ミューナ   作:Syuka

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第3話 「バスケット部入部」

「これで、今年の資料は全部揃ったんですよね」

「ああ。で、今年は何人くらい必要なんだ?」

 

 照明の消された、薄暗い部屋にいるのは4名。その格好から、うち1人は高校生のようである。

 

「ま、5~6人ってところらしいすよ。あまり多くても管理がめんどうだし。それに、いい女ってのはそんなにたくさんいるもんじゃないんだそうで」

「はは、まあそうかもしれんな」

 

 男たちが囲む机の上には、けっこうな数の写真が無造作が置かれていた。どれも、女性の顔や上半身の写真である。その写真を高校生の1人が手に取り、1枚1枚目を通す。見終わったものは机の上へと戻されるが、どうやらそれは2つの山に振り分けられているようだ。

 

「ところで、実力テストの日程って決まってましたっけ?」

「おお、来週の火・水の2日間だ。日程は、月曜日に発表される」

「わかりました。じゃこっちの写真だけ貰っていきますから。残りはボツってことで」

「そうか、だがボツの数が多いなあ。それだけいい女は少ないってことになるのかな」

「さあね。でもボツにされたほうが、彼女たちにとっては幸せかもしれませんよ。少なくとも候補者にはならなくてすむんですから」

「はは、それもそうだな」

 

 軽い笑い声のなか、高校生が立ち上がる。写真はすでにカバンの中にしまわれていた。

 

「じゃ、ぼくはこれで。あと、戸締りしっかりと頼みますよ」

「わかった。ボスによろしくな」

「はい。それじゃ」

 

 高校生が出て行ったあと、残った男たちがボツと称された写真を広げていく。

 

「けっこう美人がいると思うがなあ」

「ま、私たちオジンとは好みが違うということじゃないですか」

「違いない。オレはこの女生徒なんか好みなんですがねえ」

 

 またも起こる笑い声のなか、その男が指し示した写真には、なんと佐伯美奈の顔が写っていた。

 

 

  ※

 

 

「すいません、入部したいんですけど」

 

 『新入部員受付中!』と張り紙がされたドアの前に、私と和子は立っていた。私の声に続いて、和子がドアをノックする。ここは校舎側から見て、校庭の右奥に建てられた運動部の部室が集まっている建物で、通称、部室長屋と呼ばれているらしい。その部室長屋の一番左端にあるのが、女子バスケットボール部の部室だ。

 いよいよ、私と和子は、高校バスケットボール界への門をくぐるのだ。あの、職員室の2階への階段をのぼるときとは、また違った緊張感が私たちを包む。

 ややあって、その門とも言える部室のドアが開けられる。

 

「こんにちは。さぁ、中に入って」

 

 ニコヤカに微笑む先輩の顔がそこからのぞいた。和子はそのまますっと中へ入っていくが、私は、そのまえにペコリとお辞儀をするのを忘れない。フェリシアでの躾は、こんなところにも行き届いているのだなと、改めて思う。

 

「このノートにクラスと名前、出身校、それと住所に電話番号を書いてね」

「はい」

 

 勧められたイスに腰掛け、差し出されたノートを手に取る。まずは和子が記入を始める。私たちの横には、緊張した面持ちですわっている2人がいる。同じ新入部員だろう。部屋の奥には、私たちに興味深げな視線を向けている先輩たちがいる。3、4、5・・ 全部で7名。それに新入部員の私たちを含め、11人ということになるのだろうか。思ったより少ない感じだ。

 

「はい、美奈ちゃん。お先でした」

「あ、うん」

 

 和子からノートを受け取る。それは部員名簿のようだった。ところどころ、名前が傍線で消されているところがあるのは、さしずめ退部した人たちのものだろう。

 チラと、和子の住所が目に入る。その番地などから、案外と自分のアパートから近いことがわかる。たぶん歩いても10分とはかからないだろう。

 

「すみません。書き終わりましたのでお返しします」

 

 私は、立ち上がるとノートを先輩の一人に手渡す。そのとき、深々とお辞儀をしてしまうのは、何度も言うけど、幼稚園から数え10年以上もフェリシアに暮らした人間としては仕方のないこと。このクセというか条件反射のようなものが抜けるときなんてくるんだろうかなんて思う。きっとフェリシアの教員の方たちは“抜ける”必要はないのです、なんて言うんだろうけど・・ おっと、そうですね、それはこの際関係ないことでした。

 

「えーと、ちょっと待っててくれる? 他にも入部希望者が来るかもしれないし、キャプテンももうすぐ戻ると思うから」

 

 あらら、キャプテンはこの場にいなかったんだ。ということは先輩たちは8人。私たちをいれて全員で12人ということになるのかな。

 

「あれ、聖フェリシア学園って、あなたまさか、あのフェリシア学園??」

 

 キャプテンが戻るのを待っている間の沈黙の時間が流れるなか。名簿のノートを見ていた先輩の1人が、突然驚いたような声をあげたもんだから、部室にいた全員が、なにごとが起きたのかといっせいに顔をあげたのもムリはない。その先輩が、ノートに視線を釘付けにしたまま、そろそろと立ち上がる。そして、私たち新入部員が並んで座っているほうへと近づいてくる。

 

「佐伯美奈さんって、誰?」

「はい、私です」

 

 あわてて立ち上がる私。そのとたん、となりの和子がこっちに顔をむけたのは、急に私が立ち上がったのに驚いたのだろう。和子には、先輩に名前を呼ばれたらすぐに立ち上がる、という習慣はないのかもしれないなと、ふと思う。まさか、これがフェリシア学園だけの伝統、なんてことはないと思うんだけど。

 

「ほんとなの? ほんとにあなたフェリシアなの」

「はい、そうですけど」

 

 ほんとは、それがどうかしたのかって続けて聞いてみたかったけれど、相手は先輩、余計なことはいうべきではないと判断。それに、皆の視線がこちらに集まっているのも気になるし。

 

「何よ、いったいどうしたの?」

「フェリシアって何?」

「どういうことなの?」

 

 先輩たちの間から、そんな声が出始める。キャプテンが来るまではとヒマにしていたこともあり、皆がこのことに関心を持ったようだ。で、ノートを握り締めた先輩が、なんて返事をしたのかというと。

 

「聖フェシリア学園だよ。あんたたち、知らないの?」

 

 先輩の視線は、その後ろの先輩たちが座っているほうへと向けられてはいるが、立っている場所は私のすぐ前。ということは、私はイスに座るわけにもいかず、どうしたらいいのとばかりにチラと視線を和子へと向ける。だが、和子は軽くウインクを返してきただけ。なんかそれって、ちょっと冷たくない? 和子・・

 

「だから、フェリシアがどうしたのかって聞いてるんでしょう」

「フェリシアはね、中学バスケ界の王者、日本一のチームなのよ。そのフェリシアの選手がうちの部に入るんだよ。ね、すごいと思わない?」

「日本一?」

「そうだよ、全国大会の優勝チームなんだってば」

「へぇー。そりゃたしかにすごいや」

「でしょう? 私ね、中学のときフェリシアと試合したことあるの、決勝で」

「決勝で!」

 

 え? そうなのか。失礼ながら、その先輩にはまったく見覚えがなかった。この先輩が中学生のときとすると、すくなくとも私が中2のときで、2年前ということになるのかな。

 でも、中2のときの決勝って、どの大会もいま隣にいる和子のいた、湊山中学じゃなかったっけ。ということは、この先輩も湊山中学ということになるんだけど、それなら和子のことに気づきそうなものなのに。

 

「でも、ボロ負けしちゃったわ。みごとなくらいコテンパンにやられちゃったけどね」

 

 ちょっと待って?? なんか話がおかしい。決勝戦では、いつもきわどい勝負だったと記憶している。楽勝の試合なんて、そんなにあるもんじゃないんだけどな。

 そのとき、和子の口がゆっくりと動いた。声は出さず、その動きで私に何かを伝えようとしているのだ。それによると・・

 

・・よ、せ、ん、だ、よ、き、っ、と・・

 

 あぁ、そうか。地区予選の決勝のことを言ってるわけね。たしかに地区予選のときなら楽勝の試合もあったかもしれない。それが県大会なのか、市の大会なのかはわからないけれど。

 

「期待してるわよ、しっかり頑張ってね。私たちを全国大会に連れて行ってね」

 

 えぇ、なにそれぇ。と、ホントはそう言いたいのに“ハイ!”と愛想の良い返事をしてしまうのが、ホントに何度も言うけれど、幼稚園の頃からフェリシアで教育を受けてきたわたしにとっては、それが当たり前のことなんだ。すでに条件反射みたいなものになってるのかも。でも、私だけじゃないんだよ。フェリシアの生徒だったら10人が10人とも、そう反応するに決まってるんだからね。

 隣では、和子が笑いをかみ殺すのに必死だ。けどね、和子。アンタは、出身中学の欄に転校後の校名を書いたからこそ何も言われないのであって、湊山中だってフェリシアに負けず劣らずの強い学校だったんだから、正直に名乗り出て、一緒に先輩たちに期待されなさいよ!

 と、そう言いそうになったとき、部室のドアが開けられた。

 

「あ、榎本さん」

「どうしたの、美恵。遅かったじゃない」

 

 入ってきた女生徒に対し、さっそくそんな言葉がかけられる。さしずめ、この人が女子バスケット部のキャプテンなのだろうと、その人へと視線を向けた瞬間。なんだか妙な感じがした。中学出たばかりの私なんかとは違い、どこか大人の雰囲気ただよう、女性っぽいその人。キチンと着こなした制服の上からでも、プロポーションのよさは伝わってくるし、いわゆる美人タイプのとってもきれいな女性。その容姿については、どこにも文句のつけようがないほどなんだけど、でもね、なんとなくヘンな印象というか、なにか違和感を感じたのは確かなんだ。

 

「ごめんね、ちょっと抜けられない用事があったのよ」

「それはそうと美恵、今年の新人はスゴイみたいよ。北村さん、説明してあげなさいよ」

「はい」

 

 その北村というのが、私がフェリシア学園の出身だということをみんなの前で発表してくれた人である。私は、その北村先輩が榎本美恵さんに、フェリシア学園がいかにスゴイのかといったことを説明するのを改めて聞かされるハメとなった。そりゃ全国大会優勝というのは輝かしい勲章なのかもしれないけれど、それはあのときのチームメイトみんなで勝ち取ったものなんだよね。ましてやそれは、中学時代のこと。高校バスケット界で通用するかどうかは未知数だ。

 私としては、あまり触れて欲しくない話題ではあったけれど、でもこの話に、キャプテンの榎本さんがあまり関心を示さないのは、少々意外に感じた。

 

「それじゃ、さっそく練習にはいろうか。新入生で体操服とか準備してる人は着替えてね。まだの人は明日からでいいから」

「はい」

 

 返事をしたのは、私たち新入部員4名。さすがに全員準備はしているようだ。ということで早速着替え始めた私たちだったけど、その私たちを榎本先輩が、じっと見ているのに気づいた。そのときの私の格好といったら、上下ともに下着姿。急に恥ずかしくなったけれど、相手は同じ女性だということで、隠したりはせずにそのまま着替えを続けた。でも、なんだって自分は着替えないで、じっと私たちのことを見てるんだろう?

 ともあれ、体操服へと着替え終わる。私が着替えたのは、フェリシア時代にいつも来ていた練習着。ちょっとハデかもしれない。

 

「あの、あなた、お名前は?」

 

 話しかけられたのは、私ではない。和子だ。そして話しかけたのは、女子バスケット部キャプテンの榎本美恵先輩。

 

「川原和子ですけど」

「川原和子さんね。ね、悪いんだけど、あなたの写真、1枚もらえないかな」

「え? 写真、ですか」

「うん。どんなのでもいいの。あなたが映ってさえいれば。顔とかスタイルがはっきりわからないくらいのほうがいいんだけど」

「あの、どういうことですか?」

「それは、その・・ あ、新入部員のね、名簿を作ろうかと思って・・」

「だったら、私だけっていうのは」

「そ、そうよね。あ、他の人たちにもお願いするわ。なるべく映りの悪いのでいいから、お願いね」

 

 その言い方は、しどろもどろというか、あわててとり繕っているような感じがした。他の2人の新入部員がどう思ったかは知らないが、私と和子には、この“写真”という言葉が気にならないわけがない。中居先生の件もあるのだし。だけど、映りの悪いほうがよいとは、どういうことか。フツー、逆じゃない?

 

「もし面倒なようだったら、使い捨てカメラ買ってくるから、それで写させてもらうわ。いいでしょう?」

「・・わかりました。持ってきます。明日でいいんですよね?」

「う、うん。かまわないわ。ゴメンね」

 

 和子があっさりと了承したのでその場はそれで収まったのだが、新入部員の名簿に使う、などということがウソであることは、他の先輩たちの様子からも明らか。では一体何に使うのだろう・・

 その後、着替え終わって体育館へと向かう途中、和子と話したことによれば、たしかに気になったことは間違いないけれど、うろたえる榎本先輩が、なんだかかわいそうになってきたということだった。その返事に、和子にはそんなやさしい一面もあるんだなと感心していると、そっと和子が近寄ってきて、私に耳打ちする。

 

『それにさ、もめてるよりも、早くあなたとバスケットボールがしたくてさ』

 

 お、おいおい。自分の写真がどうなるのか気にならないの? そう言いたかったけれど、早くバスケットボールがしたい、というのも本音には違いない。しばらくぶりのことで、かなり腕は落ちているんだろうけど、それもまた楽しみの1つに違いなかった。

 

 

  ※

 

 

「どうじゃな、2人とも。勉強は進んでおるか」

「あ、長老さま」

「ああ、よいよい。そのままでよい。ちょっと様子を見にきただけじゃからな」

 

 声が聞こえる。だが、その姿は見えない。いったいどこから聞こえるのだろう・・

 

「星の動きをみることは、占星術の基本じゃ。そしてそれは、われらの魔術へとつながる。いわば基礎の基礎といえるものじゃ。しっかりと学ぶのじゃぞ」

「はい」

 

 その声の主の姿は、相変わらず見つけられないが、かわりにぼつんと、光の点が見えた。よく見れば、それは1つだけじゃない。そこにも、ここにもあそこにも。これは・・星空??

 そうだ、星空だ。そう思った瞬間、光の点は、急速にその数を増していき、いわゆる満天の星空、というやつが目の前に広がった。

 

「占星術を、単に星の運行を見て吉凶を占う方法だという者も多いが、そればかりではない。われらの魔術の基となるものじゃ。わかるな」

「はい」

 

 元気よく返事をするその声は、まだ幼い女の子のもののようであった。それも1人ではなく、2人?

 満天の星空、天空を2つにスーッと切り裂くかのような見事な流れ星・・ そうだ、流れ星にお願い事をすればかなうはず・・ と、そう思った瞬間、目が覚めた。

 

 

  ※

 

 

「おはよう」

「あ、和子。おはよう」

 

 ほんとは大きなあくびでもしたかったところなんだけど、ここは通学路。そんなことできるわけがない。その欲求不満の裏返しで、思いっきりの笑顔で、和子に朝のあいさつ。

 

「元気だねぇ、昨日、あれだけ運動した後だっていうのに。私なんか、あちこち筋肉痛だよ」

「うーん、でもひさびさだったけど、気持ちよかったよね」

「それはいえるかな。爽やかな汗、青春の輝きっていうやつ?」

 

 あははは、と思わず笑ってしまう私。夜中に目が覚めてからというもの、ろくに眠れなかったために寝不足気味だったのだが、そんなことはもう、どこかに吹き飛んでしまったみたい。

 

「ジャーン! 見てよ、これ」

 

 そう言って和子が差し出したのは、写真だ。そこには、コート上でバスケットボールを手ににっこりと微笑む和子が写っていた。着ているのは、試合用のユニフォームだろうか。

 

「うわぁ、かっわいい」

 

 と、思わずもらしてしまうほどに、その写真の和子はイキイキと、そして自然な笑顔であった。

 

「これ、榎本先輩に渡すやつ?」

「うん。榎本さんはなるべく写りの悪いやつっていってたけどさ、そんなわけにはいかないでしょ」

「そう、かなぁ」

 

 おそらくこの写真は、和子がこれまで撮った写真のなかでのベストショットに違いない。そして、わざわざその写真を選んできた、という和子の気持ちはわからないでもない。なにせ人に渡すのだから、少しでもいいものを、と思うのは女の子として自然な気持ちだろう。でも、ふと、悪い予感がしたのはたしかだった。もちろん、根拠も何もないのだけれど。

 

「ね、ねぇ和子。こんないい写真、先輩に渡さないほうがいいと思う」

「え? なに言い出すのよ、急に」

「わかんないよ。わかんないんだけど、なんとなくイヤな予感がするんだ。この写真は人に渡さないほうがいいよ」

「予感ねぇ。ま、美奈ちゃんが心配する気持ちもわかるけど、どうせ写真は渡さなきゃならないんだからさ」

 

 そうか、わたしは昨日、担任の中居先生に用途不明の写真を承諾なしに撮られているんだ。なんとなくイヤな予感がしたのは、そのせいかもしれないと、そう納得するしかなかった。

 

『いいんですか? 予感は大切にすべきだと思いますよ』

 

 フォーリー・・ わたしのなかに宿る、別人の記憶。その名をフォーリー・ミューナという女性。なんでも彼女が生きていた頃は、魔術師という職業(? それって仕事なのかな?)に就いていたらしい。魔法とか、魔術とか、そんなものが21世紀の世の中に存在するのか、という疑問は常にある。というか、存在なんてしないに違いない。でも、彼女が生きていた時代(何年前なのかは、全然しらない)では、信じられていたのだろう。

 その彼女の思考が、わたしの頭のなかで浮かび上がってくる。

 

「予感を?」

『そうです。私たち魔術師には、他人にはない独特の感性があります。だからこそ、微妙な変化やわずかな異変などを本能的に感じ取れるのです。あなたが不安に思うのなら、そこには何か理由があるはず。このまま見逃すべきではありません』

「で、でもわたしは、魔術師じゃないから・・」

『でも、昨日、魔法を使ったじゃないですか』

「あれは・・」

「どうしたの、美奈ちゃん?」

 

 あ、いけない。今、和子と話をしてたんだった。ついつい、クセというか頭の中にフォーリーの意識が浮かんでくると、フォーリーと話をしてしまう。フォーリーのことなどまったく知らない他人にとっては、その間の私は、かなり奇異に写ることだろう。

 

「と、とにかくさ。写真のことはもうちょっと考えようよ。他の写真にするとかさ」

「他の写真といっても、これ以外に持ってきてないよ」

「そ、そう・・だよね」

 

 それはそうかと思った。他に何枚も写真を持ってきても仕方ないのだし、仮に他の写真であっても、結局は同じことなのかもしれない。でも・・

 

「あ、ヤバイよ美奈ちゃん。ほら」

「え?」

 

 和子に言われるまま、周囲に目をやれば登校中の生徒の姿は、なくなっている。昨日、遅刻して先生に怒られたことが思い出される。

 

「急ごう、まだ間に合うかもしれないよ」

「う、うん」

 

 あわてて駆け出す私たちをあざ笑うからのように、始業のチャイムが鳴りはじめる。でも、話し込んでいた位置からすれば、昨日よりはだいぶと有利だ。まさか2日続けて遅刻するわけにはいかないと、懸命に走るわたし。でも、走る速さは、とうてい和子にはかなわなかった。

 

 

  ※

 

 

「おいおい、しっかりしてくれよぉ。続けて遅刻じゃ、シャレにならんぞ」

「はい、すみませんでした」

 

 必死の走りもむなしく、わたしは、新学期開始以来、2日連続での遅刻となる。これには、さすがの中居先生もあきれたようで、昨日のようにお小言はひとことではすまなかった。

 

「だいたい、聖フェリシア学園はしつけが厳しいことで有名なんだろ。そのフェリシアでは優等生だったと聞いてるが、それでこれじゃあ、ほんとにフェリシアがお嬢様の学校なのかどうか、あやしくなってきたな」

「ほんとうに、申し訳ありません。以後、気を付けます」

「そうしてくれるとありがたいな。じゃあ、席につきなさい」

 

 ほんとにマジで、明日からは気をつけねばなるまい。今日だって昨日だって、遅刻するつもりはなかったし、時間にも余裕をもっての登校だったのだ。なのに遅刻してしまうのは、その途中で話し込んだりしてしまうからで、そこに『歩きながら話すなどみっともない』という、フェリシアでの教育がどれほど身に付いているかはともかくとして、次からは、時間も含め、注意せねばなるまい。

 ちなみに1時間めの授業は、これも昨日失敗をやらかした数学。この授業までも2日連続でミスをやらかすわけにはいかない。中居先生の言葉ではないが、いくら途中リタイアしたからといっても、あまりフェリシアの評判を落とすようなマネはしたくないではないか。

 ということで、その数学の授業の間、フェリシア時代にもあまりなかったような真面目な態度で臨んだのだが、運の悪いときは、なにもかもが裏目にでてしまうものらしい。

 というのも、休み時間になったら和子のところへ行って、あの写真を渡すのはやめるようにと、強く念を押しておくつもりでいたのに、真摯なる私の態度に先生が感心してくれたのか、授業時間を数分オーバーしてしまったのだ。

 教えていただく側としては、ありがたいことと感謝すべきなんだろうけど、このときばかりは、この数分間がうらめしかった。だって、急いで和子のところへ行ってはみたものの、ほんのわずかの差で、写真を取りに来た榎本先輩と入れ違いになったのだから。

 何も心配することないよと、明るく笑う和子だったが、私はそうはいかない。なぜか胸の奥がざわざわするっていうか、気になって仕方がなかった。だから、急いで教室に引き返し、自分の席に座る。そして。

 

「ねえ、フォーリー。私、もう一度やってみたいんだけど」

『何をです?』

「昨日の魔法だよ。あと1回だけ、なんとかならない?」

『それはあなた次第です。どれだけ精神を集中できるかにかかっています』

「とにかく、やってみるから手伝って」

 

 その魔法で私が見たかったのは、和子から写真を受け取った榎本先輩が、今どこにいるのか。和子の写真をいったいどうしようというか、だった。もしも、榎本先輩が昨日の中居先生のように、職員室の2階へと向かっているのだとしたら・・

 

「ああ、だめ。何もでてこないじゃない」

『落ち着きなさい。気持ちが乱れているからです。気持ちを静めて』

「もう、だめ。時間がないの」

 

 ダン、と大きな音がしたかもしれない。それほどに、勢いよく立ち上がると、即座に教室を出た。そして、開けたドアをちゃんと閉めたかどうかさえ覚えていないほどに、そのまま職員室めがけ、まっしぐらに走った。

 いくら、生徒の自主性にまかせた自由闊達な校風を持つこの星城であろうとも、きっと“廊下を走らないように”などというハリガミくらいはどこかにあるに違いない。それがいけないことだというのは、もちろん私も知っている。でも、この際それはムシさせてもらおう。

 できることなら時速100キロくらいで走りたかったのだが、それはできなかった。でも目指す、職員室はみるみるうちに近づいてくる。正しくはその2階なんだけど、そこに榎本先輩がいるのかどうかさえ、確認できれば・・ そこに行くのが遅れてしまえば、なんの意味もないのだ。和子に比べれば足の遅い私だけれど・・

 

「こら、廊下を走るんじゃない」

 

 突然の大きな声に、あと少しというところで、反射的にその場に立ち止まってしまう。見れば、ちょっと怖い顔をして私のところへ近づいてくる男性がいるではないか。始めて見る顔だが、きっと先生であることに間違いないのだろう。

 

「何をそんなにあわててるんだ。女の子のクセにみっともないとはおもわんのか」

「は、はい。すみませんでした」

 

 この際、女の子というのは関係ないとは思うのだが、それを言うと話がややこしくなるかもしれないと、私はすなおに頭を下げた。

 

「クラスと名前を言いなさい。あれだけハデに走られては、見逃すわけにはいかない。担任の先生にも報告させてもらうぞ」

 

 それも仕方がないだろう。これで担任の中居先生の、私を通したフェリシアの評価は決定的なものになったなぁと顔をあげたとき。目の前の先生の向こう側に、チラリと見えたもの。それは、あの職員室の横の階段から降りてくる榎本先輩であった。やはり、先輩は・・

 

「どうした。名前を言いなさい」

「あ、はい。1年B組佐伯美奈です。担任は中居先生です」

「うむ。だが、いくら急いでいたといっても、廊下を走ってはいけないことくらい、小学生でも知っていることだぞ」

「はい」

 

 と、そこで2時間めの開始を告げるチャイムが鳴る。でもなければ、その先生のお小言が、きっとフェリシアでのそれと同じくらいは続いていたのかもしれない。でも、そのチャイムのおかげで、私は救われた。

 

「授業が始まるな。もういい、急いで教室に帰りなさい。ただし、」

「廊下を走らないようにして、ですね。わかりました。本当にすみませんでした」

 

 こんなときのお辞儀の角度は、60度。直角でもいいのかもしれないが、その姿勢での2秒以上の静止を考えると、それくらいが適当だろう。ともあれ、私はそれで許され、教室へと戻れることになった。

 ラッキーだったのは、ここが職員室のそばであるということ。次の授業の先生も職員室から教室へと向かうのだから、私が寄り道をしない限りは、先に教室に戻ることができるのである。

 しかし、和子の写真を持った榎本先輩は、たしかにいた。昨日の中居先生といい、やはりあの2階には何かあるようだ。たしかに気にはなるのだが、いかんせん証拠となのそうなものがなにもない。榎本先輩だって、たまたまその場所にいた可能性だってあるし・・

 いろいろと思うことはあるのだが、今は、教室に戻るのが先決だろう。このうえ、授業にも遅れたとなれば、それこそシャレにもなにもならないではないか。

 

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