそう、そんな名前だったかな。それに、なんといっても神野真美さん。永井由香さんも・・ みんなすごい人たちだって認めるけどさ。でもあなたに比べればね。私はあなたがいるフェリシアに勝ちたかったんだ。1度でいいから勝ってみたかったんだよね。もっとも、星城進学を決めた段階で、半分以上あきらめた夢ではあったけどさ」
「どういうこと?」
「どうって、知らないの? 星城バスケット部のレベル」
正直、知らなかった。だって、転校したのはそのためではないし、単にバスケットの強い学校をめざしたかったのなら、フェリシアにそのままいればよかったのだから。にしても、星城バスケット部って、そんなに弱いのだろうか。
「そりゃ、私とあなたが入ればだいぶマシにはなるんだろうけどさ」
そう言って笑う川原さん。その笑顔は、周りにいる者まで楽しい気分にさせてくれる。その笑い声につられ、思わず私も笑い顔になる。それは、つい先ほどまで言い争っていたはずの森山さんも同じだったようで、いつのまにか3人一緒に笑い声をあげていた。森山さんのこの笑顔は、川原さんとの話し合いがおだやかに解決したことの、なによりの証明であろう。つまり、私がバスケット部に入ることを快く了承してくれたことになるのかな。でも、結局私は、バスケットボールをやるのか。
と、そのとき、始業を告げるチャイムの音が聞こえてきた。よくよく回りを見れば、登校している生徒たちの姿はない。あれこれと話し込んでいるうちに、始業時間を迎えてしまったらしい。
「やばい。急がないと」
誰が言った言葉か知らないが、私たち3人はあわてて校門めざして走り出した。
簡単な設定と、人物紹介。そんな回となりました。舞台は星城高等学校ですが、主人公の出身である聖フェリシア学園も、この先なにかと絡んでくることになります。次回もよろしく。