「彼は、なぜあんなことをしたんだと思う? そんなこと考えてみた?」
これは、昨夜のみゆきさんの言葉。その言葉を、思い出していた。そして、考えた。その言葉の意味を。
昨夜、夜中に目を覚まし、そしてみゆきさんの来訪を受けた。その後、すぐに寝ていればまともな時間に起きられたんだろうけれど、今の時間は10時過ぎ。考え事をしていて寝るのが遅くなったから、こんな時間に起きたのも、しかたがないのかな。
でも、お母さんはあきれているようだ。
「牛乳でも飲みなさい。昨日の夜も、何も食べてないんだから」
「う、うん」
そう言えば、昨日は、お昼過ぎに来てくれた真美と話をしているうちに、眠り込んでしまったんだった。そしてそのまま、夜中まで。考えてみれば、寝てばかりだ。牛乳パックに手を伸ばす。そんなに空腹感はないが、のどは渇いているようだ。
「おかあさん、これ、冷たくないよ」
「なにいってるの、空腹に冷たい物は、よくないのよ」
「そ、そうだね」
かといって、温められてもいない、その牛乳。常温の牛乳は、あまりおいしくないような気がするのは、私だけかな。
「で、体調のほうはどう? 少しは楽になったのかしら」
「うん。寝てるとね、すごく楽なんだ。身体の疲れが、あっという間にとれていくみたいで。だから、ついつい寝ちゃうんだよ」
「どういう理屈なんだか。とにかく、お昼までは起きてなさい。ちゃんと食事しないと体力もつかないんだからね」
「うん」
それは、そのとおりだ。少しは動けるようにならないと、みゆきさんの病室にも行くことができない。今の私は、せいぜい身体を起こし、ようやく立ち上がれる程度。満足には歩けない。
「おかあさん、ちょっと出てくるけど、いいわね、ちゃんと起きてなさいよ」
「うん」
個室だから、おかあさんが出て行くと、私1人だけになる。常に一緒だったフォーリーも、もういない。私は、ひとり・・
静かな部屋。窓の外は、まるで壁に掛けられた風景画のような、動きのない景色がみえるだけ。呼吸は楽になったけど、身体は満足に動かない。視界のなかにある病室のドアが開き、誰かが顔をのぞかせてくれなければ、話をすることもできない。何もすることがない。
飲み終わった牛乳パックを、ベッドの横に置く。
(お役目終了ってことなのかな)
今の私は、この牛乳パックのようなもの・・ でもそれって、悲しすぎる考え方だ。
思い出したのは、2学期の最初の日。西崎先生が、星城高校に私を訪ねてくれた、あの日のこと。先生と遊んだ楽しかった時間。そしてフェリシア学園の友だちの顔と、バスケットボール・・
西崎先生は、『仲間との楽しい思い出、いい思い出があれば、どんな苦境も乗り越えられる』と言った。『心の支えであり、励みとなる思い出。戻りたいと思わせる1日』があれば、立ち直れるんだと。
(フォーリー、私にもできるかな?)
戻りたい。あの頃に。
厳しい校則。怒られてばかりいた、フェリシア学園での日々。でも、思い出すのはあの学園の校舎だ。そこで笑う京ちゃんの顔であり、永井由香の気取ったポーズと、聡子のいたずら。そして、真美のこと・・
なぜ私は、星城高校に進学したんだろう。こんなにも、フェリシア学園のことばかり考えるのに、なぜ?
星城でも、もちろん友だちはできた。それが森山沙希ちゃんであり、そして川原和子だ。和子は、死んでしまったけれど・・
(あ、そうか、もしかして私は・・)
突拍子もない思いつきかもしれない。でもふと思ったのは、私が星城高校に進学しなかったらどうなっていたか、ということだった。その場合、和子との再会はなかったことになる。だって、星城高校バスケット部のレベル的なことから考えれば、県大会出場すら危ぶまれるのだ。仮に、和子の加入によって県大会に出場し、フェリシア学園と試合をする機会を得たとしても、そのとき私は、彼女を単なる相手校の選手としてしか見なかっただろう。そう、中学時代の頃のように。
だとすれば、和子とは、親しく、話をする機会すら持てなかったことになるではないか。
結果として、三村さんたちのグループに追いつめられ、死を選んでしまった和子。でも、その和子は、最後の手紙のなかで『私の友だちになってくれてありがとう、その思い出だけで十分だよ』って、そう言ってくれた。死んでいく和子に、その思い出を持たせてあげることができただけでも、私が星城に進学した意味はあるのだろう。
窓の外。動きのない、単調な景色。でも私は、この景色を忘れないだろう。覚えておこうと、そう思った。
ゆっくりと時間は過ぎる。お昼近くになって、おかあさんが戻ってくる。その手には、果物やプリンなど、口当たりのよさそうなものがあった。私のおやつだと言う。
「もうそろそろ、お昼ご飯よ。おなかすいたでしょう」
「そうでもないよ、なんか胸がいっぱいで」
「え?」
「いろいろ、考え事があってさ。ねぇおかあさん」
「なに?」
「私さ、どうして星城高校に進学したんだろう。その理由、知ってる?」
変な質問だと思う。その理由を一番よく知っているのは、私のはずだからだ。でもおかあさんは、ちゃんと答えてくれた。
「星城高校でやることがあるんだって、そう言ってたと思うわよ。それが何かは、おかあさんにはわからないけど」
「うん」
星城高校でやることがある・・ そんなこと言ってたっけ? ただ、厳しい校則などから逃げ出したかっただけじゃなかったのかな。
そのとき、ふっと、和子の笑顔を思い出した。
「あら、えらいわね佐伯さん。ちゃんと起きてるじゃない」
「あ、はい。もちろんです」
看護婦さんの声。お昼ご飯だ。わざわざ持ってきてくれたんだ。その匂いに、急におなかがすいてきたように気がして、苦笑いを浮かべる私だった。
※
「美奈、迎えに来たよ~」
入院してから2週間ほど。フォーリーとの別れから10日ほどが過ぎた頃。私は、西星城病院を退院することになった。といっても、全快したわけじゃあないんだけど、もう入院の必要はないらしい。
「水野さん。言葉の使い方が間違っていませんか」
「そうだよ。この場合、手伝いに来たとか言うべきなんじゃない?」
「聡子は、言葉の使い方知らないからね」
「なに、言ってンのよ。私は美奈を迎えに来たんだからね。だから、これで正解なの」
京ちゃんたちが、来てくれていた。休日なので、みんな揃って来てくれたのだ。久しぶりに、この人たちの賑やかさに包まれ、私は心の中があったまるのを感じていた。
これから私は、実家に帰る。そして、体調と相談しつつ、フェリシア学園に通うことになるのだ。
星城でのクラスメートたちには、学校を通して、そしてお見舞いに来てくれた森山沙希ちゃんから、このことは伝わるだろう。沙希ちゃんとは、これからもメールの交換などしていくことを約束、また身体が全快したら、テニスの試合をすることになっている。
それから、和子の実家にもあいさつにいくつもりだ。もちろん最後ということではなく、先方さえよければ、ときどきは訪ねていくつもりでいる。
「じゃあ、行きましょうか。皆さんも、ほんとにありがとう。荷物とかけっこうあるんで、助かるわ」
「いいえ、水野さん以外は、お手伝いのつもりで来ていますから。なんでも言ってください」
「ちょっと、真美。どうして、私をのけ者にするのさ。私以外って、どういうこと?」
「あれれ、聡子が自分でそう言ったじゃない、さっき」
「え? 私が」
「聡子は、私を迎えに来てくれたんだもんね。ね、聡子」
みんなの、笑い声。
予定では、ひとまず私のアパートへ戻り、引っ越し荷物をトラックに積みこむことになっている。その手伝いも兼ねて、京ちゃんたちは来てくれているのだ。その荷物を送り出した後、どこかで食事をし、和子の実家を訪ねてから、家に帰る。
体調を考えれば、少しハードなスケジュールなのかもしれないけれど、それくらいはこなしていかなければと思う。
「美奈、肩貸そうか?」
「ううん、平気だよ。たださ、みんなゆっくり歩いてくれると助かるんだけど」
病院の廊下は、まっすぐで、そして長い。その廊下を、ゆっくりと歩く。私の前を、京ちゃんや由香、聡子に真美、そしておかあさんが歩いている。私にあわせ、ゆっくりとしたスピードで。
あわてることはない。私の身体は、少しずつ回復しているのだ。ゆっくりと前に進んでいけばいい。これから回復の度合いに合わせ、私の行動範囲も、広がっていくことになるだろうし、人の手を借りずにできることも増えていくだろう。バスケットボールもできるようになるだろう。
(フォーリー、私、頑張るからね)
シュリン・ファウのミューナの里。そこがどこにあり、どんな所なのか、私は知らない。もちろん、私がそこに行けるはずはないんだけど、でも、そこに生まれた命、その想いは私の中にある。フォーリーは帰ってしまったけれど、その想いは、私に受け継がれている。
あとは・・・
既に退院してしまった、須藤みゆきさんのこと。彼女は、もう会うことはないと言った。でも、私はもう1度会いたいんだ。まだ、話したいことがある。あの夜、私の病室を訪ねてくれたのが最後になっているけれど、それで終わりでは、あまりに残念だ。
彼女とは、きっといい友だちになれるはずなんだ。だって、キュウラとフォーリーの想いを受けとめてきた私たちなんだから、だから、フォーリーたちのように・・
きっとまた会える。フォーリーが、キュウラを捜しもとめ、そして、出会えたように。
2人の間に何があったのか、どうやって仲直りができたのかは、わからない。でも、仲直りができたのは間違いないんだ。だから私たちも、きっと理解しあえると思うんだ。もっともっと、話をしたい。彼女の本当の気持ちが聞きたい。私の気持ちを、伝えたい。
「美奈、何を考えてるんですか?」
「あ、真美」
「あててみましょうか?」
「え、そんなことできるの?」
「できますよ、だって美奈は、いつも私のなかにいるんですから。その美奈に聞いてみれば、簡単なことです」
「なるほど。じゃあ真美は、私のこと、なんでも知ってるんだね」
「ええ」
みゆきさん、私には、こんな友だちがいます。まるでフォーリーを思わせるような友だちです。他にも、何人もお友だちがいます。
「真美。私、会いたい人がいるんだ」
「会いたい人?」
「うん。名前しか知らないんだけどね。住んでる場所とか、何をしている人なのかもわかんないんだけど、話したいことがあるんだ」
「そうですか」
「会えるかな?」
そのとき、足は止まっていたと思う。病院の玄関ロビーの真ん中あたり。真美は、にっこりと笑ってくれた。そして。
「会えますよ。会いたいと思ってさえいれば。だって、私がそうだったんですから」
その一言で、十分だった。そうだ、思ってさえいれば、私たちは、また会える。思いは、実現する。
そうだよね、私たちはまた、会えるんだよね。 ね、フォーリー・・・
読んでいただき、ありがとうございました。
これで最終回、このお話は終わりということになります。でも、星城高校シリーズとでもいいますか、この高校を舞台とする物語は、これからも続けていくつもりです。また機会がありましたら、おつきあいください。