「まさか、初日から2人も遅刻者がいるとはなぁ。まぁ、今日のところは大目にみてもいいが、明日からは気をつけてくれよな」
とは、クラス担任の中居先生の、ありがたいお小言。一生懸命走ってきたのだが、結局は遅刻という結果に終わり、先生より注意を受けることになったのだ。2人というのは私と森山さんのことで、同じく遅刻してしまったはずの川原和子さんは、クラスが違うのでこの場にはいない。でもきっと、同じように担任の先生あたりから怒られているはずなんだ。
ところで、私たちへの注意は、結局この一言だけで済んでいた。それでも森山さんはかなり気にしている様子だったが、私はといえば、この程度で済んだことがまるで奇跡のように思えていた。これがフェリシアだったら、20~30分はお説教されたあげく、放課後までに反省文を提出せねばならないところ。なにも甘いことがいいとは思わないが、遅刻が悪いことだということくらい、よくわかっている。それをくどくどと言われるのもツライものがあるわけで、星城高校に入学してよかったと実感しつつ、席につく。ちなみに、この席は仮の席。予定では、これから席替えと委員の選出などが行われるはずであった。
「よーし、全員揃ったところで、まずは議長を決めようか」
そう言いながら、中居先生がポケットの中から取り出したのは、小さく折りたたまれた紙片であった。その紙片を教卓の上におく。数は30~40枚はあるだろうか。
「星城高校の伝統にのっとり、新入生クラスの一番最初の議長はくじ引きだ。任期は、各種委員を決める第1回クラス会議のあいだのみ。以後は、これから決めるクラスの委員長が議長を務めることになる。なにか質問はあるか」
ゆっくりと先生がクラスのなかを見回していくが、質問しようという人はいないようだ。
「それでは、ここにあるくじを1つずつ引け。中に議長と書いてあった者が、議長だ」
なかなか面白いことをするんだなあ、というのがそのときの私の印象だった。なるほど生徒主導の方針というか、フェリシア学園みたいに教師側からなんでも決められてしまうということは、ないのだろう。ちなみに私がひいたくじは、白紙。議長は、斎藤くんという男子生徒に決まった。
「じゃ斎藤くん。あとはよろしく頼む。決めなきゃならんのは、各種委員が12名と席替えだ。1時間目が終わるまでに決めてくれれば助かるんだがな」
先生は教室の端へ。かわって、斎藤くんが前に。彼はこういうことには慣れているようで、自薦・他薦を募り、誰からも発言がなくなればさっさと自分が指名するなど、テキパキとことは進んだ。ちなみに私は、図書委員などという役目をいただくことになった。また、席は、なぜか窓側の一番前。つまり、席替えする前と同じ場所。まぁ、そういうこともあるだろう。
「よし、終わったな。それじゃ、キミとキミ、えーとそれからキミ・・」
次々と女生徒ばかり7名、指名したところで先生は、その7人を黒板の前に等間隔でならばせる。ちなみにその中には私もいた。森山さんの顔もある。
「少しじっとしててくれよ」
いつのまにか、先生の手にはカメラが握られており、次々とシャッターをおしていく。つまり、私たち7人の写真を撮ったのだ。私たちがあ然としている間に、撮影は終わった。
「よし、席に戻っていいぞ。1時間目はまだ5分ほど残っているが、これで終わりにする」
「ちょっと待ってください」
そのまま教室を出ようとした先生を、あわてて呼び止めたのは、私や森山さんと一緒に写真を撮られた女生徒の1人だ。あいにくと名前は、まだ覚えていない。
「今のは、なんだったんですか。どうして写真なんか」
「べつになんでもない」
「でも、先生」
「いいからいいから。たいしたことじゃないんだ。気にするな」
ガラガラと音を立てながらドアを開け、中居先生が教室を出て行く。それとほぼ同時に1時間目の終わりを告げるチャイムが鳴る。先生は気にするなと言ったが、写真を撮られた女生徒たちは、はいそうですかというわけにはいかず、撮影された7人のもとに女生徒たちが集まってくる。
「なんなの、あれ? あんなの聞いてないよ」
「そうだよ、まさか、変なことに使われたりしないかな」
「インターネットとかで公開されたりして」
とまぁ、あれこれと予想する声がこだまする。私も、写真を撮られているのだから気にはなるのだが、彼女たちと話をするよりは、私の中の記憶、フォーリーがこのことに対し、どのような考え方をするのかが気になったので、その輪の外へとこっそり移動する。
(フォーリー、いまのどう思う)
『わかりません。ですが、学校の先生が授業中にすることではありませんね』
(そうだよね、絶対おかしいよね)
『理由をいわないことが不自然さを強調しています。少し調べてみてもいいのかもしれません』
(え? 調べるってどうやって)
『あとをついていけばいいでしょう。写真の使途がわかるかもしれませんよ』
(でも、尾行なんてできないよ。すぐバレちゃうに決まってるし)
『なるほどね。でも、かつての私なら簡単なことでしたよ』
(へえ、フォーリーって、そんなことできたんだ)
『ええ、魔法を使うんですよ。だって私、魔術師でしたから』
うそぉ、フォーリーが魔術師だなんて、聞いていないぞ。というか、フォーリーが自分のことを私に教えてくれたのは、名前と性別を別にすれば、これがはじめてのことだ。でも、魔術っていったい・・ そんなこと、21世紀を迎えたこの現代社会で通用するのかぁ??
『ふふ、私は21世紀に生きてませんでしたからね。で、どうするの?』
(まさか、その魔術? 魔法?? それって、いまここでできるってこと?)
『私がやるのはムリです。知識はあっても、その知識を活かす身体がありませんから』
(私の身体はつかえないの?)
『あなたの身体を支配しているのは、あなたの意識であって、私ではありません。私は、単なる知識、記憶でしかないから』
(なんだ、それじゃ結局ムリだってことじゃない)
『絶対にムリとは言いませんが、あなたがやればすむことでしょう。そのために必要な知識はここにあるのですから』
(私が! できないよ、そんなこと)
『大丈夫、できますよ。私の生きた時代と時空が違うとはいえ、あなたはミューナの末裔に違いないのです。だからこそ、私の意識が宿ったのです。できないはずがないでしょう』
(ミューナの末裔?? なに、それ・・)
『私がリードします。いい機会です。練習のつもりでやってみなさいな』
この私に魔法を使え、ですって。しかも、クラスメートたちのいる教室のなかで・・ いったいフォーリーはどこまでが本気でどこからが冗談なんだろう。
『最初から最後まで、すべてが本気ですよ。まずはイスに座ってリラックスなさい。そして気持ちを集中させて』
ウソであれホントであれ、ともかくやってみることだと思った。ちなみに、これまでフォーリーがウソを言ったことなど1度もない。ということは、ホントにできるのかもしれない。これでも女の子、写真の使途はやっぱり気になるのである。
私は、そのまま新しく決まったばかりの自分の席へと腰をおろす。幸い、クラスメートたちは輪になって集まり、中居先生の行動についてあれこれと話し合っている。誰も自分に注目などしてはいないだろう。今がチャンスかもしれない。
『まずは両手を出しなさい』
「こ、こうかな?」
私は、フォーリーに言われるまま、手を前に出し、軽くひらき気味にした両の手のひらを向かい合わせにする。その間は20センチほどだろうか。そして、手と手の間の空間をじっと見つめる。
『願いなさい。いま、あなたが何を見たいのかを。ヤ・ハーティ・キュアラ、ミューファーン』
「ヤ・ハーティ・キュアラ、ミューファーン」
今、私が見たいものは、中居先生があのカメラをもってどこへ行くか。あの写真をどうするのか、である。そして、フォーリーの指図のまま、たぶん呪文かなにかだと思うのだが、わけのわからない言葉を小声で唱える。
『まだ足りないわ。意識を集めて。そしてあなたがみたいものを、その空間にイメージしなさい』
「だ、だって・・ あ、あれ?」
なんと、両手の間のわずかなスペースに、なにかぼんやりと見えてきた。あれは、いったいなんだろう。本当ならば驚き、叫び声の1つぐらいあげてもおかしくないのだろうが、私は、そのぼんやりとしたものがいったい何なのかを確かめようと、さらにその空間をじっと見つめる。あの後姿は誰? 中居先生? そうだ。中居先生だ。
『そうです。そのまま彼の行動を見ていればいいわ』
「う、うん。わかった」
驚いた。これが魔法というものなのか。手のひらのなかには、確かに中居先生の姿がある。その中居先生は、職員室に戻るのかと思いきや、その横の階段を上っていく。この上の階に何があるのかは、入学したばかりの私にはわからない。でも、このまま先生の後をついていけば、おのずとわかるだろう、と思ったそのときだった。
「ねぇ、佐伯さん。あなたもそう思うでしょう?」
「え? あ、あぁ!」
それは、まさに突然の出来事。ふいに伸びてきたクラスメートの手が私の腕をつかみ、軽く引っ張ったのだ。そのため、向かい合わせた両の手のひらの位置がずれ、そこに見えていた中居先生の姿が、ふいに見えなくなってしまった。
とはいえ、そのクラスメートに責任があるわけではない。彼女だって、まさか私が魔法を使っていたなんて思わないだろうし、言っても信用されるわけがない。
「どうかしたの?」
「あ、ううん、なんでもない。で、なんの話だったっけ?」
「もう、あなただって写真撮られたんでしょう。みんなで抗議しに行こうって話してたのよ。あなたもそうしたほうがいいと思うでしょ」
「そ、そうだね」
でも、職員室に抗議に行ったとしても中居先生はいないんだよね、とそう思ったとき、2時間目の始まりを告げるチャイムが鳴った。おまけに、チャイムとほとんど同時に2時間目の担当である上村先生が教室に入ってきたので、結局その話は、途中消滅というか、とにかく皆はそれぞれ自分の席へと戻った。私も、椅子にすわりなおし、教科書など取り出す。
しかし、この私が魔法を使えるなんてオドロキ。でも、魔法って、案外カンタンみたいね。きっと、やってみようと思えば何度だってできるんだわ・・
『それはムリ。たぶん、今のあなたにはできませんね』
「え?」
『先ほどやってみてわかりました。まだまだ精神的な力が不足しています。おそらくは、あの1回が精一杯というところでしょう。残念ね、魔法ってそんなに簡単じゃないの。覚えなきゃいけないことも多いし・・そんなに簡単なものだったら、キュウラだってあんなことにはならなかったかもしれないのに・・』
「なによ、キュウラって? 誰かの名前? その人、どうかしたの?」
『べつになんでもないわ。ただ、私がもう一度会えればと、そう願っている人』
「ふーん。ね、恋人か何かなの?」
「佐伯さん」
「フォーリーと同じ時代の人なんでしょうね。あ、じゃあさ・・」
「佐伯さん」
「フォーリーみたいに、誰かに生まれ変わってて、その記憶のなかに・・」
「ちょっと、佐伯さん。先生が・・」
「佐伯さん!」
え? え? なに?
「佐伯さん、あなた、人の話を聞いてるの?」
しまった! 怒りの表情をうかべた先生の鋭い視線と、クラスメートたちの興味深げな目。それらがすべて、自分に集まっていた。フォーリーと話すのに夢中になっていて、先生に指名されたのに気づかなかったのだろう。
私は、あわてて教科書を手に立ち上がり、ページをめくる。どこを読むんだろう??
「佐伯さん、あなたも困った人ねぇ」
ふーっと、先生がため息をついたのがわかった。よっぼどあきれられたらしい。でも私は、いったい何をすれば。いったい何を質問されたのだろう。私と一緒に話をしていたフォーリーに聞いても、それがわかるはずはないし。
ええい、ここはすなおに・・
「す、すみませんでした。聞いてませんでした」
「そのようですね。私の授業は、そんなにつまんないですか」
「い、いいえ。そんなことではありません」
あわてて、顔をあげた私の目に、黒板に書かれた問題が飛び込んできた。これって、数学の問題? よくよく教科書をみれば、たしかに数学の教科書だ。そうか、あの問題を解くのか・・
「す、すみません。この問題を解くんですね」
「さぁ、どうだったかしら。でも、ご希望とあらば解いてもらいましょうか」
クラスメートたちのなかには、くすくすと笑っている人がいる。ということは、問題を解けと言われたのではなかったのかもしれない。でも、こうなったらしかたがない。
私は、黒板の前に行くと、チョークを手にとった。ええと、この問題はどうするんだったっけ・・
え? え? あれれ? 一瞬、考え込む。解き方が思いつかないのだ。数学が得意だと言うつもりはないけれど、ちょっと難しいんじゃないの、この問題。
「ねぇ佐伯さん。ムリしなくてもいいのよ」
「あ、大丈夫です。ちょっと待ってください」
先生はそう言ってくれたが、こうなったら仕方がない。多少自信はないが、とにかく答えを出さないと。
ということで、ようやく黒板に解答を書き始めるが、なんとなくエレガントでないというか、力任せで、面倒な解き方をしているような気がした。もっと簡単な解き方があるんじゃないかという不安につきまとわれながらも、ようやく答えを導き出す。計算過程に不安はあるものの、答えは合っていると思うのだが。
「あの、できましたけど」
「そ、そうね。ご苦労さま。席に戻っていいわよ」
「はい。失礼します」
ここで、ペコリと頭を下げる。おじぎの角度を45度に保ち、2秒間の静止。その仕草に、先生はちょっと驚いた様子だった。聖フェリシアじゃ当たり前の行為だけど、ここではそんなことはしないのかもしれない。それはともかく、これでようやく解放されたというわけだ。
席に戻ると、今度こそ注意を受けないようにしようと、先生の方を注目する姿勢をとる。この完璧なる姿勢は、聖フェリシア仕込みというか、慣れている。頭の中では、フォーリーが『感心な態度』だとほめてくれるが、それに反応していると、もとのもくあみ。悪いけど、ここは無視させてもらおう。
「さぁて、それじゃ授業再開。はい、それじゃ今日のテーマであるこの問題だけど・・」
今日のテーマの問題、すなわち今、私が黒板で解いた問題が実は例題であり、その解き方などをこれから習うのだと気づいたのは、それから数分後のこと。考えてみれば、高校生となって初めての数学の授業なのだから、それがあたりまえのことなのである。
※
4時間めの授業が終わり、ようやく昼休み。私は手早くお弁当を食べたあとで、職員室のある棟へと行くつもりでいた。もちろん、その2階にはどんな部屋があるのかを確かめるため。休み時間の間にそれとなくクラスメートたちに聞いてみても、そこは誰もが新入生という悲しさ、詳しく知っている人はいなかった。だったら、行ってみるしかないじゃない。とはいえ、ちょっぴり怖い気がするのは、否めないところだよね。
ということで、さっそくお弁当を取り出す。さぁて、おかずはなんだろう・・ なんてわくわくした気持ちは、まったくない。というのも、今朝、自分で作ったものだから。あ、言い忘れてたかもしれないけど、私は、一人暮らし。学校から2駅ほど離れたところにワンルームの部屋を借りて住んでいる。聖フェリシアの高等部だったら実家から通えた(片道30分くらいだけど、私は学校の寮にいた)けど、星城高校はムリ(片道2時間ほどかけても通う根性があれば別だけど)。
フォーリーは、転校と1人暮らしを、よく親が許してくれたものだと感心している。それは私も、そう思う。
さぁて、食べるぞ・・
「私もお弁当なんだ。ね、一緒に食べようよ」
その声を聞いたのは、おかずの唐揚げを一口食べたときだった。冷凍食品を解凍したやつだけど、けっこうおいしいのだ。そんなことより、声の主は、川原和子だった。湊山中学時代は背番号7をつけていた、バスケットの名プレイヤー・・ って、そんなことはともかく、突然現われた彼女に、少なからず驚いてしまった私は、お箸で唐揚げをつまんだまま、しばしぼうぜんとしていた。
「どうしたの? ここいいでしょ」
「あ、うん。どうぞ」
「でも、本当に偶然だよね。まさか、あなたとこうして、お弁当並べるときが来るなんて思ってなかったもん」
それは、私だってそうだ。川原和子、聖フェリシア学園中等部時代は、その背番号をもじってウルトラセブンと呼んでいた。フェリシアのバスケット部が負けるとすれば、彼女のいる湊山だろうって、部員たちの誰もが、部室の掲示板に表示された連勝記録の数字を見るたび、そう思っていたはずなのだ。
「お昼休み、体育館に行ってみない? 軽く練習しようよ。1対1とかさ」
「うん、いいね、やろう。あ、でも久しぶりだから、身体動かないかもしれないけどいい?」
「あはは、それは私も同じだよ。私なんて、去年の夏からだから、もう10カ月くらいになるんじゃないかな、やめてから」
「へぇー、そうなんだ。でも、中学のときこっちに転校してきてからバスケット部入らなかったの?」
「うん。そりゃこっちの中学にもバスケ部はあったけどさ。急に私が入って、部のなかをかきまわしてもマズイかなって思って遠慮した。夏の大会が近づいてた頃だったしね」
「じゃ、大会には出なかったんだね」
「そ。あぁ、でもひさしぶりだな。バスケできるの」
「お手柔らかに頼むわよ。私だって、半年くらいはやってないんだから・・ あ、そうだ!」
「な、なによ」
「ご、ごめん。私、昼休みちょっとした用事があるのよ。だから・・」
そうだ、忘れてた。お弁当食べたら、謎(?)の職員室の2階を調査に行くつもりだったんだ。あ、でも、バスケットも久しぶり。しかもあのウルトラセブンと・・ そりゃやってみたいんだけどさぁ。
そのどちらをとるかの判断は難しい。でも、バスケは放課後にだってできるんだということに気付く。
『職員室の上の階に行くことだって、放課後にもできますよ』
う、うるさいよ、フォーリー。やろうと決めたことは、ちゃんとやらないといけないんだよ。だから、涙を飲んで・・ って、そんなことはいいや。バスケなら、どうせ放課後になればたっぷりとできるんだし。
「じゃあ、私もその用事つきあうよ。もし早く終わったら体育館にも行ってみようよ」
「え、ほんと・・ あ、でも、だけど・・ いいのかな」
(ね、ねぇフォーリー、いいのかな?)
私の返事の仕方が変だったのか、川原さん、ううん、そんな呼び方はもうやめにして、和子と呼ぼう。その和子は、きょとんとした顔で私のことをみている。そりゃ、和子と一緒に行ったほうが心強いけど、でもホント、魔法のこととか、説明のしようがないんだよね。
しかし、フォーリーからの返事はない。ええい、こうなったら仕方がない。
「それじゃ、悪いけど付き合ってくれる? すぐに済んじゃうとは思うけど」
「べつにいいわよ。で、どこに行くの?」
「それがね、私もよくわかんないんだけど・・」
「はぁ?」
あきれたような和子の声。それはそうだろう、と自分でも思ってしまう。が、しかし。ここはそれにメゲずに、いざ、出発。
ということで、私と和子は食べ終えたお弁当を片付けると、教室を出た。
「さてと・・」
「どうしたの?」
待てよ、困ったぞ。私は、教室を出たところで、立ち止まってしまった。というのも、めざす職員室(の上の階なのだが)は、はたして右か左か、どっちだろう。
「あのさ、職員室の場所、知ってる?」
「え、ええ。わかるけど、用事があるのは職員室なの?」
助かったぁ、和子が場所を知ってくれていた。でも、和子だって新入生、しかも登校2日目のくせに、よく知ってるわねと、思わず言いたくなったりして。
「こっちよ。私が案内してあげる」
「ありがと、助かるよ。行きたいのは、職員室の2階なんだけどね」
「2階? 生徒会室とか放送室、会議室くらいしかないよ。生徒会に用なの?」
「あ、そうじゃないけど、でも」
なんで、なんで和子、あなたはそんなによく知ってるのよ。私と同じで、新入生、しかも登校2日目なんでしょう? あなただけ2年目、なんてことはないよね?
「生徒会室と放送室と、会議室があるのね」
「うん。それだけだったと思うけど、でもどうしたの、いったい」
「あ、ううん、別に。ただ、ちょっと気になることがあって」
「気になること?」
ええと、どうしよう。
(ね、フォーリー、どうしようか。行かなくてもわかっちゃったけど)
『では、体育館へ行けばどうですか』
(そ、そうだね。でも、)
『なんです?』
(和子に、あの写真のこととか、話したほうがいいのかしら)
『それは、ご自由に。ただ、私のことや魔法のことを話すのはどうかと思いますが』
(それはわかってるわよ)
そうよ、いまさら言われなくなって、そんなことはわかってるの。もっとも、話しても信じてはくれないだろうし、どうやって説明すればいいのかもわかんないし。
「どうかしたの?」
「あ、ううん、べつに。とにかく、行こうよ」
「うん」
とりあえず、歩き始める。方角は、職員室の方だ。そこに何があるのかはわかってしまったけれど、実際に見ておくのもいいのかも知れない。それに、和子には、やっぱりその理由を話しておきたい。
「私ね、写真撮られたのよ」
「写真? 何の?」
「それを調べたいの。そのカギが職員室の上の階にあるような気がするんだ」
「どういうこと?」
「あのね」
私は、今日の1時間目のできごとを、かいつまんで和子に説明する。和子も、そこはお年頃の女の子、写真のことを気にする気持ちはすぐに理解してくれた。
「確かに、変だよね」
「でしょう。私も、これまでいろんな写真撮られたけど、こんなに後味の悪い写真は初めてよ」
「へぇ、変な写真とか、撮られたことあるんだ。パンチラとかヌードとかのヤバい写真だね?」
「違うわよ。バスケの大会とかで、観客の人とかに突然撮られたりしたことがあるのよ。テレビカメラにだって写されたことあるし」
「それは、私もあるなぁ。あ、そういえば私、あなたの写真、持ってるわよ」
「えぇ!」
「中学のとき、部活のマネージャーがさ、打倒!フェリシアの目標のもとに、全選手の特徴とか、弱点なんかをまとめたことがあってさ。もちろん写真もあったの。それをもらったのよ」
「ふーん。そんなことしてたんだ」
「どうしても勝ちたかったからね。そうだ、美奈ちゃんの弱点って自分でわかる?」
「私の弱点? そうね、いろいろあるんだろうけど、一番はやっぱり体力不足かな。ま、これはフェリシアの全選手に共通だけどね」
「え? そうなの」
と、こんなところで驚く和子。全国大会の常連チームなのに、その選手たちが体力的な心配を抱えているとなれば、やっぱり驚くのだろう。
「だいたいフェリシアってね、運動部は学校からあまり歓迎されてないの。練習時間だって限られてるから、どうしても量が不足してくるのよね」
「知らなかったなぁ。でも、私たちと試合しても、全然走り負けてなかったじゃない。むしろ、私たちのほうが体力的には追い詰められてた感じがしたけど」
「それは工夫次第ってとこかなぁ。要するに交替を頻繁にして、体力の温存をはかってたわけ。私たちにとってラッキーだったのは、野球やサッカーなんかと違って何度でも交替OKだったってことよね。もっとも、もう10分も試合時間が長ければ、たぶんダウンしてたんだろうけど」
「うっそぉ。ああ、そうか。そういえばちょくちょく交替してたわよね。ああ、そのことに気がついてれば、なにか方法もあっただろうに。昔のチームメイトが聞いたら、きっと悔しがるだろうな」
「あはは、まぁ過ぎたことだし、いいじゃない」
などと話をしているうちに、職員室のある棟へと到着する。自分にとっては入学後初めて訪れるこの場所だが、その入り口、そして2階への階段など、どれも見覚えがあった。あのとき魔法で垣間見たものと、まったく同じなのである。もはや魔法というものの存在は、私のなかでは、疑う余地のないレベルへと引き上げられた。フォーリーに言わせれば、何をいまさらとなるのだろうけど、改めて魔法というやつの威力を思い知ったような気がした。
中居先生は、あの階段を昇って2階に行ったのだ。途端に、緊張してくるのがわかる。
「ね、美奈ちゃん。どうすんの? 職員室のなかに入る?」
「ううん。とりあえず2階に上って、廊下を通って向こう側の階段から降りてくるだけにする。雰囲気だけ見てくるよ」
とそう言って階段に向かう。一人だけでいくつもりだったんだけど、その後を和子がついてきてくれてる。
「私も行くよ。ここまでくればついでだもん」
「ありがと」
ということで、2階への階段は2人でのぼることにした。なぜか、しっかりと手をつないで1段1段ゆっくりと上っていく。和子にも不安が伝染したのだろう。2人とも、お化け屋敷かなにか、いわゆるデンジャラスゾーンのなかでも歩いていくかのように気分になっていたに違いない。例えるならば、あのドナドナの唄の、お牛のような気分??
しっかりと繋いだ手は不自然に力が入り、手のひらには汗がにじむ。でもここは校内に違いないのだし、もちろん立ち入り禁止区域でもなんでもない。加えて、他の生徒たちの姿もちらほらあるというのに、そんな気持ちになるのもおかしいとは思うのだが、ホントに人の心理状態というのは不思議なものである。
ということで、かなりの緊張状態のなか、階段を上りきり2階のフロアへ。和子が言ってたとおり、生徒会室に放送室、会議室があるだけ。他に空き教室が1つあったけど、出入り口には大きな錠前がかけられているうえに、窓には内側から分厚そうなカーテンが掛けられ、中は見ることができなかった。聞けば、その教室は生徒会が使用しているらしい。きっと、生徒会室の内部からは行き来ができるようになっているのだろう。
不審に思えるのは、外からの目をシャットアウトしているかのごとき、その空き教室だけ。でも、生徒会が使っているというのなら、問題はないのかもしれない。
「とくに、変なところはないみたいだね」
「うん。あの教室のなかを見てみたかったけど、しかたないね」
「そうだね。結局、手がかりはなしかぁ。で、どうするの? 写真を撮られた身としては、やっぱ気になるんでしょ?」
「そりゃあね。もう少し調べてみたいところだけど、今日のところはこれで終わりにするわ」
「よし、じゃあ体育館へ行こうか」
その瞬間、和子の目がキラキラと輝いた。が、その燃え上がった気持ちをあざ笑うかのように、午後の授業開始5分前を告げる予鈴が、鳴り響いた。そのときの和子のがっかりとした顔といえば、それからしばらくの間、彼女をからかうネタとなったほどだった。
なにかが起こりそうだ、なんか怪しいぞ、そんな気持ちを持ってもらえたら、この第2話は成功かなって思ってます。次回もお楽しみに。ではでは、またね。