ミューナ   作:Syuka

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第4話 「新入生歓迎! 第1回実力テスト」

「さえきの、み~~~なちゃん」

 

 午前中の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、昼休みを迎えた直後。名前の部分を妙に伸ばしたしゃべり方で私の前にやってきたのは。

 

「森山さん」

「ねぇ、バスケ部のほうはどう? しんどくない?」

「だ、大丈夫だけど」

「そう。いつでもテニス部に来てもらっていいのよ」

 

 どことなくがっかりした様子がなくもない。まだ私をテニス部に入れようと思っているのだろうか。そりゃ、一旦はテニス部入りを決めたけれど、この期に及んでは、バスケット部をやめるつもりはない。おそらく、彼女も本気ではないのだろうけれど、どこかに未練もあるのだろう。

 その森山さんの手にはお弁当があり、そそくさと机や椅子などを移動させ、私の前に即席のテーブルをつくって対面に座る。

 

「いっしょに食べましょう。私も今日からお弁当にしたの」

「あ、そうなんだ」

 

 そういえば、昨日の昼休みは彼女の姿は教室になかった。というか、ほとんどの生徒が校内にある学食に出かけるらしく、教室でお弁当を食べているのは、たしか5人程だった。それも、わざわざ1組まで遠征してきた和子も含んでの数字なのであるから、学食がどんなところか行ったことがないので知らないけれど、きっと手軽で便利なのであろう。もしかしたら、めずらしいメニューとかあったりするのかも。

 

「ところでさ、私のことは沙希って呼んでよね」

「え、いいの?」

「いいに決まってるでしょ。私も美奈ちゃんって呼ばせてもらうし、お互い様ってことで。ね、いいでしょ?」

 

 そりゃ、そう呼ぶくらいはかまわないし、美奈と呼ばれるのだって抵抗はない。和子もそうだが、私のことを美奈と呼ぶ人はけっこういるのだ。

 

「へへーん。これで、私とあなたは親友だからね。腰が曲がっておばあちゃんになってもずっとずっと友だちだからね」

「あのさ、名前で呼び合うからって親友とは限らないと思うんだけど」

「あ!」

 

 突然の背後からの声にあわてて振り向いた沙希ちゃんのちょっぴり驚いたような声。そこには、お弁当を手にした和子が立っていた。

 

「親友っていうのはね、私と美奈ちゃんのような関係を言うの。それに一緒にお弁当食べる約束したのは、私が先なんだからね」

「な、なによ。だからどけって言うわけ?」

「違うわよ。わたしも一緒にってこと。それに、美奈ちゃんの友だちなら、私の友だちでもあるってことで、改めてよろしく! 私は川原和子」

 

 さっと、差し出す右手。握手を求めているのだ。だが、森山さん・・いや、沙希ちゃんって呼ぶんだった。その沙希ちゃんは、それに応えようとはしなかった。いったいどうしたんだろう? 案の定、和子がけげんそうな表情になる。

 

「なによ、私と友だちになるのはイヤだっていうこと?」

「そうじゃないんだけど、今はまだわからないよ」

「わからない?」

「私ってね、けっこう慎重な性格らしいの。人見知りするっていうのかな。だから、まだあなたとは、握手できないわ。悪いんだけど、もう少し待って」

「なによそれ・・ ま、いいけどね」

 

 と、和子は少々呆れ気味のご様子。私だって、森山さん・・ううん、沙希ちゃんか。私の前では、あんなに人なつっこい態度を見せてくれていた沙希ちゃんがこんなこと言うなんて、意外だった。まさか、バスケット部入部を巡って和子と軽い口論をしたことが、その要因として尾を引いているのだろうかと、ちょっと心配になる。

 

「あ、でも一緒にお弁当食べるのはかまわないわよ」

「当然よ。何度も言うけど、約束したのは私が、先なんだから」

 

 ふぇーん、なんとなく気まずいこの雰囲気。楽しいはずのお昼のお弁当が台無し、と心配する私だったけど、それはまもなく杞憂に終わることになる。なぜって、3人ともよく話しをしたし、けっこう笑ったりと、楽しく食事ができたのだ。きっとこの様子ならば沙希ちゃんと和子が打ち解け、友だちとして固い握手を交わすのも、そう遠い未来ではないのだろう。ていうか、もうすでに友だちじゃん! って感じ?

 

「さぁて、お弁当も食べたし、行こうか?」

「行こうかって、どこかへ行くの?」

「体育館だよ、私と美奈ちゃんは、昼休みにバスケやって遊ぶことにしてるんだ。なんだったら、あんたも来る?」

「いいの?」

「かまわないわよ。あんたもバスケットやってみたらどう?」

 

 和子の誘いに、沙希ちゃんは返事の代わりに大きく首を振る。遊びのつもりでやってみればいいんじゃないかと私も思うが、それを無理強いはできない。だって、あなたもテニスをやってみるかと言われれば、私は少しはできるけれど、きっと和子は、同じように困ってしまうに違いないと思うから。

 にしても、沙希ちゃんは、やはり和子を避けているようだ。体育館へと並んで歩く私たちだが、沙希ちゃんは私を挟んで和子とは反対側に立ち、その位置を変えようとはしないのだ。もっとも、3人で歩くのだからそうなってもあたりまえ・・ これは、フォーリーの意見。

 そりゃそう思う私のほうがおかしいのかもしれないけどさ。でも、この3人がそれぞれに仲良くなれるのは、きっと明日や明後日といった、ごく近い将来には違いないことだよね。

 

「そういえば、私、バスケット部の先輩をみかけたわよ」

「どこで?」

「それが、廃校舎なの。昨日の放課後にね。テニスコートからだとみえるんだよね」

「廃校舎?」

 

 沙希ちゃんに言われるまで知らなかったけれど、星城高校には、使われなくなった校舎が残っているのだ。いろいろと都合もあるんだろうけれど、さっさと取り壊して、運動部のグランドにでもすればいいのに、とそんな声もあがっているらしいが、なぜかそのまま放置されているらしい。

 

「放課後っていえば、榎本先輩かな。昨日遅れてきたのキャプテンだけだよね」

「そ、そうだね」

 

 きっとそうなのだろう。和子の言うように、遅れたのは榎本先輩だけ。でも、沙希ちゃんはなぜ、その人がバスケット部の人だとわかったのだろうか。

 

「廃校舎の中って、簡単に入れるの?」

「さあ、そこまでは知らない。でも、あんまり近づかないほうがいいんじゃないかな。一応、立ち入り禁止になってるみたいだし」

「へぇ、そうなんだ。でも、その先輩は廃校舎で何してたんだろうね」

 

 これは和子である。でも沙希ちゃんは、その和子に向かってではなく、私に向かって返事をする。

 

「あ、ごめん。廃校舎にいたんじゃなくって、正しくは、廃校舎から出て来るのが見えたってことなの。だから、何してたかまではわからない。でも、バスケットボールじゃないことは確かだよね」

「そりゃそうだよ」

 

 いくらバスケット部だからとて、そんなところでバスケットはしないだろう。となれば、立ち入りが禁止されているという廃校舎で何をしていたのだろうか。榎本先輩といえば、和子の写真のこともある。これらのことは、何か関係があるのだろうか。

 たしかに気にはなるのだが、ちょうど体育館に着いたことでもあるし、話はそこまで。私と和子は、さっそくボールを持ち出して1対1を始める。

 お互いに得意とする部分は違うようだけれど、総合的な実力は、ほぼ互角なんだろうと思う。中学時代は同じポジションにいたはずだけど、これから先、それぞれの長所と短所が溶け合いうまく機能するようになれば、きっと聖フェリシア学園高等部と試合をしても、かなりいいセンいくのではないかと、そんな気持ちになってくる。

 そんな私たちのプレイを、コートのわきでじっとみている沙希ちゃんであった。

 

 

  ※

 

 

「違うよ。ここでこうするんだってば」

「あ、そうか」

 

 その2人は何をやってるんだろう? 背格好や声の様子からは、まだ子どもであることがうかがえる。その横には大人たちがいるようだけど・・

 

「2人とも、そろそろ休憩してはどうだ。ほれ、お菓子もあるぞ」

 

 なぜか暗くて、そこにいる人たちの表情など、はっきりとうかがうことはできないのが、なんとももどかしかった。

 

「フォーリーは、今日はこのへんでよかろう。だがキュウラは、一休みしたらもう少しやってみなさい。フォーリーに比べてだいぶ遅れているからな」

 

 え? その名前って・・ もしかしてこれは、私の中に残っているフォーリーの記憶なの? その記憶が見ている夢かなにか??

 

「しかし、双子の姉妹だというのに、それぞれに特徴というものはあるのですな」

「ほんとですな。顔や声、背格好などよく似ているというのに、肝心の能力に、こんなに差があってはねぇ」

「これでは、フォーリーに期待するしかありませんな」

 

 いつのまにか、大人たちの数が増えているようだ。でも、そんなことを本人に聞こえるようにして言わなくてもいいのに・・ よし、私が意見してやろうと、そう思ったときだった。

 

「キュウラは、頑張ってるよ。私なんかよりも、よっぽど一生懸命に努力してるよ。なのに、そんなことまで言わなくてもいいじゃない」

 

 これは、フォーリーの声なのだろうか。

 

「ああ、フォーリー。わしらは何も、そんなつもりではないんだよ」

「そうですよ。ミューナの一族、その将来がかかっているのですからね」

「そうとも。だからこそ、厳しいことも言わねばならん。これも、本人のためなんだよ」

 

 似たようなことを、フェリシアに通っている頃、よく言われた気がする。それも、先生方に注意をされるとき。というより、怒られるときに。

 

「もういいよフォーリー。私、もう1回やってみるから」

 

 それはきっと、キュウラの声なのだろう。その声が妙に耳について、離れない・・

 

 

  ※

 

 

「実力試験!?」

「しかも、新入生歓迎だって」

 

 どこをどうすれば、試験が歓迎の意味になるのだろう。私には、とうてい納得できないことだけど、掲示板には、“新入生歓迎! 第1回実力テスト”の文字もあざやかに、試験日程がはりだされていた。

 第1回というのは、私たちの学年にとってのもの。聞けば、この回数が卒業までに30回ほどにはなるらしい。それに加えて進級試験に各学期ごとの定期考査もあるのだから、やはり進学校らしく、勉強面ではかなり大変なようだ。こればっかりは、エスカレーター式での大学卒業が約束されているフェリシアのほうが楽と言えるのかも。

 

「しかも、明日から・・」

「これじゃ、試験の準備もできないよね。だからこそ、実力試験なんだろうけどさ」

 

 私と和子は、その掲示板の前でしばしたたずんでいた。ちなみにいま、校舎内にいるとはいうものの、まだ教室には行っていない。つまり、このままここでぐすぐずしていれば、チャイムが鳴り、またもや遅刻となってしまう可能性だってあるということだ。もう、遅刻はいやだったが、まだ時間の余裕はあるはずだった。

 

「ね、お2人さん。この実力テストの結果って、すべて掲示されるって知ってる?」

「え、ほんとに」

 

 その声にあわてて振り向く私と和子。そこにいたのは、森山の沙希ちゃんである。

 

「順位と合計点だけだけどね。で、5つのグループに分けられるんだって。もちろん最下位のグループには追試があるらしいよ」

「追試かぁ」

 

 これは、なんとも大変なことになったものである。掲示板によれば試験は7科目。つまり700点満点。いったい私はそのうち何点とれるのだろう。幼稚園からずっと、大学までの一貫教育を謳うフェリシアで過ごしてきたのだ。もちろん文部科学省による学習指導要領というものがあるとはいえ、井の中の蛙的なことになっていても不思議はあるまい。なにせ、聖フェリシア学園という特殊な環境のなかでバスケットに明けくれた小・中学時代を過ごしているだけに、世間一般のレベルとの相違に対する不安はあった。

 

「そ、それよりもさ。教室に行かない? 私、絶対に遅刻はできないのよね」

「あ、それは私も同じ。急ごう」

 

 クラスが違うだけに確かなことは言えないが、和子もおそらくは連日の遅刻で、先生から怒られていたのだろう。いつのまにか、掲示板の前の人だかりはなくなっていたのだが、まだチャイムは鳴っていないのだ。あわてなくとも大丈夫だろうと、普通に歩きながら教室へ向かったのである。

 そんなわけで、遅刻することもなく教室に着き、平穏無事のままに授業を受ける。昼休みは、例のごとく和子と沙希ちゃんと一緒にお弁当だ。

 昼休みの話題は、もっぱら明日からの実力テストのことである。私としては、廃校舎にいたという榎本先輩のことも、もうちょっと詳しく聞きたかったのだが、ただ漠然と不安に感じているだけであり、なんとなく言い出しづらかった。

 

「ねえ、美奈ちゃん。先輩に聞いた話なんたけどさ」

 

 沙希ちゃんである。テニス部に顔を出したことはないけれど、テニス部には、よほど情報通の先輩がいるにちがいない。たぶんその先輩からの受け売りなんだろうけど、沙希ちゃんは、実にいろいろなことを知っている。その情報網には関心するばかりだ。

 

「このテストはさ、手を抜いたほうがいいみたいよ。平均点くらいにしといたほうが無難なんだって」

「へぇー、そりゃまたどういうわけ?」

 

 とは、和子。もちろん私も同じ疑問を抱いたんたけど、それを口にしたのは和子が早かったというわけだ。

 

「訳を教えてあげてもいいけれど、ちゃんと守ってくれる?」

 

 守るとはすなわち、実力テストで手を抜き、平均点程度にしておくということだろう。なぜ、沙希ちゃんがそんなことを言い出したのか、そのことも不思議ではあるのだが、この場合の優先事項は、テストで手抜きをしたほうがいいという点についての、その理由である。

 

「星城ってね、成績が優秀だと、普段の生活態度とか、ある程度甘くみてくれるところがあるのよね」

 

 いま、沙希ちゃんは、和子ではなく、私に向かって話をしている。だから、私が返事をする。

 

「それは、あるらしいね。聞いたことあるよ。それをメリットとして、入学を志願する人も多いらしいね」

「でもそれだったら、いい成績とっておいたほうが有利なんじゃないの?」

 

 またも和子の一言。今度は、沙希ちゃんは和子に向かって言う。

 

「それは、次の試験からにすればいいのよ。最初はあんまり目立たないほうがいいの」

「だから、それは、どうしてなの?」

「だから、最初からいい成績とると、とたんに気持ちがゆるんだりして、お化粧しだしたり、遅刻や早引きを平気でするようになったりとかさ。そんな人がね、去年、おととしと、何人かいたのよ。成績のことがあるから、先生も注意とかしなくなる。だから、エスカレートしちゃって、結局、学校辞めた人とかもいるのよ」

「へえ」

「だから、最初は“並”のほうがいいってわけだ。なるほどねぇ」

 

 すっかり感心している和子である。たしかに先生に怒られなくなれば、私だって遅刻しても平気になるかもしれない。きっと、そんなところから不良化は始まるんだよね。うんうん、納得できるぞ。でも、成績が落ちたらそんな特権はなくなるはずである。ということは、それらの人たちは、ずっと成績はよかったということなのか?

 

「私の成績だったら、手を抜いたりしなくても“並”だよ、きっと」

 

 とりあえずそう言ってはみたものの、実際のところ、自分の成績のレベルがみんなと比べてどうなのかは分からない。ただ、和子が、ちょっと不思議そうな顔をしていた。

 

「でも私が聞いた話じゃ、フェリシアってけっこうハイレベルらしいよ。編入試験なんて、ほぼ100%合格しないらしいじゃない」

「編入試験?」

「うん。実を言うとね、私、中3のとき、転校したでしょう」

 

 それは湊山中学のときのことだろう。九州から、家の都合でこっちへと引っ越したのだと聞いている。でも、それがどうしたというのだ?

 

「そのとき、どーせならフェリシアに転校しようかなって考えたことがあるの」

「え! ほんとに!?」

「うん。で、ちょっと調べてみたんだけどさ。あそこは私立だから、中学でも編入試験があるのよ。でも、これまでに合格した人って、数えるほどしかいないらしいよ」

「ふーん」

「ふーんって、美奈ちゃん、知らないの?」

 

 知らなかった。毎年の入試はもちろん知ってるけれど、それ以外はないものだと思っていた。実際、転校してきた人など、自分の知る限りでは1人もいない。その原因が、編入試験の難易度によるものだったとは。

 

「美奈ちゃん、気をつけた方がいいよ」

 

 沙希ちゃんである。その沙希ちゃんの顔は、マジ。本気で心配してくれているのだろう。でも、そんなに真剣になる必要はないんじゃないかしら。

 

「美奈ちゃん、数学の最初の授業のとき、見たこともないような高校生の問題をスラスラと解いちゃったでしょう。だから、心配なの」

 

 ん? 見たこともないような問題をスラスラと??

 ああ、あれはその場の雰囲気というか、なんとかして解かないと、先生に許してもらえないだろうと必死になっていたから。でも、解き方は強引だったし、けっこう考え込んだりしたんだから、スラスラというのとは違う。それにもし私の成績がいいのだとしたら、それは、私のなかにフォーリーの存在があったからだろう。幼い頃から、いろいろと教えてもらったおかげだと思うんだね。

 

「でもさ、やっぱり試験はちゃんと受けたほうがいいと思うよ」

 

 和子である。その和子の言うことに、沙希ちゃんはすばやく反応した。

 

「あなた、私の話をきいてなかったの?」

「だってさ、試験でいい点がとれるかどうかなんてわからないじゃない。トップクラスになると先生方から甘やかされるからっていっても、自分がしっかりとしてればいい話でしょう? その分、バスケットに打ち込めるようになれるんだったら、私は、そのほうがいいな」

「じゃあ、あなたはそうすればいいわ。でも、美奈ちゃんは、ダメだよ」

「ごめん、沙希ちゃん。私も、試験はちゃんと受けるよ」

「ど、どうして」

 

 沙希ちゃんは、不満顔である。でも、どうして沙希ちゃんはそんな顔をするんだろう。私は、和子の言うことがもっともだと思う。成績がよければある程度のことなら許されるというのは、いくら星城の伝統であろうとも、ちょっと違う気がするんだけど、結局は自分次第なんだよね。それに、私は・・

 

「ね、沙希ちゃん。私のいたフェリシアってね、幼稚園から大学までの一貫教育がうたい文句の学校なの。だから、高校受験とか大学受験とかをした人が誰もいないのよ」

「それがどうしたのよ」

 

 まだ、沙希ちゃんの不満顔は解消されない。和子はといえば、私の話に興味を持ったのか、黙ったままでこちらを見ている。

 

「だから、フェリシアで成績上位100番以内だったら、この高校は合格圏内だとか、トップの成績であっても合格は難しいとか、そんな資料が全然ないの」

「なるほど」

 

 あいずちをうってくれたのは、和子である。沙希ちゃんは不満顔を抱えたままではあるが、ともかく話は聞いてくれている。

 

「私が、星城を受験するって言い出したときも、先生方は最初は反対されててね」

「へぇ、そりゃまたどうして?」

「大学までの一貫教育、これが基本なのよ。中学を卒業するからといっても、まだまだ途中の段階だってこと。おまけに、運動部なんかに入ってたでしょ。他校に委ねるには心許ない存在、ちゃんと教育を終えるまでは外に出したくはない。そんなところかな」

「でも、受験は許してくれたんでしょ」

「うん、こればっかりは個人の意思の問題だからね。でも、どこの高校を受けるかが大きな問題でさ。さっきいったように合否ラインのデータなんてないじゃない。だからって、入試に失敗でもしたりしたら大変よ。フェリシアの名誉っていうかさ、学校のメンツってのもあったみたいでさ」

 

 そう、あのときは大変だった。なにしろ、絶対に失敗はできないのだ。そんなプレッシャーのなか、多くの先生方から特別に指導を受けたこともある。それは何も、勉強だけとは限らない。“人前に出しても恥ずかしくない躾”のほうが、どちらかといえば重要なファクターだったのである。

 

「内申書とかも良く書いてくださったかもしれないでしょ。だから、今度の実力テストでは、私のほんとうの実力が知りたいの」

「なるほどね。ゲタをはかせてくれた内申書のおかげで合格できたのか、それとも自分の実力か、それを知るいいチャンスってわけか」

「うん。もっとも、フェリシアの先生方がそんなことしたとは思えないんだけどね。それに、私の担任の先生は、とても厳格な人だったし。ある意味、それを確かめてみたい、かな」

「わかったわよ」

 

 と言ったのは、沙希ちゃんだった。でも、彼女は不満顔、というよりは不安顔?

 

「でも、でもホントに気を付けた方がいいんだからね。私、ちゃんと言ったからね」

「う、うん」

 

 すっくと立ち上がった沙希ちゃんは、それだけ言うと、クルリと向きを変えて教室を出て行った。私と和子は、何がどうなったのかよく分からずに、沙希ちゃんを見送る。そしてそのあとしばらくは、ぼんやりとそこに座ったままだったんだと思う。ちなみに、お弁当はとっくに食べ終わっていた。

 

 

  ※

 

 

「あれぇ、困ったな。あまりマッチングしてないですね」

「そうだな。だが、仕方がないだろう。こないだのボツの写真は残してあるんだし、そのなかからもう一度選んでみたらどうだ」

「そうですね・・ ま、基準内に2人いることだし、これで良しとしますよ。ホントは5人くらいは欲しかったんですけどね」

「だが、ボスはそれで納得するかな」

「ちゃんと説明すれば分かってくれますよ。それじゃ、この写真は返します」

 

 照明の消された、薄暗い部屋のなか。3名の大人たちを前に、学生服を着た高校生と思われる男が数枚の写真を差し出す。その写真は、数日前に大人たちより渡された、星城高校の女生徒の顔写真であった。ということは、この部屋は、校舎内のどこかであり、さしずめ大人たちは教師、学生服を着た男は、生徒ということになるのだろう。

 

「マッチングした2人を引き込むための段取りは、よろしくお願いしますよ。とくにこの女の子は、絶対に必要ですからね」

 

 その生徒が、改めて見せた写真。それは、体育館らしき場所で、バスケットボールを手に微笑む、美少女のものだった。

 

 

  ※

 

 

「え? 和子ですか? 放課後すぐに学校で分かれて、それきり会っていないのですが。部活も今日はお休みされましたし」

「そ、そう。どうもありがとう」

「あの、なにかあったんでしょうか?」

 

 電話の相手は、和子の母親だった。和子が私のところに来ていないか、と尋ねられたんだけど、あいにくと彼女は、ここにいなかった。なにせ、電話番号は知っているものの、家の場所はまだ教えていなかったから、来れるはずもないのだ。私にしても、和子の家の正確な場所は知らない。

 

「それがね、まだ帰ってこなくて・・」

 

 その言葉に、反射的に時計を見ると、午後9時30分を回ったところ。遊びに出かけた女子高生の平均的な帰宅時間が何時なのかは知らないが、少なくとも和子の家では、心配になる時間をとっくに過ぎているのだろう。ちなみに、フェリシア学園の寮であれば、午後6時以降の外出は、よほどのことがない限り厳禁である。

 

「それじゃ私、心当たりを探してみましょうか」

「それは嬉しいんだけど、もう夜遅いでしょ。私が探してみますから、その心当たりを教えてくれる?」

「は、はぁ。あの・・」

 

 と相手にそう言われても、困ってしまうのである。というのも、私には具体的な心当たりなんてないのだ。ただ、例のミューナに手伝ってもらっての魔法で、和子がいる場所を探せるかもしれないと思っただけだった。その周りの様子などから、場所が特定できるかもしれないんだけど、このことを和子の母親に言っても、信用されるはずはないので、返事に困る。

 

「あ、ごめんなさい。帰ってきたみたい。よけいな心配させてごめんなさいね」

「い、いいえ。よかったですね」

「それじゃね」

 

 そこで電話は切れたのだが、だからといって、ほっと一安心という気分にはなれなかった。和子の母親はどうなのだろう。彼女が帰宅したことで、安心できたのだろうか。普段の和子の生活パターンというものをよくは知らないけれど、こうして友達の家にまで電話をかけるくらいだから、夜間の外出などあまりしないに違いない。

 いや、まてよ。そもそも、和子は学校が終わってから、帰宅したのだろうか。まさか一度も帰っていないのではないかと、そんなことも頭の中にうかぶ。和子はちゃんと帰宅したというのに、何が気になるのだろう? どこが不安なのだろう?? どうして、ほっとできないんだろう・・・

 不思議だったのは、こんなとき、いつも私の頭の中で自分の意見を主張してくるフォーリーが、何も言ってこないことだった。

 だが、いくら考えてもその答えはわからない。ともあれ和子は家に帰ってきたのだからと、私は、そろそろ寝支度にかかることにした。なにせ、遅刻は厳禁なのだ。一人暮らしの私には、朝、起こしてくれる人などいない。だから寝坊しないためにも、特にすることがなかったら寝てしまうに限る。

 翌日は、火曜、水曜と実力テストが行われたあとの木曜日を挟んでの金曜日である。この日、その総合結果が発表されることになっていたから、私は登校するとすぐに掲示板のところへ行ってみた。

 いつもなら登校途中に和子と会うのだが、今日は、ここまで和子に会うことはなかった。それではと、私とおなじく結果を楽しみにして掲示板の前に集まっているであろう生徒たちのなかを探してみるが、そのなかにも、和子はいないようだった。

 ならば、もう1つの目的をまずは果たしておこう。ということで、掲示に目を移す。さあて、私の順位はどれくらいだろう。フェリシアのレベルってどのへんなんだろう。

 べつに自慢するわけじゃないけど、フェリシア時代、私の成績はけっこう上位にランクされていた。ただでさえ、肩身の狭い運動部。せめてバスケットくらいはおおっぴらにやりたいものと、チームメイトともども成績だけは落とさないようにと、頑張っていたからだ。幸い、そんな目にあったチームメイトはいなかったが、成績が落ちてくれば、部活を控えさせられることになったのは、明らかだった。

 それはともかく、である。

 

「ええと、」

 

 それは、都合5枚にわたって掲示されていた。つまり、上位より20%ずつに分けられているのである。この場合、上位のほうから見るべきか、それとも下位のほうから自分の名前を探すべきか。ちょっと迷う。

 

「美奈ちゃん、美奈ちゃんのはここだよ」

「あ、沙希ちゃん」

 

 そういえば、沙希ちゃんはいつからそこにいたのだろう。和子ばかりをさがしていて、彼女のことには気がつかなかったなあと思いつつ、沙希ちゃんの方へ近づいていく。

 なんと、私の名前は最上位20%の掲示の中にあるらしい。

 

「やっぱり、真面目に試験受けたんだね」

「え? ええ、やっぱり試験だしね」

 

 ちょっぴり、沙希ちゃんの視線が痛い。ふえーん、怒らないでよぉ、と言いたい気持ちはやまやまなれど、ここはぐっとこらえて、まずは自分の順位の確認である。

 

「え! うそぉ」

 

 意外であった。この順位が本当であるとすると、フェリシアの学力レベルもまんざらではない、ということができそうである。きっと、担任の中居先生のフェリシアに対する印象度を、何ポイントがアップさせることができるだろう。

 

「それからね、あの人の名前もあるのよ」

「あの人?」

「うん」

 

 沙希ちゃんは、その名前は言わずに、指さしただけだった。でも、それで充分だった。私よりは少し下の位置に、和子の名前があったのである。

 

「この人も、私の忠告は聞いてくれなかったみたいだね」

「ね、ねえ沙希ちゃん。それって、結局どういうことなの?」

「だから、この試験だけは、平均点くらいにしておいたほうがいいってことなの。何度も言ったでしょう」

「だから、その意味がよく分からないんだけど」

「私にはね、1つ上のお姉ちゃんがいるの」

「お姉さん?」

 

 意外な言葉、とでもいおうか。沙希ちゃんにお姉さんがいてもちっともおかしくはないのだが、私は、きょとんした顔をしていたに違いない。だからなのか。

 

「と、とにかく、これは冗談なんかじゃないんだから。これから先、気を付けたほうがいいわよ」

 

 それだけ言うと、クルッと向きを変えて走っていく沙希ちゃん。何か言いたそうにはしていたのだが、結局、それ以上のことは聞けなかった。でも、彼女は何か知っている。あの写真のことといい、いったい何があるのだろう。

 とぼとぼと教室へ向け、歩き始めたものの、次第に私は、和子のことが気になりはじめていた。

 

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