ミューナ   作:Syuka

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第9話 「西星城病院第二病棟」

「どうして、どうしてこんなことを・・ なぜ?」

「ごめん、キュウラ」

 

 キュウラの額からは、血が流れていた。右腕もまた、流れる血で真っ赤に染まっていた。その屋敷の主(あるじ)をねらった魔法をフォーリーに跳ね返され、まともに受けてしまった結果である。

 

「あんなヤツをかばうなんて、信じられない」

「だって、仕方ないんだよ。あの人にケガでもさせたら、私たちは・・」

「私より、あいつを選ぶんだね、フォーリーは」

「ち、違うよ。そうじゃないの。信じて、キュウラ!」

 

 そんなフォーリーの訴えを、しかし、キュウラはまともに聞いてはいなかった。真っ赤に染まった右手と、額を流れる血が、キュウラの心を支配していく。

 キュウラは、左手で、額をぬぐった。

 

「血・・」

「ごめんなさい、キュウラ」

 

 左手もまた、血で染まった。

 

「私は認めない。こんなの、絶対おかしいよ。これが正しいっていうのなら、私は誰も、もう何も、信じない・・」

 

 キュウラのまわりに、凄まじいばかりの気が集中し始める。キュウラは、その五感のすべてを一点に集中させていた。それらはすべて、魔力へと変換されていき、あっという間にふくれあがっていく。

 つい先ほど、この館の主をねらった魔法とは、比べものにならないほどの、強大な魔力。

 

「やめなさい、キュウラ。そんなことしたら、この宮殿だけじゃない。ミューナの里だって、このシュリン・ファウのすべてがふっとぶよ」

 

 だが、キュウラは何も応えない。あるいは、フォーリーの叫びにも似た声は、聞こえてはいないのかもしれない。なおも魔法力を集中させていく、キュウラ。その身体が、発光し始める。

 

「だ、だめだよ、キュウラ」

「フォーリーの・・」

「え?」

 

 かすかに聞こえた、キュウラの声。フォーリーがキュウラへと近づいていくが、キュウラに集中する魔力は、止まることなく、なおも膨張を続けていく。

 そんな大きくふくらんだ風船も、わずかののち破裂のときを迎える。その刹那、キュウラの声が響いた。

 

「フォーリーのばか!」

 

 

  ※

 

 

 覚えているのは、懸命に走っていたこと。そして下校する他の生徒たちのところへたどり着き、ほっと一安心したところまで、だった。

 これで安心・・ そう思ったところからベッドの上へと直結していた。ゆっくりと身体を起こし、周りを見回してみてようやく、ここが病院だってことがわかったくらい。

 なんだか、身体のあちこちが痛いんだけど、筋肉痛になるようなことしたのかな・・

 そんなことを思いながらベッドを降りようとしたとき、病室のドアが軽くノックされ、そしてすぐに開けられる。入ってきたのは、お母さんだった。

 

「気がついたのね、美奈。よかった」

「お母さん。どうしてここに?」

「どうしてって、さすがの私も、一人娘が3日も眠ったままだったら、心配になりますよ」

「私、3日も寝てたの?」

「そうよ。その間、お父さんだってお見舞いに来たんだから」

「そうなんだ」

「それから、西崎先生も。ちょうど今、先生をお送りしてきたところなんだけど、心配して駆けつけてくださったのよ」

 

 西崎先生が!

 なんと言ったらいいのだろうか、嬉しいというよりも恐縮してしまう。とはいえ、またしてもご迷惑をかけてしまったのは、間違いないんだろう。

 

「あの、お母さん。私・・」

「身体のほうはね、特に異状はないそうよ。ただ疲れがたまってるようだから、しばらく安静にしてなきゃいけないんだって。でも、すぐに元気になれるわよ」

「うん、わかった」

 

 病室の壁にかけられた時計が、目に入る。外が明るいのだから、午後の2時を回ったところだ。

 

「ねぇ美奈」

 

 お母さんが、ベッドの横に置かれたいすに座った。私は、ベッドに腰掛けた状態だった。

 

「どうしてこうなったのか、なにか覚えてる?」

「あ、ええと・・ 私は・・」

 

 覚えているのは、下校する他の生徒たちのところへ懸命に走っている場面。でもなぜ、走ったのだろう。ちょっとぐらい校庭を走ったからって、気を失ってしまうようなことにはならないと思うんだけど・・

 

「おちついて、よく考えてみなさい。ゆっくりでいいから」

 

 その声にうなづくと、ゆっくりと深呼吸。ええと・・ 私はどこから走ってきたんだっけ・・ そうか、中庭だ。あのときたしか、中庭の奥の方で、誰かと会っていた。

 誰と?

 

(フォーリー、フォーリー、)

 

 呼びかけてみるが、彼女からの反応はなかった。ならば、自分で思い出すしかない。たしか、その人は・・

 

「そうだ。三村良介さんだ」

「誰なの、その人は?」

 

 おっと、横にはお母さんがいたんだ。普段、離れて住んですることもあるし、お母さんにはあまり心配をかけるようなことしたくないんだけど、でも、ウソを言うわけにもいかない。なんと答えたらいいのか、迷うところだ。

 

「星城高校の2年生だよ。1つ上の人なんだけど、和子のことは話したよね」

「亡くなった、美奈のお友だちでしょ。その人と関係があるの?」

「うん。和子のことで相談されて、話をしてたんだ。その帰りに倒れたみたいなんだけど、よく覚えてない」

 

 かろうじて、ウソは言ってないと思う。いくつか重要な部分を飛ばしたかもしれないにせよ、話を作ったりはしていない。でも、なぜ走ったりしたのか、それが自分でもよくわからなかったりする。

 

「そう、わかったわ。でも、気をつけてちょうだいよ。いくら西崎先生が保証してくれたって、美奈は1人だけなんだからね」

「お母さん、それってどういうこと?」

「実を言うとね、西崎先生からおはなしは聞いてるのよ。とんでもない先生だよね、あの人は」

「とんでもないって、じゃあお母さんは・・」

「違うわよ、これでも褒めてるつもりなんだから。だって、転校していった美奈のことをいつまでも気にかけてくださるなんて、ありがたいことだわ」

「あのさ、お母さん・・」

「なあに?」

 

 お母さんは、どこまで知っているんだろう。西崎先生は、どこまで話したのだろうか。和子の死については、私が知らせている。でも、自殺だったことや、その原因を作ったグループのことは話していない。ましてや私が、そのグループに近づき、なにか証拠をつかもうとしていることなんて、話せるわけがない。言えば、止められるに決まっているから。

 

「ううん、なんでもない。心配かけてごめん」

「いいのよ、西崎先生にも言ったんだけど、美奈が元気でいつも笑っているのなら、それでいいの」

 

 お母さんの、笑顔。和子の明るい和やかな笑顔とは違うけど、なつかしい優しい笑顔だ。西崎先生の笑顔のように、私を包み込んでくれる、そんな笑顔。

 その笑顔をみながら、私は思った。あの三村良介さんとのことは、慎重に進めていかないとダメだって。だって、和子の笑顔もそうだったけど、この笑顔は、失いたくないんだ。

 

コンコン・・

 

 病室のドアをノックする音。それに応えたのは、お母さんだ。

 

「どうぞ」

「失礼します」

 

 ドアを開けて入ってきたのは、聖フェリシアのときの同級生、水野聡子だった。少しはにかんだ感じでほほえんでいる彼女。

 でも、聡子がなぜここにいるんだろう? 学校は?

 

「聡子、どうしたの? 何かあった?」

「何かあったのは、美奈のほうでしょ。もう大丈夫なの?」

 

 そうなのだ、心配かけているのは私のほうなのだ。そういえば西崎先生がお見舞いに来てくれたとお母さんが言っていたけど、つまり、フェリシアのみんなも、私が倒れたことは知っているということだよね。3日も寝ていたそうだから、さぞかし心配かけたことだろう。

 まてよ、フェリシアの友だちが知っているということは、もちろん星城のみんなも知っているということになる。沙希ちゃんや中居先生も、この病室に来たんだろうか。

 

「お母さまですね、私、水野聡子です。聖フェリシア学園では、美奈さんにずいぶんとお世話になりました」

「こんにちは、聡子さん。おはなしはいつも美奈から聞いてますよ。仲良くしていただいてるそうで、どうもありがとう」

「いいえ、そんな。私のほうが、いつも遊んでもらっていたんですよ。いろいろ教えてもらったり・・」

「こ、こらこら、聡子。変なことは言わないでよ」

 

 そこで、2人の視線が一斉に私へと向けられる。私ってば、何か、おかしなことを言ったのだろうか。聡子が、私のところに近づいてくる。

 

「美奈、すっかり元気になったみたいだね。安心したよ」

「うん。まだ、身体のあちこち、痛いけどね。まるで筋肉痛みたいだよ」

 

 お母さんが、聡子にいすを勧める。そのいすに、聡子が腰かけたところだ。

 

「聡子さん、ゆっくりしてらしてね。私は、ちょっとお買い物があるんで、出てきますけど」

「はい、どうもすみません」

「じゃあ美奈、ちょっと行ってくるわね。4時までには戻ってくるわ」

「うん」

 

 本当に買い物かどうかは、わからない。聡子に気を遣ってくれたのかもしれないけれど、その聡子は、思いの外、真剣な顔をしている。いつものにこやかに表情とは違ってる。

 

「ねぇ、美奈」

「え?」

 

 お母さんが病室を出ていった時間は、だいたい2時半だ。そこから、聡子の話が始まる。

 

「京ちゃんや真美たちと話し合った結果だよ。今日は、それを美奈に伝えに来たんだ」

「う、うん」

「帰っておいでよ」

「え?」

「退院したら、そのままフェリシアの寮に戻って来てほしい。いやだって言うのなら、私たち全員、美奈と絶交するつもりだから」

「さ、聡子!」

「それくらいの覚悟をしてるってことだよ。由香も真美も京ちゃんも、みんな、ずっと美奈と友だちでいたいんだよ。だからさ、フェリシアに戻ってきてよ。もうクラスも決まってるし、席だってあるんだよ。真美と同じクラスで、席は隣なんだってば。ねぇ、美奈」

 

 目に涙すら浮かべた聡子に、はたして、私はどう返事をしたらいいのだろう。“大げさなんだよ”って、笑ってみせればいいのだろうか。素直に“うん”と一言だけ言えばいいのか、それとも・・

 

「聡子、心配かけてごめん。でも、私は大丈夫だよ」

「そんなことないよ。今度のことだって、なにか関係があるんでしょ」

 

 聡子たちは、和子が自殺した事情を知っている。そして私の性格なども、よく知っているのだ。この聡子は、小学校の1年からずーっと、同じクラスだった。毎年クラス替えが行われるフェリシア学園において、そんな例は、たぶん初めてなんじゃないかと思う。

 京ちゃんもそうだけど、私のことを一番理解してくれているのが聡子だと思う。

 だから、ウソはつけない。心配はかけられない・・

 

「関係は、あるかも」

「美奈、危ないことはやめたほうがいいよ」

「わかってる、無茶はしないよ。みんなに心配かけるようなことは、もうしない」

「それ、ほんとだよね?」

「うん。刑事さんにも、そう言われてるしね」

「刑事さんって?」

 

 それは、沙希ちゃんのお父さんのことだ。そうだ、このことを報告しておかないといけないな。でも、魔法のことは説明のしようがないけど・・

 

「和子を追いつめた犯人は、必ず捕まえるって、そう約束してくれた刑事さんがいるのよ」

「だったら、その人にまかせたらいいじゃない。なにも、美奈が危険なことしなくても」

「そうだけど、でも、和子のために何かしたいんだ。和子が生きてるとき、私、彼女のために何にもしてないって思うんだ。和子は、中学のときからずっと私のこと見ていてくれたのに、私は、なにも応えてあげてなかった。だから、何かしたいんだ」

 

 和子の日記によれば、初めて会ったのは中学1年。試合会場のコートの上だ。できればその日に戻ってやり直したい、そんなことも思ったりしたんだよ。

 

「美奈、そんなこと言ってたら、京ちゃんがやきもち焼くよ」

「あら、聡子は焼いてくれないの?」

「私は、水野聡子だよ。ナースエンジェル聡子ちゃんは、患者さんの心を癒してあげるのが役目なんだってば」

 

 あの、聡子ちゃん。それって、返事になってないよ・・ でも、思わずクスッと笑ってしまう私。もちろん、聡子に気づかれる。

 

「いま、笑ったね」

「ご、ごめん」

「よし、ナースエンジェル聡子ちゃんのお仕事完了! 笑ったってことは、心が癒されたってことでしょ」

「うん、そうだね」

 

 まさに、その通りだ。本当に聡子が言いたかったことが何かってことは、分かってるつもりだ。でも聡子は、こういう言い方をしてしまうんだよね。ね、聡子。

 

「じゃあ、私は帰るね、みんなには、美奈が元気になったって、そう伝えとくよ」

「うん、わざわざありがとね、聡子」

 

 それには答えず、聡子は、ただ笑顔をみせただけだった。そして軽く手を振り、帰ろうとしたのだが・・

 

「あ、そうだ、美奈!」

「な、なによ」

 

 突然、立ち止まった聡子。その表情は、なんとも表現のしづらいもの。たぶん、いろんな感情がミックスしているに違いない。

 

「私ね、お昼から学校さぼって、ここに来てるんだけどさ」

「え!」

 

 まさか、そんな大胆なことをするなんて。でも、時間的なことを考えてみれば、そうするほかはないわけだけど、でも、いいんだろうか。

 

「当然、怒られると思うんだ」

「そ、そりゃそうだよ。まさか、誰にも言わずに来たの?」

「ううん、真美には言ってある。真美から、先生に伝わってるはずだけど」

「それでも、反省文はまぬがれないと思うよ」

「やっぱり、そうだよねぇ」

 

 とたんに、泣き出しそうな顔になる聡子。さっきまでの聡子とは別人のようだ。

 

「よし、私が書くよ。その反省文」

「え、美奈が?」

「うん。それを聡子が書いたことにして西崎先生に提出したらいいんだよ」

「でも、すぐバレるに決まってるよ」

「そりゃそうだよ。でも、西崎先生は何にも言わずに受け取ってくれると思う。黙って、聡子が書いたことにして受け取ってくれるはずだから」

 

 実を言うと、西崎先生がそんなことをしてくれるという自信は、ない。というよりもむしろ、徹夜でお説教されることになる確率が高いと思う。これまで、そうなることが普通だったんだし。でも、そのお説教も聞いてみたい気がするのはどうしてなんだろ。

 でもさ、先日、私のチェックシートを持って学校に尋ねてきてくれた西崎先生なら、あの日の西崎先生だったら、すべてを理解して、黙って受け取ってくれると思うんだ。

 

「そうかなぁ」

「そうだよ、私に任せなって。それにもともとは、私の責任なんだからさ」

「美奈、ありがと」

 

 もしかしたら、聡子にうまく操られたのかもしれない。そう言わされたのかもしれないけれど、もともと聡子は、反省文が大のニガテだった。『そんなことすると、反省文だぞ』の一言は、彼女に対する最大級の攻撃になりうるのだ。

 そうやって彼女をいじめる人もいたけれど、そういえば、そんな聡子をいつもかばっていたんだっけ。昔のクセっていうのは、抜けないもんなんだ・・

 

「じゃあさ、これ、反省文用の紙。あと鉛筆とかはあるの? 消しゴムなんかも必要かな。美奈はかしこいから辞書とかはいらないだろうけど・・」

「こ、こら、聡子」

「え?」

「あんたって人は、もう」

「へへ、わかっちゃった?」

 

 こいつめ、やっぱり私をダマしたな。ワザとあんなこと言って、私に反省文を押しつけたんだ。そうに決まってる。

 

「でも美奈、自分が言ったことには責任持とうよね」

「これ、誰の作戦? 永井由佳だね?」

「う、ち、違うよ。美奈が勝手に、自分で書くって言ったんでしょ」

「もう、あんたたちのすることといったらさ。それで、聖フェリシア学園の生徒だなんて、信じられないわよ。西崎先生にいいつけるからね」

 

 表面上、怒ってみせている私。というか、本当に怒っていたのかもしれないけれど、でも同時に、心の中で、聡子や真美たちに頭を下げていたのは確かだ。

 大学までの一貫教育で知られる聖フェリシア学園を出て、星城高校に進学し、もう半年になる。途中で横道へとそれた、いわばアウトローとも言える私なのに、いつまでも忘れないでいてくれる。こうして、心配してくれるんだ。

 あれほどあこがれ、周囲にムリを言ってまで入った星城高校だけど、でも私は、フェリシアで育った人間なんだ、フェリシアが私の居場所なんだと、思い知らされたような感じだ。

 そんな場所に帰りたい・・ ううん、帰ろう、フェリシアへ。

 でもそのまえに、ちゃんと決着をつけなきゃいけないことが、1つある。

 

「聡子、みんなに言っといて。あと10日間だけ私に時間をくれって。10日したら、私はフェリシアに戻るからって」

 

 もちろん10日という日数に、何か根拠があったわけじゃない。でもそれだけあればあの三村良介さんと決着をつけることは可能だと思う。気を失って倒れたとき、彼とどんなことを話したのかは、少しずつだけど思い出してきている。今はまだ断片的な感じだけど、でも彼が主要な関係者であることだけは、間違いないんだ。

 そのとき聡子は、とても嬉しそうな顔をしていた。

 

「ほんとに帰ってきてくれるの!」

「うん、聡子たちと絶交なんかしたくないしさ。西崎先生がなんて言うかはわからないけど、頼んでみるよ」

「大丈夫だよ、さっきも言ったけど、もうクラスも席も決まってるし、寮に部屋だってあるしさ」

「うん、そうだね。聡子、ちゃんと私の部屋、掃除しといてよね」

「それは、約束できないな」

「どうして?」

 

 てっきり、OKしてくれると思ってた。反省文のお返しに、聡子に掃除させてやろうかと思ったのに、まさか断られるなんて、予想外。聡子のヤツ、案外、抜け目のないところがある。

 

「だって私は、ナースエンジェルだもん。クリーンなルームキーパーさんはちゃんといるんだから」

「ルームキーパーって、誰のこと?」

 

 聡子は、ときどき妙な英語を使うところがある。ちゃんと意味は通るからいいけど、誰のことなんだろう。その質問をしたちょうどその時、病室のドアが開いた。そして、看護婦さんが顔をのぞかせた。

 

「あら、気がついたのね、佐伯さん。どこか痛いところとかある? 平気?」

「あ、はい。大丈夫みたいです。あちこち筋肉痛みたいな痛みはありますけど、我慢できない痛みじゃないですから」

「そう。でも念のため、先生にきてもらうわね。待ってて」

 

 先生とは、お医者さまのことだろう。これから診察となるんだ。看護婦さんが出て行ったところで。

 

「私、本当に帰るよ。これで寮の門限に遅れたりしたら、大変だから」

「そ、そうだね。みんなによろしく言っといて。美奈は元気だよって」

「うん、それと10日したら帰ってくるって伝えとくから。楽しみにしてるからね」

「じゃあ、またね」

「うん」

 

 聡子が出ていった後、1人だけとなった病室。さすがに身体に疲れというか、だるさを感じていた。聡子と話していたときは、単に気が紛れていただけなんだろうな。

 ふーっと、ため息ついてベッドに横になる。もうすぐ先生が来るはずだから寝てしまうわけにはいかないけれど、目を閉じると、なんだか気持ちいい。

 やばいなぁ、寝ちゃいそうだよ。早く、先生来ないかなぁ・・・

 

 

  ※

 

 

 ・・西星城病院・・

 

 え?

 

 ・・そこの第二病棟に、います・・

 

 誰? あなたは誰?

 

 ・・彼女の名前は、須藤みゆき。お見舞いにいってあげてください・・

 

 須藤みゆき? お見舞い??

 

 私は、寝ていたんだろうか。目を開けたとき、お母さんがいたし、看護婦さんにお医者さまも。

 

「3日ほども寝てたのに、まだ眠いかね。まあ、身体のほうは正常だ。すぐに元気になるだろう。お母さん、もう大丈夫ですよ」

「はい、いろいろとありがとうございます」

 

 私は、ゆっくりと身体を起こした。看護婦さんが手を貸してくれたけど、それがなくても、起きあがるのには支障はないみたいだ。

 

「それで、いつごろ退院できますでしょうか?」

「それは、明日もう一度診察してみてからですね。とくに異状がなければあさってには退院できるでしょう」

 

 お医者さまのその返事に、私は、ほっとしていた。退院があさってなら、1週間は余裕があるということだ。それに・・

 

「あの、1つ聞いてもいいですか?」

「なあに?」

 

 すでにお医者さまは病室を出ておられ、看護婦さんが1人残っているだけ。私は、その看護婦さんに話しかけた。確かめておきたいことがあったから。

 

「まさかとは思うんですけど、ここ、西星城病院じゃないですよね?」

「あら、知らなかったの? そうか、倒れたまま運ばれてきたんだもんね」

「美奈、ここが西星城病院ですよ。そこの第二病棟だったからしら」

「ええ、そうですよ。ベッドの数は全部で60。そのうち40が第二病棟にあります」

 

 お母さんと看護婦さんから、必要な情報は得られた。ついさっき夢に見た、ううん、誰かが呼びかけてきたような声。西星城病院の第二病棟に、須藤みゆきという人が入院しているから、と。あの声は、その人のお見舞いに行けと、私にそう告げた。

 お見舞いはともかくとして、本当にそんな人がいるのかどうかは、確かめる必要があると思う。私へのよびかけ、もちろん寝ぼけていただけかもしれないんだけど、でも須藤みゆきという名前は、はっきりと覚えているんだ。

 ベッドの上で、ぼんやりとそんなことを考えながらの時間は、ゆっくりと過ぎていく。やがて、夕食の時間を迎え、面会時間も終わり、お母さんが帰っていく。ちなみにお母さんは、私が一人暮らしをしているアパートに泊まることになっている。実家は、少し遠いからね。

 そのお母さんを見送ったところで、私は、病室を出た。いよいよ、行動開始といったところかな。私の体調のほうは、少し足がふらつく感じがするだけで、まずまずといったところだろう。

 消灯時間までは2時間ほどもあるので、他の病室を見て回るだけなら十分に余裕がある。はたして、須藤みゆきという人が、本当にこの病院に入院しているのかどうか。今日のところは、いわば偵察だけにするつもりだった。

 でも、本当に入院していたら、どうすればいいんだろう。お見舞いくらいしたほうがいいんだろうか。私も、入院患者ではあるんだけど。

 ドアが開いたままの病室もあったけど、室内には目を向けず、入り口横にかけられた名札だけを見て回る。4人部屋が多いみたいだけど、2人部屋や、個室もある。

 あ!

 

「あった。いた、須藤みゆきさん」

 

 私と同じ個室の部屋。ドアはしっかり閉じられていたから、室内にいるのかどうかはわからない。でも名札には、確かに須藤みゆき、と書かれている。

 

(フォーリー、ほら、須藤みゆきって書いてある・・)

 

 フォーリーからの返事は、ない。クセみたいなもので、ついつい話しかけてしまうけれど、そういえば、今日は1度も返事をもらえていない。もっとも、こんなことはいままでにも何度かあったので、このときは、とくに心配もしていなかった。

 私は、そのドアを軽くノックしてみる。偵察だけのつもりだったんだけど、いざ見つけてみると、後回しにはできそうにもなかった。

 

「どうぞ」

 

 そんな声が、聞こえた。私は、ゆっくりとドアを開けた。

 

「失礼します」

 

 病室のなかは、私の部屋と同じレイアウトだ。そのベッドに、女の子が一人、寝ている。この人が、須藤みゆきさんなのだろう。

 彼女が、ベッドから身体を起こすのだが、その動作はゆっくり目で、少し辛そうに見えた。

 

「あの、手伝いましょうか」

「ううん、いいの。もう、大丈夫だから」

「突然ごめんなさい。私は・・」

「佐伯美奈さん、でしょう? そこにいすがあるから、座って」

「あ、はい。でも、どうして私の名前を知ってるんですか?」

 

 私だって、彼女の名前を知っているんだけど、まさか、それと同じ理由? それこそ、まさか、だよね。

 

「あなたがね、お見舞いに来てくれるからって、最後に教えてもらったの。そのとき、名前も聞いたのよ」

「そ、そうですか」

「ねぇ、敬語なんか使わなくてもいいわよ。気楽に、話しましょう」

 

 と言われても、初対面の相手に対し、なかなかできるものではない。これもフェリシアでの教育の影響、なのかもしれないけれど。

 

「それで、誰に教えてもらったんですか。私が来ることを」

 

 その質問に、彼女は少し意外そうな顔をしてみせた。なぜそんなことを聞くのか、そんな表情だ。

 

「じゃあ、あなたはどうしてここに来たの? 私のことを聞いたからでしょう?」

「そ、それは・・ そうなんですけど」

「ね、敬語は止めてくれない? なんだか、他人みたいじゃない」

「えっと、その・・」

 

 立派に他人だと思うんだけど、違うのかな? この人の言い方を聞いてると、そんな疑問すら感じてしまう。これって、私のほうがおかしいのかな?

 

「私が教えてもらったのは、キュウラからよ。そしてあなたは、フォーリーからなんでしょ、違う?」

「あ!」

「私たちは、同じミューナ一族の末裔なんだと思うわ。だから、あなたと私は他人じゃないと思うんだ」

「どこか、つながりがあると、そういうことですか?」

「うん。もしかしたら、キュウラたちのように、姉妹なのかもしれないわね」

「そんなことは・・」

 

 ない、とそう否定してしまいそうだった。でも、少し苦しげな表情で話をする彼女に、そのことは言えなかった。それよりも、こうしておしゃべりすることすら、彼女にはしんどいことのような気がする。あまり長話はできないだろう。

 

「キュウラはね、何度も入院と退院を繰り返している私の、話し相手だったの」

「そうですか」

「フォーリーはどう? どんな人だった?」

 

 会話の主導権は、相手にあるみたいだ。私には、まだ事態がよく分かっていないところもあるから、仕方がないのかもしれないけど、さっきも言ったように、あまり長話はするべきではない。だから、こんな提案をしてみる。

 

「あの、その質問に答えるまえに、先に私の質問に答えて下さい」

「いいわよ」

 

 と、ニッコリ笑う須藤みゆきさん。やはり、その息づかいが少し苦しげに感じられる。気のせいではないと思うんだけど、彼女はどんな病気で入院しているんだろうか。そのことを聞いてみたいけど、それは彼女のプライバシーだ。それよりも。

 

「キュウラの記憶は、あなたのなかにあるんですね。そういうことですよね?」

「ええ、そうよ」

「私には、フォーリーの記憶が宿っています。そして、そのフォーリーとキュウラが姉妹だということは・・」

「知ってるわ。そして2人が仲違いしてしまったことも」

「でもフォーリーは、キュウラにとても会いたがっていました。仲直りするために」

「そのようね」

「キュウラやフォーリーの記憶が私たちに残っているのは、フォーリーが魔法をかけたためだって知ってましたか? いつか、誤解を解き、仲の良い姉妹に戻れる日を夢みて魔法をかけたんだって知ってましたか?」

 

 魔法・・ この言葉を彼女より先に使うつもりはなかった。かけひき、って言うほどのものじゃないけど、彼女が先にその言葉をつかえば、それが、彼女が本当にキュウラの記憶を受け継いでいることの証明になる、とそんな気がしたからだ。でも、思わず先に言ってしまった。

 

「ねえ、あなたこと美奈って呼んでもいいかしら?」

「え? ええ、それはかまいません」

「私のことは、みゆきって呼んで欲しいんだけど、それもいい?」

「いいですよ、みゆきさん」

「違うわ、みゆき、とそう呼んでほしいのよ」

「呼び捨てには、できません」

「どうして?」

 

 そのみゆきさんは、とても意外そうな顔をしていた。彼女にすれば、たかが名前の呼び方なのかもしれないが、フェリシアで教育を受けてきた私には、簡単にOKできるようなことじゃない。だって、ベッドには患者の名前と血液型、それに生年月日が書かれた札がさげてあるんだけど、それによれば、彼女は私より1学年上になる。年上であり、初対面の相手に対し、そうするのは、少なくとも私には難しいことなんだ。

 

「今の私には、ムリなんです。今後、努力するということで納得してもらえませんか」

「よくわかんないけど、それでもいいわ。で、魔法のことだったわよね」

「はい」

「私は、キュウラの記憶があるのは、偶然だと思ってた。前世があるなんてことも、その記憶が受け継がれることも、おはなしの中だけだと思ってた。だって、普通はありえないことだもの。そうでしょ?」

「はい、そう思います」

「でも、そのキュウラの記憶のおかげで、私はいま、生きていられるのよ」

「え!」

 

 思わず、驚きの声をあげてしまう。でも、だれでも驚いてしまうと思うよ、突然、そんなこと言われたら。

 

「未熟児で生まれた私は、ずっと身体が弱かった。だから、外で遊ぶこともできないし、友だちもいなかった。そんな私の話し相手になってくれて、いつも励ましてくれたのがキュウラなの」

「そうだったんですか」

「それにね、彼女の魔法は、病気の治療にも効果があるのよ」

「まさか」

「本当よ。10歳までも生きられないだろうって言われてた私が、おかげで、この年まで元気でいるじゃない。そりゃ、病院を出たり入ったりだったけどさ」

 

 ここで、何か返事をすべきなんだろうけど、なんて言えばいいのかわからない。頭の中で、何度もフォーリーに呼びかけてはいるんだけど、そのフォーリーからも返事はないし・・

 

「でも治癒の魔法は、フォーリーのほうが得意なんだって。だからフォーリーの記憶が私のところに宿っていたら、私は、今ごろ健康そのものだったかもしれない・・ キュウラがそう言ってたわ」

「ご、ごめんなさい」

「あら、どうしてあなたが謝るの?」

「だって、私は今まで病気とかしたことがなくて・・ だから、フォーリーがあなたのところにいたほうが良かったのかなって・・」

「それは、違うよ」

「違う?」

 

 どうして、違うんだろう。ついさっき、フォーリーの魔法なら病気も治せると、そう言ったと思うんだけど。

 

「私は、キュウラがいてくれて良かったと思ってるから。フォーリーがどんな人かは知らないけれど、私はキュウラで良かったと思っているから。あなただって、そうでしょ」

「そ、それは・・ その通りだと思います」

 

 思います・・ こういう場合にそんな返事の仕方はよくないと、西崎先生によく言われたっけ。思っているだけでは、形としてはあいまいだというのだ。ただ、思っているだけでは意思の形になっていないのだ、と。

 でも、そう表現するしかなかったんだ。

 

「キュウラの魔法でも、私の病気はほとんど治っていたのよ。キュウラが頑張ってくれたから、普通の生活ができるようになったの。でも数日前、身体に大きな負担がかかるような出来事があったわ」

「あ、それって・・」

「その後よ、キュウラがあなたのことを教えてくれたのは。佐伯美奈という女の子が、私のお見舞いにきてくれるからって」

「・・・」

「これで、最初のあなたの質問には答えたことになるわよね」

「え、ええ」

「じゃ、少し話題を変えるわね、いい?」

「はい、でも大丈夫ですか?」

 

 彼女の息づかいは、相変わらず苦しそうな感じなのだ。それなのに、こんなにたくさんしゃべって大丈夫なのだろうかと、心配になる。

 普段、健康そのものの私でも、3日も寝込むほどの身体的なショック。なぜそうなったかはいまだによくわからないけれど、それと同じことがみゆきさんの身にも起こったのだとしたら、身体の弱い彼女の負担は、私以上だったかもしれないのだ。

 

「私の体調のことだったら、心配はいらないわよ。それにここは病院だもの、なにかあったとしても、すぐに対処してもらえるわ」

 

 それはそうかもしれないが、明日という日もある。少し時間をおいてもいいのではないか、そう提案しようと思ったんだけど、みゆきさんが、話を続ける。

 

「そのときキュウラが話してくれたんだけど・・」

「はい」

「フォーリーの魔法は、消えてしまうんだって。フォーリーの思いが届いたから、その魔法の意味がなくなった。だから消滅するんだって」

「あの、それってどういうことですか」

 

 みゆきさんのその言葉は、私にある連想を抱かせた。まさか、と思う。まさかそんなことがあるわけないと思う。でも・・

 みゆきさんは、笑っていた。笑みを浮かべていた。でもそれは、どこかさびしそうな笑顔。私は、どんな顔をしているんだろう。引きつった笑顔だろうか・・

 

「みゆきさん、まさかそれは・・」

「あなたの思ったとおりよ。あのときキュウラは、お別れに言いに来てくれたの」

「でも、そんなこと」

「キュウラは、最後の魔法を残して、フォーリーとともにシュリン・ファウに戻っていったの。というより、私たちが、キュウラたちの記憶を忘れてしまったことになるのかしらね」

「そんなわけないです。私は、フォーリーのことを覚えてるし、あなたも、キュウラのことを・・」

 

 そのとき、病室のドアが開いた。開けたのは、看護婦さんだった。

 

「話し声がするから、のぞいてみたんだけど。もうすぐ消灯時間よ、あなたは佐伯美奈さんね。自分の部屋に戻って下さいね」

「あ、はい。すみません」

 

 看護婦さんの目は、明らかに怒っている。にしても、消灯時間間近とは、そんなに長い間、話し込んでしまったのだろうか。

 私は、追い立てられるように、みゆきさんの病室を出た。

 

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