ミューナ   作:Syuka

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第5話 「和子の行方」

 この日、和子と会ったのは、昼休みになってから。というのも、それまでの休み時間を、沙希ちゃんから何か情報を聞き出すために費やしたからなんだけど、結局、あれ以上のことは聞けずに終わっていた。印象としては、沙希ちゃんもそれ以上の詳しいことになると、よくは知らない様子なんだけど、本当のところはどうなのだろう? ちょっとだけ疑問だった。

 いつものごとく、和子がお弁当を手に、やってくる。そのときには、沙希ちゃんがいそいそと机を移動させ、即席のテーブルを作ってくれていた。これも、いつものとおりである。ただ違うのは、沙希ちゃんという女の子のことが、ほんの少しだけ、わからなくなったということくらいか。

 

「美奈ちゃん、昨日はごめんね」

「え?」

 

 そのとき、私は沙希ちゃんに気をとられていたみたいで、その和子の声に、ちょっと驚いてしまった。和子が何を謝っているのか、一瞬、考えてしまったが、きっと、昨日の夜のことだろう。つまりは、和子のお母さんが私のところに電話をかけてきたことを謝っているのだ。

 

「ちょっとね、家へ連絡するのを忘れていたんだ」

「ううん、平気だよ。でも、何かあったの?」

「そういうことじゃないの。ただ、連絡できなかっただけ」

 

 なんとなくだけど、和子に元気がないようだ。いつものはずむような軽やかさというか、ニコヤカな笑顔がないような気がしないでもない。もちろん、気のせいなんだろうけれど・・

 

「どうしたの? 座ったら」

「あ、うん。ありがと」

 

 立ったままの私たちに、沙希ちゃんのありがたい一言。でもなければ、そのままずーっと立っていた・・って、そんなことはないか。とにもかくにも、お昼の始まり。自分でつくったお弁当なんだけど、開けるときには、それなりにワクワク感みたいなものはあるもんだね。

 それはともかく、お弁当を食べ始める。和子や沙希ちゃんも、おいしそうに口を動かしている。とまあ、やってることはいつもと同じなんだけど、でもやっぱり、何か変だ。どこがどうとは言い難いけれど、なにか雰囲気が違うような??

 

「あ、あのさぁ」

「ん?」「どうしたの?」

 

 私が声をかけると、こうして2人とも返事を返してくれる。その顔も、いつものように笑顔だ。だけど・・

 私が、その先を続けなかったからなんだろうけど、誰も何も言わない、妙な静けさというか、沈黙のままでの食事が続く。きっといつもなら、誰かが冗談言ったりとかして、笑っているはず。なんか、これってけっこうつらい。

 

(ね、ねえフォーリー、聞いてる?)

『なんでしょう?』

 

 よかった、このところずっとフォーリーが私の意識の中に出てきてくれなかったので、話ができないんじゃないかと心配したけど、ちゃんと応えてくれた。よかったぁ!

 

(いつもと違うよね? ねぇ、何が違うと思う?)

『さぁ?』

(さぁって、ねえフォーリー)

『今はまだ、何も言えません。もう少し様子をみたらどうですか?』

(そ、そうかな)

『そうです。そのためにも、何か話題をみつけて会話をしてみてはどうですか?』

(話題って言っても・・)

 

 それがあれば、苦労はしないわよ・・ と、心の中で思う。フォーリーに話しかけたつもりはないのだが、もちろん心の中で思っただけで、きっとフォーリーには伝わっているはずだ。

 

『今、もっとも気になることといえば、彼女の外出の理由でしょうか』

(え? でもそんなこと聞けないし)

『では、試験の結果に関することはどうですか?』

 

 それなら、なんとかなるかな。

 

「そういえばさ、和子もいい成績だったみたいだね」

「え? ああ、実力試験のこと?」

「うん。上位20%、つまりAクラスに入ってたじゃない」

「あ、そうなんだ。うん。そうみたいだね」

 

 あれ?

 

「あの成績だったら、たぶんフェリシアの編入試験だって、余裕でバスできたんじゃないの」

「そうかな」

「そうだよ。私とあんまり変わんない成績だったでしょ。私、こう見えてもフェリシアじゃさぁ・・」

「じゃあ美奈ちゃんも、上位20%の中に入ってるってこと?」

「う、うん。なんとかね」

 

 あれ? まさか、和子は試験の結果を見ていないの?

 

「2人とも私の言うことは全然聞いてくれなかったんだよね」

「沙希ちゃん」

「知らないからね、ほんとに。どうなっても知らないからね」

「ね、ねえ沙希ちゃん。ほんとに何度も聞いてわるいんだけど、そうすると、どうなるっていうの?」

「わかんないよ。わかんないけど、美奈ちゃんは自分が写真を撮られたこと、忘れてるんじゃないの。私のお姉ちゃんだってそうだったんだから」

 

 なんとなく、声が怒っているみたいな気がした。いらだちまぎれの、どなり声に近いような・・ もっとも、そんな大きな声じゃなかったんだけど。

 

「私、ちょっと用があるから教室に戻るね」と、和子の声。

 

「あ、そ、そうなんだ。じゃ、放課後に部活でね」

「うん」

 

 スッと立ち上がった和子が、クルッと向きを変えて、教室を出て行く。いつもなら昼休みは、体育館で軽くバスケットボールをやって過ごすはずなのに、どうしたのだろう。まぁ、用事のある日があってもおかしくはないんだけどさ。

 

「あ、それで沙希ちゃんさ」

「私も、ちょっと・・」

 

 沙希ちゃんも、すでにお弁当は食べ終わっていたのだ。それを片づけながら、ゆっくりと立ち上がる。ちなみに、私のほうはといえば、2人の様子に気をとらえていて、ようやく半分ほど食べたところ。

 

「美奈ちゃん、あの人、注意したほうがいいかもよ」

「え? 和子のこと?」

「そ。どこかで写真撮られてなければいいんだけどね」

 

 それだけ言うと、教室を出て行ってしまう。残された私は、一人さびしくお弁当を・・って、そんなのんきなことを言ってる場合じゃないぞ。和子だって、バスケット部のキャプテンにではあるけれど、自分の写真を渡しているのだ。

 でも、おなかもすいてるし、お弁当もこのままにしておけないということで、あわてて食事を再開。和子の教室に行くのは食べてからにしようと思ったのだが、それが失敗だったのかどうか、私が教室に行ったとき、彼女の姿はなかった。

 

(どう思う、フォーリー)

 

 仕方なく、とぼとぼと自分の教室に戻る帰り道、私は、フォーリーと話がしたかった。彼女の意見を聞いてみたかった。

 

『用事があると言ってましたから、どこかへ行ったのでしょう』

(そうだね)

 

 そうかなぁ。いや、そうなのだ。いろいろと気になることは多いものの、現時点では、こここまでが精いっぱいというところ。他に何をしていいのか、何をするべきなのかわからない。ともかく、わからないことが多すぎるのだ。様子を見るというか、もう少し待ってみるのがいいのかもしれない。何を待つのか、と問われても困ってしまうのだけども。

 

 

  ※

 

 

「あのう、私、河原和子の母ですけど、美奈さんでしょうか?」

「は、はい。どうもこんばんわ」

「夜分にすみませんね。それで、和子なんだけど、そちらに行ってません?」

「和子さんですか? いいえ、こならには来られてませんけれど」

 

 電話の相手は、和子のお母さんだった。時計に目をやれば、もうすぐ午後10時といった時間帯。昨日の夜と同じパターンである。

 

「そうですか」

 

 電話の向こうからは、お母さんの明らかに落胆した様子が伝わってくる。昨日の夜もそうだったけど、このお母さんを心配させるなんて、いったい、和子はどうしたのだろう。それに、和子は部活も休んでいたのだ。休んでいるといえば、キャプテンの榎本さんも休みだったけど、いったいどうしたのだろう。先輩の誰も、休みの理由は知らないようだったけど。

 

「あの、いったん電話を切ってもよろしいでしょうか?」

「え?」

「ひとつだけ、手かがりになりそうなことがあるんです。今からやってみますので、その後で、改めて電話をさせていただくということで、いいでしょうか?」

「手がかりがあるの?」

「ある、とはっきりは言えないんですけど・・ とにかく10分ほどしたらこちらから電話しますので、一端切ります。失礼します」

 

 私は、急いで電話を切った。相手の返事もまたずに一方的に切ることは、あまりにも失礼なことだ。そんなことはよくわかっている。そのとき、フト頭に浮かんだ西崎先生の顔が、どこか悲しそうな顔をしていた。

 西崎先生というのは、私が聖フェリシア学園にいたときに生活面も含め、いろいろとご指導いただいた先生なんだけど、でもね、先生。いまは、何も言わないでください。怒らないでください・・

 心の中で先生に頭をさげると、私は、机の前に座った。

 

「フォーリー、あのときの魔法を使わせて!」

 

 いつもは心の中で思うだけなんだけど、このときの私は、声に出していたと思う。それだけ余裕がなかったのかもしれない。よくわからないけど、心の中が、ざわついていた。不安だった。

 

『気持ちが乱れていては、魔術は無理ですよ。まずは落ち着きなさい』

「う、うん。わかってる」

 

 私は、ふーっと大きく深呼吸。そうだ、まずは落ち着かないと・・

 目を閉じ、何度か深呼吸を繰り返す。そして、ゆっくりと目をあける。

 

「もう、いいかな?」

『願いなさい。いま、あなたが見たいものを。ヤ・ハーティ・キュアラ、ミューファーン』

「ヤ・ハーティ・キュアラ、ミューファーン」

 

 ぼんやりとしたものが、見えてくる。まだはっきりとはしないけれど、大きなテーブルを挟んで、座っている人たち。

 あまり広くはない部屋のようだ。でも、テーブルの両側に座っている4人と、その後ろ側に立っている2人の計6人がいる。

 

「この服は、まさか警察?」

 

 後ろに立っている2人が着ているのは、警察官の制服だ。座っている3人はスーツ姿で、そして残りの1人が、星城高校の制服を着た女子高校生、つまり和子。

 いったい何をしてるんだろう、和子の隣の男性が、大きな身振りをまじえ、何事かしゃべっている様子。この声が聞こえれば、詳しい状況がわかりそうだ。

 

「フォーリー、声を聞くことってできないの?」

『それは無理です。いまはここまでが精一杯ですね』

 

 ダメかぁ、何か方法はありそうな気がするけど、でもフォーリーが無理だって言うからには、無理なのだろう。制服姿の警察官が、テーブルに置かれた電話機に手を伸ばし、受話器を手に取った。

 そうだ、和子のお母さんに電話をしないと・・

 10分したら電話をすると約束していた。あれから、もう10分たっただろうか。もちろん和子のことは気になるんだけど、でも警察署にいるんだから、一応、危険はないといえるんじゃないかと、判断。

 

「フォーリー、これっていきなりやめてもいいのかな?」

『かまいませんよ』

「ありがとう、フォーリー」

 

 立ち上がると、私はいそいで受話器をとった。そして、和子の家に電話をかける。でも、聞こえてきたのは、プープープーという、話し中を知らせる音だった。

 

「あれ、話し中だ」

 

 いったん切り、すぐにかけなおす。でも、相変わらずプープーという音が聞こえるだけ。もう一度かけなおしても、同じだった。

 

“相手が話し中のときは、5分ほど時間をおいてかけなおすとよいのです”

 

 フェリシアの西崎先生に教えていただいた、電話のマナー。チラと、時計に目をやる。今から5分後というと・・

 5分という時間が、どんな根拠によってでてきた数字かは知らない。でも、待つより仕方がないと、私はそう思った。そしてそれからの5分間、私は、じーっと時計を見つめていた。

 

「よし、5分たった」

 

 受話器をとる。今度は、話し中の音ではなく、呼び出し音が聞こえる。やはり5分待って正解だったんだ! さすがはティーチャー・ニシザキ!

 でもその呼び出し音は、途切れることはなかった。5回、6回、7回・・

 10回目で、私は受話器を置いた。そして、もう一度、電話をかけなおす。

 

「だめだ、誰も出てくれない」

 

 今度は、15回ほど鳴らしてみたんだけど、結果は同じだった。とっくに10時は過ぎていることもあり、私は、電話するのをあきらめるしかなかった。でもそれは、こんな遅い時間には電話するべきではないという、西崎先生の教えのためばかりではなかったと思う。

 そのとき私は、あのフォーリーの魔術で見た警察署のシーンを思い出していた。婦人警官が電話をかけていた、あの場面だ。きっと、和子のお母さんに警察署から連絡が行ったんだと思う。そして、お母さんは警察署に行ったんだ・・ だから今、誰もいないのだ。

 私は、ふーっと大きなため息をついていた。

 

 

  ※

 

 

「おい、フォーリーというのはおまえか?」

「いいえ、私はキュウラといいますが、何かご用ですか?」

 

 大きな体を包む身なりはたいそう立派なのだが、その態度や口調は、服装ほどに上品とはいえない男。

 キュウラの抱いた印象は、そんなところだろう。

 

「では、すぐに呼んでこい。急用なのだ」

「あいにく、長老と出かけているのです。3日後には戻る予定なのですが」

「なに、いないのか。やはりミューナの一族もたいしたことはないな」

 

 フォーリーが不在であることと、ミューナ一族の評価とに、なんの関係があるのだろう。そう思ったものの、キュウラはそのことを口には出さなかった。

 

「あの、どういったご用件ですか?」

「オレの主人の命令でな。すぐにフォーリーを連れて戻らねばならんのだ」

「フォーリーを?」

「ああ。ミューナのものは、占星術が使えるのだろう。オレの主人と息子の将来を占ってほしいのだ。すぐにフォーリーを呼び戻せ」

「それは無理です。3日お待ちいただくのが一番いいと思いますが」

「だから、それでは遅いのだ。なんとかしろ」

 

 なんと、わがままな男だろう・・ キュウラはそう思ったに違いない。フォーリーは、長老とともに疫病に悩まされている村へと、出かけているのだ。かなり離れたその村へは、行くだけでも2日はかかるだろう。行き違いとなる可能性も考えると、やはりフォーリーたちが帰ってくるのを待つのが、一番の方法だ。

 

「占いだけでいいのなら、私が占ってもいいですよ」

「なに、おまえが?」

「はい。魔術ではフォーリーに及びませんが、占星術なら私にもできます。もちろん私でよければ、ですけどね」

「ふうむ、だがおまえで大丈夫か?」

「できることなら、フォーリーが戻るのをお待ちいただくのがよいと思います」

「だが、占星術はできるんだな」

「占うだけならば。私は、長老から人前で魔術を使ってはいけないと言われているんです」

「確かに、占いはできるんだな?」

「はい。でも、それだけですよ」

「わかった、それでいい。時間がないのだ、こい」

「あ、待ってください」

 

 そんなキュウラの声は、無視された。大柄なその男に引っ張られ、キュウラは無理矢理馬車に乗せられた。

 

 

  ※

 

 

 眠れない夜・・ ホントにそんな夜ってあるんだなと、通学路を歩きながら、私はそんなことを考えていた。昨夜は、ベッドに入ってからもいろんなことを考えてしまい、なかなか寝付けなかった。なぜ和子が警察にいたのか、そのことが気になって仕方がなかった。和子の周りで、何かが起こっている。いったい何が・・

 たぶん、和子のお母さんは警察から呼び出されたんだと思う。そのお母さんが私に連絡をくれるかもしれないからと、電話機を枕元においてはいたけれど、結局、電話はならなかったみたいだ。

 あれやこれやと気にしすぎたためか、私の意識が切れたのは、きっと夜明け近くだったと思う。でも、ほとんど寝た気がしなかった。何か夢を見たような気がするんだけど、よく覚えてはいなかった。

 和子は今日、学校に来るだろうか。和子と話したいことがたくさんある。説明しずらい不安感、焦りにも似たこの気持ち。昨日の様子から考えれば、和子が学校に来るとは考えにくかったけれど、でも私は、学校に着くと自分の教室に行くよりも先に、A組をのぞいた。

 私の教室は1年B組で、和子はA組。休み時間のたびに教室をのぞいてはみたものの、結局、和子の姿を見つけることはできなかった。やっぱり彼女は、学校に来なかったのだ。

 ならば、私が行けばいい・・ そう気づいたのは、お昼休みになってから。

 沙希ちゃんとは、いっしょにお弁当も食べたけど、まだ和子のことは話してはいない。もちろん詳しい事情がわからないんだから話せるはずないんだけど、でもカンのいい人みたいだから、態度などから、私の様子がいつもと違うってことくらいは察しているのかもしれない。だからって、相談もできないんだけどさ。ごめんね、沙希ちゃん。

 それはともかく、問題は、私が和子の家を知らないこと。でも幸いと言おうか、バスケット部に入部するとき、部員名簿とおぼしきノートに住所などを記入した覚えがある。そのときのノートは部室にあるはずだし、それをメモすればなんとかなる。よし、そうしよう!

 ということで、放課後になるのを待ちかねて、私は部室へと急いだ。部活を休むこともキャプテンに告げねばならないのだし、どちらにしろ部室へ行く必要はあるのだ。

 私が部室にきたとき、先輩が2人来ていたけど、キャプテンはいなかった。

 

「あの、先輩。私、今日用事ができまして、部活を休ませていただきたいのですが、キャプテンに伝言お願いできますでしょうか?」

「用事?」

「はい。どうしても行かなければならないところがあるんです」

「わかった、言っとくよ。でも、すぐに美恵も来るんじゃないかな」

 

 美恵、というのがキャプテンのことだ。ちなみに、榎本美恵というのがフルネーム。ともあれ、これで部活を休むことの了承は得られたと、そういうことになるのかな。あとは、名簿のノートから和子の住所をメモするだけだ。

 

「あれ、美恵は? 一緒じゃないの」

「違うよ。寄るところがあるって言ってたから途中で別れた」

「どこ行ったの?」

「どこだろう? 廃校舎の方に歩いてったけど、でもなんで?」

「あ、佐伯さんがね、今日練習休むんだって。美恵に言っとこうと思ったんだけど」

「ふうん」

 

 ちょうど部室にやってきた別の先輩との会話だ。廃校舎の方に何しに行ったかは知らないけど、どうやらキャプテンは、遅くなるらしい。そういえば、同じようなことを沙希ちゃんから聞いたことがある。テニスコートから、廃校舎付近にいたキャプテンを見たとか言ってたっけ。

 でも、廃校舎に何かあるんだろうか。たしか、立ち入り禁止になっているはずなのに。

 

「すみません、みなさん。佐伯美奈はこれで帰ります」

「うん。ちゃんとキャプテンには言っとくからね」

「ありがとうございます。それでは失礼します」

 

 ということで、部室を出る。予定では和子の家に直行するつもりだったんだけど、私の足は、なぜか廃校舎の方に向かっていた。この際だから、ついでにのぞいていこうと、そう思っただけなんだけどね。もし榎本キャプテンに会えたら、直接、部活を休むことを伝えることもできるわけなんだし。

 でも、問題が1つあった。というのは、星城高校は、その敷地の周囲をぐるっと白い塀で囲まれていたりするわけで、もし、もしもだよ。学校の敷地と廃校舎とが、塀で隔てられていたら、どうするかってこと。

 いま私は、部室を出てから廃校舎へとまっすぐに歩いているわけだけど、いったん校門を出て、国道側から廃校舎に行ったほうがよかったのかもしれないなと、そんなことも考えてみる。でも、足は止まることなく廃校舎へ。いざとなれば、塀を乗り越えればいいやなんて、フェリシアの西崎先生が見たら、きっと涙を流して悲しまれるだろうと思うようなことをも考えている私。あれ?

 

「なんだ、ちゃんと出入り口があるんだ」

 

 そう、そこにはドアがあった。植え込みなどの影になってはいるものの、きっと廃校舎が現役のころは、裏口というか、通用門として使われていたらしき、出入り口があった。

 

「問題は、開いてるかどうかだよね」

 

 そこにカギでもかかっていれば、それは、出入り口がなかったことと同じだ。私は西崎先生を悲しませたくないんだ、お願い! 開いて!

 開くにしても、きっとさびついたりしてなかなか開かないだろうと思っていた私だったけど、そのドアは、意外にも軽く、音もなく開いた。そう、意外だった。

 

「おぉ、やっと来たな。ホントに高校生なんだな」

 

 ドアをくぐったところで、いきなり話しかけられた。悲鳴こそあげなかったけど、心のそこからびっくりした。

 

「ええと、美恵ちゃんだったかな。すぐにお願いできるんだろ」

「あの、私は佐伯美奈ですけれど。あなたは、どちらさまですか?」

 

 50歳くらいだろうか。パリッとしたスーツ姿の、少々、太り気味にみえる人だった。その人が、こんなところで何をしているんだろう。どうして、私に話しかけてきたりするんだろう。

 

「佐伯美奈? 美奈と美恵、そうか、聞き間違えたんだ。電話だったしな」

「あの、どういうことでしょうか?」

「それはこっちのセリフだよ。さあ、案内してくれ。あの校舎のなかなんだろ」

 

 その男性が指差したのは、私が行ってみようとした廃校舎だった。それに答え、私が何か言おうとしたとき。

 

「佐伯さん、あなたここで何をしているの?」

「え?」

 

 やはり私と同じく、あの出入り口をくぐって来たんだと思う。そのドアのところにキャプテンがいた。

 

「なんだなんだ、2人もいるのか。大サービスだな」

「あ、いえ。この子は違うんです。ちょっと待っててください」

 

 キャプテンは、少々あわて気味に私の腕を引っ張り、その男性から数メートル離れたところに連れていく。

 

「佐伯さん、あなたいつからここに? 練習はどうしたの?」

「すみません、キャプテンがこっちのほうに行ったと聞いたもので。実は、ちょっと用事ができまして、部活を休ませてもらおうと思ってるんです」

「そう、わかったわ。あ、あの男の人はね、私の知り合いで、忘れ物を届けにきてもらったの。ここで待ち合わせ」

「あ、なるほど。わかりました。じゃあ、私はこれで帰ります」

「うん。気をつけて帰ってね」

「はい。失礼します」

 

 元気のよいあいさつと、おじぎ。そして、そのまま国道へと向かう。あの出入り口を通って学校内に戻るよりも、こちらのほうが近道になるからだ。

 にしても、あの男の人は何者だろう。榎本キャプテンと待ち合わせていたというが、ちょっとだけ不審。まあ、話のつじつまは合うんだけれど、忘れ物なら、廃校舎は関係ないんじゃないのかなぁ。しかも、放課後なのに。

 フォーリーの意見を聞きたいところだったけど、その返事はない。ならば仕方がないってことで、私はひとまず自分のアパートへと戻り、荷物を置く。着替えようかとも思ったけど、初めてのお宅を訪問するのだし、制服のほうがいいだろうと判断。きっと、和子のご家族、つまりお母さんとかがいるんだろうし。

 その和子の家は、思ったとおりに私のアパートからは、そんなに遠くではなかった。ちゃんと道を覚えれば7~8分、いやもうちょっと早いのかもしれない。

 和子の家は、大きな家だった。玄関からはよくわからないが、庭もあるようだ。チャイムを押す。

 

 ピンポン、ピンポーン

 

 チャイムは2回、ゆっくりと押す。それが基本、というかフェリシア・スタンダードだ。

 

「はい、どなた?」

 

 インターホンから声がする。この声は、昨日の電話で聞いた、和子のお母さんの声だ。

 

「突然に来てすみません。和子さんの同級生で佐伯美奈というものですが、和子さんはご在宅でしょうか?」

「まあ、佐伯さん。美奈さんね、ちょっとまっててね。すぐに行くから」

 

 約束もなしに突然来たのだから、お詫びの言葉を入れるのは当然だろう。でも、こんなあいさつで失礼はなかっただろうかと、思い返してみる。頭の中にうかんだ西崎先生の顔は、まあまあ笑顔だ。きっと、及第点はいただけるのだろう。

 玄関が開いた。

 

「どうぞ、入って。ほんとによく来てくれたわね」

「はい、ありがとうございます。失礼します」

 

 お母さんは、なんだかとてもうれしそうだった。そんな表情だった。

 

「あがってくださいな。どうぞ、こちらへ」

 

 通されたのは、テーブルにソファーといった応接セットに、オーディオや観葉植物などがおかれた4畳半くらいの部屋。お母さんに勧められるままに、ソファーに腰かける。座り心地はなかなかグッドだ。

 

「待っててね、いまお茶を」

「あ、どうぞおかまいなく」

 

 これも、お決まりの言葉なのかもしれないな。お母さんが部屋を出て行ったからといって、部屋のなかをキョロキョロするわけにもいかず、私は、テーブルの上を見つめる。ややあって、再びドアが開き、お母さんが入ってくる。

 

「お待たせ。甘いものはお好きよね?」

 

 もちろん! と、そういうわけにもいかず、微笑んだだけ。オレンジジュースに、和菓子がいくつか。和菓子ならお茶では? 組み合わせとしては、どうなんだろう? そのあたりは、学校で習ったことはない。それよりも。

 

「あの、突然おしかけたりして、どうもすみません」

「いいのよ、和子のお友だちが来てくれるなんて初めてだもの。私、うれしくって」

「それから、昨夜はどうもすみませんでした。電話では、たいへん失礼なことをしてしまいました。そのうえ、こちらからかけなおすと言ったのに、ほんとにすみませんでした」

「いいのよ、そんなこと。それにね、あなたが電話をかけてきてくれたのは知ってるわよ」

「え?」

 

 どういうことだろう。たしかに電話はかけたが、つながらなかったのに。

 

「あなただから言うんだけどね。実はあのとき、警察から電話がかかってきたの。和子を迎えに来てくださいってね。すぐに出かけようとしたとき、電話が鳴ったの。たぶん美奈さんからだろうって、わかってたんだけど、はやく和子のところに行きたくて、そのまま出かけたのよ。ごめんなさいね」

「そうでしたか。でも、気になさらないでください。もともと、話の途中で勝手に切った私が悪かったんですから」

「じゃあ、おあいこね。でもあなた、ずいぶんと礼儀正しいのね。言葉遣いも丁寧だし」

「これは、学校で先生にずいぶんと指導を受けましたので」

「そうなの。星城はいい学校なのね」

「いえ、星城ではなく、聖フェリシア学園です。中学まで、私はそこの生徒でしたから」

「フェリシア、フェリシアってあの聖フェリシア!? じゃあ、あなたはフェリシアの佐伯美奈さんなのね!」

「はい、そうです」

 

 フェリシア学園のことをご存知なのだろうか。にしても、そんなに驚くことなのかな。

 

「そうだったのね。だから和子は・・」

「なにか」

「和子がね、転校するのならフェリシア学園に行きたいって言ったことがあったのよ。あのときフェリシアに決めていれば、こんなことにはならなかったのかもしれないわね」

「あの、どういうことでしょうか? 和子はいないんですか?」

「ああ、ごめんなさい。いるんだけど、呼んでも返事をしなくってね」

「そうなんですか」

「でも、美奈さんが来てると言えば、ドアあけてくれるかもしれないわね。待っててね、声かけてみるから」

 

 と、立ち上がるお母さんに、私は、一緒に行くと、そう言ってみた。もちろん思いつきだし、普通は、おとなしくこの部屋で待っているべきだというのもよくわかってはいるんだけど。でも、お母さんは賛成してくれた。

 

「そうね、きっとあなたなら・・ 来て」

「はい」

 

 和子の部屋は2階だった。ちなみに私の実家でも、私の部屋は2階にある。でも、家の規模からいけば、和子の家のほうがずっと広い感じだ。

 和子の部屋のドアを、お母さんがノックする。

 

「和子、和子、聞こえてる? お客さんが来てくれたのよ。ねえ和子、開けて」

 

 ノックの数が、どんどんと増えていく。矢継ぎ早のノックはあまりよいことではないとは、フェリシア時代、マナーの講習に来て下さった講師の方の言葉だ。

 

「和子、開けなさい」

 

 さすがのお母さんも、イラついてきたようだ。でもそのとき、和子の声がした。

 

「誰? 誰が来てるの?」

 

 その声に、お母さんのノックの音が止まった。私は、お母さんの了承を得て、ドアの前に立った。

 

「和子、私だよ。美奈だよ」

 

 そこで耳をすますが、和子の返事はない。

 

「私、フェリシアの友だちに手紙書いたんだよ。神野真美とか、鴨居の京ちゃんとかに。星城で和子と一緒になったって書いたら、すぐに返事が来て、ぜひ会いたいって。ウルトラセブンとバスケットがしてみたいって。ねえ、和子。今度一緒に、フェリシアに行ってみない? 今度の休みに遊びに行こうよ。ねぇ、和子」

 

 フェリシアの頃の友だちに手紙を書いたのは本当だ。そして返事が来たのも本当だし、内容にも偽りはない。昨夜の警察でのこと、そこでいったい何があったのかについて聞かなかったのは、あえて話題にしないほうが懸命だと、そう思ったから。

 あいからわず、和子の声は聞こえない。ドアも閉まったまま。お母さんのほうに顔をむけると、お母さんは黙ったまま、首を横に振った。何があったのかはわからないが、これ以上は無理かもしれない。

 

「和子、今日は帰るよ。でも、明日また来るからね。フェリシアに行くこと考えといてね」

 

 そういい残し、帰ろうとした、そのとき。和子の声が聞こえた。いつもの弾けそうな明るい声ではなかったけど、それはまぎれもなく和子の声だった。

 

「美奈、ごめんね。フェリシアに行きたかったけど、もうダメだよ」

「ダメ? ダメってどういうこと?」

「フェリシアには行けないってことだよ。どんなところか見たかったな」

「見れるよ、行けるよ。行こうよ、いつだっていいからさ」

「うん。美奈ちゃん、ごめんね」

「和子」

 

 和子と話せたのは、それだけだった。それ以上は、和子の声は聞けなかった。

 

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