ミューナ   作:Syuka

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第6話 「和子の死」

 それは、あまりにも突然で、そして意外な知らせだった。

 1時間めの授業中。私を廊下へと呼び出し、その知らせを告げたのは、私の担任である中居先生。このときの先生の表情などを覚えていないことを、後になって悔やむことになるなんて思いもしなかった私は、そのあまりにも衝撃的な知らせを、どのように受けためればよいのかわからず、ただ、戸惑っていただけだったと思う。

 だって、そんなことが信じられるわけないんだもん。あの和子が、死んだなんて・・・

 

「佐伯、このことはまだ誰にも言うなよ」

「え?」

「ご家族の希望だ。他の生徒には、明日になってから話すんだが、おまえにだけはいますぐに知らせてほしいとおっしゃられてな。いまなら授業中だし、他の生徒に聞かれる心配はないからな」

「で、でも、先生」

「向こうのご家族の希望だと言っただろう。このことは、明日までは誰にも言うな。わかったな」

「あの、和子はどうして・・」

 

 どうして死んだのか。一番知りたいのはそこだ。でも、中居先生も、そこまでは知らないようだった。

 

「詳しいことは、オレにもわからんのだ」

「どういうことですか」

「だから、ご家族の希望だよ。たぶんご両親も混乱しておられるんだろうとは思うがな」

「先生」

「なんだ」

「私、早退させてもらっていいでしょうか」

 

 そのとき私は、和子の家に行こうと、そう決めていた。先方のご迷惑になることも考えないわけではなかったけど、そうすべきだと思ったんだ。だって、私にだけはすぐに知らせてほしいと、そう言ってくれたんだから・・・

 

「おまえ、川原の家にいくつもりだな」

「はい。ダメでしょうか?」

「いや、そんなことはない。何かわかったら知らせてくれ」

 

 てっきり、止められると思っていた。悲しみに沈んでいるであろうご家族の気持ちを考えろと、そう言われると思っていたのに。

 中居先生は、それだけ言うと、私の前を去った。たぶん職員室へと戻ったんだと思うけど、その後ろ姿を、つかのま見送る私。そして。

 まだ1時間目の授業が続いている教室に戻った私は、自分の席に戻るより先に、先生の前に立った。

 

「すみません、火急の用事ができたので早退させていただきたいのですが」

「早退? どうしたの、なにかあったの?」

 

 授業中、中居先生に廊下へと呼び出されたすぐ後なのだから、何かあったと思うのは、きっと当然なんだろう。でも、だからといってその理由は言えない。

 

「すみません、それは言えないことになっています。あとで中居先生におたずねいただくということで許可していただけませんでしょうか」

「中居先生には、早退のこと言ってあるのね」

「はい」

「そう、わかったわ。気をつけて帰りなさい」

「ありがとうございます。失礼します」

 

 これがフェリシア学園だった場合、このように理由をあいまいにした状態で早退が認められたかどうかは疑わしい。授業途中での早退など、よほどの理由がないかきり許可されないのが普通だからだ。でも今回のような場合、きっと許してくれたに違いないと、そう思いたかった。

 机のうえに出したままになっていた教科書などをカバンにしまうと、私は、一礼して教室をでる。

 誰もいない廊下を、早足で歩き、校門を出る。そして私は、いったん自分のアパートに戻った。荷物を置くためなんだけど、ついでに着替えるべきかどうか、迷うところだ。いや、迷う必要なんかない、すぐに和子のところへ。

 和子の家までの道は、ちゃんと頭に入っていたし、それにきっと歩調も早くなっていたに違いない。ものの5分ほどで到着する。

 その玄関の前で、私は大きく深呼吸。そして、チャイムを押す。

 

ピンポン、ピンポーン

 

 このときの私は、和子の死を受け入れていたんだろうか。自分の気持ちでありながら、そのあたりは、はっきりしない。まさか、こんなことで中居先生がウソなど言わないだろうという思いと、あの和子が死ぬわけがないという思い。それぞれが、私の心のなかにあって、判断がつきかねていた。

 

「どなた?」

 

 やや時間をおいて、インターホンから声がした。和子のお母さんの声だ。

 

「あの、佐伯美奈です。学校に連絡いただいたそうで。もしお邪魔でなかったら・・」

「まあ、美奈さん。まってて、すぐ開けるから」

 

 私の言葉を途中でさえぎったその声のとおりに、玄関の扉は、すぐに開けられた。

 

「さあ、入って。よく来てくれたわね」

「いいえ、あのそれで・・」

「学校に連絡したことは本当なのよ。でもね、まだ信じられなくってね」

 

 通された部屋は、昨日と同じ応接セットの置かれた部屋。私と向かい合わせに座ったお母さんの目には、涙が光っていた。

 

「あの、私・・ なんて言ったらいいのか・・」

 

 それは、正直な気持ちだった。お悔やみの言葉を言うべきなのはわかるけど、でもそんなこと言ったら、和子の死を認めてしまうことになるという気持ちが、心の中のどこかにあったのかもしれない。そしてその思いが、気持ちを惑わせていた。

 

「きっとね、あの子の死を受け入れられるのはもっと先になるんだと思うの」

「あの、それで和子は・・」

「和子はね、自殺したのよ」

「自殺!」

 

 思いもかけない、単語だった。和子が死んだことすら受け入れがたいことなのに、まさか自殺していたなんて・・

 

「今朝、和子の部屋をノックしたとき、ドアにかぎがかかってなかったの。返事もないし、そーっとドアを開けてみたら、和子はベッドの上で寝てたわ。とても穏やかそうな顔して・・」

「・・・」

「なんとかいう薬をね、どこで手に入れたのか知らないけど、たくさん飲んだらしいのよ」

「あの、それで和子は」

「まだ病院よ。警察がね、死因とかを詳しく調べるからって。帰ってくるのは夕方になるんじゃないかしら」

「そうですか」

 

 やはり和子は、死んだのだ。本当に死んだのだ・・ もちろんそれは、夕方、和子の遺体が戻ってきて、そしてそれを目にしたそのときにこそ、事実として受け止めることになるんだろうけど、こうしてお母さんの話を聞き、その様子をみているうち、半信半疑であったものが、次第に事実の部分が大きくなっていく気がする。

 そう思ったら、急に悲しみがこみ上げてきた。涙がまぶたからあふれ、テーブルの上に落ちる。

 

「美奈さん。和子にはね、友だちがいなかったのよ。でもね、」

 

 そこで言葉を切り、お母さんはゆっくりといすから立ち上がった。

 

「そりゃ、あなただって和子から紹介されたわけじゃないわ。でも、あなたはお友だちなのよね。仲良くしてくれたのよね」

「え、ええ。私は親友だと思っています」

 

 ハンカチで涙をぬぐいながら、そう答える。たしかに、お母さんに紹介してもらった覚えはないけれど、私と和子は、親友だ。自信を持ってそう言える。

 でも和子、あなたはその私に何も言わずに、逝ってしまった。少しくらい相談してくれてもよかったんじゃないの。そりゃ、頼りにはならなかったのかもしれないけどさ。さみしいよ、和子・・・

 

「実はね、あなたのことは中学校のときから知ってるのよ」

「え?」

「和子がね、よく話してくれた。フェリシアの美奈ちゃんのことをね。ね、和子の部屋に行かない?」

「はい」

 

 それは、私のほうからお願いしたいことだった。8畳ほどの広さのある、和子の部屋。そのベッドの上で彼女は亡くなったのだという。薬を飲んだそうだけど、そのときの和子の気持ちは、どんなだったんだろう。何を思いながら、薬を飲んだのだろう。

 

(私のことは、考えてくれたのかな・・)

 

 ふと、そんなことを思う。

 机の上に置かれた、写真立て。そこに私の写真があった。誰が撮ってくれたのだろうか。コートの中央あたりで、握手をしている私と和子の写真。

 

「ああ、それはね。たしか中学1年のときの写真よ。美奈さんと初めて試合したときのだって」

「そうですか」

「他にも、たくさん写真とかあったと思うんだけど・・ あの子、どこにやったのかしら」

 

 机の引き出しなど開け、探しているお母さん。そのお母さんの後ろ姿を見ながら、私は泣いていた。本格的に泣きはじめていた。きっと一人だったら声もあげていただろうと思う。部屋の中にあるもの、目に入るものすべてが、涙に代わった。ぬいぐるみや小物類などを見るたび、すべてが和子と重なって、私の胸を熱くさせた・・・

 そんな時間が、どれほど過ぎただろう。夜となり、あまり食欲はなかったけれど夕食もごちそうになっていた。

 

「よかったら、おうちまで送りましょうか?」

「いえ、大丈夫です。私の部屋までは近いですから」

「そお。気をつけて帰ってね」

「はい」

 

 夕方、4時半くらいに和子の遺体が病院から戻ってきた。そして、目を閉じたままの和子と対面。キレイな、そして穏やかな顔だった。ただ眠っているとしか思えなかった。その和子の前で、私は、声をあげて泣いたと思う。人というものには、こんなにも涙があるのかと、そう思うほどに。

 翌日のお通夜と、そのまた翌日のお葬式。私は、そのどちらも出席させてもらった。和子のお母さんにお願いし、裏方でいろいろとお仕事もさせてもらった。だって、忙しくしていたほうがよかったんだ。じっとしていたら、また泣いてしまうと思うから・・・

 お通夜の席には、校長先生と教頭先生、それに和子の担任の先生が見えられた。翌日のお葬式には、和子のクラスメートやバスケット部の仲間、それに沙希ちゃんも来てくれた。中居先生も。

 

「ご苦労だったな、佐伯」

「いえ。何日も学校休んでしまって、すみません」

「いや、そんなことはいいんだ」

 

 お葬式も終わり。出棺のあとで、出席してくれた人たちも帰り始めた頃。私は、中居先生と話をしていた。私は、和子のご家族が斎場へと出発したあとの留守番として、残っていた。

 

「なぁ佐伯、川原和子はなぜ自殺なんかしたんだろうか」

「それは、わかりません。遺書めいたものはあったようなんですが、はっきりとした理由は書いてなかったそうです」

 

 そうなのだ。和子が、なぜ自殺しなければいけなかったのか。その理由を知りたいと思っているのは、きっと私だけではない。和子のご両親こそ、その思いは強いことだろう。なのに和子は、ご両親への手紙を残してはいたけれど、そこには、警察に補導された一件が関与しているらしいこと以外、具体的な理由をはっきりと書いてはいなかったのだ。

 

「そうか、はっきりと理由はわからないのか」

「はい」

 

 そのとき、中居先生の顔が、少し微笑んだような気がした。なぜだろう? 妙な違和感を覚えた。

 なにかを見落としているのかもしれない。でも、それが何なのかはわからない。そのときの私は、ただ漠然とした違和感を感じただけだった。

 

 

  ※

 

 

 泣き疲れて眠る・・ そんな言葉がある。きっと今夜は、和子へのお別れの涙とともに眠るんだろうな、なんてことを考えながらアパートに戻る。

 和子が遺骨となって家に戻ってきたとき、私はまた泣いた。ご両親とともに夕食を食べながら、和子のことを思い出し泣いた。和子の家を出るとき、『いつでも遊びに来てね』と言われ、涙を浮かべた・・

 疲れていた。

 

(あれ?)

 

 アパートのドアに何か挟んであった。手にとってみると、それは運送屋さんが、不在のときに残していく伝票だった。

 

“不在のため、荷物は持ち帰ります”

 

 そんなメッセージとともに記されていた、差出人の名前。それをみて驚かない人なんて、きっとこの世界にはいないと、そう思うんだ。大げさかもしれないけれど、私は、心の底からびっくりした。だって、だって、それは和子からの荷物・・

 普通、宅配の荷物は発送の翌日には届くと思うんだ。東京から大阪だろうと、福岡から札幌であっても、そうだと思うんだ。ましてや、10分とは離れていない同じ地区からの荷物。

 安らかな寝顔の和子に会ったのは、おととい。昨日だって、ずっとそばにいた。今日のお葬式だってそうだ。ならば、この荷物は・・

 

(フォーリー、どう思う?)

 

 そう問いかけながら、部屋の中に入る。でも、フォーリーからの返事はない。そういえば、ここ数日フォーリーと話しをしていない気がする。

 私は、運送屋さんに電話をかけた。

 

「ええ、確かに荷物を1個預かってますよ。川原和子さんからですね。で、いつ頃ならおられます?」

「い、いま。いまならいます。だめですか?」

「いまねぇ。ちょっと待ってくださいよ」

 

 私は、運送屋さんに無理を言っているのだろうか。でも、本当に和子が何か送ってきたのなら、少しでも早く、受け取りたいのは、わかってほしかった。

 

「ええっと、9時半くらいになっちゃいますけど、いいですか?」

「はい。それでかまいません。よろしくお願いします」

「わかりました。じゃあ、そういうことで」

 

 9時半なら、あと1時間半くらいだ。その間、一眠りすることもできるだろうけれど、私は、お風呂に入ることにした。といっても、湯を張るのではなく、シャワーだけ。運送屋さんが来ることを考えると、ゆっくりはしていられないと考えたから。

 結果的にはそれが正解だったようで、運送屋さんは思ったよりも早くきた。私に手渡されたその荷物は、小さな箱。中身なんて想像もつかないけれど、確かに差出人は和子の名前になっていた。

 それと、期日指定と書かれたシール。

 

「なるほど、そういうことか」

 

 私の中に、もしかしたら、という期待があったのだろうか。和子は生きていて、昨日、荷物を送った・・ そんなことを考えていたのだろうか。

 その答えなんてわからない。確かなのは、この荷物を和子が私に送ってくれたことだけ。

 箱のなかには、手紙が一通、そしてノートが何冊か入っていた。私は、手紙を手に取った。

 

 

  ※

 

 

大好きな美奈へ。

 

 もう、私のお葬式は終わった頃だよね。ちょうど終わった頃にこの荷物が着くようにと、期日指定で送ったんだけど、もし日にちがズレてたりしたらゴメンね。

 私のお葬式か。自分では、想像もできないや。誰と誰が出席してくれたのかな。もちろん美奈は、出席してくれたんだよね。それからあの子、沙希って子も来てくれたかな、なんて思ってます。

 せっかく美奈と友だちになれたのに、毎日、たくさん話ができるようになったのに、なのに、こんなことになるなんて。

 私、死にたくなんてなかった。ホントだよ。でも、こうしなきゃ、仕方がなかったんだ。私は、私でいたかった。美奈の前で、いつも笑っていられる自分でいたかった。今なら、今だったらそんな私のままでいられるんだと思うから。

 美奈は、私のあこがれだった。美奈ちゃんみたいになりたいって、ずっと思ってた。その美奈と友だちになれて、どんなにうれしかったことか。

 これからもずーっと美奈ちゃんにくっついててさ。2人が一緒なら、きっとバスケの全国大会にだって行ける。そして、昔の湊山中学のときのチームメイトと会ったら、胸を張ってこう言ってやるんだ。

 

 『私にだって友だちがいるんだ。私の友だちは、こんなにステキなんだ。これが、私のやりたかったバスケットなんだ』

 

そう、言ってやりたかったんだ。

 お母さんから、私が警察に補導されたことは聞いてるよね。それとも、秘密にされてたりするんだろうか。もしそうだったとしても、スグにわかっちゃうことだよね。美奈に隠し事はしない。だから正直に話す。

 私ね、名前も知らないような男の人と、ラブホテルに入ろうとしてるところを、ちょうどパトロールしていた警察官に補導されたんだ。で、警察署へと連れて行かれたってわけ。

 売春防止法違反、その未遂ってところだよね。でもその男の人はさ、警察のおエライさんにも顔が利くような人らしくてね。あれやこれやと、ペラペラしゃべりまくっているうちに、夜遊びしている不良の小娘を、私のことなんだけど、その小娘を保護したってことになってさ。もう、びっくりだよ。

 警察の人が信用したかどうかは知らないけど、たぶんそのおかげもあって、すぐに警察から帰されたんだと思う。お母さんに迎えに来てもらったけどね。お母さんには悪いことした。

 でも問題は、なぜそんなことをしたのか。美奈が知りたいのは、そこんとこだよね。ね、沙希ちゃんが話してくれたこと、覚えてる? 成績は、中ぐらいしておいたほうがいいっていう話だよ。ほんとにそうだったんだ。

 それから、写真。美奈も撮られたよね。あの写真は、候補者を選ぶためのもの。集めた写真のなかから候補を選ぶんだって。その候補者が実力テストの成績上位者のなかにいたら、グループの中に引き込む。そんな計画なんだよね。

 私の場合は、先生に呼び出されたんだ。ほら、理科の実験っていうかさ、カエルとかを眠らせちゃう薬品があるでしょ。あれで眠らされて、気がついたときは、裸。カメラやビデオ。そんなのがまわりにたくさんあったよ。

 身体も触りまくられたけど、でもね、セックスはしていない。だって、あの人たちの目的は、売春。知ってる、美奈ちゃん。女子高生の処女を、高いお金を出して買う人がいるんだよ。10万とか20万でも買うんだって。私は、その人たちのための売り物。私と警察にいた男の人は、15万円出したって自慢してた。

 でさ、そのときのビデオや写真を使って、脅されるわけだよ。言うことを聞け、逆らったら写真をばらまくぞって。イヤならお客をとれって。さて、どうするか。難しいところだよね。

 ただひとつ言えるのは、私はもう、この人たちから逃げられないってこと。逃げるには、こうするしかなかったってこと。

 どうして相談してくれなかったんだ、なんて思ってるでしょ。でもさ、ヘタなことをして美奈までこのグループに引き込まれたら大変だもん。美奈だって写真は撮られたし、かわいいし、成績も私より上なんだから、可能性はあるんだよ。

 たぶん私が死ぬことで、あいつらはしばらく、動きを控えると思うんだ。その間に美奈は、フェリシアに戻ったほうがいいよ。フェリシアなら、あんな連中はいないだろうしさ。

 美奈、大好きな美奈。こんな私の友だちになってくれて、ほんとにありがとう。私は、その思い出だけで十分だよ。さよなら、美奈。

 

追伸

 今、美奈が家に訪ねてきてくれた。最後にもう一度、美奈の声が聞けてうれしかった。フェリシアに誘ってくれてうれしかった。

 私は、この手紙を送ったら眠ります。そして、あのグループの手の届かないところに行きます。でも美奈のことは、忘れないから。天国ってところがあるのなら、そこに行けたなら、そこから美奈のことを、ずっと見てるからね。

 

 

  ※

 

 

 もう、涙なんてなくなったと思ってたのに。なのに、あとからあとから、涙があふれてくるんだ。いったい人は、どれくらい涙を流せるものなんだろう。

 泣きながら、和子の手紙を何度も何度も、読み返す。

 和子を呼び出した先生って誰だ? 和子を裸にしたのは誰だ? 脅かしたのは誰だ?

 思い当たるのは中居先生であり、あの生徒会室の横の、カーテンに覆われた部屋。そして、女子バスケット部キャプテンの榎本美恵先輩・・

 お葬式のあと、中居先生と会ったときに感じた妙な違和感。あのとき中居先生が笑ったように見えたのは・・

 中居先生が私に、和子が死んだことを伝えてくれたあのとき、中居先生はどんな顔をしていたのだろう。その雰囲気、声の様子、そんなことをすべて忘れていたことを悔やんだ。きっと、和子の死という事実を前にしては、それらのことはどうでもいいこととして、気にもとめなかったんだと思う。

 それに美恵先輩だ。廃校舎の前で、見知らぬ男性に声をかけられたとき、そこに美恵先輩が来たのは、あれは偶然なんかじゃない。あの男性は、美恵先輩の知り合いなんかじゃなかったんだ。あの男性は、たぶんお客さんなのだ。

 美恵先輩も誰かに脅かされてのことだとは思う。でも、和子に写真を持ってこさせたのは美恵先輩だ。先輩はこのグループの被害者であり、そして加害者でもあるのだろう。たとえ、脅かされているとしても。

 

(フォーリー、私、どうしたらいい?)

 

 和子の自殺の真相について、おおよそのことがわかったような気がする。もちろん想像の域を出ない部分はあるけれど、でも和子は、脅されて売春しようとした。結果、警察に補導され自殺という道を選んだ。それは、事実だ。和子を脅し、売春させようとした奴がいるのだ。あの、星城高校に。

 

(フォーリー、どうしたらいい?)

『あなたが自分で判断することです。この手紙の扱いは、ことさらに重要ですよ』

(うん。ね、フォーリー・・)

『危険であることは間違いありません』

(わかってる。でも、このままにしておいていいわけないよ。和子みたいに、悩み苦しんでいる女の子だって、きっと何人もいるんだろうし)

『とにかく、和子さんのご両親にも相談し、警察に調査してもらうことです』

 

 フォーリーの意見はもっともだ。まずはそこからはじめるべきだろう。だから、そうしよう。でも、それだけかな。私にできるのは、それだけなんだろうか。

 和子から送られた荷物のなかには、まだ、リング式の厚めのノートが何冊が入っている。私は、その一番上のノートを手に取った。そして、ページを開いてみる。

 そこに、いきなり私の写真があった。

 いや、正確には新聞の切り抜きだ。中学1年のときの全国大会。その1回戦のときの記事と、和子の文字。

 

『すごい人に会った。名前は、佐伯美奈。スタンドから見てただけなんだけど、あの人は私と同じ1年生らしいんだけど、でも、どうしてあんなことができるんだろう。先輩たちのなかにいても堂々としていて、私なんかとは全然違う。ちゃんとバスケットができるんだ』

 

 え? なんだろう、和子の文章から、何となく変な感じが伝わってきた。ちゃんとバスケットができるって、それってどういうことだろう。

 この試合は、中学1年のときの冬の大会。その緒戦だ。たしかにこの頃、レギュラーとして試合に出ていたのは、1年生では私ひとりだったけど。

 

『なんとか、準々決勝を勝ち抜けた。準決勝は、聖フェリシア学園とだ。佐伯美奈ちゃんと同じコートに立ちたくて必死で頑張った。けど問題は、明日試合に出してもらえるかどうかだ。こればかりは、お願いするしかない・・・』

 

 どういうことだろう。和子はレギュラーじゃなかったんだろうか。この文章からだとそう判断するしかないんだけど・・ 私は、その頃のことを懸命に思い出そうとしていた。湊山中学との最初の試合のこと。それが、どんな試合だったのかを。

 ページをめくる。

 

『負けた。悔しい、めちゃくちゃくやしい。でも試合終了のあいさつの後、あの人は私に声をかけてくれた。タオルを差し出して“いい試合をありがとう”って。あの人は、私のくやしさをわかってくれたんだ。コートの上で泣いたのは、初めてだ』

 

 だんだんと思い出してきていた。ノートに貼り付けてある新聞記事がその助けをしてくれる。たしかあの試合、前半は余裕の試合運びだったと思う。でも後半になってから、ものすごい反撃を受けたんだ。その起点となったのが、背番号7。たぶん私たちが勝てたのは、前半の貯金があったからで、“湊山にはウルトラセブンがいる”と、私たちに強烈に印象づけた試合になった。

 その試合後に、私は和子に、そんなことを言ったのか・・ 覚えていなかった。

 

『よかった。決勝の試合を見てから帰ることになった。これも先生のおかげだ。美奈ちゃんの試合を、しっかりと目に焼きつけて帰ろう』

 

 先生って誰だろう? 部活の顧問の先生だろうな、きっと。そうか、あの決勝戦を和子は見てたんだ。

 この決勝戦のことは、よく覚えていた。ひとりで57点もの得点をあげ、たくさんの人から注目された試合だったから。でもこのとき、なんてつまらない試合だろうって、そう思っていたのも確かなんだ。

 なぜつまらなかったのか、その訳がいままでわからなかったけど、きっとそれは・・

 

『2年生になったら、少しは変わるのかな。期待していいのかな。もう一度全国大会に行けるかな。美奈ちゃんに会いたい。会って、話がしたい』

 

 ドキッとした。そういえば私は、和子と話をしたことがあっただろうか。あの試合後、一言声をかけたらしいけど、もしかしたらそれだけ?

 相手チームの選手と話をしたことは、何度かある。試合の前だったり後だったり、さまざまだけど、でも和子とはどうだったろうか。

 私たちフェリシアのチームにとって、湊山のウルトラセブンは、要注意選手のナンバーワンだった。徹底マークすべき相手。そんなことばかり考えていて、話をしようなんて、していなかったかもしれない。

 

『夏の大会を前に、チームはバラバラだ。こんなことじゃ予選もままならない。誰も練習に来てくれない』

 

 まさか! それってどういうことだろう。あわてて続きを読む。

 

『ようやく、まとまった。交換条件なんてイヤだけど、でもそれでみんなが納得するのなら仕方がない。私は私で約束の10分間、これまでの半分の時間だけど、精一杯頑張るだけだ』

 

 ようやくチームは再スタートしたらしい。でも、約束の10分ってどういうことだろう。これまでの半分って? 思いつくことはあるが、そんなことは信じたくない。

 

『夏の大会。もちろんフェリシアも出場していた。フェリシアは美奈ちゃん以外のメンバーが全員変わっていた。鴨居京子さん、神野真美さん、永井由香さん、水野聡子さん。この人たちがうらやましい』

 

 夏の大会は、和子の湊山とは決勝戦で対戦した。私たちが勝ったんだけど、そのとき和子はどうしていただろう。最初から最後まで試合に出ていたのかな。

 そのあたり、はっきりと記憶にはない。そのことがもどかしい。

 

『夢みたいだ。今度の大会は、私を中心にチームを作ってくれることになった。夏、秋の大会がどれも準優勝に終わり、今度こそ優勝をと、周囲の人たちが期待してくれたから』

 

 周囲の人たち・・ これってPTAとかOBとか、地元の人たちってことかな。その人たちの後押しで、今度こそ全国大会優勝をってことだよね。優勝するためには、和子を中心に据えるしかない。それが一番いい方法。誰だってわかるよ、そんなことは。

 よかったね、和子。

 

『優勝するには、フェリシアを倒さなければならない。その掛け声のもと、部室のなかにフェリシア学園の資料が掲示された。特徴やウイークポイントなどをOBの方が調べてくださったそうだけど、でも間違ってるよ、それ。美奈ちゃんの弱点は、そんなことじゃない、サポートが弱いってことだよ』

 

 サポートが弱い? どういうことだろう。自分ではわからない。でも、和子の目にはそう写っていたのだ。

 

『フェリシアの最大の弱点は、美奈ちゃんがフル活用されていないこと。あの人が他の4人のサポート役に回っているけど、本来、その役は誰かが変わるべきだ。そんな人がいれば、美奈ちゃんはもっとスゴクなる。たぶんフェリシアの強さは倍になる。美奈ちゃんにはそんなパートナーが必要なんだ』

 

 和子は、本当によく私たちを、フェリシアのチームを見ていたんだと思う。納得できる意見だけど、でも、倍は大げさだ。それに私たちのチームは、あれで良かったんだよ。そのときのベストだと思える状態で闘う、それが基本だったんだから。

 

『今度こそ優勝! その掛け声は、私にとってはプレッシャーでしかない。美奈ちゃんの弱点は、そのまま私の弱点だ。私は、ひとり。でも、精一杯のことをやるんだ。美奈ちゃんに会うために』

 

 ここまで読んだ私には、わかっていた。和子はチームの中で孤立していた。理由はわからないけど、あの和子が、チームの誰にも受け入れてもらえないなんて。これって、陰湿なイジメだ。

 ふと思い出したのが、和子のお母さんの言葉だった。和子には友だちがいなかったという、あの言葉。まさかそんなことはないだろうと思っていた。でも、本当だったんだ。

 周囲は優勝を期待して盛り上がっていても、その内部、チームメイトたちは、そうではなかった。それは1年のときからずっと続いていたんだ。

 

「よく、こんななかでバスケットがやれたね・・」

 

 私は、またもや涙をこぼしていた。私ってば、ここのところ泣いてばかりだ。

 その年の冬の大会。湊山との対戦は、またも決勝だった。実はこの試合はよく覚えていたりする。先発メンバーの中にウルトラセブンがいない。

 それに気づいた私たちが、試合開始後、ほんの数秒でタイムアウトをとったんだ。どうしてウルトラセブンがでないんだろう・・ それは、誰もが感じていた動揺めいたものを解決し、試合に集中するために必要なタイムアウトだった。

 あの試合、和子が出場してくるまでのおよそ10分くらいの間に、私たちは40点くらい得点したんだと思う。ノートに貼られた新聞の切抜きには、最終スコアは92対83と書かれている。仮に和子がフルタイムで出場していたとしたら、このスコアはどうなっていたんだろう。

 なんのことはない。フェリシア学園での連勝記録は、和子の犠牲というか、辛抱のうえに成り立っていた記録だったんだ。和子が思い切りプレーできていたなら、どうなっていたかわからない記録だったんだ。

 

『聖フェリシア学園。どんな学校なんだろう。一度行ってみたいな。でも、練習試合なんか申し込んでくれないだろうし』

 

 湊山中は九州だ。遠すぎる。でも、申し込んでくれたら、きっと私たちから出かけて行ったと思うよ。私たちには、他校に練習試合を申し込むことなんか許されてなかったけど、申し込まれた場合だけは、試合をすることができたんだよ。しかもね、相手校に出向くことが前提だった。

 申し込んでくれたらよかったのに。そしたら、私たちは湊山に行ったんだよ。

 

『3年生になった。もう先輩たちはいない。これからは、思い切りできるのかな』

 

 でも、そうはならなかった。この後、和子に転校の話が持ち上がるからだ。お父様の転勤と、親戚の事情が重なってのことらしい。そして和子は、この町へやってきたのだ。

 

『さよなら、湊山中学。いいことなんて1つもなかったし、友だちだってひとりもいない。だから私は、きっとこの中学のことは忘れてしまうだろう。ホントは覚えていたいんだけど・・』

 

 その気持ちは、わかる気がした。

 

『さよなら、バスケット部。でもここに、全国大会の賞状やカップはともかくとして、美奈ちゃんの写真があってはいけないと思うんだ。だから、私がもらっておく。最後に1つくらい、わがまましてもいいよね』

 

 うん、いいよ。私は、大きくうなづいていた。

 

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