ミューナ   作:Syuka

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第8話 「三村良介」

「私は、間違っていない。ウソなんか言ってない」

 

 そんな大きな声で叫んでいるのは、誰だろう。少女という呼び名がふわさしいようにみえる女の子。その女の子の周りに、たくさんの大人たちがいた。

 

「だが、相手はとても怒っているのだよ。どうやって責任をとるつもりなんだ」

「そうだぞ。だいたいおまえは、魔術を禁止されていたんじゃなかったのか」

「それを無断で使ったのが、この結果じゃないか。そのことを分かっているのか」

 

 次々に浴びせられる、そんな非難の言葉。いま少女は、それらを黙って聞いていた。

 

「今、長老たちが謝りに行っているが、このことが国王にまで知れたら一大事だ」

「そうだ。我がミューナ一族の、大いなる恥となろう」

「だが相手は、王族だと言うではないか。国王はとっくに知っているかもしれんぞ」

「だな。もしそうだとしたらミューナの一族も、これで終わりだ」

 

 大人たちのそんな声は、止まることがない。少女は、唇をかみしめ、目に涙を浮かべながらも、それでも大人たちの前に立っていた。

 

「少しは、責任を感じているのかね?」

「まったく、フォーリーがかわいそうだよ」

「ほんとにね。できの悪い妹のおかげで、いつも苦労するんだもの」

 

 その少女にとって、一番言われたくない言葉・・ それを聞かされたとき、少女の我慢は限界を超えたらしい。突然、走り出していた。

 

「あ、待て。どこへ行くんだ」

「逃げても、解決しないんだぞ」

「おい、キュウラ!」

 

 少女の名前は、キュウラ=ミューナ。姉フォーリーとは、双子の姉妹だった。

 

 

  ※

 

 

 西崎先生と会ってから、10日ほどもすぎた頃。例のグループに対する調査はもちろん続けているんだけど、はたして、順調に進んでいるのかいないのか。

 生徒会室へは、何度か出入りをすることができている。最初は、フェリシア学園への転校の相談を理由にしようと考えていたんだけど、それはやめにした。フェリシアの名前を出して、万が一にも迷惑をかけるようなことになっては、申し訳がないからだ。ちなみに、フェリシア学園への転入試験の結果のほうは、合格の連絡をもらっている。もちろんすんなりとOKされたわけではなく、いろいろともめたらしいことを、フェリシアの友だちである神野真美から聞かされている。それでもすでに私の席も用意されているそうで、いつでもフェリシアに戻れるようにはなっている。寮には、私の部屋だってあるのだ。

 だが、まだ戻るわけにはいかない。

 いま私は、生徒会室へと顔を出し、生徒会の仕事をさせてほしいとお願いをしている。内部に入りこめれば、あの部屋にだって入ることができるかもしれないし、より詳しい状況がわかるかもしれないからだ。

 でも、なかなかうまくはいかない。基本的には、生徒会の役員選挙で当選しなければ、生徒会の仕事はできないらしいのだ。

 でも。

 そんな理由をつけては、ときおり生徒会室を出入りしているうち、どのような役職にいる人なのかまではわからないが、中居先生が生徒会室に顔を見せたとき、きまって話をする生徒がいることに気がついた。ときには、あのナゾの部屋に入ったりしているのだ。何を話しているのかまではわからないし、もちろん一緒にいただけで、例のグループとの関係を疑うのは早計なんだけど、でも、なにやらこっそりと相談している姿は、私の目には、どうしても疑わしく映る。

 

(フォーリー、私、話しかけてみる)

『やめなさい、まだ早いと思いますよ』

(そ、そうかな)

『あせっても意味はありません。相手に警戒されることにでもなれば、たどりつくことはできなくなりますよ』

(う、うん)

 

 それはそうかもしれない。でも、チャンスだとも言えるのではないか。しかし・・ もうすこし何か、確証のようなものが欲しかった。

 それを得るために・・ 私はその足で図書室に向かった。そして、適当な本を手にとり、閲覧室のテーブル席に座る。もちろん、この本はダミー。とりあえずページを開いておいて、フォーリーの魔法を使うのだ。あの男子生徒の行動を、私の集中力が続く限り見てやろう・・ それが、早道だと、そう信じて。

 

 

  ※

 

 

「フォーリーはどこ? フォーリー=ミューナはどこにいるの?」

「なんだおまえか。いったいどこから入ってきた?」

「そんなこと、どうでもいいでしょ。フォーリーはどこ?」

 

 大きな館。その長い廊下の突き当たりは、大広間であった。その入り口で・・

 

「どうでもよくはない、ミューナの娘よ。ロクな占いもできない奴など、我がアズミナル家は用はないのだ」

「でも私には、あるんだ。フォーリーはどこにいるの?」

「なぜ、それをおまえに教えてやらねばならんのかな。そんなことをすれは、今度こそオレが主人にひどい目にあわされることになる。つまり、おまえをあわせてやるわけにはいかんのだ」

「け、けど、アンタは約束したじゃないか」

「約束だと」

 

 そもそも、その男がキュウラを馬車に乗せ、この屋敷に連れて来たのだった。主人の息子の将来を占うだけでいいと、その約束で。

 

「占いをするだけでいいって。私は、その通りに、あの男の人の将来を見ただけだよ。なのになぜ、こんなことになるのさ」

「バカか、おまえは。あんな占いで、誰が満足できるか」

「なんだって」

「おまえが占ったことは、たぶん正解だ。あの息子の本質を、見事に言い当てていると、オレも思う。だが、それではいかんのだ」

「なぜ? 私にはわからないよ」

「ここの主人は王族だと言ったはずだぞ。お世辞を交えるのが常識だ。つまり、その応対を間違えたおまえの責任だ」

「どういうこと? わからないよ」

「わからなければ覚えることだ。どちらにしろ、フォーリーがミューナの里に戻ることはありえんがな」

「なぜ?」

 

 そこで、男は軽く笑ったように思えた。キュウラには、その笑いの意味は、分からなかった。

 

「よかったな、フォーリーが女で」

「どういうこと?」

「おまえだって、魔術は使えるんだろ。のぞき見る魔法なんてないのか?」

「そ、それは・・」

 

 もちろん、そんな魔法はある。キュウラにだって使える。だが、キュウラは長老から魔術を使ってはいけないと、言われていた。しかし、そんなことを言っていられる場合なのだろうか。

 キュウラは迷っていた。

 

「ま、見たところで、そこに行けなきゃ助けてやることもできねぇ。ならば、見ない方がいい。おとなしく帰るんだな。ハッハハハ」

「ま、まさか・・」

 

 なおも笑うその男を前に、キュウラはその言葉の意味を考えていた。いや、考えるまでもないのでは・・

 クルッと、キュウラは身体を向きを変えた。ちょうど、男に背を向ける格好だ。

 

「ヤ・ハーティ・キュアラ、ミューファーン」

 

 呪文の声が聞こえた。

 

 

  ※

 

 

 時計の針は、ようやく2時を過ぎたところだった。こんな真夜中に目が覚めることなどめったにないのに、どうしたんだろう。とはいえまぶたは重く、すぐに閉じてきそうだから、たまたま目が覚めただけなんだと思う。

 でも・・

 なにか夢を見ていた気がする。あれ? どんな夢だったろう・・

 なんだか、とても悲しいことがあったような気がするんだけど、あれは、なんだったのだろう。でも睡魔のおとずれに、私は、その夢をはっきりと思い出すこともなく、再び眠りに落ちた。

 そして朝。いつもの、学校への道のり。

 

「佐伯美奈、だな」

 

 突然、呼び止められた。校門のちょっと手前、登校している他の生徒もたくさんいた。

 

「はい、そうですけど・・」

 

 と、その声の方へと振り返った瞬間、私は、びっくりした。たぶん、顔色というか、表情は思いっきり変化していたと思う。だって、私に声をかけてきたその人は、私がその動向を探ろうと、ここ数日努力していた、その人だったんだ。

 

「ちょっとだけ時間もらえるかな。話があるんだけど」

 

 三村良介、それが彼の名前。たぶん生徒会の役員だと思う。そして、生徒会室に顔を見せる中居先生たちと何事か話をしていた人物。加えて、フォーリーに手伝ってもらっての魔法で、普段の動向を見ようと試みた相手。でも、その試みは、最初の1回成功しただけで、そのあとはことごとく失敗に終わっている人。

 

「でも、もうすぐ始業時間なんですけど」

 

 実際は、10分くらいの余裕はあったと思う。でも、私はそう答えていた。まだ、この人と直接話をする準備ができていないし、それに、この人がなぜ、私に声をかけてきたのか、その意図も不明だし。

 

「なに、すぐに終わるよ。ここは、通行のじゃまになる。校庭に行こうか」

「・・ わかりました」

 

 こうなりゃ、あたってくだけろだ。どちらにしろ、彼のことは調べる必要があるんだし、この機会を利用させてもらうのは悪くないと、判断。ただ、フォーリーは気が進まない様子らしい。引き返したほうがいいと言ってくるけど、でも、私の足は止まらない。彼の後をついて、校庭のほうへと歩いていく。

 そして、校庭へと着き、私たちは向かい合う。

 

「キミは、自殺した川原和子の友だちなんだよね」

「え! どうしてそれを・・」

 

 和子が自殺したことは、秘密だ。特定の人以外、誰も知らないはずなのに、なのにこの人は知っている・・ どうしてだ。

 

「キミと同じことができると、そう言えば分かってもらえるのかな?」

「同じこと?」

「そう。シュリン・ファウの伝承魔術さ。キミは、ボクにその魔法を使ったじゃないか」

「え?」

「とぼけたってムダだ。キミがなぜそれを知っているのか不思議だけど、でも、ボクには及ばないようだね」

 

 この人は、何を言ってるのだろう? シュリン・ファウって何? 伝承魔術って・・

 

『シュリン・ファウは、私の住んでいた街の呼び名です。そして、私の使う魔術は、先祖より伝えられたもの・・』

 

 フォーリーだ。フォーリーの出身地の名前なんて初めて聞いたけど、でも、その地名をこの人が知っていたってことは、いったいどういうことなのだろう。

 もちろん、私なんかの頭では、さっぱりわからない。

 

「あの、あなたは誰ですか? どうして、魔法のことを。それに、和子を自殺に追い込んだ人たちと関係があるんですね?」

「そのとおりさ。それから魔法はボクも使えるんだよ。たぶんキミよりもたくさんね」

「ウ、ウソです。21世紀のこの世の中に魔法なんてあるはずが・・」

「ほう。じゃあ、どうやってボクのことをのぞき見したのかな」

「だから、そんなことしてません」

 

 きっとフォーリーの魔法でこの人のことを調べようとしたのは、知られているんだ。最初に成功しただけで、あとはずーっと失敗だったのは、私の集中力の足りなさというよりも、この人に気づかれていたからなんだ。たぶん、ジャマとかされていた・・

 

「わからないなぁ」

「な、なにがですか?」

「キミが知らないふりをする理由だよ。そんなことしてどんなメリットがあるのかな?」

「・・・」

「それよりも、お互いの知識を交換したほうが得だと思わないか」

 

 その、三村良介という男子生徒は、笑っていた。その笑顔の意味するところなんて、私にはわからない。でも、1つだけはっきりしたことは、あの和子を追いつめたグループと無関係じゃないってこと。私の狙いは、ハズれてはいなかったんだ。

 

「ズバリ言う。シュリン・ファウについて、キミの知っていることを教えて欲しい」

「わ、私は何も知らないから・・」

 

 それは、本当だ。彼はあきれたような顔で私を見ているけど、本当に知らないのだ。シュリン・ファウという名前にしても、初めて聞いたくらいなんだから、教えろと言われても困ってしまうのだが、でも、私の中にいるフォーリーは、そうではないはずで、フォーリーがその気にさえなってくれれば、いくらでも情報は得られるだろう。

 でも。

 

「もう、始業時間だね。続きは放課後にでもさせてもらうよ」

 

 彼がそう言ったのは、たぶん始業5分前のチャイムが聞こえてきたからだと思う。まだ5分の余裕があるとも言えるわけだけど、意外とまじめな人なのかもしれないと、ふと思う。

 そのとき私は、くるりと向きを変えて校舎へと歩いていこうとする三村さんを呼び止めていた。

 

「待って下さい、三村さん」

 

 彼の足が止まった。そして、振り向く。

 

「教える気になったのかな?」

「そのまえに1つだけ、質問させて下さい。キュウラという名前を知っていますか?」

 

 それは、私のなかのフォーリーの記憶からの質問だった。私の頭の中で、急速にふくらんだフォーリーの意識が、私に必死に訴えてきたものだった。私には、そのキュウラという名前について、その人物についての知識もなにもないけれど、でもいつだったか、フォーリーがチラッと言った名前であることは覚えていた。

 彼、三村良介さんは、その質問にただ、笑みを浮かべただけだった。

 

 

  ※

 

 

(フォーリー、どう思う? 私、どうしたらいい?)

 

 あの質問に対する答えは、結局、もらえなかった。彼としては、放課後にもう一度、私に会うためにそうしたんだと思う。答えが欲しければ勝手に帰ったりするな、きっと、そんなところなんだと思う。

 

『シュリン・ファウは、私の生まれたところでした』

(う、うん。)

『シュリン・ファウの地に住むミューナの一族は、魔術を使える血筋のものが多かったのです。なかでも私の生まれた家は、代々、その魔力を強く受け継いできた家でした』

(伝承魔術ってやつだね)

『はい。でも、一族のなかで魔術の力は急速に衰えてきていたのです。このままでは、その力は無くなってしまうかもしれない・・ ミューナの一族が、本気でそんな心配をしていた頃、』

 

 ちなみに、今は授業中。数学の時間なんだけど、授業に集中なんてできなかった。表面上、教科書に注目しているフリをしていたけれど、意識のすべてはフォーリーの話に向いていた。私には、知らないことが多すぎた。

 フォーリーの昔話が続く。

 

『魔力の血筋が途絶えていく家が続出するなか、最後に残った家。誰もが、ミューナ一族の血筋では最後だろうと、そう思った家で、私たちは生まれたのです』

(私たち?)

『そうです。生まれたのは双子でした。姉の名はフォーリー、そして妹はキュウラと名付けられました』

(じゃあ、キュウラって・・)

『私の妹です。私たちは、助け合いながら魔術を学びました。幼い頃より修行をし、その力を高めていきました。でも、キュウラよりも私のほうが、ちょっとだけ覚えが早かったのです。やがて、周りの大人たちは、覚えの悪いキュウラに辛くあたるようになっていた』

 

 その話で、ふと思い出したことがあった。といっても、あまりはっきりとはしてなくて、なんとなく似たような夢をみたような、そんな気がしただけだけど。

 

『けっして、キュウラが劣っていたわけではないのです。魔力という点では、間違いなく私よりキュウラのほうが上だった。キュウラは、単に成長が遅かっただけ。それは私がよく知っていました』

(ねえ、フォーリー)

『なんでしょう?』

(まさかとは思うんだけど、そのキュウラの記憶ってさ)

『私も、同じことを考えていました。だから、あの人に尋ねてもらったのです。キュウラを知っているか、と』

(もし、そうだとすると、どういうことになるんだろう)

 

 そのとき私が考えていたのは、私のなかにフォーリーの記憶があるように、あの三村さんのなかにキュウラの記憶が残っているんじゃないかってこと。そう考えれば、あの人がシュリン・ファウのことを知っていたのも頷けるのだ。そしてもちろん、彼も魔術が使えるのだということになる。でも、フォーリーの賛成は得られなかった。

 

『それはないと思います。キュウラの記憶は、ミューナの末裔にしか宿らないからです』

(どうして)

『私が、そうしたからです』

(それって、どういうこと)

『この私が、魔術をかけたのです。いつか、キュウラと仲直りをするために、私たちの記憶を消さないでと。私の記憶があなたのなかにあるように、キュウラの記憶、その意識が誰かのもとによみがえっていることだけは間違いないのですが、問題は、その相手が誰なのか』

(あの三村って人じゃないのかな?)

『違います。あの男の人は、ミューナの末裔ではありません』

(どうしてそんなことがわかるの?)

『キュウラもまた、魔術師だからです。もちろんミューナの一族には男性もたくさんいましたが、魔術師としての素養が現れるのは、必ず女性なのです』

(なるほどね)

 

 納得できる内容だった。キュウラの記憶は女の子にしか宿ることはない。フォーリーがそうなるように魔法をかけた。だから、男の子である三村さんが、キュウラの記憶を持っているはずはないというわけだ。もちろん魔法なんて使えないし、ミューナの末裔でもありえないと、そういうことになる。

 でも、だったら・・

 

(彼はシュリン・ファウのこととか知ってたでしょ。それはなぜ?)

『それは、私にもわかりません。キュウラの記憶をもつ女性から聞いたのだとしか考えられません』

(そうだね。あの人の知り合いに、そんな人がいるんだろうね。その人のこと、教えてもらう必要があるよね。ということは放課後、彼と会わないといけないね。)

 

 これが、数学の時間をぜんぶつぶして得た結論だった。先生には申し訳なかったけど、私としては、フォーリーとじっくりと話が出来たし、充実した時間だったのかもしれない。それに、あの三村という人が、キュウラの記憶を持っている人じゃなくて、ほっとしたってところもあるんだ。

 だって、和子を自殺に追い込んだグループの関係者なんだよ、あの人は。そんな人が、フォーリーやキュウラにつながる人であってほしくない。私だって、まだ半信半疑なところはあるけど、魔術の力を持つミューナ一族の、その子孫でもあるのだし。

 今度三村さんと会ったなら、そのときこそ、キュウラの記憶をもつ人のことを聞き出してやろうと、私は、そんなことを考えていた。

 それからの時間の流れは、ゆっくりとしたものだった。ようやくといった感じで、すべての授業が終わり、私は、教室を出た。そこに、彼は現われた。

 

「少し付き合ってくれるかな。今朝の続きだ」

「もちろん、私の質問にも答えてくれるんですよね?」

 

 そこで、ニコッと笑う彼。そんな彼を見ていると、とても悪いことをしそうな人には見えない。むしろ、周囲の女子高生たちのあこがれの視線を集めてしまいそうな、そんなカッコいい男の子といった感じがする。

 彼の本当の姿は、どっちなんだろうか。

 ゆっくりめに歩く彼は、どうやら廃校舎のほうへと向かっているようだ。廃校舎は、グラウンドや校門などとは逆の方向にあるため、近づくにつれ、他の生徒の姿もみかけなくなっていくのだが、まさか、廃校舎に行くのだろうか。それはマズイかもしれないなぁ、なんて思っていると、彼が立ち止まった。

 もう少し行けば、廃校舎へと続く出入り口がある場所だ。

 

「このへんでいいだろ」

「そうですね」

 

 内心、ほっとした気分。でも、他の生徒の姿はどこにも見えない。つまり2人きりなのは変わらない。私は、いざというとき逃げ出せるようにと、さらに2歩分だけ、距離をとる。この距離があれば、思い切り走れば、たぶん彼に追いつかれるよりも早く、他の生徒たちがいる場所まで行けるはずだ。

 

「心配しなくていい。手を出したりはしないよ」

「あの、私の質問の答えなんですけど」

「キュウラのこと、だったよね」

「はい。どうしてそのことを知ってるんですか?」

「あれ? ボクは知ってるって言ったっけ?」

 

 正しくは、彼は何も返事をしてはいない。でも、知ってることは間違いない。いまさらだよね。

 

「誰に聞いたんですか、キュウラのこと」

「その前に、キミのことを教えてもらおうかな」

「私のこと?」

「ああ。聖フェリシア学園の出身なんだってね。そうと知ってれば、候補から外すことはなかったのに」

「候補?」

「知ってるんだろ、川原和子の手紙に全部書いてあったじゃないか」

「和子の手紙って、あなた、それを見たんですか?」

「もちろんさ。シュリン・ファウの魔法でね」

 

 シュリン・ファウの魔法・・ たぶん、私がフォーリーに手伝ってもらったあの魔法と同じものなんだろう。だって、手紙を読むことだってできそうな気がするから。

 

「キミは、シュリン・ファウの魔法をどれだけ知ってるのかな? たとえばこんな魔法は使えるのかな?」

 

 そのとき、私の目線の位置が変わった。彼が、少しずつ下へ、ううん、私が上に上がってるんだ。私の足が、少しずつ地面から離れていく。

 

「どうかな」

 

 妙に、冷静な気分だった。本当だったら、地面から50センチくらいは空中に浮いてるんだから、大騒ぎしてもよさそうなもんだけど、私は、ただ彼の顔を見ていた。

 

「このまま、キミを回転させることだってできるんだよ。つまり、頭が下で足が上になる。すると、どうなると思う?」

 

 つまり、スカートが引力の法則に従うってこと。他にもあるんだろうけど、真っ先に思いついたのはそれだった。もちろん、絶対にご遠慮申し上げたいことだけど。

 

(フォーリー、これも魔法だよね)

『はい。一応、初歩的なレベルの魔法ですけど』

(初歩ね)

 

 その初歩すら、私にはできないんだ。これで、ホントウにミューナの末裔なんだろうか、私は。

 

「どうした? 回してやろうか?」

「あの、それはやめて下さい。おろして下さい」

「じゃあ、しゃべってくれるんだな」

 

 返事の代わりにコクリとうなづく私。だって、他にいい方法がない。

 

「キミは魔法をいくつ知っている?」

 

 その質問に、どう答えたモノか。フォーリーからは何も言ってこない。つまり、私が判断するしかない。

 

「数なんてわからないわ。数えたことないもの」

「ほう」

「たぶん、シュリン・ファウの伝承魔術の、そのすべてだと思うけど」

 

 さすがに彼は驚いている様子。彼が私の言葉を信用したのかどうかは分からないけど、でも私だって、ウソを言ったつもりはない。フォーリーならきっと、伝承魔術のほとんどを知っているはずだと思うから。フォーリーが知っているのなら、つまり私が知っているのと同じなんだよね。だから私は、ウソは言ってない!

 

「今度は、私が教えてもらう番ですよね」

「なんだと」

「キュウラのこと、話して下さい」

「まあ、いいだろう。お互い、少しずつ話すことにしようか」

 

 まるで、お互いの心の中をさぐるかのように、少しずつ少しずつ、相手の言葉を引き出すために、自分のもつ情報を提供する。胃の痛くなるようなかけひきが、どれほど続いたんだろうか。よく、私にそんなことが出来たもんだと思う。きっと要所でフォーリーが助けてくれたからなんだと思うし、それに、たぶん彼の得た情報のほうが、ほるかに多かったと思う。その判断はできないけれど。

 ちなみに、そのかけひきのなかで私が得た情報は、キュウラの記憶は、フォーリー同様、まちがいなくよみがえっているということ。そして、その記憶を持っているのは、彼。

 彼!?

 

「そんなはずないわ!」

 

 思わず、私はそう叫んでいた。

 

「だって、ミューナの末裔は、必ず女の子だって。魔術師としての力は、必ず女性にしか引き継がれないって・・」

 

 彼は、笑っていた。そのように見えた。

 その笑顔を見たとき、私は、大きな矛盾点に気がついた。フォーリーも気づいただろうか。私の身体は、まだ空中に浮かんだままなのだ。彼がかけた魔法で・・

 

「ま、まさか、そんなこと・・」

「ボクがウソを言ってないこと、納得してもらえたのかな」

「・・・」

 

 納得なんて、できるはずがない。でも、これってどういうこと? ねぇフォーリー、これって・・

 

『1つ、方法があるんです』

(え?)

『これからは、私にまかせてもらえませんか』

(い、いいけど、どうするの?)

『魔術を使わせて下さい。あなたの身体には負担となるでしょうが、許してくれますか』

(フォーリーが、いいと思うんなら)

 

 いったいどんな魔法を使おうというのか。でも、まかせるしかない。きっとそれが一番いい方法だと思うから。

 フォーリーに指示された姿勢、そして呪文・・

 

「お、おまえ。いま、何をした!」

「魔法を使ったのです。もしあなたがキュウラなら、キュウラと話がしたいと思って」

「どういうことだ? おまえはいったい・・」

「私は、フォーリー。ミューナ一族最後の魔術師である双子の姉妹の姉・・」

 

 空中に浮かんだ、女子高生。その手がせわしく動き、そして唇が動き、呪文詠唱の声が発せられた。

 瞬間、強い光に包まれた。その光が収まったとき、周囲の風景は、すべて消えていた。

 

 

  ※

 

 

 何もない、空間とでもいおうか。見えるのは、白と黒のチェック柄の壁。いや、壁ではないのかもしれないが、とにかく見えるのは、白と黒だけだった。

 その異様ともいえる空間に、女子高生が1人。そしてその数メートル先にもう1人。

 

「すごいね、こんなことができるんだ。さすがにミューナ一族の将来を託されただけのことはあるよね」

 

 片方は、普段着姿。そしてもう1人は星城高校の制服を来ていた。どちらも同じくらいの年齢のようである。

 

「で、こんなことまでして、何をするつもり?」

「何って・・ たくさんありすぎて・・」

「たくさん?」

「うん。キュウラと会ったら、あれも言おう、これも言わなくちゃって、いろいろと考えていたはずなんだけど」

 

 キュウラの名を呼んだのは、どこからどうみても、佐伯美奈だった。でも、表情や口調などはいつもと違う印象を受ける。その目は不安げであり、声に力がない。

 

「でも、いざあなたを前にしたら、何から話していいのか、わからなくて・・」

 

 キュウラと呼ばれた少女は、わずかに笑って見せた。

 

「でも、ゆっくりと話している時間はないみたいよ。私の記憶の宿主には、かなり負担になってるみたい。あの子、今日はせっかく外出できたのに残念だわ」

「どういうこと?」

「フォーリーの宿主は、身体は丈夫なの?」

「うん。でも、かなり無理してることは確かだよ」

「じゃあ、そろそろ元に戻してくれる?」

 

 キュウラの顔から、笑みが消えた。そんなキュウラに、美奈であるフォーリーは、今にも泣き出しそうな、そんな顔を向けていた。

 

「あなたと話がしたかったのよ。謝りたかったし、仲直りがしたかったの」

「仲直り? そんなことが出来ればすばらしいことだけど、いまさらじゃないのかな」

「キュウラ」

「ね、フォーリー。私の記憶を消さなかったのは、なぜ? あなたがしたことなんでしょう?」

「う、うん。そうだよ。あのときは、話もできる状況じゃなかったでしょ。だから、だから、あとで話ができるようにと・・」

「だからって、こんなめんどくさいことをしなくても。ね、フォーリー。私は、あなたと仲直りできるなんて思ってないよ」

「そんなことないよ。私たちは、ずっと仲良しだったじゃない。2人で頑張ってきたじゃない」

「でも、裏切ったのはフォーリーだよ。私の邪魔をした。私を攻撃した」

「ち、違う・・」

「違わないよ!」

 

 美奈がキュウラと呼ぶ少女は、燃えるような激しい目で美奈を、いや、彼女がフォーリーと呼ぶ少女をにらみつけた。

 

「フォーリーは、あの男をかばった。私を見捨てて、あんなやつを助けた。私の敵になった」

「聞いて、キュウラ。違うのよ」

「でも、もういいんだ。いまさら何も聞くつもりはないし、それにフォーリーを責めるつもりなんてないんだから」

「キュウラ」

「私は、あれから何度も生まれ変わった。それは、お姉ちゃんも同じなんでしょ?」

「う、うん」

 

 キュウラが、少しずつフォーリーである美奈のもとへと近づいてくる。

 

「そして、長い長い時間のなかで、ずーっと考えてた」

「・・・」

「フォーリー、いまの私の宿主の身体が、これ以上はもたないみたいなんだ。元に戻してくれる?」

「で、でも・・」

「ホントはね、フォーリーのこと、もう恨んだりはしてないんだよ。いま私の記憶の宿主となってくれた子と話をしているうちに、そう思えるようになったんだ。むしろ今では、感謝してるんだよ」

「キュウラ・・」

「西星城病院の第二病棟、そこに入院している須藤みゆき。それが今の私だよ。お見舞いに来てくれる?」

「その子が、キュウラの」

「私の宿主は、身体が弱いんだ。この魔法の負担に、たぶん耐えられないと思うから」

「ご、ごめん。すぐに戻すよ」

 

 キュウラは、ただ、うなずいただけだった。そのすぐあと、周囲の景色が元に戻ったのだが、そのとき美奈は、地面にうずくまり、そばにいた三村良介をじっと見上げていた。

 

「いったい、何がどうしてどうなったのかな?」

 

 三村良介の言葉に、美奈がゆっくりと立ち上がる。ひどく疲れた様子で、乱れた呼吸を整えようとしているのだが、足下はふらついていた。

 

「わ、わからない。でも、でも私は、帰ります」

 

 くるっと後ろを振り向いた。そして、校門めざして走り出す。だが、ふらつく足は、なかなか前に進んでくれなかった。三村良介は美奈を追いかけたりはしなかった。

 ようやく美奈が、下校する他の生徒たちのところへたどり着く。そのことで安心したのか、美奈は気を失った。

 誰が知らせたのか、救急車のサイレンの音が聞こえた。

 

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