自慢ではないが、俺は自分の学校の中では勉強ができる方だと思う。塾に通っているおかげで学校の勉強は困らないし、三年生の最終成績はクラスのトップ5に入るくらいを修めている。成績を落とすと親に何を言われるか分からないため、半分必死にやっていたのが功をそうしたようだ。
両親も俺の頭の良さを分かっているのか、部屋でゲームをしていても何も言わないし、友達と遊んでヘトヘトになって帰ってきても怒らない。しかし、ウルトラマンを見ている時のみ不機嫌になるのだから困っている。他に怒るポイントはあると思う。
つまり、今回は九時過ぎに帰宅しても、実はあんまり怒っていないのではないかと密かに期待している。あわよくば、何事も無かったかのように振舞ってくれるのでは?
そんな淡い期待を胸に帰ると、時計の針は九時半を指していた。
帰宅すると両親が待ち構えており、期待は裏切られてお説教コースとなった。要点は、こんなに遅くまで何をしていたのか。と、ちゃんと塾には行ったのか。この二つだ。それをよくも一時間に渡って怒れるなと感心する勢いだった。時間をかける割には内容がしょぼいので、校長先生の話を聞いている方がまだ為になると思うほどだった。
クソみたいな説教も終盤に入り、そろそろ解放してもらえると思った矢先、母親がとんでもないことを言い出した。
「こんな危険な時間まで帰ってこないなんて、ウルトラマンなんか見てるからよ」
何を言っているのか分からない。とりあえず自分の気に食わないものに責任を押し付けてブチ切れる。母親の必殺技が炸裂した。今回に限って父も何故かそれに便乗し、俺のウルトラマングッズ、主に怪獣のソフビ人形を捨てる。とか言い出した。
ズカズカと子供部屋に侵入し、物色を開始。大きなゴミ袋に俺のコレクションを乱雑に投げ捨てていた。
本来なら発狂する光景が繰り広げられているが、俺は不気味なほどに冷静だった。
そう、あの『赤い球』に願えばどうにかなるんじゃないか。もしかしたら親を自由に操れるかもしれない。とまで考えていた。
俺は塾のカバンから『赤い球』を取り出すと、それは淡く赤く光っていた。暗い廊下の中でロウソクのような光を放つ『赤い球』。赤い水晶玉を見つめていると、底の見えない大きな穴の中を見ているような、そしてその穴の中から誰かが見つめ返しているような、不思議な感覚に陥った。
―――殺してしまえ―――
ベムラーを生み出すときよりもはっきりと声が聞こえる。耳を通さず、脳内に直接響いてくる。俺は思わず息を飲んだ。『赤い球』は蛍光灯のような、強い光を放っている。その光に惑わされるように自室に向かった。
自室は酷いことになっていて、両親が六年間集めた怪獣の人形を一心不乱にゴミ袋に投げ込んでいる。怪獣図鑑は乱雑に投げ捨てられていた。おじいちゃんに買ってもらったソフビや俺が描いた怪獣図鑑、どれも俺が大切にしていたものだった。
なのに親は、こんなにも溜めて。とか呟いている。ゴミ袋が一つ、パンパンになった。
そんなに怪獣がくだらないか。それほどまで幼稚なのか。俺の人生をささげている怪獣はお前らにとっては燃えるゴミでしかないのか。許さない、絶対に。
本当にいいのだろうか、俺の両親だ。生んでくれて、好きな物も買ってもらえる。生活には不自由もない。
俺の頭の中で両親との思い出が駆け巡った。天使と悪魔とその間で葛藤する。そんな時、父親が怪獣の棚を片付けて、勉強机にある粘土の怪獣に手をかけた。
「あっ!」
俺は手を伸ばすがもう遅かった。父親が粘土の怪獣をゴミ袋に投げ入れた。鼻をかんだチリ紙を捨てるように。
俺の作った怪獣が、設定も造形も一から考えて作ったオリジナルの怪獣だったのに。怪獣図鑑を並べて見比べて、夜遅くまで考えた俺の怪獣が。こいつが出来た時に父親も母親も良くできたねって褒めてくれたのに。
ゴミ袋に投げ込まれて羽が折れ、腹の棘が砕けた。ドラゴンみたいな怪獣がただの直立二足歩行になってしまった。
―――お前の全てを壊されるぞ、奴らを殺さなくていいのか?―――
邪悪な声が頭に響く。これ以上、聞いたら元に戻れなくなりそうだった。俺は『赤い球』を抱えながら耳を塞いだ。だけど、声が聞こえなくなることはない。赤い水晶玉は俺の姿を鏡のように映し出した。
―――子供の大切なものを破壊する親などいるか?―――
―――友達は君の趣味を受け入れてくれたか?―――
さっきと同じように頭の中に声が響いた。だけど、その声色は邪悪な物から子供の声に近い、そして俺はその声を聴いたことがある気がする。球に映った俺と目が合い、『ソイツ』は不気味に笑った。
―――君が大切にしている物を受け入れなかった奴らは、君にとって大切な人か?―――
そんなわけない。アイツらは怪獣なんて幼稚だ、ダサい、くだらない。いつだって否定してきたじゃないか。学校のテストで100点をとって、運動も頑張って、親の願いを聞いてきたはずだ。自慢の息子だって言ってくれたじゃないか。なのに、どうして俺の願い。いや、趣味の一つも受け入れてくれないんだ。先生も、友達も、両親も!
こんな世界で生きたくない。破壊してやる。全て壊してやる。俺を理解してくれない人なんているもんか。
邪悪な何かが心の中で渦巻いた。瞳孔を開き、口が裂けるような笑みを浮かべ、『赤い球』に映る俺に向かって叫んだ。
「赤い球よ、この親を宇宙人にして、俺の配下にしろ!」
部屋の中で『赤い球』が光り輝き、それに反応するように父親の持っていたメフィラス星人のソフビと、母親の持っていたメトロン星人のソフビから稲妻が走った。
両親が間抜けな悲鳴を上げる。俺は高笑いし事の成り行きを見守った。
二つの人形の光が二人の人間を包んで一段と強くなる。学習机のプリントが吹き飛び、教科書が宙を舞う。遠足で撮った集合写真が破れて、写真たてに飾ってあった家族の写真が燃える。
そして、『赤い球』から光が消え、部屋が静かになる。二人の宇宙人が現れた。
「やあ、ヒロシ少年。数ある宇宙人の中から私を選んでくれるとは光栄なことだ」
初めに青年のような爽やかな声が聞こえる。声の持ち主はもちろん人間ではない。宇宙人だった。
彼は顔から胴にかけては赤く、手足は青い。後頭部には吸盤のような突起物があって、頭頂部、両肩、側面は黄色かった。そして手は白いチューリップのような独特な形状をしている。そして、言葉は胸から腹にかけて走る黄色い器官を発光させて声を発していた。
「メトロン星人!」
メトロン星人。ウルトラセブンの『狙われた街』に登場した宇宙人。ちゃぶ台が最も似合う宇宙人。タバコに人間を狂暴化させる物質を混入させて、人類の自滅を狙った恐るべき宇宙人だ。一方でウルトラセブンは攻撃せずに宇宙まで連れて行こうとするなど、暴力に頼らないとこも好き。あと、Jrはクソ。
リビングにあるちゃぶ台はメトロン星人が持っていたからそれに憧れて、親に買ってもらったものだ。
「それで……私を呼び出して何用ですか?」
今度は渋い声がした。
メトロンとは対照的に黒一色で、ずんぐりむっくりとした体形の宇宙人。目は青く、顔は銀色。口と思われるザラザラとした器官を光らせて言葉を話している。
「メフィラス星人!」
こちらはウルトラマンの『禁じられた言葉』に登場した悪質宇宙人、メフィラス星人。武力で侵略しようとした宇宙人とは違い、地球人の心に挑戦したという他とは一線を画した宇宙人だ。あと、二代目はクソ。
一方で実力もあり、ウルトラマンと終始互角の勝負を繰り広げたくらいだ。右腕を突き出し、左腕でそれを支えて放つ彼の必殺技、『グリップビーム』はよく真似して遊んでいた。
そんなウルトラマンとウルトラセブンを代表する二大宇宙人が俺の前に現われるなんて。
「ええっと、まず初めまして。俺は鹿島浩。そんで、ここは俺の家。君たち二人には一度会いたくてこの『赤い球』に願ったんだ」
二人とも武力を使わず、地球を侵略したという点。ウルトラマンと宇宙人だからと争いを避けた点。この二つが個人的に好きだ。だから一度こうして話してみたかった。
静かに聞いている二人の宇宙人。
「二人の元は俺の親なんだけど、まあいいや。俺にはこの『赤い球』がある。これさえあればどんな願いでも叶うみたいなんだ」
そう言って俺は二人に『赤い球』を見せた。メトロンもメフィラスも興味深く見つめている。メフィラス星人はうんうんと頭を縦に振ったあと、口が光った。
「なるほど、これはすごいものだ……どんな願いでも心の底から思えば叶えてくれる。これさえあれば地球の支配など簡単にできてしまうほどに」
「だがメフィラス、この玉が世界中に知られたらヒロシ少年は殺されてしまうかもしない。人間は自分勝手な生き物だからなぁ」
「メトロンよ、そうならないために我々を願ったのでは?」
「確かに、一理あるな。だが君は戦闘もできるからいいとして、私は暴力沙汰は好きじゃないんだよ」
「私だって暴力は嫌いです。……ヒロシ君。我々を願った直後で悪いが、我々と一緒に戦う仲間が欲しい。もちろん、君の言うことも聞くだろう。どうだね、私に仲間を作ってあげましょうと言ってはくれないかね」
メフィラス星人が壁に寄り掛かって催促する。答えはもちろんYESだ。仲間どころか地球だってくれてやる。
俺は親指を立てた。
「仲間を作ってあげましょう」
二人の宇宙人は顔を見合わせて頷く。心なしか笑っているように見えた。
場所が変わってリビング。
ちゃぶ台を取り囲んで俺とメトロンとメフィラスの三人で怪獣トークをしていた。最初は誰を仲間にするかを話し合っていたけど、俺がウルトラマンネタを連発していたら、宇宙人二人が乗っかりこうなった。
テレビの画面には大怪獣バトルが垂れ流し。フローリングにはソフビ人形が並んでいて、怪獣図鑑やウルトラマンのDVDが山積みになっている。もちろん、俺が参考にと部屋からかき集めてきたものだ。皮肉なことにゴミ袋にまとまっていたので運びやすかった。、
ちゃぶ台の上には『赤い球』で出した寿司や麦茶、ラッキョウなどが置いてある。これらはメフィラス星人が出したものだ。豪華な食事が並ぶなか、メフィラス星人はラッキョウをつまむと、すごい音を立てて食べ始めた。その横でメトロン星人が楽しそうに寿司をつまみながら麦茶を飲んでいる。非常にシュールだった。
俺も宇宙人二人に負けず、ご飯を食べ始めた。ふと思ったが、最近塾で夜遅くまで勉強しているためか、誰かと一緒に夕飯を食べたのは久しぶりだ。それがたとえ宇宙人だとしても。
「メトロン星人はさ、夕焼けが気に入ってたけど、見たことはあるの?」
「いいや、無いよ。でも、なんていうか……夕焼けは綺麗。そんな考えがすでに頭の中にあるなあ」
「確かに、地球の自然はうつくしいですね」
いつの間にか雑談にかわったけど、それでも楽しい。俺はマグロの寿司を口の中に放り込んだ。メトロン星人もメフィラス星人も物知りで、語彙力も豊富。地球人の俺よりも日本語がうまくて楽しい、つい話し込んでしまう。気が付けば、時間はすでに0時。小学生が夜更かしするには十分。それでもこの二人とはまだ話していたい。
「あ、そーだ。メフィラス星人はバルタン星人とかケムール人とかが部下でいたけど、デスレムとグローザムとどっちがよかったの?」
「ほう、なぜそのような質問を?」
「だってゴーストリバースとかだと君たち楽しそうだったし」
「確かに、鎧の影響でハイテンションになっていたことは認めますが、彼らと一緒に仕事をしたのは楽しかったですね」
メフィラス星人は手で顔をこすった。
「ですが彼らと一緒にいた記憶はありますが、私自身デスレムとグローザム、バルタン星人やケムール人に会ったことはありませんねえ。たぶん、私たちを生み出した『赤い球』の影響かと思います」
俺は『赤い球』を丁寧に撫でまわす。デスレムやグローザムと一緒に暗黒四天王で登場したメフィラス星人は黒幕であるエンペラ星人によって粛清されている。俺の理想のメフィラス星人はまさに、暗黒四天王で登場したメフィラス星人だった。『赤い球』は愚直にも、俺のイメージ通りのメフィラス星人を実体化させてくれた。
「ところで、ヒロシ君。デスレムとグローザムを生み出してほしいのですが」
「あ、いいよ」
「少年はリクエストを聞いてくれるのかい? なら私からもお願いしようかな。ドラゴリーかバキシムをお願いしようかな」
「オッケー」
本題を忘れてた、俺たちの仲間の事だ。先程のベムラーの一件もある。あの少女が敵かどうかは分からないけど、戦力は持っていることに越したことはないと思う。せめて、あの子を倒せるくらいには。
「さきにメフィラス星人の願いからにするね」
超獣組は後に回すとして、まずは暗黒四天王からだ。
メフィラスは丁寧にお辞儀をする。俺はゴミ袋の中からグローザムとデスレムの人形を見つける。冷蔵庫から氷と父親の上着のポケットからライターを取り出した。二人の宇宙人の視線を感じながらも俺は『赤い球』を掲げる。デスレムとグローザムに俺たちの敵を排除しろと願う。
『赤い球』は俺たちの願いを叶えるべく、赤く輝いた。